博物館活動への市民参画: 植物標本デジタルアーカイブプロジェクトの推進力として【前編】

投稿者: | 2022年5月12日

市民科学入門講座 報告(前編)

見る目が変わるミュージアムの楽しみ方シリーズ第4弾

博物館活動への市民参画:植物標本デジタルアーカイブプロジェクトの推進力として

 

報告者:三河内彰子

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◆実施要領◆

場所:東京大学総合研究博物館ハーバリウム(現地参加とオンライン配信)

日時:3月13日(日)13:30~15:00 (現場では13:15-16:00)

◆講師◆
池田博    (東京大学総合研究博物館 准教授)
三河内彰子  (市民科学研究室 理事、明治学院大学言語文化研究所 研究員、東京大学総合研究博物館 研究事業協力者)

 

はじめに

国内外のミュージアムにおいて、植物標本はハーバリウム(植物標本庫)とよばれる場所で保管され、学術研究や展示に利用されてきました。ハーバリウムは通常一般公開されていないことが多いだけでなく、新型コロナウイルス感染症の拡大以降は、世界中のミュージアムが一時一般への公開事業を中止せざるを得ないという状況が起きました。その渦中で、市民科学研究室(市民研)では、2020年12月にオンライン会議室システム(Zoom)を使ったミュージアム公開の試み「ミュージアムにおける植物画の楽しみ方」を東京大学総合研究博物館ハーバリウムの池田博先生のご協力を得て開催しました。市民研ではオンラインによる講座や研究会の公開は2018年5月から開始しましたが、オンラインで現地の事物を配信するのはこの回が初めてでした。今回は引き続きミュージアムをテーマに、ミュージアムと市民参画という視点から、若干名の現地参加者を募り、押し葉標本作製やデジタルアーカイブ化の作業などの博物館活動を体験し、その様子をオンラインで配信することとしました。ここでは実施の報告に加え、当日も触れたシリーズ化と上記のオンライン化についてこの機会にまとめることとし、以下の順で、講座のシリーズ化とオンライン化、当日の内容、オンライン参加者との交流で見出された考察を報告します。

小石川植物園のメンデルのブドウ棚の前でスタッフの根本さんから由来を知る一行(シリーズ第2弾2019年12月)

 

見る目が変わるミュージアムの楽しみ方のシリーズ化とコロナ禍でのオンライン化

ミュージアムをテーマとした公開講座は、著者が上田さんに講師として招かれた2016年1月の市民科学講座をきっかけとしています(表1)。丁度『市民研通信』では第30号(2015年5月)に会員の林浩二さんによる博物館と社会を考える新連載が始まった年度でした。連載同様、講座も市民研の各理事が企画をする講座の1つとして、筆者が理事になった2018年度以降、年1回12月に「見る目が変わるミュージアムの楽しみ方」としてシリーズ化しました。講座では市民科学としてミュージアムの神髄を味わえるよう、歴史的にも科学的にも現場の文脈により踏み込んだ視点から展示(物)の共有や実習、非公開部分の見学等を行い、社会におけるミュージアム利用の工夫を皆さんと検討する時間をとりました。今回の講師の池田先生には、第2弾よりご協力いただき、東京大学大学院理学系研究科附属植物園(通称 小石川植物園)の見学と総合研究博物館での実習を通じて植物園に大学の視点が入ると自然に対してどのような見方ができるのか、植物園はどのような場となりえるのかを吟味しました。そして当時より第3弾として博物館内のハーバリウム見学を企画していました。

東大総合研究博物館の研究室よりオンラインで、池田博先生が植物画の実物を手にして解説(シリーズ第3弾2020年12月)

しかし、2020年度はコロナで総合研究博物館自体が閉館(大学自体が入構規制)となり、オンラインによる実験公開へと趣旨が移ってゆきました。市民研の現場体験型の講座も実施されませんでした。そこで、2020年12月の第3弾は、オンラインの市民科学入門講座(第2月曜日の夜19~20時に短時間で非会員も気軽に市民科学に触れられる枠)で実施されました。結果、参加の間口を広げた理文をまたぐ話題を選び、昨今人気が高まる植物画の世界を大学博物館の視点を共有しながら紹介しました。なぜ絵画がハーバリウムにあるのかを問い、植物画にはミュージアムとは切っても切れない植物保存のための工夫が詰められており、押し葉標本同様に重要なこと、その知のシステムを支える植物画家の存在や技術、後継者不足の実態を投げかけました。参加者内で積極的な意見や情報の交換をすることができ、筆者の私物のiPhone 11 Proを用いたオンライン中継でしたが、体験型の講座ができる手ごたえがありました。リアルタイムで収蔵庫から標本が取り出され、繊細な植物画や押し葉標本を比較でき、双方向で質疑応答もできた点が好評でした。参加者からこのような世界をもっと早く知りたかった、もっと公開してほしいという反響がありました。

第4弾となる今回の講座もコロナの状況を鑑み、再度大人数での見学は断念しました。代わりに当ハーバリウムが2021年度に国の科学研究費を受けて実施しているプロジェクト(「地球規模の生物多様性情報集積に寄与する「ヴァーチャル・ハーバリウム」用高精細画像データベース」:植物標本デジタルアーカイブプロジェクト)には市民がその推進力として参画していることから、人数を限ってその一端をハーバリウムで現場体験してもらうこととしました。そして、その作業の様子を2021年に発足した市民研アーカイブ研究会がオンライン配信することとしました(市民研のアーカイブとして録画も行い現在公開に向けて編集中)。

 

<見る目が変わるミュージアムの楽しみ方シリーズ>の報告

序論   2016年1月29日   市民科学講座「三河内彰子さん、 博物館はどんな可能性のある場所ですか?」
第1回    2018年12月16日        市民科学講座「博物館のシロナガスクジラが青いわけ」
第2回       2019年12月7日          市民科学講座「植物園×大学~小石川植物園の公開例から~」
第3回       2020年12月21日       市民科学入門講座「ミュージアムにおける植物画の楽しみ方」

公開講座:植物標本デジタルアーカイブプロジェクトの推進力としての市民参画

当日、ハーバリウムには市民研の会員4名の参加(うち2名が体験、その他は主催の上田さんと配信のために市民研アーカイブ研究会の瀬野理事)と講師として池田先生と筆者、また、日頃撮影作業に参加してくれている学生アルバイトさんから1名(高橋佑征さん:東京海洋大学の学芸員課程)が支援にあたり、計7名が密にならないように会場を使って実習を進めました。工程は以下の通りです。

当日のスケジュール
1)東京大学ハーバリウムと標本のデジタル化:歴史的背景
イントロとして押し葉標本を見ながら標本のつくりを知り、情報の読み取りを体験
実際に収蔵庫に入って標本を観たり、収蔵庫という立体的な知のシステムを体感
2)押し葉標本作製
あらかじめ採集され、新聞紙で押され乾燥された出来合いの仮標本を利用して、
台紙に貼る過程で押し葉標本作成の技術や知恵を体感する
休憩
3)デジタル画像化のスタジオでの撮影
スタジオや撮影システムの工夫を知り、実際に撮影を体験

 

1)東京大学植物標本室(ハーバリウム)と標本のデジタル化:歴史的背景

シリーズ第2弾でも触れたように、東大のハーバリウムは総合研究博物館と小石川植物園の二ヶ所に分けて収蔵されており、現在およそ190万点の標本が収蔵されています。

日本で最も古いハーバリウムで、世界中のハーバリウムに割り振られた略称はTI。略称は例えば江戸時代に日本に来たシーボルトの植物標本の調査でお世話になっているオランダ・ライデンにあるハーバリウムはLで、アルファベット1文字から始まり、次が2文字、3文字となっていることからも(例えば、最近承認された沖縄美ら島財団 総合研究センター植物研究室はOCF)古いことがわかります。

コレクションの特徴のひとつとして,ヒマラヤ地域(ネパール,ブータン,インド東北部,パキスタン,アフガニスタンなど,一部中国西南部(雲南省,四川省,チベット)も含む)の標本を数多く収蔵していることが挙げられ、これらの標本は約20 万点ほどあると推定されます。

 

いざ収蔵庫へ

東大のハーバリウムが所蔵するもっとも古い標本の一つ1879年(1877年東大設立の2年後)の植物標本を閲覧。保存状態良く保管されているのを間近に見て、参加者からは植物が何で留められているかなど、後半の標本作製につながる質問が出ました。

東京大学総合研究博物館では、90年代後半からデジタルアーカイブ化を進めており、植物だけではなく様々な分野の資料データベース(UMDB)がオンライン上で公開されています(https://www.um.u-tokyo.ac.jp/web_museum/database.html)。ヒマラヤ産の標本のうちネパール産の標本については、これまでにおよそ10 万点の標本情報がすでに登録され、1 万点ほどは標本の画像も取得し一部は既に画像付きで閲覧ができます(http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DShokubu/)。例えば、池田先生のご専門は、Potentilla(バラ科キジムシロ属)というヘビイチゴの仲間の植物で、池田先生が採取し、先生の先生にあたる大場秀章先生と新たに変種を記載した時のタイプ標本(名前を決めた時に用いた標本)の画像もUMDBの植物データベースで閲覧できます。講座の現地会場では、データベースからの画像と標本庫から取り出された同じ種類の標本を見ながら(オンラインでは画像を見ながら)解説がありました。

