日本の農業の土はどうなっている?

投稿者: | 2004年5月4日

後藤高暁  
pdf版はwatersoil_013.pdf
このテーマを選んだ理由  
 「母なる大地」と言われるように、土は地球上の全てを支え, かつ自然の全てを育ててくれています。この講座のキーワードは”循環”ですが、自らの循環や浄化能力に乏しい土に、世界的に砂漠化・塩害・土壌浸食その他の異常が発生してきています。日本では一見大きな問題が無いように見えますが、食糧自給率は40%しかなく過半数を他国の土に依存しているのです。少なくとも基本的な食糧だけは自国で生産するように自給率を上げるべきと思うにつけても、日本の農地自体にかなり劣化や汚染が進んでいると見聞し、大変心配になりテーマとして取り上げました。
 終戦後、最も深刻な問題は食糧問題でした。その為に化学肥料が大増産され、農薬も開発されて大量に作物に施されました。農耕作業は集約化され人手から機械農耕に変わってきました。いわば自然中心の営みであった農業が人為的な生産工場化したのです。農業生産量が飛躍的に増大した功績は非常に大きいのですが、私達の周囲の環境に次第に色々な変化が現れてきました。この時期に成長し子供の時から植物栽培や昆虫等に関心のあった私には実感として思い当たることが多々あります。例えば、少年の頃には無数と言ってよい程いたトンボや蝶やバッタ等の昆虫は今やほとんど見かけなくなくなり、畑や田圃のメダカや泥鰌などの魚も小昆虫も姿を見せません。農薬は害虫を殺すと共に共存関係にあった生物や土中の微生物をほとんど死滅させてしまったでしょう。有機物の量が少ない上に分解が進まなければ施肥効果があがりません。これが化学肥料過剰投与を加速させたに違いありません。作物は外見だけ大きいが脆弱になり、病気や害虫に侵され易くなり、農薬の散布量がますます増えたと考えられます。このように自然との共存と循環が断ち切られた、いわば略奪農業ではいたるところに弊害が現れると考えられるのです。
 実際にこれら農地の劣化と障害はどの程度に進んでいるのか、行政はどのように対処しようとしているのでしょうか。また我々は何をしなければならないのでしょうか。b
農地土壌の実体調査
 劣化の程度を示す基本的なデータとして、農林水産省が関連機関に委託して、畑・田圃・果樹園別に昭和34 年から62 年間を4区分にわけて継続的に調べた結果の1巡目と4巡目を表1(水田)と表2(畑地)に示しました。
 また同様に昭和54 年から平成9年にかけて全国2万ヶ所の定点を関連諸要因と共に調査した資料があります(土壌協会、土壌環境調査(定点 調査)解析結果概要)。この数値からは、改善目標より作土が浅いことと、PHが低い傾向は読みとれますが他の数値は解釈が難しく平均値だけでは判らないので、これらに基いて平成9年に公表された「地力増進基本指針」から農林水産省の見解を抜粋します。
 ○自然的な生産力が低い農地が多い上に、地力が低下しがちである。
 ○過剰な化学肥料への依存から、堆肥厩肥が減少し水系に負荷が増えている。
 ○作土が浅くなり、耕作放棄地の増加など地力の低下や環境への負荷が懸念される。
 ○土壌・作物診断に基づかない過剰な施肥により、有効燐酸含有量の過剰や塩基類バランスの悪化が顕在化した土壌が増加している。
 やはり懸念したように日本の農地はかなり劣化が進んでいるようです。指針ではこれに対する基本的改善目標値を示し、有機物や適正な肥料を施したり、適切な土壌管理を推進するようにと方策を示しています。
有機農業は日本の農業を救えるでしょうか?
 化学肥料や合成農薬を厳密に排除して、自然な有機肥料等により農地を再生し、健康的で美味しい農産物を目指す有機農業があります。日本有機農業生産団体中央会の生産基準書には”これが日本農業の主流になるものと確信し、私達は目指す “と書かれています。行政は有機農業の日本農業規格を設定して差別化し、実際に熱心な農家がこれに取り組み、有機野菜とかオーガニック野菜として店頭に売られています。有機農業は確かに理想的な農業と思います。しかし、有機農業を行き渡らせるには、厩肥や有機質肥料は今の何倍も必要で、今の日本では供給能力があるとは言えません(日本化成肥料協会ホームページQ&A)。生産コストは高く、労力を要する等高いハードルがあります。全国的に推進し、これに期待するのは現実的に不可能なことではないでしょうか。
 近所のスーパーの隣に小さな八百屋さんがあります。採れたての野菜をその日に売り切っていて、大変美味しく新鮮で値段もあまり変らず、持ちが良いのでかえって経済的でよく売れています。仕入れ先は有機農業でないが適切に管理された良い農家を選んでいるそうで、このような野菜が全国的に広まれば良いのではないでしょうか。
行政の進める「環境保全型農業」 
 農林水産相は10 年くらい前から、「環境維持型」あるいは「環境保全型農業」という名前で法的な体系を整え、”環境と調和した生産、持続性の高い健全な農業発展”を目指して、地方自治体を中心にして農地の改善に乗り出しています。平成6年に「国環境保全型農業推進会議」を設け、全農・日本生協を事務局として地方自治体に組織と憲章を作りました。具体的な実施方法や指針は平成11 年の「持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律および施行規則等」に示されています。地方自治体がこれに基づいて推進し、参加農家の成果発表コンクールをしている等の記事をホームページで多数見ることができます。その要点を次に挙げます。
○ 都道府県知事が生産方式の具体的内容を明示し、導入計画・技術指導等の指導と助言をする。  ○堆肥センター設置等の資金の貸し付け補助をし、税制上の特別措置をする。
○農業者は導入計画を提出し知事の認定を受ける。愛称「エコファーマー」。
○「エコファーマー・マーク」を設定し(図を表示)シール・包装容器・ポスター・チラシ ・ ワッペン等に表示して差別化しPR する。
環境保全型農業実施状況(農林水産省の実態調査) 
 これらの新しい農業が実際にどのように実施されているかを農林水産省の実態調査2003 年度の資料から要約します。
○エコファーマー認定数 31,380件 
○ 取り組み耕地面積87万ha(全国耕地443 万haの16% )
○化学肥料半分以上縮減した面積 22.5%堆肥の施用 68.4% 緑肥作物の導入 11.1% 
 農林水産省の担当官も、環境保全型農業の進行状況は約20%と言っていましたが、認定農家は全国農家数約300 万のうち1%強くらいで、市場でもエコマークを見たことがないことから考えると、実質的にどの程度進んでいるのか疑問があります。しかしこのような変化が農業に起きていることを知ることができました。 
土壌の改良技術
 環境保全型農業の根底を支えるのは改善技術です。環境や土質・作物の性質等を総合的・科学的に診断して改善をしていく必要があります。土壌の物理的・化学的・生物学的診断を充分に行って、良い堆肥を作り、土壌の団粒構造を作って微生物の働きを促し、作物に適した塩基飽和度・塩基バランスを保つ等基本的なことが求められます。従来の慣行や農協など他人の計画に依存するのではなく、自分自身で診断し計画し実施する綿密な農業が求められます。試験センター等を利用するとしても、農業者自身のあり方にも変革が必要とされます。
持続可能な農業として発展するために必要な条件
農林水産省は農家を中心に進めていますが、達成するためには次のことをクリアーする必要があると、環境保全型農業推進会議会長の熊沢喜久雄東大名誉教授は述べています。
(1)経済的に実行可能であること 環境保全型農業は従来型農業よ りも多くの労働力を必要とし、肥 料の値段が高く、また技術的不安 定性の問題を抱えていて、補助金 や税制配慮を受けてもなおコスト がかかることを解決しなければならない。
(2) 環境保全的であること安全な食品と飲料水を確保し、生ゴミの処理・生物多様性の保全・景観維持など環境を保全し、これが地域産業の発展を促し、地域住民との密接な関係を保持するものでなければならない。
(3) 社会的に受け入れられること
 生産者と消費者・農協と生協・地域行政と住民等の相互扶助的な 運動等によって社会に受け入れら れる体制を作らなければならない。農業だけの問題でなく、日本の社会全体として持続可能で自給率の高い農業を目指して取り組まねばならない大きな問題であることが示唆されています。しかし、その方策ははっきりとは見えません。たとえば、有機物の施肥をいくら奨励しても無いものは施せません。その入手対策をどうするのか。最大の入手先は糞尿の肥料化でしょう。水洗からコンポスト化への転換などの研究はあるようですが、実際はどの程実現できるのでしょうか。コストの中の流通とか、過剰な手間など人為的社会的コストを減らす方法はないものでしょうか。もっと大きなことを言えば、青年の農家離れをなぜ防げないのでしょうか。
 本来自然との調和した生活は人間にとって最も大切なものでした。この価値観はまだ現在でも生きているはずですが、どうしたらそこに青年の生き甲斐を再び見いだせるのでしょうか。都会に住む者も周囲に自然を取り戻して近くで日常の野菜くらい作る社会になれば、人間性不在みたいな現代から多少は脱却できるし、コンポストでの糞尿利用も合理的にしやすいのに・・・と考えてしまいます。皆でじっくり考えてみたい問題です。
(どよう便り 76号 2004年5月)

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