京都だより 「移ろうもの、担うこと」

投稿者: | 2013年11月10日

移ろうもの、担うこと
吉澤 剛 (NPO法人市民科学研究室 理事)
PDFはこちらから→csijnewsletter_021_yoshizawa_201311.pdf
京都に越して2年が経ちました。四季の移り変わりを景色の美しさとともに寒暖の厳しさによって肌身に感じています。離れた土地で市民研理事としての仕事ができずに忸怩たる思いもしていますが、関西でも市民科学の理念を受け継いだ活動をいくつか行っていますので、その紹介をしたいと思います。
現在、大阪大学でヒトの遺伝子解析研究に関わる倫理的・法的・社会的問題を研究しています。そこでは専門家や関係者にとどまらない社会に開かれた議論を進めることを目指し、さまざまな連携や対話の場づくりに挑戦しています。たとえば、滋賀県長浜市にはNPO法人健康づくり0次クラブという市民団体があり、京都大学と長浜市が進める疫学研究への参加協力を通して、市民の健康づくり推進と医学発展への貢献を行っています。この活動が倫理的な配慮のもとに行われているか検証するためのコンプライアンス委員を昨年拝命しました。ここでは研究参加者の個人情報の取り扱いに配慮するなど、市民からも信頼のおける開かれた組織づくりを行うことで、行政や大学と対等な関係を目指しています。
一方、国の科学技術政策に国民の声をどう届けられるか、というプロジェクトにも関わっています。これまで広く漠然と考えられていた「国民」を、科学技術への関心の程度などによる複数の層に区切って捉え直し、その多様な層それぞれが政策に参加するように促すとともに、国民それぞれのニーズを把握する手法を開発しているところです。たとえば、科学技術政策は科学技術に関心のある層が中心になって進められていますが、医療や環境などの問題に置き換えれば必ずしも科学技術に関心のない人々も関心を持ちますし、実際の生活にも関わってきます。科学技術は社会の様々な問題と深く関係しているので、具体的な問題に引きつけて国民のニーズを探り、それに応じた政策参加のあり方を模索しています。その一環として、最近、パブリックコメント(パブコメ)と呼ばれる国民の意見を行政に反映させるための意見公募手続を改良しようという試みを始めました。パブコメを出しても自分の意見が反映されたかどうか分からない、そもそもパブコメを出す前に政策が決まっているのではないか。市民からはこんな声を良く聞きます。確かにそうかもしれませんが、だからといって現状を嘆いて何もしないのも、あまりに現実から離れた市民参加ツールを持ち出すのも生産的ではありません。パブコメは行政手続法で定められていますし、地方自治体でも条例が設けられているところが多くあります。この仕組みをうまく利用して、積極的に市民から意見を聴取しにいくことができれば、政治や政策への参加に無関心な人にもアプローチできるかもしれない。それが、この対話型パブコメの狙いです。実際に、京都市では市の基本計画を策定するとき、若手の市の職員と一般市民によるチームがこれを担い、多種多様な市民の意見を集めることに成功しました。科学技術は確かに難しい話ですが、誰もが何かを言えると思いますし、それを拾い上げることもできると思っています。
最後に、こんな研究もしていますというのを一つ。たとえばインフルエンザが流行しているというニュースを耳にして、みなさんは予防接種を受けに行くでしょうか?最近話題になった風疹や、子宮頚がんの予防ワクチンではどうでしょうか?受けに行く手間やお金、副反応のおそれ、もし罹った場合の健康や生活への影響を天秤にかけて決めているのかもしれません。ですが、本当のところはお隣さんが受けてきたから受ける、とか、自分は罹らない自信がある、とか、必ずしもはっきりした根拠に基づいていない場合がほとんどではないでしょうか。これは下手をすると自分の生命にも関わる問題ですよね。自己決定、自己責任が強く叫ばれる世の中になってきましたが、社会に生きる私たちはそれほど自分だけできちんと物事を決められないし、決めたくないのかもしれません。「世間」とか「空気」とか見えないものに縛られるのではなく、あるいは専門家に不満を言いながらも任せきりにするのではなく、もっと望ましい〈ゆるやかさ〉で何となく物事がうまく行く状態って何だろう。その場合の責任って、誰がどのような形で持っていればいいのだろう。そういった触知しがたいもののあり方に関心を持っているこの頃です。

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