ドイツにみる科学と思想

投稿者: | 2015年12月16日

ドイツにみる科学と思想
吉澤 剛 (市民研・理事)

pdfはこちらから→csijnewsletter_033_yoshizawa_20151202.pdf

ドイツに短期間滞在することになり、ここ2ヶ月ほどボンの市街地で暮らしています。ボンは旧西ドイツの首都で、ベートーヴェンの生地やシューマンの死地として知られています。マルクスやニーチェが学び、物理学者のヘルツや経済学者のシュンペーターが教鞭を取ったボン大学が小さな街の一角を彩り、側を流れるライン川を取り囲んで緩やかな丘陵地が広がっています。秋は週末になると近郊のあちこちの街や村で収穫祭が賑やかに繰り広げられ、地元のワインを楽しむこともできました。

ボンより南に電車で2時間あまり下ったモーゼル河畔にベルンカステル・クースという小さな街があります。中世の神学者・哲学者として知られるニコラス・クザーヌスはこの地に生まれ、教会改革に注力しながら神や真理を追究するいっぽう、コペルニクスより先に地動説を唱えるなど自然科学的な関心も深めました。クザーヌスは「知は無知である」と表明し、測定や比較によって真理は認識できないと考えました。ここで最大と最小、一と多、神と人間、知と無知という対立項は前者に合一されえます。社会主義者で哲学者のモーゼス・ヘスもボンの生まれですが、「理論的なものこそがほんとうに実践的なものだ」という問題意識とともに行為の哲学を志向しています。クザーヌスの神学思想と大乗仏教の本覚思想との近親性がしばしば議論されるように、こうした二律背反の解消はヘーゲルの止揚というよりは鈴木大拙の即非の論理に近い水平的探究に見えます。
【続きは上記PDFファイルにてお読みください】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA