講義録 「”科学技術と社会との界面の存在=技術者”の倫理とは何なのか?」

投稿者: | 2019年10月8日

市民科学講座 講義録

“科学技術と社会との界面の存在=技術者”の倫理とは何なのか?

比屋根 均 (技術者倫理・技術者教育研究者)

2019年67月2 日 光塾COMMON CONTACT並木町 にて

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上田:技術者倫理という言葉は皆さんもお聞きになったことがあると思うが、私自身は2年間のJSTの研究助成が取れた時に(2005年)、技術者倫理を日本で最初に体系的にやろうとされていた札野順さんの研究発表を聞く機会があった。技術者倫理というのはこうやって生まれてきたのかと知った。比屋根さんのSTS学会、テクノロジーカフェの活動を知って、一度じっくり技術者倫理の中身を聞いてみたいと思った。ご著書を2冊読ませてもらったが、比屋根さんが独自の道を組み立てて行きたいという意向が伝わってきた。

 

比屋根:技術者倫理の非常勤講師として中部地方、名古屋を中心に生きている。教科書も2つ書き、関連して博士論文を書いた。独自の道と言えばその通りだが、独自の道をこれが正当な道でしょ、というところもご理解いただければと。

自己紹介として、東大を金属で修士まで出させてもらった。金属系の会社に入り数年でプラント部門行けと言われ、その後品質保証(QMS)のマネジメント側に行った。そうすると不況になり、失われた10年、20年があった。その頃たまたま受けたのが技術士試験。なんでそんな試験を受けたのか分からないが、技術士会に入ってみると面白かった。コンサルタントとして独立する人達がいた。ISO(国際標準化機構)の奔りだったので、そういう人達が格好良く見えた。二次試験も受け技術士になった。

技術者倫理が日本で始まったのは1997年頃。JABEE(ジャビー;日本技術者教育認定機構)というのができて、技術者倫理という科目が工学部のスタンダードとしてやらなきゃいけなくなったのが2000年頃。それから技術者倫理が流行り始めた。ある意味、技術士(会)が倫理を学び始めるという逆輸入、学生向けの教科書で倫理を学ぶという逆転現象が起こった。

その頃から倫理研究を始め、大学教育の方でも需要が出てきて、技術者倫理を非常勤で教えるというラッキーな流れもあった。でも私自身はどうも落ち着かなかった。名古屋大学大学院情報科学研究科の戸田山和久先生のもとで技術者倫理をやろうと博士課程に行き、もう会社はいらないと退職して、名ばかりの技術士事務所を設立した。博士論文を出す前に研究手段として教科書を出した。この7月には中部本部の倫理委員長になる。去年の9月にも新しい2冊目の教科書を出した。

 

1.「技術者倫理」教育に何を求めるか?

技術者倫理とは何か。「技術者倫理」と言うと、すんなり受け入れてくれる人とアレルギーを感じる人がいるのが実態だ。だから理由づけがいる。どの教科書も枕に書いてあるのは、1990年代頃に技術者倫理が始まった当時は事故・不祥事が多かった、ということ。しかしそんなことは昔からのことだから、それを理由にするのは違うだろうと思っていた。

ただ、外から見ている人が事故を防ぐことを期待されていたのは分かる。企業・組織の不正・不祥事を防ぐ役割も期待されていた。最初の頃の技術者倫理の教科書が強調していたのは内部告発者としての役割。正義の味方として暴いてくれ、と。

もう一つは、専門職業者の社会的地位の確立のためには倫理が要るということ。当時は終身雇用制が批判され見直される気運があった。どんどん人が転職し動いていくためには、倫理を身に付けた人も必要、という背景。

1995年からAPECエンジニア制度の整備が始まる。ちょうどGATTからWTOに変わった時期だ。東西冷戦が崩壊して、自由なグローバル化、互換性をもって人も動くことが目指された。日本に海外から技術者も来て、日本の技術者が海外でも活躍できるような制度を目指そうという流れ。その流れの中で倫理が求められるようになった。

当時のお手本はやっぱりアメリカ。先のJABEEが大学工学教育の技術者教育としての認定基準や制度のお手本としたのはABET(エイベット;米国の技術者教育認定機関)だった。ABETが1997年頃に作ったのが、Engineering Criteria 2000(EC2000)という認定基準。それを日本のJABEEも導入した。当時の日本の工学教育者側は、それまでの工学教育に技術者倫理科目を加えれば、なんとかABET並みの国際標準を満たすだろう、というのに近い見通しだったろうと思う。

