放射線教育・リテラシーはこれでよいのか

投稿者: | 2011年12月5日

2011年11月21日月曜日の午後,放射線教育のための新しい文部科学省副読本を用いる教員向け研修会が富山県富山市婦中ふれあい館にて開かれた。主催した富山県教育委員会によれば,10月に発行されたばかりのこの副読本を用いた全国初の教員研修であり,富山県から文部科学省に依頼して実現したのだという。県内の小学校,中学校,高等学校に教育委員会が参加を呼びかけ,ほぼすべての学校から代表者が出席(1名の管理職あるいは理科教員の場合が多かった模様),報道によれば330ないし350人が会場に集まった。
 本稿では,この研修会の参加報告を中心に,文部科学省が推進しようとしている放射線教育の問題点や,まちがいをみすごしたり,増幅させたりしている専門家やジャーナリズムの実態の一端を明らかにしたい。
PDFファイルはこちらから→csijnewsletter_010_hayashi.pdf
放射線教育・リテラシーはこれでよいのか
–共有すべき原点に立ち返ろう

林 衛(科学ジャーナリスト,富山大学人間発達科学部)
◆廃止された前副読本
 中学校学習指導要領に放射線教育が復活したことを受け,文部科学省は2010年2月に副読本を発行していたが,2011年3月の福島第1原発で原発震災が始まったあと,「原子力発電所では,放射性物質が外にもれないよう、五重のかべでしっかりととじこめられています」(小学生向け「わくわく原子力ランド」),「大きな地震や津波にも耐えられるよう設計されている」(中学生向け「チャレンジ! 原子力ワールド」)といった現実に生じた事態と異なる解説が国会でも追及されたため,4月15日に文部科学大臣が内容見直しの方針を示していた。
 見直しがされた旧副読本の問題は,上で述べた現実と異なるまちがった記述の存在にとどまらない。児童・生徒用ワークシートや教師用解説編を開くと,「二酸化炭素を出さないクリーンで安全な原子力発電」という考え方に子どもたちを誘導しようとする意図がただちに読み取れる。原子力発電所や関連施設での事故やトラブル,その隠蔽があいついでいるために信頼が失われている問題への言及はなく,高レベル放射性廃棄物の地層処分が有効だとの解説はあっても現実にどの自治体からも候補地立候補がないという現実にはふれず,中越沖地震で柏崎刈羽原発が危機一髪だったという事実もでていない。
 未来を担う子どもたちが幅広い意見や問題について知るための「両論併記」の方法すらとられず,政府の方針を一方的に注入する内容・構成に,原発震災以前から現場教員の評判はよくなかった。例えば,筆者に小学校用副読本を提供してくれたある教員は,届いた見本をみてとても自分の学校では使えないとただちに判断,検討のため同僚教員にみせるのもためらっていた。
 4月に見直しが決まり,ウェブサイト上からも消えてダウンロードできなくなった副読本がどのように見直されるのか,注目が集まった(1)。新しい副読本は,批判を浴びた原子力発電やエネルギー問題に関する記述をなくし,自然放射線,放射線の利用,放射線健康影響,事故時の対策にしぼった20ページ余りのパンフレットとなった(2)。しかし,「100ミリシーベルト以下の低い放射線量と病気との関係については,明確な証拠がないことを理解できるようにする」(解説編[教師用])に象徴されるよう,偏った新しい副読本のあり方にも,教育現場内外から批判が寄せられている(3)。
◆新しい副読本を用いた研修会
 
富山での研修会は,風評被害や差別をもたらさないために正しい知識が必要であり,忙しい講師に駆けつけてもらえたなどとする教育委員会からのあいさつのあと,演題「放射線の基礎知識」の講義へと進んだ。講師は「放射線等に関する副読本」作成委員会委員長である中村尚司東北大学名誉教授だ(4)。
 忙しいのでまだスライドをよくみていませんが,原子力安全研究協会が副読本からつくってくれたパワーポイントファイルをはじめて使ってお話ししますとの講師の一言から講義は始まった。講師の横には協会員らしい女性がときおり寄り添い,ノートパソコンを前に,恐らくファイルの内容について耳打ちをしている姿がみえた。
 放射線はどんなものにもあることを知ってもらうことが重要だとして,スイセンの自然放射線をX線フィルムに感光させた写真を投影,三大栄養のひとつであるカリウムのなかには放射性カリウム40があると述べるなど,世の中は自然放射線にあふれていることの解説から始まる。以下,やや羅列的になるが,講義のポイントを述べるとともに,筆者が感じた疑問のうちのいくつかを記していきたい。
