「姫路市役所冷房設定温度25℃」と 「涼しくないエアコン問題」

投稿者: | 2019年10月8日

                              姫路市役所(撮影は筆者)

「姫路市役所冷房設定温度25℃」と「涼しくないエアコン問題」

桑垣 豊(NPO法人市民科学研究室「熱とくらし研究会」)

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●姫路市役所が冷房温度をさげた理由

 2019年7月、姫路市役所は市長名で、この夏の冷房設定温度を25℃にすると発表しました。その理由は、以下のとおりです。
1.省エネを考慮した環境省の冷房設定温度28℃では、暑くて仕事の能率がさがる。
2.仕事の能率をあげると残業時間が減って、消費電力は相殺して省エネに反しない。
3.室温28℃を境に暑くなることに、それほど根拠があるわけではない。
4.体感温度には、室温だけでなく湿度も影響する。個人差もある。
 このような認識には、現在の冷房に対する問題提起の部分もありますが、冷房に関する基本的認識の欠如もみられます。この姫路市の問題提起に答えるともに、冷房の正しいとらえ方を示したいと思います。
                         
●姫路市の問題提起に答える

1.省エネを考慮した環境省の冷房設定温度28℃では、暑くて仕事の能率がさがる。
【答え】
 環境省は以前(2005年)、28℃を冷房時のエアコンの設定温度としていましたが、今は室温に変えました。しかし、2010年ごろにずるずると表現を変えはしたものの、以前の認識がおかしかったとは認めていません。そのせいで、今も半分以上の人が設定温度だと思い込んでいます。
 ここからは推測ですが、当初から室温だとしていた経済産業省の手前、まちがいを認めたくないという縄張り意識がありそうです。実は、2005年、私は経済産業省に省エネ基準に湿度条件が入れるように、申し入れに行きました。経済産業省の担当者は、冷房に関する基本認識であるべき除湿のことを理解しませんでしたが、環境省の「設定温度28℃」はおかしいと述べていました。
 残念ながら、姫路市も設定温度だと思い込んでいます。ただ、設定温度を28℃よりも下げたほうがいいのではないか、という考えはまちがっていません。室温にはムラもあり、個人の感じ方にも差があるからです。

2.仕事の能率をあげると残業時間が減って、消費電力は相殺して省エネに反しない。
【答え】
 仕事の能率をあげるのは環境だけでなく、労働環境を整えることで健康にもいいので、悪いことではありません。ただ、エネルギー消費が大きい方法は、さけるべきだということです。しかし、では25℃まで3℃も下げるべきとは思えません。今度は寒い人も出てくるからです。
 私はそれを確かめるために姫路市役所に行ってみたのですが、9月に入っていたので、8月いっぱいの実験は終わっていました。あちこちで、温度を測ってみましたが、だいたい26.5±0.5℃でした。26℃に設定しているのではないかと思います。長袖の人は見えなかったので、寒い人はいないようでした。ただ、少し温度の高いところではセンスであおいでいる人がいたので、よく動く仕事の人は少し暑かったのではないでしょうか。
 結局、一番暑い場所にいる人が28℃以下になるようにしたのと同じことで、環境省のいう趣旨からあまり離れていない。環境省がちゃんと説明しないから、夏中かかって学んだということです。おそらく、環境省は今も冷房を正しく認識しているとは思えません。わかっていれば、もっと納得できるわかりやすい説明をするはずだからです。
 また、多くのほかの自治体では、設定温度28℃を守っていて、暑くて仕事がはかどらない人も多いようです。

3.室温28℃を境に暑くなることに、それほど根拠があるわけではない。
【答え】
 これは根拠があります。経験的な事実ですが28℃を境に汗の出る量が変わります。そして、頭の働きも急に悪くなります。人間のヒフ表面には温度センサーがあり、一つの温度より上か下かだけを判別するセンサーがあるようです。その温度とは、18℃、25℃、28℃、35℃などです。恐縮ですが、テレビ番組で見た記憶だけで元の文献がまだ見つからないので、これ以上くわしいことは書けません。
 ただし、この温度センサーはそれほど正確ではないのではないか、という人も多いと思います。それは、温度計の目盛りや気象庁発表の気温が、実感とはずれているからではないでしょうか。このずれは、湿度の影響、壁や窓からの放射熱の温度も総合して、ヒフのセンサーが感じているからです。室温計と放射温度計で、いろいろの温度でためしたところ、かなり体感は正しいというのが実感です。
 本当は室温計の温度が正しいのだけど、体感温度は左右されるという言い方で、室温以外の要素を、気分や主観のせいにして、きちんと研究してこなかった専門家の姿勢も問題です。

【参考文献】
『汗の常識・非常識』小川徳雄 ブルーバックス1218 1998年

4.体感温度には、室温だけでなく湿度も影響する。個人差もある。
【答え】
 それは正しいのですが、それなら一律25℃にした理由がわかりません。姫路市の発表を読むと日射の影響も書いてあり、放射も視野にあるように見えます。ただし、可視光線である日光は認識していても、壁や窓からの放射はよくわかっていないようです。
 姫路市役所の本庁舎は、1階から2階にかけて吹き抜けの部分がありガラス張りでした。日光が照りつけて、ガラスからの再放射はかなり暑いでしょう。1階のロビーから放射温度計で測ったところ、30℃以上ありました。ガラスのほうを向いたら、30℃以上の熱であぶられることになります。
 もちろん、個人差はありますが、そこには現代人のエアコン依存の問題もあります。エアコンに頼りすぎると、暑さや寒さにからだが適応できなくなります。具体的にいうと、人間のからだは、夏は28℃以上で暑く感じますが、冬は25℃以上で暑く感じるようです。何人かで試してもらったところ、そういう傾向があります。ところが、今の大学生にたずねてみると、夏でも25℃以上で暑く感じる人が3分の1くらいに及ぶようでした。
 これは、春先に気温があがったときに暑熱順応という現象があって、1週間くらい慣れると暑く感じはじめる温度が25℃から28℃にあがるのです。専門家もこれに気が付いているようですが、汗が出るからだに切り替わるかどうかの問題と認識しているようで、中途半端です。
 今は、冷房しているか暖房しているどちらかで、「過剰空調の時代」です。その一方で、がまんしすぎて熱中症になる人がいる。しかし、今年のように異常に暑いと、遅ればせながら夏の終わりに暑熱順応する人がいる。冬はもっと深刻で、外に出るときも厚着をすればいいので、なかなか寒冷順応しない。暖房温度の設定が25℃以上の学生が3分の1以上もいる。極端な場合、順応が半年遅れて、夏は25℃以上が暑く、冬は25℃以下が寒い人が出てくる。逆位相順応ともいうべき現象です。
 そういう人が出ないように、注意をうながすことが必要です。省エネのためのがまんというより、本人もそれのほうが快適です。その結果、省エネにもなる。

●涼しくないエアコン問題とは

 2003年発売のエアコンから、冷房があまり涼しくなくなったことはご存じでしょうか。冷房には、室温を下げるとともに、湿気を取る働きもあります。除湿を行うには潜熱を奪って結露させる必要があるので、単に空気の温度下げる以上の大きなエネルギー投入が必要です。ところが、経済産業省の省エネ基準には、冷房時の最低限の除湿基準がないので、少ないエネルギーで室温さえ下げれば、基準を満したことになります。
 すでに述べた経済産業省に意見を聞きに行ったのは、このことを訴えるのが目的でした。残念ながら、経済産業省の担当者はメーカーの責任だと逃げをうちました。その上、空調衛生工学会元学会長の本にも、「最近、除湿能力を問題にする人がいるが大きな問題ではない」とあり、がっかりします。
 しかし、いくら基準がおかしくても、体感すれば涼しくない湿度の高いままのエアコンの気持ち悪さはわかるはずです。これは、マニュアルばかり信じて、自分の頭で考えない世情もあるでしょう。さらに、除湿は冷房の基本であるとわかっていたメーカーのベテランの職員が、2000年前後の電気メーカーの大量リストラにあってしまったことも関係ありそうです。大量リストラは会計原則が変わり、株価を業績に反映させるようになったこととも関係あます。冷暖房と関係のない間違った改革が影響を与えたのです。
 姫路市役所が28℃で暑いと感じて、3℃も下げたのは、「涼しくないエアコン」にまともな除湿をさせようとすると25℃に設定しないといけない。そういう事情があります。学会やメーカーの常識でさえまちがっているのですから、むしろ、姫路市役所の孤軍奮闘は応援すべきかも知れません。
 「すずしくない冷房」の話はもっと複雑なので、改めてくわしく展開する予定です。

【参考文献】
『省エネルギーシステム概論』田中俊六 オーム社 2004年
 除湿軽視や原発肯定は問題だが、いろいろ勉強になることが書いてある。
『賢いエアコン活用術』北原博幸 技報堂出版 2003年
 ノウハウ本のように見えて重大なことが書いてある。元ダイキン研究者の著書。

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