TALKING SCIENCE 科学と市民の対話は可能か? (5) 対話イベントの評価

投稿者: | 2005年4月13日

TALKING SCIENCE 科学と市民の対話は可能か?
(5) 対話イベントの評価
岡橋 毅
doyou84_okahashi.pdf
  これまで、Cafe ScientifiqueやDana Centreなど、科学技術をテーマとした対話イベントの様子を紹介してきました。今回は、昨年5月に科学博物館の来館者調査グループによって出された、Dana Centreにおける18ヶ月にわたる対話イベントの評価レポート(注)を参考にしつつ、Cafe Scientifiqueも含めた「対話イベント」についてまとめてみます。
 まずは聴衆の属性について見てみましょう。Dana Centreの対話イベントは、科学博物館や科学館に来館することが少ないといわれている18歳から45歳の年齢層を主なターベットにしていますが、調査によると83%がその年齢層に当てはまります。私が参加した限りでのCafe Scientifiqueの参加者も、年配の方の率が高くなるものの、30歳代から40歳代の年齢層(に見える)人たちの参加が半数以上を占めていたと思います。これは、これまでも述べてきたように、夕方遅くに始まりお酒も入るイベントの形式や、興味深いトピックの選び方などの企画による成功と言えます。またこのレポートでは、聴衆の59%が女性であり、72%が白人であることが示されています。多文化・多人種国家であるイギリスにしては非白人の率が少ないと思われるかもしれませんが、白人率がとても高いCafe Scientifiqueに比べると格段に多い数字と言えます。これは、Dana Centreが非白人率の高いロンドンにあることと同時に、彼らが意識的にマイノリティの関心を呼ぶようなイベントの企画をしていることが影響していると思われます。私が出会った参加者の中で面白かったのは、地元の博物館や研究所の広報関係者など、同種のイベントを実践していこうとしている人たちがしばしば参加していたことです。イギリス国内でも対話イベントが実践され始められたばかりだ、ということを示しているのでしょう。
 次に、評価レポートの挙げる「対話が成功するためのポイント」を見ると、以下の4点が挙げられています。
① トピックに「リスク」の問題が絡んでいること(Risk)② 現在進行形で社会的に話題になっており、即時性・ニュース性が高いこと(Timely and newsworthy)
③ 聴衆の善悪や正義・不正義などの判断を刺激する、倫理的・道徳的問題が含まれていること(Ethical and moral issues)
④ 話されている話題が、個人的、そして社会的に関連づけて考えられるものであること(Personal and Social relevance)
 ずいぶんと月並みにも思える「ポイント」ではありますが、この4点をながめてみると、やはり非科学者である市民(科学者も市民ですが)にとって興味を抱くテーマというのは、知らないことで損をするかもしれない話題や、世間的に注目を浴びている話題だということがはっきりしてきます。また、自分たちの実感や経験と結び付けることができるというのが重要だという点も、大きくうなずけます。
 しかし、この4点がそろっていたとしても、「対話」が成功すると言い切れるわけではありません。なぜなら、対話イベントは、テストの点数のように数値化されるものでもなく、参加者の受け止め方はそれこそ千差万別だからです。先の評価レポートでは、物理的な障害(空間の制限、音や視覚情報の差)、感情的な障害、知識的な障害(理解度)などの要因によって「参加engagement」が制限されてしまうことを述べていますが、対話イベントの性質上、イベントの成果上のムラは避けられないことでもあります。さらに言ってしまえば、対話イベントの致命的な弱点は、市民がイベントに来なければ「何も始まらない」という点です。参加しない人たちは、そもそも対話の対象にもならないのです。それを指摘してしまったら「元も子もない」のかもしれませんが、こうした試みが単なるエンターテイメントや流行に終わってしまわないためには、真剣に向き合っていかなければならなくない問題です。この連載で触れた、マイノリティを意識した企画や子どもむけのジュニアCafe Scientifiqueの試みは、そうした問題意識の延長線上にあるのかもしれません。
 こうして見てくると、市民の「参加」や「対話」を目指す「対話イベント」の実践と工夫が蓄積されつつある反面、まだまだこうした試みは始まったばかりであり、どの程度の「対話」が実現されているのかは未知数であると言えます。現在のところは、科学をテーマに集まった人たちの直接的なコミュニケーションを通して、科学者のみならず、さまざまな分野の専門家や市民、そしてこうした場を演出していく人たち(近年「科学コミュニケーター」などと呼ばれる人たち)が試行錯誤している状況だと言えます。イギリスで(日本でも)盛んになりつつある「対話イベント」は、「科学」とは何かということを問い直していく作業が始まりつつあることを示しているのかもしれません。
 次回は、対話イベントに参加するなかで「専門性」あるいは「専門家」ということについて考えたことを書く予定です。
注) Science Museum Visitor Research Group. 2004. Naked Science:
Evaluation of 18 months of contemporary science dialogue events

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です