 乾燥昆布には食品暫定規制値をはるかに超える1kgあたり2000ベクレルの放射性カリウム40が含まれているが,だからといって,乾燥昆布が危険ということではない。カリウム40が体重60kgの人に4000ベクレル。体重1kgあたり100か200ベクレルくらいある(筆者註:4000÷60≒66だが)。天然のものであっても,人工のものであっても,人体への影響は変わらない。自然放射線が強い場所はインド,ブラジル,中国にもある。疫学調査の結果,がんが増えているという結果は得られていない。などと続くが,中村氏が専門とする放射線防御の教育のなかで,自然放射線から取り上げるケースは多いのだろうか,疑問が湧く。
 ついで,放射線はいろんな分野で使われていることを紹介していく。
 X線で骨折を調べる。文化財の非破壊検査。化学物質を使わずに済む手術道具の滅菌。ビニールの改質(化学反応によってゴムやビニールの性質を変える)。ジャガイモの発芽抑制による長期保存(コバルト60からのγ線照射)。農薬や天敵を使わずγ線放射によるオスの不妊化によって,沖縄ウリミバエの根絶に成功した。X線CT,コンピュータトモグラフィーによる3次元立体画像。がんの放射線療法がどんどんと増えている。といった,放射線利用のメリットを強調する。
 自然放射線と放射線利用のメリットに時間を割いたところで,放射線とは何か,放射線と放射能のちがいを,電球にあたるのが放射能,光にあたるのが放射線だとのたとえで,説明する。
 利用や害悪の制御を考える上でも,光よりも透過性やエネルギーが何桁も高いというやっかいさが本質なのに,このたとえでは放射線をかえって誤解してしまうのではと,疑問を覚える。
 原子と原子核。α線(ヘリウム原子核),β線(電子),γ線(電磁波)。放射性物質の種類と同位体について簡単にふれ,α線:重い原子核は不安定なので,軽くなりたいとして,まとまりのよいヘリウム原子核がとびでる。空気中では4cmくらいで止まってしまう。β線(電子):原子核の中は陽子と中性子からなる。中性子のほうが陽子よりもちょっとだけ重たい。アインシュタインの相対性原理,E=mc2。中性子が電子を放出したら陽子に変わる。そのときに放出されるのがβ線。γ線:さらにエネルギーを下げたいなというときに,γ線という電磁波を出す。これを発見したのがラザフォードという有名な物理学者。磁石をかけて,右に曲がる,左に曲がる,まっすぐ飛ぶの三つをみつけた。といった解説が続く。
 単位について,ベクレル:どれくらい崩壊するか,グレイ:エネルギーがどれくらい吸収されるか,シーベルト:人間の身体の中でどれくらい影響を与えるかと説明したうえで,自然界から受ける放射線量,内部被曝と外部被曝,身の回りの放射線被曝,人体影響に関連する解説に入る。
 ここで,「1年間または一度に100mSv。それを越えると,がんが増える。それ以下だとわからない」と強調。放射線と生活習慣によってがんになる相対リスクを比較する表を示し,放射線だけでがんになるというわけではなく,ほかのものとの比較によって考えるべきだとする。壊れた細胞や異物を排斥するしくみがあるため,一度に浴びた場合と今回の事故のようにゆっくり浴びた場合では倍くらい効果がちがうと回復効果を解説する。
 飲酒や喫煙のような大人対象の嗜好性が高い行動と,事故にともなう放射線被曝を同列にあつかうのも問題だが,日本酒3合以上を毎日飲み続ける相当量の飲酒習慣と比較している点にも注意を払いたい。また,広島・長崎の被曝者の調査から遺伝性障害は50年間に一人も生じていないことがわかっていると述べたが,疫学調査では「一人も生じていない」とどう証明できるのだろうか。
 事故の時に身を守るには,事故が起こった時の心構えについて,食器に蓋をしたりラップを掛けたりする,避難場所へは徒歩でなどとあるスライド示して,ごく簡単に触れ,ここで用意されたパワーポイントの内容はおしまいですと語ると,協会員らしい女性が耳打ちし,文部科学省の「はかるくん」とより本格的な測定器を用いた空間線量測定デモに入り,すぐ測れるので,放射線のほうが化学物質や病原細菌よりも安全かもしれない,と語った(放射線について安全を強調したいと考えていることが,ここからもわかる)。
 以上の講義をまとめると,要するに,放射線は身の回りにあって便利なもので,100mSvや200mSv浴びても,ゆっくりした被曝であれば,修復機能があるので心配はない,というもの。いっぽう,チェルノブイリや福島原発事故,それで何が問題になったのかについての言及はなかった。
