笹本さんの思いを引き継いでいきたい

投稿者: | 2010年6月20日

松丸慶太(NHK広島放送局ディレクター)
笹本さんと初めてお会いしたのは、2006年の春でした。当時、私はNHK広島局に異動して2年目。取材を通じて、被爆者の方々が原爆投下後の10年間、何の援護もなく病に倒れ、差別・偏見にも苦しめられていたことを初めて知ったばかりでした。さらに驚きだったのが、お会いしたほとんどの被爆者の方々が、アメリカの調査団のみならず、日本の調査団からも執拗に調査されていたことでした。なぜ、こんなことが起こったのか。その疑問への答えを探していたときに、偶然、笹本さんのご著書に出会ったのです。そこには、日本政府が戦後のアメリカとの関係を慮るあまり、被爆者調査すらも”政治取引”の材料として扱われていたという、恐るべき事実が指摘されていました。ただちに出版社から連絡先を教えてもらい電話をかけたところ、笹本さんは快く応じてくださり、早速、東京でお会いすることになったのです。
待ち合わせ場所のハチ公前に現れた笹本さんは、とても穏やかなまなざしをされていました。そして、「この本を書いて10年以上経つけれど、こうした出会いを待っていた」とおっしゃってくださいました。その後の番組制作の過程では、「君自身の目で現実をしっかり見据え真実を見つけ出しなさい」と、終始、一歩引いた態度をとられながらも、裏付けとなる資料を随時ご提供くださるなど惜しみないご協力をいただき、本当に頭が下がる思いでした。放送後は、まっさきにお電話をかけてきてくださり、今回の番組制作を通じて感じ取ったことを決して忘れないようにとのお言葉をいただき、胸が震える思いだったことを、今でも鮮明に覚えています。
その後も、きさくにお付き合いをしてくださり、今後の広島発の番組がどうあるべきか、心を開いて何度も話し合わせていただきました。生意気ながらも私の率直な意見をぶつけたり、さらにその意見に鋭いご指摘をいただいたり。私にとって笹本さんは常に心の中に大きく存在する”師”でありました。番組を作る度に笹本さんに感想をうかがい、また次に繋げていこうと思っていました。まさか、お別れがこんなに早くやってくるとは…。
笹本さんの体はこの世から亡くなろうとも、笹本さんが私に伝えてくださった志は、この先もずっと消えることなく、私の心の中にあり続けます。埋もれた真実を掘り起こし、後世に伝えていくという仕事を、微力ながらもさせていただいている私にとって、これからも心の中の笹本さんとの対話は続きます。そしていつかその志が、私を経て下の世代へも伝わり、リレーされていくことを願っています。
笹本さん、ありがとうございました。

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