◆ TALKING SCIENCE ~科学と市民の対話は可能か?~ 第1回 科学と市民の対話

投稿者: | 2004年3月30日

◆ TALKING SCIENCE ~科学と市民の対話は可能か?~
第1回 科学と市民の対話
岡橋 毅(The University of Warwick)
doyou80_okahashi.pdf
 いまイギリスでは、科学に関する話題について専門家(主に科学者だが、社会学者や哲学者、ライターのこともある)と市民1が気軽に語り合う場が少しずつ増えつつあるようだ。たとえば、元科学番組のテレビ・プロデューサーが何気なくはじめ、いまや全国的(世界的にもなりつつある)なネットワークを擁するCafé Scientifiqueや昨年ロンドンに新しくできたDanaCentreの試みは注目に値する。
 Café Scientifique2 は、普通の街角のカフェやワイン・バーで科学について専門家が市民と語りあうものだ。フランスで行われていたCafé Philosophique から発想を得たため、気取った名前がついているが、強いて日本語にすれば「科学喫茶」あるいは「科学談話会」といったところだろうか。現在、イギリス全国だけでも30以上の都市で行われている。場所によってスタイルは少しずつ異なるが、基本的に月に一回の間隔で、夕方の7時ごろから1~2 時間のイベントだ。
 Dana Centre3 は、Café Scientifique を科学館にしたような施設で、毎月いくつものイベントを企画開催している。ここでも、催しは夕方から始まり、科学に関する話題を話しあうイベントがDanaCentreのカフェであるd cafeで展開される。テーマは、肥満問題や遺伝子組み換え技術、ヒト胚研究、大気汚染、エネルギー問題など、市民の関心が高い「論争的」な話題が多い。ちなみに、どちらのイベントも誰でも参加でき、かつ基本的に無料である。 本連載では、イギリスにおけるそうした試み-さしあたりTalking Scienceとよぶことにする-が生まれてきた社会的背景やイベントの観察レポートを中心に、近年発展しつつある公衆の科学理解(Public Understanding of Science)研究の成果を参考にした考察も加えていくつもりだ。その上で、科学と市民が「対話」していくことの難しさや可能性、問題点などを考えていくことができればいいと思っている。
 第一回目は、手短にTalking Scienceが生まれてきた社会的な背景について考えてみたい。冒頭で、私は科学について科学者と市民が話しあうイベントを最近の現象として紹介したが、もともとイギリスでは英国科学振興協会が設立された頃(1931 年設立)にもすでに科学の大衆化(popularization)の重要性は認識されていた4。それでは、現在のTalkingScience 現象は、いかなる社会的文脈から生まれてきたと考えられるだろうか。
 まず、イギリスでは、この十年の間でBSE(あるいは狂牛病)やMMR(三種混合予防接種)、GM(遺伝仕組み換え)作物、Genetic engineering(遺伝子操作)などの問題が人々の注目を浴び、社会で広く議論されてきたことがある。特に、政府の対応のまずさ、メディアの影響なども絡みあった狂牛病「危機」は、市民の政府や官僚、彼らにアドバイスをする専門家への「信頼」を決定的に失わせてしまった。その意味では、近年の遺伝子組み換え作物の問題も狂牛病と陸続きだといえる。今まで、どちらかというと社会と切り離された営みと思われてきた「科学」と人々の「日常」の距離がますます接近してきているのだ。
 そうした中、政府や科学界は市民との「対話(dialogue)」を重視するようになってきている。例えば、英国議会の科学技術諮問委員会のレポートである”Science and Society5(2000 年)”は、市民の科学への態度や信頼の検証を元に、科学と市民(そして政策立案者)の「対話」を様々な形で生み出していくことを強く勧めており、従来の科学「理解」から科学との「対話」への変化を決定づけている。こうしたレポートにある「対話」をうけて、Talking Science イベントという「対話」の実践がなされていると指摘するのは短絡的すぎるかもしれが、国や公的機関の方針と合致していることは、大きな追い風になっていると思われる。 Café Scientifique やDana Centre だけなく、科学と市民の「対話」の実践は、近年ますます活発になってきている。例えば、地域やテーマの特色を生かした新しい科学館がいくつも建設され、全国の科学館のネットワークであるECSITEUK6も設立された。また、BA(BritishAsociation for the Advancement ofScience) による科学フェスティバル7 やRoyal Society によるナショナル・フォーラム8 は毎年開催されている。コンセンサス会議などの試みが多く実施され、昨年には「GM Nation ?9」という国レベルでの遺伝子組み換え技術に関する議論が試みられた。このように、様々な科学コミュニケーション活動が増えているのだ。そして、これらの活動に共通しているのが、「市民」を意識した「インフォーマル」で「双方向的」なコミュニケーション活動である。
 以上をまとめると、イギリスは科学と社会の関係が「重大な局面(a criticalphase)10」を迎えており、政府や科学界、そして市民がお互いの「信頼」を築き上げていこうとしていることがうかがえる。そうした実践の一つとしてTa l k i n gScienceに注目が集まってきているということができるかもしれない。はたして科学と市民の「対話」は可能なのか。TalkingScienceが実践されはじめている背景や舞台裏(もちろん舞台上も)はどのようなものなのか。次回はCafé Scientifiqueについて、インタビューも交えた報告の予定11。
( 註)1 この連載における「市民」は、citizen の訳だけではなく、ときに「公衆」とも訳されたりするthe public の両方の意味を含むものとする。
2 イギリスのCafé Scientifique ネットワークのホームページhttp://www.cafescienfitique.co.uk
3 Dana Centre のホームページhttp://www.danacentre.or.uk
4 Pyenson, L and Pyenson, S. 1999. Servantsof Nature. p.323
5 House of Lords: Select Committee on Scienceand Technology (Third Report, 2000) Scienceand Society. HL38, London: Stationery Office.
6 ECSITE-UKhttp://www.ecsite-uk.net/index.php
7 BA Festival of Science 2004http://www.the-ba.net/the-ba/Events/FestivalofScience/
8 National Forum (the Royal Society)http://www.royalsoc.ac.uk/scienceinsociety/data/forum/
9 GM Nation?: The Public Debatehttp://www.gmnation.org.uk/
10 前掲Science and Society. Introduction(Chapter 1)
11 Café Scientifique について日本語で読める資料は、科学技術社会研究所のレポートに詳しい。「科学技術と社会の楽しい関係 : Café Scientifique」http://unit.aist.go.jp/cts/research/CTS-WP-2004-02%20Cafe%20Scientifique.pdf

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