◆ICRP勧告とも矛盾する講演内容
 続く質疑応答で会場から,食器にラップをかけるというが帰ってこられない事態もありうるのに…,生徒たちが関心をもつ福島の事故について言及がないが…,緊急時にヨウ素剤を飲む必要があることなどは教えなくてよいのかといった質問が相次いで飛び出したのは,この教材の性質をよく表わしていると感じられた。児童・生徒向け副読本,解説編[教師用],そしてこの中村氏による講演と,この順番で,安全性の強調度合いが高まっていくこともわかった。中村氏の講演内容が文部科学省側の本音なのだとしたら,同じような流れ,内容のパワーポイントファイルの普及が図られることになるだろう。
 レントゲンやキュリー夫人らをルーツとする20世紀前半以降の放射線研究,利用の歴史を振り返れば,ほんの100年間に,放射線利用には甚大なる犠牲がともなった事実がいくらでもみつけられる。核爆弾や軽水炉,高速増殖炉といった大規模なエネルギー利用に限らず,小規模なものであっても放射線の利用には危険性を意識しながら事故を防止する制御や防御が不可欠であることはいうを待たない。日本では無駄なエックス線検査,CT検査が多いために,ならなくてもよいがん患者が発生しているらしいという問題も学校現場では重要だろう(5)。放射線教育には,もっと有効で大切な内容,切り口がありうるのだ。
 質疑の際に,1mSv/年という基準の根拠を問われた中村氏は,よくわからないが管理の基準として決められたものだと答えたので。そこで,交通事故のリスクと同等として1mSvのリスクががまんできるだろうと決められたものだから,問題となった20mSvは,交通事故のリスクが20倍相当ですねと,挙手した上で筆者が発言,それでよいか確認を求めたら,「リスクを比較してそのように考えることもありうるなどと」同意してくれた。
 さらに,「100ミリシーベルト以下の低い放射線量と病気との関係については、明確な証拠がないことを理解できるようにする」という解説編[教師用]の記述は,国際放射線防護委員会(ICRP)勧告と矛盾しないかと「がんの場合,約100mSv以下の線量において不確実性が存在するにしても,疫学研究及び実験的研究が放射線リスクの証拠を提供」「防護の目的から、がんの発生が100mSv以下で等価線量増大に伴い当該臓器で発生すると仮定するのが科学的にもっともらしい」とするICRP勧告Pub.103の文章を引用して質問したところ,直線閾値なし仮説は国際的に激しい批判を受けている,広島・長崎のデータだって100mSv以下についてはデータがないなどとICRP勧告を否定するような回答を得た。
 ここは大事だと考え,ICRPと文科省の考えはちがうのか改めて確認の質問を試みたものの,司会者から時間がきたので質疑をやめるよう指示してくる。結局,中村氏が,ICRPにくわしい委員が書いているので文科省の副読本とICRPに矛盾はないはずだと述べたところで質疑は強制終了になり,副読本はICRP勧告と矛盾しているという問題が浮かびあがってきたところで,うやむやにされ,研修会は閉幕となった(その委員は,甲斐倫明大分県立看護科学大学教授であろう)。
 会場でのスライドを撮影した写真はhttp://gallery.me.com/hayasci/101305に,音声記録は http://scicom.edu.u-toyama.ac.jp/20111121toyama/にしばらく置いてあるので,興味お持ちの方には活用してもらいたい。
◆このような事態はなぜ生じるのか
 ここで,若干の考察を加えたい。100mSv以下は安全と主張する「専門家」は,
 1)ICRP勧告の内容をじつはよく知らない(勧告そのものをたいして読んでいない),
 2)自分の考え方がICRP勧告と矛盾しているとあまり意識していない,
 3)ICRPとけんかして勧告を否定する根性はない, 
 ことが,この事例からも想定できる。
 ICRP勧告には内部被曝やがん以外病気への放射線の影響が軽視されているなど,原子力推進のための勧告であるという問題がある(6)。しかし,アメリカ科学アカデミー,国連科学委員会(UNSCEAR),欧州放射線リスク委員会(ECRR)とともに,100mSv以下の低線量被曝の健康影響には疫学的,実験的科学的根拠があると認め,放射線に安全量はないという国際的合意を前提に,放射線防護を勧告しているという事実は出発点として受け入れるべきである。
 ところが,日本の「専門家」や「専門家」の現実を評価できない「科学ジャーナリスト」たちのために,この出発点が共有できない事態が続き,混乱をもたらしている。筆者がウォッチングしていた大手メディアによる記事や番組のなかで,4月30日に小佐古敏荘内閣官房参与が「20mSv/年は受け入れがたい」と辞任するまで,低線量被曝であっても「放射線に安全量はない」という世界標準の出発点を報道することは皆無といってよかった。
 辞任劇のあと低線量被曝問題を扱う記事や番組,ジャーナリストも増えたのは確かだが,その内容の多くは,ICRP勧告の記述や根拠となる研究データに立ち返ることなく,「専門家」のことばに振り回されて,「よくわからない」のだと強調するものが多くを占め,科学リテラシーは混乱を深めている。
 11月6日の日本科学技術ジャーナリスト会議(JASTJ)シンポジウム 「原発震災を振り返る」のなかでも,下のようなやりとりがあった(7)。やや長くなるが,本来ならば責任追及されるべき原子力安全委員会委員長代理にあった「専門家」を報道検証のためのパネル討論に招待し,放射線防護の考え方を問うている日本の「科学ジャーナリスト」の不勉強,不見識ぶりの実態を知るために紹介したい。
 司会者(NHK解説主幹)
「松原さん,ぼくが知っていることをいいますので,まちがっていたらなおしてください。
 放射線の人体への影響は100mSvが基準として出されていて,それより強い放射線を浴びると人体に影響があることが確認されていると。例えば,急性症状がでたりがんになったりする。専門家の人に聞くと,もっと上でも大丈夫だという人もいるけれど,一応100mSv。それ以下の低線量被曝に関してはよくわからないと。
 いままでのチェルノブイリなどでの研究を全部総合していうと,がんの発生は一般のがんの発生のなかに埋没してしまって,どれが放射線の影響かわからない。しょうがないので100mSvより下のところ,とくに内部被曝についてはわからないので,しょうがないので100mSv以下については0に向かってとりあえず直線で伸ばす,直線仮説という仮説にもとづいて,だからわからないけれども仮説にもとづいて,一定の割合でがんがでるんだということをもとに,すべての基準値がつくられている。ひょっとしたら,こうだけど (筆者註:直線),こうかもしれないし(同:低線量で高くなる),こうかもしれない(同:低線量で低くなる),ひよっとしたら,身体にいいかもしれない(同:ホルミシス)。 で,わけわからんと。
 という状況の中で,低線量被曝の基準値がつくられているがために,現場で低線量被曝をした人が大丈夫かと,専門家に市民の人が聞いて,専門家の方は答えられない。まぁ,だいたいOKだというのを,大丈夫だといって,地雷を踏んだ方もいると。そんな状況だと理解しているのですが,いいですか?」

 松原純子 元原子力安全委員会委員長代理(放射線影響協会研究参与)
「だいたいいいと思います。もう一つ付け加えると,100mSv以下の放射線をねずみに与えていくらていねいに実験しても発がんが増えるという実験的証拠が獲れないんです。100mSv以下でなく200mSvでやってもねずみの種類によっては,そういうデータが獲れないんですね。ですから,科学的なことばでいえば,証拠が獲れないものは,一応,ないから,発がんの力はないといわざるをえないのですけれど,放射線防護の場合は,仕事をしているための防護の基準,国民や赤ちゃんに余分な放射線を浴びさせないための防護の基準なものですから,影響とは別に危ないこととして,危ないとみなして,許容限度というか線量限度が決まっているのです。
 許容限度とか線量限度というのは,みなそういうことで,国際的に議論した結果,危ないと仮定して,決められているものですから,その基準を上回ったからといって,ただちに影響があるということは,専門家はそういう風には絶対考えません。
 実験基準よりもずーっと低いところで防護基準がつくられているということを知っていますから。だから,線量の限度と,人間が発がんをおこさないといけないのはじつは高い線量,私の場合,乳がんをしまして,放射線をあてていますけれども,ほんの最近,胸に60グレイ。ミリとかマイクロではないんですよ。だから一般の人がいっている1000倍,百万倍の放射線を胸に当てても,はい放射線あててもおわりましたと,にこっと帰ってこられる,そういう状況なんですよね。もちろん当て方によりますよ。技術があって,病気のところだけに,ほかの臓器には当ててないので,私は平気なんですけれども,自分はそんな経験もありますし,ですから,放射線の基準というのは十分安全なところで決められているというのは本当だと,私は思います。
