ナノチタン粒子の生態系影響

投稿者: | 2013年7月21日

ナノチタン粒子の生態系影響
小林 剛(カリフォルニア大学環境毒性学部元客員教授)
PDFはこちらから→csijnewsletter_019_kobayashi_02_201307
1.はじめに
前報「農作物のナノ粒子汚染」においては、米国カリフォルニア大学サンタバーバラ校を中心とする科学者らによる、大規模大豆生産における下水処理汚泥肥料中のナノ酸化亜鉛と、大型ディーゼル農機排気の大気汚染(発ガン性)と燃料添加剤のナノ酸化セリウム沈着による「トリプルパンチ」の「土壌汚染」による収量と品質の低下の研究結果について報告した。これは生態系に対するナノ粒子の想定外の災害の「端緒」となる可能性が高い「FACT」である。被害農作物が、米・麦・トウモロコシなど主要穀類に及ぶとすれば、その影響は極めて大きいと危惧される。
この科学的現実を、どのように捉えるかは、人それぞれの哲学や立場により異なるであろう。それを偉大な研究業績の第一歩と見るか、それとも陳腐な思いつきと軽視する向きもあろう。しかし、この筆者の報告は我が国の各界に大きな反響を呼び、その暴露評価の方向性すなわち「定性から定量的」に対して期待する声が大きい。
今回はこれを受けて、陸生生態系の主要媒体である土壌とナノチタン粒子との相互作用について、国際的に容認されているOECDのテストガイドラインの ①下水処理 ②土壌中の侵出 ③吸着/脱着に対するナノマテリアルヘの適用性を検証したドイツ環境省のリポートを取り上げた。
2.ナノチタン生産量非公開の問題と「ナノ表示」の欠落
本報告では、対象物質を、塗料や光触媒の素材として、ナノマテリアルの中でも突出した莫大な消費量が推定されるナノチタン粒子(アナテーズ・ルチル・両者の混合物)を採用した点が極めて重要視される。(但し、ナノ産業は、生産量を企業秘密として情報公開しないため、正確な生産量/消費量は確定できない。)
我が国でのナノサイズ酸化チタンの国内総出荷量(トン)は、内需950、輸出1,200とされている。しかし、光触媒用酸化チタンもナノサイズであるが、この集計(2006年)の対象外となっている(富士キメラ総研推定、理由は不明)。
米国のナノマテリアルの年間推定生産量(トン、2010年)は、ナノ二酸化チタン7,800~38,000、カーボンナノチューブ(CNT)55~1,101、ナノ二酸化セリウム35~700、ナノシルバー2.8~20と、2位のCNTの約88倍(推定最高最低単純平均値)と「ダントツ」である(米国デューク大学推定、2011)。
さらに、最も問題なのは、ナノマテリアルを含有する製品(食品および化粧品など日用消費者商品や、塗料や光触媒などの工業用資材等)において、ナノ行政の不作為により、法的規制がないため、企業による「ナノ表示」が全く行われていないことである。消費者は、それがナノ製品であるかどうかを知らないままに、使用を余儀なくされているのである。すなわち、消費者の「十分な情報提供による選択の権利」(Informed choice)は全く無視され、保障されていない。このような状況では、ナノ製品による健康被害は潜在化し、アスペストのような長期間の潜伏する可能性が生じ、Regulatory science (規制科学)の研究発展の糸口さえ掴みにくい。
この「ナノ表示制度」の欠落は、ナノ企業にとっては一見好都合のように見えるが、究極的にはナノマテリアルに対する一般市民の懸念や疑惑を増大させ、それらのリスクが明確化するであろう近未来においては、メーカーに対する不信の念として定着し、企業は自己演出の陥穿に陥るであろう。産業界に対しては、現在のような、似て非なる自衛策(?)を自覚して速やかに廃し、消費者重視の冷徹な識見への回帰を望みたい。
EUのREACH(化学物質規則)においては、先年、「No data, no market!」(安全データなくして、市販なし)の理念を明言し、企業に対して安全の挙証責任を掲げている。ナノ企業は、自らの製品の安全性を立証する研究に積極的に投資し、適切な規制措置を自主的に導入し、及び腰のナノ行政を後押しし、消費者に十分な情報を提供して選択の権利を尊重し、透明性の高い、明朗なマーケティングを正々堂々と推進すべきである。
このようなナノマテリアル問題に関する閉鎖的な実態を打破するため、その基本的ツールとして不可欠なナノ製品に対するテストの信頼性が問われている。今回、ドイツ環境省がその第一歩を踏み出した意義は高く評価されるべきである。
3.OECDテストガイドライン(TG)のナノマテリアルヘの適用性:ドイツ環境省の結論
ⅰ)OECD-TG 303A(活性汚泥下水処理)に対しては、若干の勧告事項は示されたがナノマテリアル、特にナノチタンに対しては適用可能である。
ⅱ)OECD-TG 312(土壌カラム中の洗脱)については、土壌の選択と濃度および検出について 勧告が行われたが、理論上適用されると判定した。
ⅲ)OECD-TG 106(セット平衡方法による吸着/脱着テスト)に対しては、①テストにおけるナノマテリアルの凝集 ②吸着と脱着の区分がない ③非吸着等温線の測定不能などの欠陥により、ナノマテリアルのテストには適用できないとの結論を下した。
以上より、最重要と見なされる吸着/脱着テストについて、OECDはナノマテリアルに特化したテストの再開発を強いられる事態となった。早急な対策が求められることはいうまでもない。
今回は、土壌汚染による植物被害に密接に関連する陸生生態系を対象としているが、今後は水生生態系におけるナノマテリアルの有害影響とその検出テストの可及的速やかな検証が必要である。この分野では、既に、海水中の肉眼不可視のナノプラスチック粒子による海洋生物ムラサキイガイに対するダメージについて、ワーゲニンゲン大学(オランダ)の科学者らにより発表されている(Environ.Toxicol.Chem,2012)。
4.ナノチタンのEHS(環境・健康・安全)リスク
これらのナノチタンの塗料や光触媒への使用量は、化粧品などとは比較にならぬほど大量であるとは容易に推定される。特に、日本発の画期的な先進技術である光触媒のナノチタンのEHSリスク、特に生態系へのインパクトについては、食物連鎖への侵入が予想されるため、極めて重要であるが、日本では研究投資が殆ど行われず、極めて憂うべき状態にある。
ナノマテリアルの製品中におけるナノチタンの存在形態は、次の3種類である。
ⅰ)Agglomerate(凝集体):van der Waals’ forces(ファン・デル・ワールス力)による二次凝集粒子集合体で、主要部分を占める。(本文中の図参照)
ⅱ)Aggregate(凝結体):強力な結合力による一次凝結粒子集合体で、ⅰ)よりは少量といわれている。(本文中の図参照)
ⅲ)Crystal(単離一次粒子):ⅱ)よりも少量といわれている。最も強い吸入毒性が認められる。(本文中の図参照)

