【訳者コメント】
地球は約46億年前に誕生し、その後さまざまな変化を受けて現在に至っています。この変化の痕跡は地層に残されており、現在は新世代第4紀完新世の時代にあるとされてきました。しかし、完新世の時代は終わり、新しい時代にすでに入っているという学説が出てきています。これをアントロポセン(人新生)と名付けています。これに伴い、新しく生まれてきた学問がプラネタリーヘルスです。これは人間が自然システムに対して行った破壊行為とそれによる人間の健康への影響を研究する学問で、その重要性がこのトピックスで述べられています。その例として、温暖化による赤道付近の海水温の上昇によりそこに生息している魚類が北の海水温の低い場所に移動し、その結果、赤道付近で生活している人々の栄養源になる魚類が減少し、健康への影響が懸念されている現象が紹介されています。このような事態が起こっていることは、専門家だけでなく、一般市民も十分認識しておく必要がある時代となりました。
この地球に生活してきた人々の知性の積み重ねが、現在の生活に豊かな恩恵を与えてきた一方で、少しずつ地球に異変が生じ、未来の人々の生存が危ぶまれています。欧米の産・官・学のエリートたちはこの重大な危機に対し壮大な構想を立て、資金をつけ、実行に移そうとしています。欧米においては、責任あるリーダーが歴史を踏まえて、未来の人々を救うための役割を果たそうとしています。
Environ Health Perspect. 2018 Jul; 126(7): 072001.DOI:10.1289/EHP2374
Down to Earth:
The Emerging Field of Planetary Health
現実の世界に降りて:
新興の研究分野 “プラネタリーヘルス”
Nate Seltenrich
サンフランシスコ湾地域で科学と環境について取材している。エネルギー、生態学、環境衛生を含む主題についての彼の著作は地方、国および国際的な出版物に掲載されている。
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翻訳者:五島廉輔、五島綾子、上田昌文
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地球に及ぼす人間の影響があまりに大きなものになっているので、多くの研究者たちは最近、今の時代を「アントロポセン(人新生)」(原注1)(訳注2)と呼ぶことが好まれるようになっています。この言葉は、深海から上空にまで至る、実質的にあらゆる地球のシステムが人間の活動によって顕著に変化させられてきたという事実をふまえて用いられています。
この考え方や、それと関連する「グレート・アクセラレーション(大きな加速)」(訳注2)、「プラレタリー・バウンダリー(地球の限界)」(訳注3)、「ティッピング・ポイント(転換点)」(訳注4)などの概念は、深刻な懸念を示すものではあるものの、生態学者、生物学者、気象学者の関心を引くかもしれない。しかしながら環境衛生という拡大鏡(レンズ)ーそれは人間の健康と我々が食べる食物、飲む水、呼吸する大気との間の重大なつながりを認識するわけですがーを通して眺めてみると、人間がこの惑星にますます大きな影響を与えているために、ヒトという種が非常に長期にわたって生存できるかどうかが危うくなっているのが見えてきます。
ロックフェラー財団の健康局を管理しているMichael Myersは次のように述べています。「過去100年~150年間に我々が経験しているちょっとしたパラドックス(逆説)があります。環境の開発は人間の健康に寄与してきました。地球の資源を搾取することによって、我々はより快適に暮らし、我々の寿命をかなり伸ばしました。しかし、我々は今、環境の開発が人間の健康にネガティブな影響を与え始めているティッピングポイント(転換期)にいます」「長い間、我々に利益をもたらしてきた同じ自然システムが今、崩壊し始めているのです」と、彼は語ります。
この現実から別の新しい言葉、すなわち“プラネタリーヘルス(惑星の健康)”(原注2)(訳注1)が生まれてきました。プラネタリーヘルスと伝統的な環境衛生との間にはかなりの重なりがあります。つまり両者は人間の健康と、身体の外側で生じる条件および曝露(これらには極端な温度、化学物質や生物作用因子、病原媒介生物による疾患、または多くの他の潜在因子がある)との関連を調べる点です。しかし、定義によれば、プラネタリーヘルスは、今まで環境衛生の研究には必ずしも組み入れられなかった点を考察することになります。つまり、人間が自然システムを撹乱することで生じた疾病や潜在的障害を回避するのに、自然システムがどう関わっているのかということの重要性を明確に説明しているのです。
「人間活動の環境負荷を表す指標である“エコロジカル・フットプリント“は過去数十年を経て急速に膨らんできています。それは我々が世界中至る所で、今我々を脆弱にするような方法で自然システムの構造と機能に影響を与えているためです」と、ハーヴァード大学T.H.チャン公衆衛生校の環境衛生学部(Department of Environmental Health at the Harvard T.H. Chan School of Public Health)の主任研究科学者であるSamuel Myersは述べています。彼は「でも我々の影響は“善なる力”でもありえる」とも言っています。プラネタリーヘルスの枠組みには、持続的な地球規模の環境管理を行えばそれは人間の健康に直接寄与することになるのだ、という暗黙の前提が存在するからです。
プラネタリーヘルスの中心になる概念の多くは、グローバルヘルス(原注3)、保全医学(原注4)(訳注5)、One Health(一つの健康)(原注5)(訳注6)およびEcoHealth(エコヘルス)(原注6)(訳注7)を含む分野で数十年間も使われてきたものです。気候変動と健康の関係を探る、今発展中の領域でも同じことが言えます。しかし、プラネタリーヘルスの枠組みによって、こうしたそれぞれの領域で用いれてきた概念が一体化したものとなるのです。
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