 いっぽう,厳しい実験をすると精子というか男性の生殖細胞の一部,数や能力が減るというのは150mSv以上ということになっているので,私は 150mSv以下は大丈夫だと私は考えています。」

 討論はこのあとも続くが,持論を展開,治療目的のために正当化されている医療被曝とシンポ討論で報道のあり方が問題となっている原発事故による被曝とを一緒くたにするひどい主張に対し,ほかの司会者からも朝日新聞科学医療部長らパネル討論者からも会場にいる科学ジャーナリストたちからも,明確な批判はなく,このような誤謬に満ちた発言がみすごされてしまった。そして,科学的合理性と社会的合理性はちがうのだといった論点に移り,問題発言の内容が,それがどのように問題なのか知らない人にとってはあたかも科学的には正当であるかのように議論が進んでしまったのだ。これは,副読本研修会における中村氏の講演とも共通している。「専門家」の具体的な発言に問題があったとしても,それを見抜くための知識や経験がないと,その具体性ゆえ,詳しい人の知見として承ってしまいかねない。
 司会者(NHK解説主幹でJASTJ理事)やJASTJの主催者らが,原発震災に直接的な責任を負うべき原子力安全委員長代理にあった松原氏に,「被告」として覚悟してもらって参加を求めるのではなく,原発震災報道を評価する討論者として招待し,教えを乞うている事実に,残念ながらNHK解説主幹や日本の科学ジャーナリスト(の一部)の見識の実態が現われてしまっているとみるべきだろう。
 原典たりうる勧告文書やその根拠となる研究(データや論文)に立ち返り,社会的,個人的意思決定のために共有したい情報提供の役割を担う(はずの)科学ジャーナリストの体たらくが,日本における原子力推進のために「100mSv以下は安全だ」としたいらしい文部科学省・政府の意図をいまだに相対化できずにいる悲しい現実を,「このような事態はなぜ生じるのか」という問いへの回答のひとつにあげざるをえない(8)。それはもちろん,特定の科学ジャーナリストを批判するためではなく,自省を込めた日本の科学ジャーナリズムの弱点克服の考察としての回答である。
◆副読本は広まるか
 筆者による文部科学省への取材によれば,11月30日を締切に全国の教育委員会経由で募った小学校,中学校,高校における副読本必要数を文部科学省は集計し,来年度配付用の印刷を発注する計画である。2011年度は学校用見本とPDF版だけの供給であったが,来年度は児童・生徒用に本格的な配付が始まるが,それがどれくらい数になるのか,間もなく明らかになる。その締切を前に,富山県教育委員会が県内全校向け研修会を開いたのも,評価の芳しくない副読本普及に協力したいと判断したからだろう。
 原発事故の教訓を無視するかのように楽観論を振りまくこの副読本は,福島県内はもちろんのこと,多くの教育現場で歓迎されそうにもない。しかし,トップダウンによる普及圧力と,新学習指導要領によって放射線教育を含めた指導計画が求められる教育現場の実状があいまって,一定割合のリクエストが文部科学省に届くだろう。文部科学省担当者は,必要があれば,副読本は毎年改訂していくとしている。
 原子力安全研究協会は,文部科学省からの委託を受け,協会による教員向け放射線教育のプログラムを提供している。このうち,「校種別コース」はすでに各地で開催されてきた(https://www.nsra.or.jp/safe/kyoiku/)。今回初めて,副読本を解説するための 「要望要請コース」として富山県での研修会を開催した。全国から何件か副読本解説ため研修の要請がきていて,順番にできるかどうか検討していると,筆者の取材に応じてくれた。
 地球温暖化対策のための原子力や電力の30%は原子力であるというクリーンイメージ,不可欠イメージキャンペーンによっても,原子力推進への支持と反対が拮抗する世論情勢のもと,自然放射線にあふれていることを強調,低線量被曝は心配ないとするスタイルの放射線教育の試みは,理科教育関係者を巻き込みながらすでに準備されてきた。「100mSv以下なら、まぁ、心配しなくてもいいかなっ」と理科教育界のリーダの一人川村康文氏(東京理科大学)が語る「らでぃ」(http://www.radi-edu.jp/:放射線教育推進委員会(監修有馬朗人)制作のビデオは電気事業連合会による放射線教育のサイト(http://www.fepc.or.jp/learn/kyouiku/mogijyugyo/index.html)にも紹介されている。
