書評:<科学ブーム>の構造 科学技術が神話を生み出すとき

投稿者: | 2014年8月30日

書評:「<科学ブーム>の構造 科学技術が神話を生み出すとき」
五島綾子 著、みすず書房

科学技術政策から生まれる科学ブーム、そこに潜む神話を分析
森川 浩司(市民科学研究室会員)
pdfファイルはこちらから→csijnewsletter_026_morikawa_20140808.pdf
“マイナスイオン”という言葉を覚えているだろうか。”マイナスイオンは体にいい”を謳い文句に空気清浄機やドライヤーなどの家電から櫛まで日常生活のさまざまな商品に”マイナスイオン”の機能が付き、果ては”マイナスイオン”を出すパソコンまで現れた。
この程度の付加機能であれば、科学的根拠があいまいなままブームが終わっても「あぁ、そんなものもあったね」で終わりになるだろうが、では国や自治体が支援する科学技術でブームが起きるとしたらどうだろうか。国や自治体が支援するということは、国や自治体が政策として意思決定を行い、それなりの額の税金が投入されるということ。わたしたちの生活が大きな影響を受けることもありえる。
著者は科学技術政策をめぐるブームと神話が生まれる構造を探り、その中での専門家の行動や専門家コミュニティの役割を捉えようとする。そのために著者は次の3つの問いを立てる。
・科学技術政策からブームが生まれる構造とはどういうものか。そしてブームに潜む神話の役割とは何か。
・ブームの中心には確かなテクノロジーが存在したのか。あるいはこれから生み出そうとするテクノロジーへの期待だけが存在したのか。
・ブームの後に新たな科学研究や概念といった収穫は得られるのか。
(ここでいう神話とは、星座に関するギリシャ神話のような歴史的な物語のことではなく、「安全神話」やバブルのころの「土地神話」といった言い方で使われる神話のことである。)
この問い立てのもと、著者は2つの事例を分析する。1つは1950年代を中心としてブームとなった有機合成農薬の一種であるDDTであり、もう1つは1990年から2000年代にかけてブームとなったナノテクノロジーである。
経済成長のために科学技術の研究開発に短期的な成果を求めたがる為政者。研究費獲得のために夢を語ることを求められる科学者。ジャーナリズムを失ったかのように科学技術のプラスの効能に偏った宣伝合戦を行うマスコミ。そしてそのブームに乗せられる私たち。ブームはどのように生まれ、なぜ繰り返すのか。
著者は分析から専門家や専門家コミュニティの行動や判断(それらは時に仕掛けであったり無関心であったりする)がブームに与える影響を明らかにする。それが類書にないこの本の特色となっている。
iPS細胞と山中伸弥教授のノーベル賞受賞で盛り上がった私たちがSTAP細胞の問題を前に何をどう考えればいいのか。STAP細胞はあったのかなかったのか、論文の何か不正だったのかということだけではなく、社会の中での今回の問題の位置づけや意味を考えたい人に、本書はその読み解き方のヒントを与えてくれるだろう。
一方、政策・専門家コミュニティ・安全神話といったキーワードから福島第一原子力発電所の事故を巡る社会の動きを想起する人もいるだろう。事故後、御用学者や原子力ムラという言葉を使って専門家や専門家コミュニティを糾弾する動きがあった。確かに個々の科学技術の専門的なことについては専門家や専門家コミュニティの果たす役割は大きい。しかし科学技術に関する政策の意思決定は為政者が行い、その為政者を私たちの代表として選んでいるのは私たち自身だ。では私たちは科学技術を活用してどんな社会をつくっていきたいと考えるのか。<科学ブーム>はこの問いを映す鏡だ。

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