 

Potentilla cardotiana Hand.-Mazz. var. nepalensis H. Ikeda & H. Ohba, var. nov. のアーカイブ画像。標本は、いつ、どこで、誰が採取したかが重要。写真の右下の標本情報が貼られている用紙(ラベル)に1988年のヒマラヤ調査隊がネパールで7月30日に採取、その隊に池田先生が参加していたことがわかります。

 

一方で、TIに収蔵されているヒマラヤ産植物標本の約90%はまだ画像の取得ができておらず、ネパール以外の地域の標本については標本情報,画像ともにほとんどデータベース化されていない現状がありました。

2021年3月まで押し葉標本の画像取得に使われていた手作りの機器。スキャナーが上段に伏せておかれ、中段の上に標本を載せ下のジャッキで調節する。

このように膨大な量のアーカイブ化には恒常的に画像を取得する必要があります。ミュージアムにおけるデジタル写真付きのデータベースの構築は1990年代から進められており、それ自体は新しいものではありません。当時はフィルムカメラでの撮影や照明の設定のために、プロの写真家に依頼し画像撮影をする形式が主流で、予算を調達できる大きなミュージアムが一定量を集中して撮影を進めるようなものでした。現在では、その重要性の高まりとミュージアムに適したデジタル化の方法の開発がなされ、各館でデジタルアーカイブ化する部署をもって日常的に進めているところも増えました。

東大のハーバリウムでは、押し葉標本の特質である平面であることが利点となり、他の分野よりも一足早く、継続的な画像の取得の仕組みができていました。手作りのフレームに市販のスキャナを逆さにしてスキャンをする方法です(右上写真参照)。これにより、撮影の度に設営をする手間が省け、また、標本を傷めずに高解像度の画像取得が可能となりました。しかし、1枚の画像取得に時間がかかる難点があり(その時間にスキャンする人が同時にデータ入力できるということもあるのですが)、総量に対して時間もお金も追いつかない状況でした。

ハーバリウムに2021年3月に撮影室を設置、押し葉標本のデジタル撮影を行う池田先生。カメラ(画面左上)は下向きで設置され操作はパソコンで行う。

最近、高性能のデジタルカメラを使って画像を取得する簡易スタジオをミュージアムの小スペースを利用して常設することで、低予算ながら画像の質量ともに飛躍的に改善された事例が国内で散見され、2021年3月からは総合研究博物館と小石川植物園でも導入されました。これには国の科学研究費が得られたこと、スタジオはNPF法人フィールドの指導下で元からある機材などをうまく活用しながら設営できたことで開始することができました。後編3)の実習で分かるように、素人でもトレーニングすればその日のうちに撮影作業ができます。そこで、これまでスキャナーで行っていたスタッフに加え、ハーバリウムで受け入れている博物館実習生にも作業に参画してもらいました。その他、研究者づてに一般の方や、また夏季休暇以降は著者の担当する明治学院大学と東京海洋大学の学芸員課程の学生さんから有志を募り、撮影の他に取得した画像のラベルから情報を読み取りエクセルに入力する作業を依頼し、公開に近づけようとしています。

 

2)押し葉標本作製

今回は、参加者の方に、アーカイブ事業を紹介するにあたり、新設のスタジオで新システムによる標本の画像取得を体験していただくこととしました。また、その前に、標本やその画像で植物のどのような部分を保存してゆくのか、それを理解するには実際に押し葉標本をつくり、そのつくりを知ることが大いに役立ちますので、押し葉標本作製過程の一端を体験していただくこととしました。

ハーバリウムに限らず、標本の作製や管理、デジタルアーカイブ化など、世界中のミュージアムにおいて日常の様々な博物館活動が多様な人の手でなされていること、特にアマチュアを含めた研究部門外の市民が関与していることは、日本ではあまりよく知られていないでしょう。その要因の一つはミュージアムにおける研究者重視があるでしょう。例えば、国外では、市民研の上田さんは海外調査をした際、デジタル化のプロジェクトに参画する市民に遭遇し、その規模の大きさに衝撃を受けたそうです。後半ではこのように「植物標本のデジタルアーカイブ化」プロジェクトを経験をもって紹介することで、現地参加者もオンライン参加者も、これまでの自身の植物との付き合い方を振り返り、標本を分類、保存、活用するプロセスを通して築き上げられた独特の見方に触れました。「中学生の押し葉標本づくりの時に知っていたら。こういう裏側の方が断然面白かった。あれは嫌な思い出が多かった。」といった感想も寄せられました。また、いつどのようなニーズが生まれるかわからないが、その日のためにもデジタルデータベースを広く開かれたアーカイブとして利用する重要性が話されました。これらは後編で報告します。

 

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