市民科学講座 実施報告
DIYバイオ:可能性と課題
江間有沙(東京大学政策ビジョン研究センター特任講師、NPO法人市民科学研究室・理事)
PDFはこちらから
当日の動画はこちらから
DIYバイオ(Do-it-yourself biology)によって、自宅で手軽に生命工学に関する実験ができるようになりつつあります。高価な装置の代わりに身の回りにある家電を使ったり、最先端の論文が誰でも読めるようになったりすることで、誰もが実験できます。
しかし、具体的にどのような方法で行えるのでしょうか?
どんな人がどのような目的で実験をしているのでしょうか?
そして、どのような課題があるのでしょうか?
2019年2月2日、実際にDIYバイオ実験をされている東京大学大学院総合文化研究科博士課程の田中雄喜さんをお招きしてお話いただきました。また、コメンテーターとして工藤郁子さん(中京大学経済研究所:法学)と見上公一さん(東京大学科学技術インタープリター養成部門:科学技術社会論)をお招きしました。
ファブリケーション文化
最初に田中さんから現在のDIYバイオに影響した技術や環境、そしてカルチャーについてお話しいただきました。バイオの研究は特に大学や企業といった限られたプレイヤーによって推進されています。これに対し、2010年代初めからMITやハーバード大学のあるケンブリッジ市を中心にバイオの研究もオープンにするべきという考えが出てきました。マーカス・ウォールセン著「バイオパンク DIY科学者たちのDNAハック!」の原著が出版されたのが2011年です(日本版は2012年)。MITメディアラボの伊藤穰一氏がBiology is next Digitalと語るように、パソコン・電子機器の世界で起こっていたことがバイオの世界でも起ころうとしています。
パソコンや電子機器の世界で起こっていたデジタルファブリケーション文化を支えていた要因として3つ事が挙げられます。最初に挙げられるのがGitHubと呼ばれるサイトなどを通じて行われてきたオープンソース化です。コードが公開、共有され個人が好きなようにコードを改良し様々な物を構築できるようになりました。さらに様々な電子部品が小型化、低価格化が起こりました。近年では超小型パソコンである「Raspberry Pi(ラズベリーパイ)」の出現によって、温度や湿度を制御できる機械が簡単に作れるようになりました。さらに3Dプリンターなどの発展により、個別化が簡単に行われるようになりました。このように、オープンソース化、電子部品の小型化と低価格化などが組み合わさり、様々なモノが作られるようになりました。
日本において様々なファブリケーションの成果が多くはニコニコ動画などを通じて発表されてきましたが、その成果は大まかに以下の3つに分けられます。
1.高価な部品を低価格な部品で代替できた
2.これまで実験室など特別な環境にしか存在していないと考えられてきたものを個人で再現した
3.既製品ではしっくりこなかったものを自作することで解決した
DIYバイオの世界で行われていることも大まかに上記の3パターンのいずれかを満たしています。
DIY細胞培養を始める方法論
田中さんは主にDIYで細胞培養をされています。具体的にどのような実験器具等が必要なのか、一つ一つ紹介いただきました。
1) 実験環境
実験をするには雑菌などが入らないような環境にする必要があります。クリーンベンチではフィルターを使って無菌状態にした空気を吹き降ろすことで、雑菌などが外から入り込むのを防ぎます。一般的なクリーンベンチは高額ですが、衣装ケースなどに空気清浄機を設置することで代替することが可能だとのことです。
2) 培養液
DIY細胞培養をするには、培養液が必要になります。田中さんは市販のサプリを調合して自作しています。作り方はネットにも公開されています。
3) 細胞
細胞株は購入することもできますが、少量でも10万円くらいします。そこで有精卵を12日ほど温めたものを解剖して細胞を入手します。各種臓器を分けてすりつぶします。
実際に有精卵を割って手順を見せてくださいました。心臓、肝臓、胃、脳みそなどから細胞を取得し、そこに上記の培養液を入れることでCO2環境下に入れると細胞が増殖します。
【続きは上記PDFでお読みください】