韓国生協・iコープの挑戦

投稿者: | 2012年12月21日

論文
韓国生協・iコープの挑戦
杉野実

はじめに

市民科学研究室でもいろいろな文章を書いていて、専門がなんなのかわからないとよくいわれる筆者の本業(のひとつ)は協同組合研究である。協同組合関係の国際会議で報告するため先日神戸におもむいた筆者は、「iコープ」と称する韓国の消費生活協同組合が発行した、英文の冊子を入手した。iコープは韓国唯一の生協の総本山というわけではなく、同国に複数ある生協全国連合会のひとつであるらしい。だがその活動はなかなか野心的である。運動体と企業体という、水と油ともいえる二側面をもつのが協同組合であるが、まずビジネス的側面についてみると、同コープは7つの物流センターと8つの配送センターからなる「全国物流網」をもち、オンライン決済の普及ともあわせて、組合員の要求をすぐ実現するシステムの構築をめざしている。それだけをみるとトヨタの「かんばん方式」などをも連想してしまうが、そこはやはり協同組合であって、75ある各地域の協同組合は、「独立かつ民主的に」運営されているという。詳細は(当然すぎて?)あきらかでないが、同コープには「直接請求システム」もあって、「組合員の支払いによる組合費がプールされてiコープの予算になる」とも説明されている。最高意思決定機関としての組合員総会が理事を選出し、理事会が執行機関となり、事務局が経営責任をおうという方式も協同組合としては当然といえるが、ただiコープが特に強調している組織上の特徴として、「委員会」が各種の専門機能を発揮していることがあげられよう。ただし委員会は、「理事会・事務局と協調して活動する」と書かれていて、組合員総会を中心とする「直接民主制」との関連は明確でない。「生産委員会」とは別に「食品安全委員会」があるのがいかにも生協らしいといえるし、「教育委員会」があるのはむしろ協同組合らしいといえようか。各地域の社会問題を検討する「村落会議委員会」や、寄付・ボランティア文化の普及を目的とする「分担委員会」などには、iコープらしさがもっとも強くあらわれていると筆者には思われた。以下の各節では、特に注目を要する個別事業について説明していく。

「自然の夢」公園

生協が商品の価格よりも安全性の方を重視するようになったのは世界的な傾向といえるであろうが、iコープはこの点ではかなり徹底している。あらゆる食品について、生産・出荷・配給の各段階で検査をする三段階検査制が、iコープ「自然の夢」ブランドの特徴であるという。生産ないし加工の現場での検査については、品目ごとに詳細な基準が設定されていて、たとえば有精卵については年2回の抗生物質検査、パイについては年2回のトランス脂肪酸検査、食用油については年4回のベンゾピレン検査が義務づけられている。BSEや放射能など、国際的関心が高い項目についても検査がなされているのはいうまでもない。このようなiコープが、「消費者・生産者・被雇用者の共存に立脚した食品安全」をめざして建設をすすめている「クラスター(産業団地)」が、「自然の夢」公園である。忠清北道クェサン(槐山)郡に建設されている「自然の夢」公園は、2011年12月に起工式がおこなわれたというから、まだまだそのあゆみを始めたばかりではあるが、単なる産業団地にはとどまらない、なかなか野心的な計画を内に秘めている。「iコープバレー」というのがその具体的な内容であり、コープの冊子によると、それは果樹園・畜産農園・養魚池・野草園・ハーブ園など、農業団地の範疇に入るもののほかに、「環境にやさしい」住宅や学校などまでふくむものであるという。クェサンはもともとiコープにとって、韓国全土の中心にあたる生産・流通の一大拠点であったが、そこに建設される「自然の夢」公園の敷地63万平方メートルのうち、産業団地の用地は21万平方メートルにすぎず、残りは公園緑地をふくむ公共施設および補助施設のための用地とされている。冊子にもそれほどはっきりと書かれてはいないが、上記の「学校や住宅」というのも、おそらくは主として生産者や被雇用者、あるいはその家族のためのものであろう。「自然の夢」公園の建設は、全羅南道のクレ(求礼)郡でもすすめられている。全部で10万平方メートルの敷地内に、2013年12月までに、20の食品加工企業の入居が見込まれるという。

穀物の有機栽培

コメが農政上でも特に重要な主食であり、小麦も重要な穀物だが輸入に依存しているという点において、韓国は日本とも共通している。有機栽培や自給率向上の推進という、政策の大枠も日本の生協と共通しているが、iコープにおいてはよりつっこんだ取り組みがおこなわれているようだ。「虫見板」や「アイガモ農法」など、特定の技術がマスコミをさわがせることが日本ではあるが、iコープ冊子では特定技術への言及はほとんどなく、そのかわり、同コープのような全国協同組合連合会が、上記課題に率先して対処しようとしていることが強調されている。iコープは、慶尚南道のチャンウォン(昌原)に有機米研究農場を保有しているほか、全羅北道のナムウォン(南原)・ポンカ(烽火)その他全国6か所にも同様の施設を建設しようとしている。前述のとおり農学的・理学的詳細は冊子にはあきらかでないものの、チャンウォンの水田では、150種の水生動物と158種の植物が確認されているという。水田稲作について研究している組合員が「50人」いるなどと記載されているが、その詳細はわからない。組合員やその子供のための「楽しい田んぼの学校」は本当に楽しそうであるが、これについても、参加者がみずから農作業を体験するという事実以外には、「食事が農業を通じて環境を保全し、農村と都市とをつなぐことにも貢献していることをわれわれは学んだ」といった、非常に一般的なことしかわからない。iコープはまた、韓国在来のコメと小麦の品種を、それも伝統的な農法で栽培することをも研究しているというが、そのように意欲的な事業について詳細をあきらかにしていないのは、小冊子ゆえの紙幅の制限があるとはいえ残念である。パンやパスタなど、洋風の食品にまで在来小麦を積極的に使用しようとしている、iコープがかかげる自給率向上の目標は、意欲的というよりむしろ大胆である。韓国の小麦自給率は日本もびっくりのたった1%にすぎないのであるが、同コープは、このシェアを3%、さらには10%にまで引き上げる事業を、「奇跡の計画」と称して果敢にも推進しようとしている。

