携帯電話にかけてくれ、いや、かけないでくれ? ~インターフォン研究の結果への一考察~

投稿者: | 2010年6月15日

原著者
ロドルフォ・サラッチ(イタリア国立臨床生理学研究所)
ジョナサン・サメット(南カリフォルニア大学)
原題
Commentary: Call me on my mobile phone.or better not?
–a look at the INTERPHONE study results
Rodolfo Saracci and Jonathan Samet
International Journal of Epidemiology(国際疫学雑誌)電子版2010年5月17日
【翻訳:杉野実+上田昌文】
pdfはcsij-newsletter02_IPcommetary.pdf
 携帯電話の使用は全世界で大変急速に増加している。いまや世界の携帯電話加入者数は46億人にものぼる。多くの低所得ないし中所得国では、電話線のない広大な地域での通信を携帯電話が可能にした。高所得国においても、個人間の通信では携帯電話が地上の有線電話に急速にとってかわりつつある。携帯電話の使用者は電磁波にさらされているが、それは長期間にわたって、癌のリスクの増加を含む健康上の悪影響が疑われてきた。電磁波曝露によって細胞や組織がどう損傷するかの生物学的メカニズムを探る研究では結論が出ていないので、携帯電話使用の健康への潜在的リスクに関する証拠は主として疫学研究によって提供されてきた。ハンズフリー機器を使わずに携帯電話を使用すれば、生成される電磁波は脳に浸透するので、特に重大な関心事となってきたのが脳腫瘍である。携帯電話使用と脳腫瘍との関連に関する多数の研究は、現在までにさまざまな結果を報告しており、発症のリスクが増加するという明確な証拠はない。携帯電話使用に関連する脳腫瘍の潜在的リスクについて、必要な証拠を提供するために、国際癌研究所が1998-99年に開始したのが、国際共同研究としての「インターフォン」である。
 携帯電話使用と脳腫瘍に関するこの巨大な研究は結果発表が待たれていた。その論文は、『国際疫学雑誌』本号に掲載されている。これまでに発表された論文は、今回の論文にも引用されているが、多岐にわたる研究の一部からえられた部分的な結果を伝えるだけだったので、すべてのデータが公表されればはたしてどのような結果がえられるのかという期待は、いやがうえにも高まっていた。これまでになされた部分的な研究は、明確な結論を示すには至らないものが多かったわけだが、それでもかなり一貫していたのは、「携帯電話使用者においては脳腫瘍がむしろ減少している」という当惑させられるような結果だった。今では結果はでそろっており、それに対する研究者の解釈もわかる。インターフォン参加研究者の結論によると、「最も高い曝露群においては、神経膠腫のリスクの増加や、あるいは割合はずっと下がるが、髄膜腫のリスクの増加を示唆する結果が得られた。曝露水準が最も大きい場合では、神経膠腫については、側頭葉にできやすい、あるいは終始携帯電話端末を同じ側にあてて用いているならばその同じ側でできやすいとの示唆も得られた。しかしバイアスと誤差のために、この分析から得られる結論の強力さには限界があり、因果関係を推論することもできない。」この言明、あるいは同論文の付録2に加筆編集をへて追加された同様の言明は、優雅で謎めいている。これらは神託のように、相反するふたつの意味に解釈されうる。もし第一文に重点がおかれるならば、いささか明確でないところもあるけれども、携帯電話の使用が増大すると腫瘍のリスクも増大するらしいとの結論がえられる。第二文に重点をおけば、研究にはエラーがあって、観察されたリスクの増大は真実ではないとして却下される、という結論になる。ふたつの文を同等に評価すれば、いかなる結論もえられない。
 この曖昧さから抜け出すことはできるであろうか。インターフォンは、携帯電話使用と癌について、これまでに公表された最大の研究である。そこにふくまれているのは、2409例の髄膜腫の症例と2408例の神経膠腫の症例、および、年齢・性別・居住地で調整した、それぞれ2662例と2972例の対照例である。国際癌研究所の運営により、13か国の複数拠点にいる研究者らが、「携帯電話使用が脳腫瘍のリスクを増加させるか、そして特に、携帯電話からの高周波に発癌性があるか」みきわめるために動員された。
 科学者も政策決定者も一般人も、携帯電話使用が安全で、脳腫瘍の原因ではないという保証を求めているだろうから、これは皆に関心のある疑問である。ローレンスが定義したように、「そのリスクが受容可能と判定されたものは安全である。」疫学研究の役割、すなわちリスクの定量化と、個人的・社会的文脈での受容可能性の判定が必要とされることを、この定義は意味している。主たる関心をもたれるリスクは、おそらく子供時代にまでさかのぼる、生涯にわたる使用であるが、そういう使用のしかたはこれまでに研究されたことがなかった。インターフォン研究により提起され、いまや科学的に検証可能であるとした疑問は、使い始めてから10年から15年間の携帯電話の使用が脳腫瘍のリスクを増加させるかどうかという問題だが、同研究が実際に提示する証拠に対して見当違いな期待をいだく余地はほとんどないものとなている。