JABEE認定基準には、(a)「地球的視点から多面的に物事を考える能力とその素養」とか、(b)「技術が社会や自然に及ぼす影響や効果、及び技術者が社会に対して負っている責任に関する理解(技術者倫理)」とか書かれている。日本では普通(c)、(d)の2つだけが工学専門教育の中身になる。(e)は工学教育で「エンジニアリング・デザイン」といわれる内容で、問題解決のために創造する力の養成。こういう科目はそれまで日本になかった。それから(f)コミュニケーション能力だが、まだその内容もとらえ切れておらず、語学とかプレゼンテーション力とかに流れ勝ちだ。(g)「自主的、継続的に学習する能力」についても、その意味が分かる人は少ないと思う。(h)「与えられた制約の下で計画的に仕事を進め、まとめる能力」や(i)チームワークの能力は、JABEE基準に最初入っておらず、後から加えられた。これらの基準を全部クリアしないと技術者になれなかったのがアメリカの標準。日本では(c)、(d) の2つしか完備していなかったわけで、慌てて他を付け加えたという感じ。技術者倫理もアメリカの教科書を翻訳・導入して教え始めた。

 

2.プロフェッショナル批判への反省無き日本の工学教育と導入された「技術者倫理」教育の混乱

(1) 1960~80代米国のプロフェッショナル批判

アメリカの場合は技術者倫理という科目を導入するだけの歴史、背景があった。しかし、日本はそれを導入する動機がまだなかった。アメリカでは歴史的な問題を解決する中で技術者倫理教育を確立してきたのだが、日本ではそのような歴史的な問題の解決に取り組んでいなかった。解決前の日本が、解決後のアメリカの成果である技術者倫理教育を導入したことになる。ここに日本の工学教育・技術者倫理教育の抱える基本的な問題が生じる。

アメリカでは何が解決したのか。1960年代から80年代、アメリカではプロフェッショナル批判が巻き起こったと言われている。文献によるとそう書かれている。

例えば、市民の側からは、「彼らは堤防を作ることはできるが、何が環境に良いかを考えない。その能力がない。」「言われたことをやるだけで、やみくもに人工物を作って環境破壊している。」といった批判があったという。

また、経営者側・産業界側からも、「競争的で創造的なグローバル市場に対応したスキルの欠如。コミュニケーション力、チームワーク力の乏しさ。技術的な問題解決への社会的または非技術的な影響を認識する力の欠如」などの批判があった。技術的に問題を正しく解決できるといっても、問題には社会的・非技術的な影響もあるでしょ、それを考えなさいと。社会のことを考えるということは、非技術的なことを考えることなわけだが、自分たちが学んできた工学的専門知識の中だけで正しいと思ったことは、社会の中で必ずしも正しいとは言えないでしょ、と。

アメリカではこれら2つの批判への応答として、技術者倫理教育が確立され、ABETの認定基準EC2000が出された。産業界も含めていろんな人が技術者教育について考えた成果だ。この2つの成果を日本に導入したわけだが、それは形であって、アメリカの先進性がどこにあるか、どういう問題をどういう経緯でどう解決するものとして作られた成果なのかなど、その内容や意味に関しては思いが至っていなかった。

 

(3) EC2000と技術者倫理教育を導入した日本の反応

日本の工学者たちの反応は非常に素朴だった。工学会でも、「あ、我々は学術団体とは思っていたが、技術者協会の役割もあったのか」という感じだったろう。また、JABEE認定基準を満たせば米国並みの技術者教育は達成するものと、単純に考えてもいた。

米国から導入しての形の整備は、実は突貫工事だった。APECエンジニア制度を作りますと言った1995年のAPEC首脳会議で、日本は議長国だったからだ。この国際公約を実現するため、5年間、まず形の整備に取り組むしかなかった。そして背景にある制度や内容の本質は置き去りにされた。

アメリカがプロフェッショナル批判を受けて整備した形を、プロフェッショナル批判を受けてこなかった日本が技術者教育や技術者倫理の見本にしたわけだ。それで技術者倫理教育は重荷を背負うことになったのだが、実際は重荷を重荷として背負わず、内容抜きの形を実現しようとした。それが日本人だ。それで、哲学者・倫理学者に、「君たち、倫理だから出来るでしょ、やってね」となった。

1997年に日本で初めて現在につながる技術者倫理教育を始めたのは、先ほど上田さんから紹介のあった札野順氏。彼は現在も同教育の先頭を走っている。札野氏は人文・社会側の人。金沢工大にいる時にアメリカに技術者倫理の視察に行き、当地では有名な大学で技術者倫理を教えていたことに気づく。そこで出会ったハインツ・ルーゲンビール(Heinz C. Luegenbiehl)氏を招聘し、金沢工大で技術者倫理教育を始めた。

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