市民科学とは何か 〜4つの考え 市民研理事による読み切りリレーエッセイ 第2回

投稿者: | 2018年5月19日

吉澤 剛(市民研理事/大阪大学)

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市民科学には、大きく「市民」か「科学」のどちらかに重心を置いた活動が見られます。前者は、宇井純や高木仁三郎に始まる日本の市民科学の中心的系譜であり、科学を民主化する運動として、既存の権力主体に対抗すべく、市民自身が力をつけて大きな社会的課題に挑みます(①)。後者は、昨今ではオープンサイエンスという言葉でも知られるように、科学研究への市民参加という文脈でとらえられ、多量のデータ収集・解析をおこなうために、市民が職業的科学者との協働を図ります(②)。これとは別に、市民科学として期待される新たなアプローチは二つあります。一つは個人や家族、地域共同体の生存のためになされる自律的な活動です(③)。福島、チェルノブイリ、あるいはそれ以前から活動してきた市民による放射能測定は、「市民科学」と自称してないかもしれませんが、自分たちの生命や生活を守るという根源的な動機に突き動かされ、それがゆえに持続的に運営できた団体も少なくありません。もう一つは、市民の〈真っ当な〉感覚を研ぎ澄ます科学です(④)。老いや病い、死などの人生の闇や、不可逆的かつ急激な環境変化(プラネタリー・バウンダリー)といった世界の闇があるなかで、科学に前向きに関わることは、これからの人生や世界の意味を形作るものと考えられます。

「みんなのデータサイト」が今年実施した個人向けアンケートによれば、①は市民活動歴のあるメンバー、②は若い世代、③は子育て中ないし子育てが終わろうとしている熟年期の男性、④は40代男性や60代女性というように、それぞれの支持層が異なる傾向にあることがわかりました。市民科学の概念や定義にもちろん一つの正解はありませんが、こうした考えの広がりを知っておくことが、私たちが市民科学を通して様々な人々と関わっていく上で重要になるでしょう。

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