高所得国では、携帯電話使用は1980年代に始まっているものの、1990年代なかばまではひろく一般的にならなかった。同研究での癌の症例は、2000年から2004年にかけて発見されている。そのため、携帯電話使用を始めて10年よりも後で発症した症例の数は、髄膜腫で5パーセント未満(2409例中110例)、神経膠腫で9パーセント未満(2972例中252例)となっている。タバコを含む、今日の確立された発癌要因のなかで、最初の曝露から10年程度でリスクを増加させると、確認されたものはない。放射線は脳腫瘍の原因と確認されているが、それさえも、まれな例外をのぞけば、最初の曝露から平均して10年から20年をへて腫瘍を発症させる。最初の曝露後の限られた期間しか観察できないという固有の限界を、インターフォンもそれ以前のすべての研究と共有している。曝露の分布はごく限られており、癌が成長する期間が十分にあったとも思えない。したがってリスクの増大が観察されないことは、証拠になりはするものの、限定された程度においてにすぎない。
 だがインターフォンは複数拠点の研究であるので、拠点間で方法論的な食い違いがみられないのであれば、同時にえられた多数の結果を統合できるという潜在的な利点をもつ。因果関係の推論にとって重要な因子である、拠点間の結果の首尾一貫性は、ただちに確認することができるが、それは独立ないし連続した諸結果の蓄積を待つよりも容易である。全体としてみると、髄膜腫と神経膠腫の両者が、どの国でも一貫して減少しているという傾向は、インターフォン論文付録1の表6にみられるし、同論文の表2は、さまざまにことなる様態での曝露(定期的であるかいなか、累積通話時間、累積通話回数)において、リスクが減少するというやはり一貫した傾向が、50例のうちわずか3例でしかオッズ比が1を超えないという結果とともに、みられることをしめしている。これらの結果はまた、癌の症例の半分ほどをカバーする、参加国の一部からすでに公表された、独立した報告の詳細な結果とも一致する。携帯電話使用と脳腫瘍のあいだに関連はないという帰無仮説のもとでは、オッズ比は1の前後を変動するものと期待される。平均して30パーセント程度リスクを減少させるという傾向が今回観察されたが、これが偶然に生じる確率は非常に低い。さまざまな原因によるバイアスよりも可能性の低い、偶然性と、保護効果(これを支持する生物学的な証拠はまったくない)の可能性を排除すると、観察された結果をもっともよく説明するのは、やはりバイアスだということになる。すでにのべたようにこの解釈は、バイアスが何によって起こったかが特定され、その結果が定量化されないかぎり、研究のいかなる結果の解釈も問題あるものとならざるをえないという、不愉快な結果をもたらす。
 論文の著者らはさまざまな方法により、研究結果をバイアスで説明しようとしている。インタビュー調査の参加率が、対照群(拠点間平均53パーセント)と患者群(髄膜腫と神経膠腫で、それぞれ平均78パーセントと64パーセント)でともに低かったので、聞き取りを拒否した参加者(患者9拠点、対照群11拠点)に対して、短い質問票に答えるようにとの要請がなされた。患者群と対照群の両者において、非参加者は携帯電話の使用期間を参加者よりも短めに報告していた。参加率が患者群よりも対照群において低かったので、上記の結果より、「携帯電話の通常の使用」は対照群が患者群よりも少なくなっていることになる。この標本調査の結果を全研究対象にあてはめれば、この種の選択的な「非参加」バイアスは、通常使用のオッズ比を5から15パーセント減少させており、このことが、髄膜腫(21パーセント、95パーセント信頼区間9-32)および神経膠腫(19パーセント、95パーセント信頼区間6-30)について観察されたバイアス(論文中表2)の大部分を説明すると、研究者らはいう。このように下むきで一般的なバイアスが実在するのであれば、観察されたリスクの増大はすべて、その統計的な有意性に関係なく過小評価されるであろう。そしてこのバイアスが最高水準の曝露にも適用されるとすると、下むきのバイアスにもかかわらずリスクの増大が観察されたということになる。曝露のもっとも包括的な指標である累積通話時間が上位10分の1に入った被験者についてみると、おそらく過小評価されている、観察されたオッズ比は、髄膜腫では1.15で神経膠腫では1.40であった(論文中表2)。この種の人々は1640時間以上にわたり携帯電話を使用してきたが、それでも今日からみれば特に集中的な使用とはいえない。使用が10年におよぶとすれば、この範疇に入るための最低限度は1日に約30分である。反応性分析(論文付録1表4の下段部分)は、オッズ比の増加はどの国でもほぼ一定であることをしめしている。脳腫瘍と同じ側で携帯電話を使用していたと被験者が報告しているときには、オッズ比はさらに上昇している(表5:髄膜腫で1.45、神経膠腫で1.96)が、低水準の曝露においてさえも、腫瘍と同じ側かどうかでオッズ比が系統的に変化するという事実は、報告時のバイアスを示唆し、結果を疑わせる。
