地球史から見た土・その不思議

投稿者: | 2004年5月4日

志村眞佐人 
pdf版はwatersoil_012.pdf
 「我々は足元の大地についてよりも、天体の運行について多くのことを知っている」。今から約500 年前のダ・ヴィンチのこの言葉は今もそのまま通用すると言われている。また、最近出版された『地中生命の驚異』(デヴッド・W・ウォルフ、2001) には「土壌微生物の99%について我々は無知同然」とも記されています。つまりダ・ヴインチ以降数百年以上の間、「足元の大地」、すなわち全ての生命活動のバックグラウンドとなる大地( 土地=土壌) について、そして地中で暮らす微生物についての研究は殆どなされてこなかった、というのである。そこでここでは「足元の大地」について簡単に整理しながら、「土の科学」編のイントロダクションとしたい。まず、次の二点を押さえておきたい。
 一つは、土壌は地球誕生以来長い時間をかけてつくられてきた私たちの貴重な財産である、ということ。二つは、土壌の形成には土壌微生物が、大きな役割を果たし、地球環境の物質循環の担い手になっている、ということである。
原始大気には酸素はなかった
 46 億年前に誕生した地球は繰り返される噴火によって生まれた高温の溶岩がドロドロと溶けたマグマオーシャンと呼ばれる状態であった。これが長い時間をかけて表面が冷え、水蒸気が大量に生まれ、それが雨となり海ができた。またマグマは冷えて岩石となり、私たちの考えている「土壌」のイメージとは程遠い不毛の大地が形成されていった。この頃の大気は二酸化炭素が殆ど(80%) を占め、他に窒素ガスなどで構成され、酸素はなかったのである。そして、紫外線や雷などがこの原始大気を刺激し、水、二酸化炭素、窒素と反応し、アミノ酸が合成され、核酸がつくられ、原始の海に生命の源が誕生し、生命の進化が始まった。
生命の進化は海から・・・
 原始の海で誕生した生命は地球環境を大きく変えていった。中でも、35億年前に活動をはじめたシアノバクテリアの登場は生命の進化にとって決定的な出来事となった。光合成微生物の仲間で、酸素を排出する藻類の仲間であるシアノバクテリアは、想像を絶する生命力で酸素を大量に吐き出し続け、10 億年前までに現在と同じ程度の濃度(21%) に大気を作り変えてしまったのである。この酸素が増えるにつれ、オゾン層が地球を覆い、紫外線をカットし、生命体が海から陸に上がって生活できる条件が整っていった。海に加え、新たな生命圏が生まれたのである。
大地をつくる微生物- 土壌にも長い歴史があった-
 酸素が増え続ける大気とともに、岩だらけの地球表面も少しずつ変わっていく。岩石は太陽に熱せられてもろくなり、また雨に打たれ、酸に侵されて、崩れて小石や砂に変化し、「土の母材」と呼ばれるレゴリスに変わっていった。こうした自然風化・化学風化によって生まれるレゴリスが1 cmで出来るのになんと1000 年という気が遠くなる時間が必要だという。このレゴリスから土壌が形成されていく。
 
 そこで重要な働きをしているのが「地衣類」と呼ばれている微生物である。地衣類はカビなどの菌類とラン藻などの藻類が共生によって生活する微生物。彼らはレゴリスの表面で生活し、光合成によって有機物をつくり、その酸によってレゴリスを溶かしながら栄養を蓄え、自らも植物遺体(有機養分)となってそれらを食べる有機栄養微生物や植物の登場を促し、次第に多様な生物が生活できる場・生命活動の基盤としての土壌を形成していった。こうして無機物だけの大地は微生物たちの働きによって有機物の豊かな土壌に変わっていったのである。
植物循環・物質循環の担い手としての微生物
 無機物だけの大地への微生物の登場。それは私たちに肥沃な大地(土壌)を約束し、活発な生命活動(種の多様性など)を促進する「植物循環・物質循環」の始まりを告げる進化の第二ステップである。この循環の担い手が地中微生物。その代表的なのが窒素固定根粒菌である。この微生物は大豆やクローバーなどの根にコブをつくり、その中に住みつき、宿主から栄養(糖やリン酸など)をもらい、そのお返しに地中の窒素ガスをアンモニア(→グルタミン酸)に変えて宿主に提供している。大気の78%を占めている窒素は炭素などとともに生命の素材となっているタンパク質やアミノ酸、核酸をつくる重要な物質である。
 しかし、私たち動物はこの大切な窒素を酸素と違って直接体内に摂りいれることができず、植物を通じてしか摂取できない。また植物も自分の力ではこれらを吸収することができないのである。この植物に窒素を与えているのが窒素固定根粒菌なのである。この根粒菌は巧みな共生によって窒素の循環(物質循環)を担っている。
 まず植物は根粒菌の働きによって根から窒素を吸収→動物は植物を食べて窒素を摂取→動物は摂取した窒素を一部はフンの形で排出し、遺体となって土に還り、再び根粒菌によって吸収される、といわけである。今から25 億年前から続いている微生物による「窒素固定」は光合成による「炭素固定」に匹敵する生命史の要となる出来事であった。こうした《物質循環》が生命活動の基本であり、私たちはこの「循環」の輪の中でしか生活することはできないのである。
自然の模倣が科学のはじまり 
 土壌微生物と植物の共生が注目され、窒素循環のしくみが解明され、窒素からアンモニアをつくる研究・開発が始まったのは20 世紀の初め。その背景には資源問題と戦争の危機があった。急増する人口を支える食物生産に必要な窒素肥料の供給、欧州に迫りつつあった戦争に備えるための兵器、特に爆発物(火薬)に欠かせない窒素の確保、こうした窒素の確保と供給がそれぞれの国家の安全保障の課題となっていたのである。こうした国家的な課題が窒素固定の研究を推し進めた。
 ここに登場したのがドイツのフリッツ・ハーバー(1868-1934)。彼は水素と窒素からアンモニアを合成する方法(ハーバー法)を開発、窒素肥料の工業化に成功した(1313年)。「窒素固定」という地中の秘密が科学によって解明されたのである。自然の模倣としての科学の一つの例といってよい。「窒素を固定した男」と呼ばれたハーバーはこの業績によって1919 年のノーベル化学賞を受賞している。
おわりに-大地は回復の源 
 一掴みの土の中に地球の人口よりも多い土壌微生物が住んでいると言われている。その秘められた生命活動は文字通り驚異の世界である。土壌を作り出す微生物、物質循環を担う微生物・・・その他知られざる微生物・小動物( ミミズも含まれる) たちの不思議な世界の物語。ここではその一端しか説明出来なかったが、与えられた枚数も尽きてしまった。最後に次の言葉でこの拙文を締めくくりたい。20 世紀初頭、ニーチェが書き残した言葉である。
 「人と人の大地はいまだ汲み尽されず、いまだ見出されていない。目覚めよ、そして耳をそばだてよ。まことに大地はいまなお回復の源であるだろう」(「ツァラトゥストラはこう語った」1911)__
(どよう便り76号 2004年5月)

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