日本・ベルギー共同プロジェクトの概要 (中間報告)

投稿者: | 2018年5月19日

吉澤 剛(市民研理事/大阪大学)

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2017年4月より2年間、日本学術振興会の二国間交流事業として「日本・ベルギーの原子力科学技術ガバナンスにおける市民科学の役割と可能性」と題した共同研究をベルギー研究者とともに進めています。2011年の福島第一原子力発電所の事故とその後の顛末は、科学技術の不確実性や複雑性によるリスクや限界を改めて突きつけるとともに、専門家である科学者や技術者への社会不信を著しく増大させました。その反動は、市民自身による放射線影響の調査分析が活発化したことに表れています。影響を受けた地域住民は環境中の放射線を監視し、環境リスクについてのコミュニケーションを進めながら、専門家との知識や情報の格差を埋める努力を続けています。市民科学はこれまでの原子力安全にかかる中央集権的な規制管理に挑戦するという点で、開かれた科学技術ガバナンスのあり方を提示しています。福島の原発事故は、これによってドイツが脱原発政策を選択するなど、日本のみならず世界中に多大な社会的・政策的影響を今も与えています。ベルギーはフランスや英国などと異なり、日本の原子力研究技術開発において直接的な関係性はありませんが、逆にいえば、互いに独立した文脈で原子力安全ガバナンスと市民科学を客観的に比較分析できる相手国としてふさわしいと考えられます。フランス・オランダ・ドイツなどの影響の混ざり合う多言語圏の汎欧州的なベルギーとの協働によって、この研究は国際的な視野で原発災害と震災復興における市民科学の役割と可能性を多元的に評価することを目指しています。

研究では、日本やベルギーなどの各国において原子力分野における市民科学がどのように出現し、発展、拡大していったかというそれぞれの歴史的経緯を追跡し、特徴的な市民科学者や市民科学組織を抽出して、国際的なレベルで市民科学の概念図を描きます。さらに、こうした作業を通して市民科学の目的や範囲、問題枠組みや議題設定の類型化を図り、それがどのように相関しているのかについて説明します。また、ワークショップ等による専門家・市民との対話と熟議を進めながら、日本・ベルギーの国内及び国際的な観点から市民科学と原子力安全ガバナンスとの関係を明らかにし、市民科学の果たす役割と可能性を見極めます。

プロジェクトのメンバーには市民研の代表理事である上田昌文さんのほか、科学技術社会論や原子力政策、コミュニケーション論などを専門とする研究者が日本側参加者として関わっています。ベルギー側参加者は代表者のMichiel Van Oudheusdenさんを含め、4名がベルギー原子力研究センター(SCK-CEN)環境・健康・安全研究所の所属です。同研究所では社会・政策支援専門家グループを有し、原子力技術の開発利用に関わる政策や意思決定を支援するための社会科学研究を進めています。世界的に見ても社会科学の研究機能を持つ国の原子力研究開発機関は類例がなく、原子力に関する研究と政策の両方の現場に密接に関わる拠点として、非常に貴重なカウンターパートとなっています。

2017年4月からプロジェクトが始まり、6月にメンバーの菅原慎悦さん(電力中央研究所)が放射線リスクの認知・コミュニケーション・倫理を主題にした国際学会であるRICOMET 2017(オーストリア)に参加し、日本における原子力安全について発表しました。8月にはベルギー側研究代表者の来日にあわせ、8月18日にメンバーによる全体会合を兼ねたワークショップを大阪で開催しました。本プロジェクトの趣旨説明の後、被災地とメディアという視点から標葉隆馬さん(成城大学)、高木仁三郎市民科学基金の役割について平川秀幸さん(大阪大学)、市民科学と地方自治体との関係について菅原慎悦さん、市民研と原子力問題について上田昌文さん、市民による放射線測定活動と地方自治体との相互作用について水島希さん(総合研究大学院大学)、複数の事例から放射線測定活動の実務とレトリックについて阿部康人さん(同志社大学)がそれぞれ話題提供し、一方井祐子さん(滋賀大学)、立石裕二さん(関西学院大学)も交えて懇親会でも活発に意見を交わしました。12月には上田さん、阿部さんとともにベルギーに出張し、SCK-CENにある高レベル放射性廃棄物処分の地下研究施設(HADES)を訪問するとともに、ベルギー側参加者らと研究の進捗状況を報告し、今後の方向性について確認しました。また、ベルギー側参加者がルーヴェン・カトリック大学で主催した市民科学に関する国際ワークショップに参加し、阿部さんが「日本におけるコミュニケーションとしての市民科学」と題して発表しました。同時期にSCK-CENを訪問滞在していた内藤航さん(産業技術総合研究所)とも知り合い、多方面にわたって意見交換をおこなうとともに、今後の連携可能性について展望しました。2018年2月にはベルギー側参加者4名の来日にあわせ、二日間にわたるワークショップを東京で実施しました。このワークショップではAzby Brownさん(Safecast)、小山貴弓さん(高木基金)、石丸偉丈さん(こどもみらい測定所)といった市民科学の実践者を新たに招いてお話を伺い、研究と実践との融合や政策的・社会的提言のあり方について模索しました。ワークショップ直後、ベルギー側参加者を連れて福島に向かい、市民放射能測定所「たらちね」(いわき市)および伊藤延由さん(飯舘村)を訪問し、放射能測定に関わる被災地における市民科学の実態について聞き取り調査を実施しました。さらに3月には小山さん、石丸さんの全面的協力により「みんなのデータサイト」に加盟する団体および個人へのアンケート調査を実施しました(<市民研理事たちによる読み切りリレーエッセイ第2回>「市民科学とは何か 〜4つの考え」参照)。

今回のプロジェクトは福島での原子力事故を国際的規模で改めて振り返る契機となっています。単に国や民間事業者による原子力安全管理体制の批判に終わらず、市民科学を通した新たなガバナンスの可能性を提示する点は、悲惨な災害を克服して科学と社会の良い関係性を模索する関係者や市民に大きな示唆を与えるものと考えられます。原発事故から7年経ち、国民の関心が風化する一方、現在も被災地として苦しみを受け続けている地元住民との温度差が広がるなかで、被災地である福島の方々に力と希望を与えるだけでなく、同様の市民科学活動を行っている、あるいは活動に関心のある世界中の人々に対して強いメッセージと良い影響を与えると期待されます。

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