 バイアスの探索と修正に関する第二の接近は、インターフォン論文の付録2に提示されている。(不参加による)対照群中で「通常使用」が低頻度になるという問題を回避するために、「非-通常使用」ではなく、「通常使用」での最低水準を基準の範疇として、オッズ比が計算された。この方法は、曝露した被験者と曝露していない被験者ではなく、曝露水準の異なる被験者のあいだでリスクを評価するという、職業疫学の研究において採用される方法だが、そこでは曝露していない被験者は、まったく異なる集団とみなされる。論文付録2の表が示すところによると、髄膜腫のオッズ比率はわずかしか変化していない(論文表2参照)し、神経膠腫のそれはほぼ1(だがそれより大きい)であった。累積通話時間上位10分の1のオッズ比は、1.40から1.82に増加した。こういう方向の修正は、(論文付録2で議論されているように)その大きさに疑問はあるものの、オッズ比が低いのは不参加バイアスのせいであるという説をやはり支持する。しかし下むきバイアスのより重要な原因は、論文付録2で議論されているように、別のところにあるのかもしれない。リスクが実際よりも低下するという問題は、インターフォン研究だけではなく、不参加が問題にならないような全国コーホート調査をふくむ、携帯電話と脳腫瘍に関する他の研究にも、共通してみられる特徴である。脳腫瘍の主要な症状は長期間つづかないかもしれないが、8年以上前に癲癇の放電治療をうけた人々において、癲癇との診断間隔が短いほど脳腫瘍発症のリスクが高いという知見からもわかるように、間発性の発作をふくむより微小な症状は、腫瘍発見の何年も前からおこりうる。それだけでなく、脳腫瘍コーホート調査と同じデータベースをもちいた全国コーホート研究も、使用開始から10年以下の携帯電話使用者において、さまざまな中枢神経疾患(アルツハイマー病・脳血管性その他の認知症・パーキンソン病および癲癇)での入院率が低下することをしめしている。携帯電話使用者は健康な集団であって「健常者効果」があらわれたとの説明もありえようが、もっとありそうなのは、神経病の前駆症状をもつ人々は携帯電話の使用を減らすという説明であろう。このような選択のバイアスもまた、不参加バイアスとならんで、インターフォン研究における下向きバイアスに寄与しているのかもしれない。
 インターフォンの研究者らが、実験計画を厳格に実行し、バイアスを慎重に探索しているのは、賞賛すべきことである。疫学研究がバイアスの除去・制御を重視すべきことを、インターフォンは明確にしめしている。インターフォンの知見を既存研究にてらして解釈するならば、今後もしばらくのあいだ、携帯電話の使用が脳腫瘍のリスクを増加させるかどうかは、わからないというほかはない。最初の曝露以降の期間が比較的に短く、またバイアスも認識されているので、この問題には答えられないのである。結果を違うふうに解釈する人もいようし、インターフォン研究の結果を待ちのぞんでいた人々は、そのどっちつかずの結果に失望するかもしれない。携帯電話使用の程度や方法について予防的な態度を維持しようとしている人々は、高い水準の曝露はたしかにリスクを増加させるという結果に、支持されたと感じるかもしれない。
 携帯電話がますますどこでも使用されるようになり、子供の使用もふえ、またインターフォンをふくむ諸研究が示唆するように、携帯電話使用が脳腫瘍のリスクをますかもしれないとすると、さらなる研究が必要とされると最後にのべても、驚くにはあたらないであろう。選択および情報のバイアスを最小化するひとつの方法は、ロスマンが以前に提案したように、通信会社の記録から携帯電話使用者のコーホートを追跡して、その結果を癌患者の記録と照合することである。成人の脳腫瘍は1年につき1万人に1人の割合で発症するので、この調査は巨大なコーホートを必要とするが、いったん確立されたコーホートは、時間経過にしたがってくりかえし追跡され、曝露の計測が最新化され、また無作為に標本抽出されることができる。最初の曝露から十分な時間が経過していないときになされた事例対照研究で、潜伏期の長い健康上の悪影響があらわれないという問題が、この方法によって克服されるかもしれない。この方法はアメリカでは訴訟で封じられていた。インターフォンに類似した、多拠点事例対照研究を定期的にくりかえすというのもひとつの方法であるが、そうしても潜在的なバイアスはのこるかもしれない。
 幸運なことに、質の高い癌の記録は世界の多くの国で入手可能であり、脳腫瘍の症例を慎重に検討することによって、携帯電話使用によるリスクの増加を示唆する変化を、検知することもできるであろう。
 「さらなる研究が必要とされる」とのきまり文句が、この例にもよくあてはまる。さらなる研究がなければ、携帯電話による癌のリスクの受容可能性に関する公衆の疑問は、答えられないままのこるであろう。■
研究助成
 本論を「オープン・アクセス」で公開されるようにするための料金は、ヨーロッパ教育計画と南カリフォルニア大学により同額ずつはらわれた。
利益相反
 ロドルフォ・サラッチは、国際癌研究所(リヨン)教育訓練分門の客員研究者であると同時に、IMIM-CREAL(バルセロナ市立医学研究所・環境疫学研究センター)科学諮問委員会の委員である。ジョナサン・サメットも、IMIM-CREAL科学諮問委員会の委員である。■

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