マーティン・ハーウイット氏の講演を聞いて思う

投稿者: | 1997年1月26日

マーティン・ハーウイット氏の講演を聞いて思う

猪野修治

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『どよう便り』第1号でお知らせしたハーウイット氏の集会には、土曜講座にかかわる方が数人参加しました。猪野修治さんによる「原爆展論争」の詳しい論考は『論文集』に掲載されます。

一昨年私はアメリカのスミソニアン航空宇宙博物館のいわゆる「原爆展論争」をフォローし、その大まかな動向を明らかにした拙い文章を書いた。昨年の11月、この論争を引き起こした主役の前スミソニアン航空宇宙博物館館長マーティン・ハーウイット氏が国際会議で来日した際に、12月8日(金)の夜、東京大学の駒場で「原爆展拒否の真相」と題して講演した。その翌日、主催者の佐々木力氏、立花隆ゼミの若い学生諸君3人それに私で、ハーウイット氏を囲み、横浜の中華街のレストランで懇談する機会があった。

ハーウイット氏によると、一昨年に猛烈な論争を呼び起こしたばかりのアメリカでは、急速に関心が薄れてきているという。「数カ月前にコーネル大学で同じ趣旨の講演をしたとき、聴衆は40人ほどで、日米の温度差に驚きました」(「朝日新聞」1996年12月2日、夕刊)と語っている。

ハーウイット氏は館長に就任する以前から、館長に就任したら社会的・歴史的な論争を呼ぶようなテーマを企画する構想をもっていた。かつてのアメリカにおけるマッカーシズムに引けを取らない攻撃を自ら引き受けた人物は、さぞかし勇ましい男かと思っていたが、それとはまったく逆で、純朴というか、政治と無縁であるかに見える、まことに誠実な研究者(宇宙物理学)そのものであった。

長時間の懇談の話題は多方面に及んだが、その和やかな話し方と他者に対する思いやりのある眼差しは終始変わることがなかった。この間私の脳裡にはっきりと見えるのは、アメリカの原爆論争の結果は、日本人の加害責任を明確にすること、この一点を要求していることである。ハーウイット氏はいっこうに口にはださないけれども、一連の論争経過をみていると、それがはっきりわかる。

ハーウイット氏をホテルに送った帰路、私はノーマ・フィールド『天皇の逝く国で』(大島かおり訳、みすず書房、1995年)のことを考えていた。

戦後アメリカ軍占領下の日本で、アメリカ人の父と日本人の母のあいだに混血児として生まれた著者(日本文学・日本近代文化を専攻するシカゴ大学教授)は、日本人の深層に宿る象徴天皇制にたいする市民レヴェルの戦いを詳細にルポし分析する。その戦いとは、沖縄の国体で日の丸を焼いた知花昌一氏、自衛官の夫の護国神社への埋葬拒否を求め違憲訴訟を起こした山口の中谷康子氏、天皇の戦争責任発言でテロの銃撃をあびた本島等長崎市長の三人それぞれの戦いである。

いまあらためて読み直してみると、ノーマ・フィールドの叙述の視点は、いかなる政治論議よりも日本人と日本社会の深層に確固として潜む内なる天皇制の支配をみごとに描きだしている。ここでもまた著者は、ハーウイット氏とおなじく、日本の加害責任の問題を正面きってはなにも語らないけれども、これらの市民レヴェルの普通の行為や発言やものごとの認識が、民主主義国家を標榜する現代の日本社会から、いかに異端視・除外させられたかという具体的に例証することで、これにはっきり答えをだしている。

日本人と日本社会がアメリカの原爆論争から真摯に学び、もう一度、この論争を市民の前に登場させるためには、被害者一辺倒の論理から脱却して、内なる天皇制の実態と日本の加害責任の具体的な実態の調査がぜひとも必要なのであり、それがこの原爆論争に応える日本の態度であろう。最近、TBSの報道番組に登場した作家の井上ひさし氏が、沖縄問題は沖縄が「独立」でもしなければ解決しないかもしれないと述べていたが、その通りである。

 

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