以上の構成状態は製品により異なるであろうが、それらの実態調査の報告は公開されていないようである。その早急の検討は、より安全な製品開発に不可欠であることはいうまでもない。
特に重視すべきは、それらの経年劣化による剥離放出など、その全ライフサイクルを含めた厳密なリスクアセスメントが必要である。当面の応急策としては、ナノ含有汚泥の施肥を規制すべきであろう。
日本酸化チタンエ集会の資料「ナノサイズ酸化チタンについて」(2008年11月)には、その一般物性・構造/形状・用途・製法・取扱量・廃棄処分について概説されているが、その安全性(有害性)については、残念ながら、全く触れていない。
ナノマテリアルに最初に遭遇するのは、それらの開発研究・製造工程の作業者であり、米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH)は、2011年4月、ナノ酸化チタンを職業発ガン物質と決定(参考資料として添付)している。
追記:
本稿執筆中に、TVニュースで、京都大学山中教授のノーベル賞受賞の感想を伺った。その中で、「感謝と責任」のほか「安全と倫理」についての言及には印象深いものを感じた。
安全については、細胞の「初期化」によりiPS細胞を作る際に、4種類の遺伝子「Oct 3/4」「Sox2」「Klf4」「c-Myc」(ガン遺伝子)という4種類の遺伝子をレトロウイルスに組み込み、マウスの皮膚細胞に感染させる。しかし、細胞内これらの遺伝子の異常な活動による不完全iPS細胞によるガン発生のリスクが指摘され、その後c-Mycに代わるGris1やプラスミドが見出だされるなど、これらのガン化の危険性を低減する研究は急速に進展中である。その他、遺伝子を使わない方法が、2009年、米国スクリプス研究所のディン博士や、ドイツのマックスプランク分子医薬研究所のシェラー教授によりマウスにおいて成功し、ヒトでの成功が期待されている。これらの現況を踏まえて、安全に対して慎重に対応する方針を述べられている。(本文中の図参照)

さらに、iPS細胞の倫理問題については、この手法が比較的簡単で、他人の毛髪などの悪用により、始原生殖細胞(この段階は人において成功)から精子と卵子を作り出し、本人の認識外での子供誕生というような、不測の事態も起こりかねないと懸念されているという。これに対して、山中教授は科学技術の加速度的な進歩に対処できるよう、研究所内に倫理の専門家を招聘する意向を表明し、倫理面からもiPS細胞研究の向上を期している。
iPS細胞のような画期的な技術に、このような配慮がなされることは心強い限りである。翻って、我々の身近な化学物質について考えると、その安全意識は甚だ希薄のように感じられてならない。化学物質の対象は、すべての人間のほか広く動植物から我々の生息環境全体にまでも及ぶ。見方によっては、iPS細胞の影響範囲は個人レベルであるが、化学物質はより広範囲な社会全般の市民へのリスクの潜在能力を有しているといえる。
化学物質の研究開発に当たっては、製品の安全性実証とペアにして行われるぺきである。化学品メーカーは、「企業の社会的責任」(CSR)に基づき、自社製品の安全を保証するため、万全の努力を傾注すべきである。この点を研究者自身も、独立した個人および社会の一員として、十分に自覚する必要がある。さもなければ、化学物質は消費者の信頼性を失いかねないであろう。それは、とりもなおさず、人類にとっての暗い将来を暗示している。
化学物質は本質的には「諸刃の剣」である。そのマイナス面の克服なくしては、自信を持って、存在価値は主張できないであろう。将来的には、新規技術によるノーベル賞の受賞条件として、安全面の重視は必然的であろう。
画期的なイノベーションといわれるナノテクノロジーにおいて、そのリスクを最小化し、ベネフィットを最大化するためには、その安全性の確立は不可欠である。その努力を回避するがごとき、企業の現在の態度は、将来における希望を放棄しているように見えてならない。

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