【翻訳】自然と神経発育:住まいの周りの緑にふれあうことで脳の容積に違いが出る

投稿者: | 2018年7月5日

【訳者コメント】
緑に囲まれることでまず感じることは新緑の美しさや酸素に富んだきれいな空気などです。その結果として、精神的やすらぎや健康面での良い影響などがすでに知られています。この論文では特に子供が緑に曝されることにより脳の容積が増加し、さらにその増加した領域が認知機能の領域とも重なっていることを示しています。子供時代を比較的緑の少ない都会より、田舎や里山で過ごす方が脳の発育を高める可能性を示唆しており、さらなる研究の発展を期待したい。

Environmental Health Perspectives 064001-1 126(6) June 2018
原文はこちらから

Nature and Neurodevelopment: Differences in Brain Volume by Residential Exposure to Greenness
自然と神経発育:住まいの周りの緑にふれあうことで脳の容積に違いが出る

Wendee Nicole
(テキサス州ヒューストンを中心に活動する受賞歴のあるフリーランスライター。Discover, Scientific American, Nature,やその他の刊行物に著作活動をしてきた。)

翻訳者:五島廉輔、五島綾子、上田昌文

PDFはこちらから

疫学的研究が発展するにつれて、植物が生い茂る緑地(“グリーンスぺース”)に距離的に近いことと、いろいろな健康の目安となることとの間に関連があることがわかってきました。最近、研究者たちは子供たちへのグリーンスペースにふれあっていることがどの程度子供たちの脳の発育に影響するかを調査しました。Environmental Health Perspectivesに掲載された研究は脳の灰白質と白質の容積の変化を居住地周囲で生涯にわたって緑にふれあうこととの関連を報告しています。さらに進んで、この研究で、緑にふれあうことと関連する脳の領域が認知機能とも関連していることもわかってきました。

この研究はバルセロナ国際保健研究所の疫学部門准教授のPayam Dadvandがリーダとなり推進されました。彼らは「学童の脳の発育と大気汚染超微粒子(the Brain Development and Air Pollution Ultrafine Particles in School Children (BREATHE))」プロジェクトの7-9歳の253人の学童を対象にしました。生涯にわたって緑にどれくらいふれあっているかを定量するために、研究者たちは子供たちが彼らが生誕した時からの住居(場合のよっては複数)を中心に100m四方で平均化された正規化植生指数(NDVI)として知られている測定値を使用しました。NDVIは一定区域内での植生の密度をセンサーによって遠隔で調べたデータに基づいています。

白質と灰白質の領域について脳の容積の差を定量化するために、三次元磁気共鳴映像法(MRI)の結果が 緑へのふれあいの程度の異なる子供たちの間で比較されました。その調査の一部では、認知機能との関連を示すコンピュータテストの点数が、ある脳の領域ではその容積が変化するに応じて変わる、そのような領域があることを確認しました。またその調査の別の一部として、生まれた時からずっと緑にふれあっていることで変化する脳領域が認知テストに関連する領域とどう重なり合っているのかが探索されました。

「我々はそれぞれの子供が誕生から脳イメージングを行った時点まで住んでいた周辺の緑の量を定量しました。その結果、緑の量が比較的豊富なことが脳の一部の容積の増加と関連していることを見出しました」とDadvandは述べています。「これらの容積が増加すると、コンピュータによる認知テストで確かめられた認知機能の中でもより優れた認知機能との関連がみられるようになったのですが、そればかりか、時間が経つと、その容積が増加した部分が脳の認知機能そのものを担う部分になっているとわかったのです」。しかし、特定の領域ではなく全体のパターンを注目することが重要であると、彼はつけ加えています。

母親が乳幼児をどう育てるかはなんと言って脳の発達に最大の影響を持つから、その育て方や家族や近隣のおかれた社会的経済的状態の影響を入れて考えると、緑へのふれあいによって有意に増えたとみなせる脳の容積の増大も割り引かれることになります。その変化の領域の一部は緑との関連が有意にあることが保たれるのだが、他の部分ではその関連はもう保たれないことになります。この関連が失われる領域は、右の前頭前皮質と右の前運動皮質(運動前野)中の灰白質と両方の小脳半球中の白質に配置された領域を含んでいました。灰白質は高度の思考と処理に関連しており、一方、白質は自律神経系を調節し、身体から灰白質へ情報を伝えます。

「MRIを使って、生まれた時からの住居地周辺の緑とふれあいがどう影響するかを調べることで、この研究は非常に革新的なものになっている」と、ハーバード大学医学校とハーバードピルグリムヘルスケアー研究所の個体群医学部(population medicine)の准教授であるPeter Jamesが、この研究のメンバーではない者として、述べています。「そのメカニズムはまだ不明でありますが、この研究は自然の近くでの生活が脳の発育に寄与しているかもしれない証拠を提供しています。しかしながら、この分析にはいくつかの限界もあるのです。」

一つの限界はNDVIが植生の中身について何も言っていないことです。例えば、それがどんな種類の植生なのか、空き地だったところに植物が繁茂したのか、それとも公園に植えられたものだったのか、といった情報を提供していません。またこの研究は周辺のグリーンスペースが子供との間にどんなやりとりが生じていたのかについてはまったく何も教えてくれません。」

この研究はただ一つの時期のNDVIイメージ(2012年7月から、春と秋のバルセロナの最も緑の多い季節の間にある一か月)しか用いていないものの、植生レベルが数年間の子供の生活で実質上、変化することはありそうもないと、Jamesは言っています。しかしながら、彼はこの発見が他の地域の子供には適用されない可能性があり、他の研究集団でこの点を確かめることは重要であると記しています。

この論文は生物学者のE.O. Wilsonによって、はじめて普及されたバイオフィリア仮説から出発しています。そこでは自然の曝露は、人々、特に子供が成長するために必要であると述べています。自然との肉体的、精神的つながりは「ますます多くの子供たちが都市部で生活するようになった、都市化する世界の文脈のでは重要です。都市部ではしばしばグリーンスペースへの接近が限定され、そして、同時に彼らは大気汚染、騒音など脳の発育に有害な影響をもたらす可能性のある因子により多く曝露されているのです」とDadvandは述べています。Dadvandの以前の二つの研究は、学童の認知機能発育と注意力に関してグリーンスペースを評価していますが、これは脳の構造変化を描いた最初の研究といえます。

大気汚染や気候変動等など、環境疫学的にみて悪いニュースが引き続くなかで、こうしたグリーンスペースが脳の発育と認知を高め可能性があるとの研究が現れてきたことは良いニュースの前兆で、望ましいことです、とDadvandは付け加えています。


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