第三世界との公正貿易

援助される側からする側になった「唯一の」国、などという宣伝が、韓国のマスコミ等ではときとして散見される。必ずしも全面的に事実にもとづいていないそのような言明はときにわずらわしいが、歴史的経緯に大きな相違があるとはいえ、貧困から富裕へとかけぬけた経験は日本とも共通しているので、日本の市民としては、その点を十分にふまえたうえで、韓国での運動を理解することにつとめるのがいいようだ。iコープが、「消費者・生産者・被雇用者の共存」というスローガンをかかげていることについては、すでに言及した。食品輸入それ自体を批判的にとらえるという立場もあるであろうが、韓国で生産できない食品を現実に発展途上国から購入するかぎり、たとえば「児童労働により生産された商品はとりあつかわない」方針が、上記「共存」路線の延長線上に出てくるのはむしろ当然であろう。第三世界を相手にする公正貿易(フェアトレード)にかぎらず、およそあらゆる消費者・生産者間の取引において、iコープは「ウィン・ウィン的価格形成」を標榜しており、「出荷誘因」や「価格安定基金」を通じて、たとえ生産量が不十分であっても、生産者に十分な所得を保証することを目標としている。公正貿易事業のうち、同コープの冊子で特にくわしく紹介されているのは、フィリピン・パナイ島のアンティーケ州で生産されている、マスコバードという名の黒砂糖である。2010年にiコープの「組合員・生産者・被雇用者」7109名が1億6500万ウォンを出資して、2011年には「アンティーケ公正貿易協同組合」の工場が、年間100トンから200トンのマスコバードが生産できるようになった。それによりフィリピンの自作農や小作農が、収入を保証され、よりよい生活への展望をもてるようになったとの記述は、やや型通りであるともいえようか。iコープの公正貿易事業は無論これにはとどまらない。コーヒー・ココアといった品目を反映して、相手国にはブラジルやコロンビアがめだつものの、そのなかにあって東チモールのコーヒーやパレスチナのオリーブ油が、象徴的なものとして特異な位置をしめている。

おわりに

iコープはそのホームページを、韓国語と英語のほか日本語でも閲覧できるようにしているし、また冊子中では、さきにあげたコメの有機栽培に関して、韓国と日本のNGOが技術情報を交換していることも言及されている。このようなことは、iコープが特に親日的であるというよりは、むしろ、一部スタッフが日本の生協関係者と個人的に緊密な関係をきずいていることを示すと、みるべきであろう。iコープと日本との関係については、別に言及すべきことがある。同コープは、元「従軍慰安婦」らによる週1回の抗議行動を、ときにみずから主催するだけでなく、日本大使館前での平和祈念像建設のための募金運動に参加したり、元慰安婦のためにキムチの差し入れをしたりもしているのである。冊子ではこの件については活動の事実が淡々とのべられているが、ただ1か所にだけ「歴史の歪曲に抵抗」といった表現もみられる。感情的対立をまねきかねないこの種の問題のあつかいはむずかしいが、まず出発点とすべきは歴史的事実の丹念なほりおこしであろう。はじめにのべたように筆者は、iコープに関する文書を神戸の国際会議で入手した。その会議で発表した論文でも言及したのであるが、世界の協同組合運動は現在ひとつの「曲がり角」をむかえていて、組合は環境・人権・福祉等の問題に対処するために、従来の組合系組織だけでなく、たとえばオンブズマン・民衆法廷・汚職防止機関などとの協力をもせまられている。協同組合が営利企業の強さを「外から」学ぶだけでなく、「グループ」内に会社をみずから設立する動きも内外でさかんになっているが、各種の関連会社をかかえるiコープは、この点ではたしかに最前線についていっているといえる。ここでは「自然の夢」公園・有機栽培・公正貿易の3点について言及したが、営利企業に伍して経済活動を推進しつつ、なおかつ利益至上主義とはことなる価値観を打ち出そうとするiコープの挑戦は、これからもまだ続くとみるべきであろう。そして日本の市民も、「もうひとつの先進国」である韓国から何を学ぶことができるのか、冷静に考えていくことが必要と思われる。

参照文献
Ethical Consumerism: a Most Beautiful Practice, iCOOP KOREA 2012 Annual Report.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA