生きもの屋でない市民が自然保護にかかわる可能性

投稿者: | 2022年2月10日

生きもの屋でない市民が自然保護にかかわる可能性

倉本 宣(明治大学農学部)

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前報で、市民が自然保護にかかわるには同定能力が必要なことを述べた。それには一般にその生物群に対する「目」が必要だとされている。

1.種の識別の重要性

東京都の府中四谷橋の工事の際にアセスメントを請け負った大手の建設コンサルタント会社がカワラノギクを識別する能力がなかったため、カワラノギク個体群に配慮した工事が行われず、1990年代半ばの多摩川で2番目に大きなカワラノギクの局所個体群が絶滅した(倉本ら1997)。カワラノギクは場所によっては個体数が多いものの、分布域が狭く、個体群の数も少ない絶滅危惧植物である。開花個体は同定が容易なものの、ロゼット個体は知らないとオオアレチノギクやヒメムカシヨモギなどの外来種と誤認しやすい(写真)。

多摩川の自然を守る会では、多摩川の礫河原固有種や礫河原代表種の分布についての情報を、河原を踏査して詳細に記録してきた。それは、多摩川における工事の際に、多摩川の自然を守る会から河川管理者である国土交通省京浜河川事務所に対する意見の根拠として有効に活用されてきた。例えば、2021年6月11日の記事の一部は「新二子橋から東急ゴルフ場下流端までの多摩川右岸 私の知る限りで多摩川のカワラサイコ分布最下流端は新二子橋付近の高水敷で、開花7個体確認。昨年6月は5個体、一昨年6月は34個体だったので絶滅寸前。」(柴田隆行 多摩川の自然のニュース2021年4~6月http://www.nekobiyori.com/tamagawa/news-21b.html 2022年1月8日閲覧)

 

2.アプリの可能性

最近は画像を識別して名前を示すアプリが普及し、学生が活用している。これまでは、図鑑の絵と比べて識別する絵合わせと呼ばれる方法で種名の見当を付けていたので、それが電子化されたものと言えるかもしれない。結果を完全には信じないで、図鑑等の記載をよく読んで確認すれば役に立つと思われる。ただし、カワラノギクのロゼット個体のように、生活史段階によっては識別がむずかしいので、すべての植物の識別はできなくて、一部にとどまることが予想される。

識別の間違いは、フロラリストなどにおいて、存在しない種を存在するものと記載する場合と、存在する種を記載しない場合がありうる。解析には「在・不在」の情報があることが望ましいが、従来も未発見の種は存在し、「在」の情報だけが確実だったものと思われる。アプリと記載情報を組み合わせれば、前者の間違いは防止できるので、「在」の情報のみなら用意できるであろうから、精度は劣るものの類似した情報を提供することができる。

生育しているにもかかわらず、認識されなかった種が、保全上重要な種であった場合には、府中四谷橋のカワラノギクのような事態が起こる。保全上重要な種がごく少数のみ生育している場合に、開花結実の季節を逃すと発見することはむずかしい。貴重な自然を開発から守ろうとするとき、保全上重要な種をあげることがしばしば行われる。生育・生息している種を認識できないことは開発を阻止する力を弱めることになる可能性がある。現実には、保全上重要な種を現場でそのまま残すことはまれで、移植・移殖して開発は進められることが多いので、網羅的に発見できなくても、一部を見いだして、専門的な調査の必要性を示せれば有効であろう。例えば、関戸橋架け替え工事では、架け替え工事に伴う環境保全対策として、最初に、希少な動植物を工事エリア外へ「移動・移殖」をあげている(関戸橋通信2 https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/content/000026999.pdf   2022年1月8日閲覧)。この場合の環境保全対策は河川管理者の国と橋の工事を行う東京都の立場にすれ違いがあって十分ではないものの。

 

3.生物学の対象としての種

ここまではあくまでも実務の話であり、種は生物学の重要な研究対象である。

生物学的種と呼ばれる、交配可能性によって種を認識する考え方が主流ではあるものの、これがあてはまるのは一部の分類群だけであり、例外がきわめて多い。例えば、有性生殖をしない生物については、交配可能性を検討することができない。

一つの種とみなされていた生物群が別の種とみなされることも多い。例えば、日本産メダカはOryzias latipesという種とされてきたが、2011年に青森県から兵庫県の日本海側に生息する「北日本集団」が別種Oryzias sakaizumiiとして記載され、その後、後者をキタノメダカ、前者をミナミメダカと呼称することが提案された。形態的に区別できなかったものが交配せず、別の遺伝子プールをもっていることが判明したものである。それは、隠蔽種や同胞種と呼ばれる。遺伝子レベルの研究が進んだ結果、一層、みつかるようになっている。さらに、種より下位の集団である進化的重要単位や管理単位が認められることもある。

種内の遺伝的変異も保全すべき対象と考えられるようになっている。主要な樹木の対立遺伝子の構成の地図が作られていて、むやみに移動することは遺伝子レベルのかく乱になるので、移動してもよい範囲が提案されている(津村・陶山2015)。

やはり「目」が重要なのかもしれないので、市民科学者にとってもその分類群の専門家との協働が望ましい。

 

引用文献

倉本宣・鷲谷いづみ・北野 健・井上 健(1997) 多摩川におけるカワラノギクの種子による移植 環境システム研究 (25), 19-24, 1997

津村義彦・陶山佳久(2015) 地図でわかる樹木の種苗移動ガイドライン 文一総合出版 176ページ

 

付記1

私は植物学教室の出身で、同級生は7名。メダカの酒泉さんsakaizumiiは向い側の窓の動物学教室のメダカを材料にした研究室の1年先輩だ。進学したときには、7名の中で一番たくさんの植物の種名を知っていたのは私だった。約800種。植物社会学の先生によれば、植生図を作る研究には様々な生活史段階で2000種、路傍の植物観察では800種識別できる必要があるということだった。これは何とかなるかもしれないと思ったが、分類の研究室に進学した同級生とは異なって、私の知っている植物の種数は増えなかった。

その代わり、日曜の生態学者として、分布域の狭い絶滅危惧種のカワラノギクの研究をしたので、多摩川の自然を守る会や相模川カヌーインシンポジウムやカワラノギクを守る会や愛・ふるさとの方の相談に乗ることができた。この場面では、私は専門家としての役割を演じてきた。逆から見ると、連絡を取り合ってきた活動は、私をうまく利用してくださったという印象を持っている。

付記2 

野鳥が専門の大学院生と植物と昆虫が専門の大学院生にこの原稿について相談したところ、やはり「目」が大事であり、アプリは「目」を養うための補助的手段にすぎないというコメントを得ている。

 

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