 いっぽう,自然放射線にあふれた世界→人類による放射線の巧みな利用→低線量ならば安全だという流れ・内容とは異なる放射線教育の模索も始まっている(9)。福島原発震災の反省に立ち,二度と原発震災を繰り返さないための放射線教育を打ち立てられるかどうかが,副読本がどのような形で広まるかを決めるだろう。筆者らも,富山県教育委員会による教員11年次研修に向けて放射線教育のプログラム提案をしている。
文献と註
(1) 旧副読本は公式サイトとともに廃止されたが,資料としてあちこちのサーバ上に保存されているのでダウンロードできる(筆者研究室のサーバの場合は,http://scicom.edu.u-toyama.ac.jp/AtomLand/)。
(2) 2011年10月14日に発表された新しい副読本PDFは,http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/10/1309089.htmに小学校用,中学校用,高等学校用とそれぞれの解説編[教師用]の6点が公開されている。
(3) 例えば,原子力教育を考える会の「よくわかる原子力」http://www.nuketext.org/indexR.htm。メディアの論調においても,北海道新聞11月21日付社説 「学校現場の評判は芳しくない。福島の事故をめぐり、具体的な記述や深刻な影響、現場写真がないためだ。被ばくリスクを過小評価しているとの指摘もある」http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/333203.html。研修会当日11月21日夕方の富山地元KNBニュースは,「参加した小学校の男性教員は学校で採用するかどうか今のところわからない、実際には難しいのではないかと話していました」と結んでいる(http://www2.knb.ne.jp/news/20111121_30362.htm)。
(4) 中村氏は,2011年7月8日の「東葛6市第1・2回空間放射線量測定結果に基づく見解」のなかで,「線量値自体は通常のバックグランドの2倍から,高いところで10倍以内であるが,数値は1μSv より十分低く,0.1-0.5μSv 程度である。この数値は1を超えている福島県内の高い地点の値より十分低い。1960 年代の大気圏核実験が世界中で盛んに行われていた頃の東京近辺で,気象庁が長年に渡って測定してきた Cs-137 の空中放射能濃度は今より1万倍も高かったことを考えると,この数値は心配の必要が無い」などと断じたことで「御用学者Wiki」(http://www47.atwiki.jp/goyo-gakusha/pages/544.html)でも批判される不勉強な楽観論者として知られていた(大気圏核実験による長年のフォールアウトの量をたった1回の事故で塗り替えてしまったのが事実であり,上はまったくのまちがい。真実を話してくれるだろうと信頼して話を聞くとだまされてしまう)。押川氏(東大物性研)による批判参照,http://twilog.org/MasakiOshikawa/date-110708/asc。
(5) 高木学校医療被ばく問題研究グループ:増補新版 受ける? 受けない? エックス線 CT検査–医療被ばくのリスク,高木学校,発売七つ森書館(2008)
(6) 中川保雄:増補 放射線被曝の歴史―アメリカ原爆開発から福島原発事故まで,明石書店(2011)
(7) Ust録画中継が視聴可能,https://aichi-science.jp/events/single/46。本文中の両氏発言は,筆者による書き起こし。パネル討論写真は,Ust中継から筆者が切り出したもの。
(8) 今中哲二:”100ミリシーベルト以下は影響ない”は原子力村の新たな神話か?,科学,11月号特集:チェルノブイリの教え(2011)でも,ICRP勧告すら無視しようとする専門家や政府の判断の科学的根拠の乏しさが論じられている。
(9) 各地で授業実践や研究会開催がされている。例えば,第4回《のぼりおり》研究会「放射線教育の授業づくり」が2011年1月8,9日に京都橘大学で開催。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です