10月19日の土曜講座研究発表に向けて
立花隆問題とは何か(上)
谷田和一郎(ライター)
来る10月19日の土曜講座では、谷田和一郎さんを招いて、著名なジャーナリスト立花隆氏をテーマに議論します。立花隆氏を批判した本には佐藤進『立花隆の無知蒙昧を衝く』社会評論社2000年、別冊宝島Real『立花隆の”嘘八百”の研究』宝島社2002年、そして谷田さんが執筆した『立花隆先生、かなりヘンですよ』2001年洋泉社があります。谷田さんの本は一人のジャーナリストの言説を丹念に拾いながらその実像をあぶり出し、「立花隆問題」が広く科学技術の受容や理解、普及や推進といったことにかかわって、私たちが再考すべき論点を提起していることを明らかにしています。研究発表に先立って2回の連載を執筆していただきます。(上田)
1● 立花隆氏について
立花隆氏は、ロッキード事件報道などで知られる日本でもっとも著名なジャーナリストの一人です。1940年長崎に生まれ、東大仏文科卒業ののち文藝春秋社入社。退社して東大哲学科に再入学し、在学中から執筆活動をはじめました。74年の「田中角栄研究ーその金脈と人脈」にはじまるロッキード事件報道で脚光を浴びて以後、日本を代表するジャーナリストの一人として活躍してきました。最近では『田中眞紀子研究』が18万部を超えるベストセラーになっています。またジャーナリストとして活躍するだけではなく、90年代後半には東京大学で客員教授も務めていました。
ロッキード事件など政治関係のイメージの強い立花氏ですが、1980年代以降は、むしろ自然科学分野に軸足を移して、脳死からインターネットまで幅広い分野に関する著作を残し、科学ジャーナリストとしても広く知られています。
立花氏が扱った科学に関する分野としては、次のようなものがあります(『』内は各ジャンルの代表作)。
◆宇宙 83年~ 『宇宙からの帰還』『[立花隆・対話篇]宇宙を語る』
◆脳死 90年~ 『脳死』『脳死臨調批判』
◆環境ホルモン 95年~ 『環境ホルモン入門』
◆IT 95年~ 『インターネット探検』『インターネットはグローバル・ブレイン』
◆遺伝子組換え 97年~ 『21世紀 知の挑戦』
◆理科教育、学力低下について 99年~ 『21世紀 知の挑戦』
このような幅広い分野での著作を残し、そのうちの何冊かはベストセラーとなっています。立花氏は科学をわかりやすく広めるという点では非常に大きな功績があり、また「文理にまたがった教養が必要」「科学教育の充実が必要」などの主張を展開して科学に貢献してきたわけですが、同時にこれらの立花氏の著作の中には科学を扱った書物としては許されないような問題点を抱えているものも少なくありません。
ここでは、立花氏の著作にはどのような問題点があり、そういった問題点は何に基いているのか、ということを見ていきたいと思います。
2● 立花氏の抱える問題の具体例
まず、問題点の具体例を見てみたいと思います。
一つ目は、環境ホルモンに関して。立花氏は次のように述べています。
「異常が現われるのは、性の面だけではありません。環境ホルモンによって体内のホルモンバランスが崩される結果、拒食症や強迫神経症、さまざまな不安症や鬱状態なども引き起こされます。(中略)さらに、知能に対する影響という問題もあります。ダイオキシンは、偽のホルモンとして甲状腺の働きを低下させます。その結果が脳に作用すると、「知能の低下」という現象を引き起こしてしまうんです。」(『週刊現代』「日本は世界一のダイオキシン汚染大国!!人類を蝕む環境ホルモンの恐怖」)
この他にも立花氏は、酒鬼薔薇事件などの「凶悪少年犯罪」やオヤジ狩り、イジメ、家庭内暴力なども環境ホルモンの影響であるかのように書いています。もちろんこういったことは、科学的には結論の出ていない問題であり、立花氏もそう断定する根拠を文章中でまったく示していません。にも関わらず立花氏は無責任に断定しています。
二つ目は、ITに関して。
「第二次産業でも生産現場で働く人よりマーケティング・マーチャンダイジング、デザイン、広告宣伝などに関わって働く人の方がはるかに多くなっている。すべて情報がらみだ。」(『インターネット探検』)
現実には、第二次産業で働く人の95%が生産現場で働いています。
さらに「企業のホームページが海外に移転すること」について次のように述べています。
「物理空間での動きなら目で見えるので、これは大変だという騒ぎになりますが、情報空間では、逃げていくのがわからない。工場の閉鎖と海外移転は、目に見えるけど、インターネットのサイトが外国に移っても、アドレスがちょっとかわるだけで、発信される情報の内容は同じだから、みんなわからない。すでに空洞化が起きているのに、政策に関わる人たちは、ノホホンとしている。そう言う点がわからないと、これからの日本はどうしようもなくなる。」(『インターネット探検』)
企業のホームページが海外に移転することは、ただアドレスが変更されるか、サーバーが海外に立てられるというだけのことで、産業の空洞化とは全く関係ありません。
こういった誤った事実認識をもとに、「農業革命、産業革命、情報革命と並べるくらいの人類史的大変化」が起きたり、「人間の生活空間が物理空間から情報空間に大移動を始めているわけです。大げさにいえば、人間が情報空間内存在になっていくような気がします」という、奇妙な結論を導いています。
最後に、少し長い引用になりますが、「雪玉が宇宙から降ってくる」という奇説について。
「特にひどかったのは毎日新聞で、「11年前にこの説が発表された時から議論が続き、 “雪玉”を探そうとする試みもあったが見つからなかった。当時は1日に1、2個という内容だったが、今回は1日数千個という多さで、どこから供給されて飛来するのかも分からない。数千個もあればスペースシャトルから観測できたはずだ。今回の発表は決定的な証拠とは言えず、複数の証拠が出てこなければ多くの人を納得させられないだろう」という国立天文台・渡部潤一助手の談話を付けて、これがほとんどあてにならない話であるかのように書いている。
しかし、これは問題のとらえ方も誤りだし、基本的事実関係も誤りである。
本来ならこれは、1面トップにしてもおかしくないような大発見である。
(中略)アメリカでは、多くの専門家がこれで基本的にはフランク博士が11年前にとなえた説が確証されたと受けとめ、今回の日本の報道にあったような寝ぼけたことをいう専門家はいない。」(「同時代を撃つ!」一九九七年六月五日号)
この「雪玉説」は、現実には全く実証されていない説であり、渡辺氏の「複数の証拠が必要」という発言は適切なものであるにも関わらず、立花氏は「寝ぼけたこと」と断言しています。非科学的な態度と言わざるを得ません。
3● 立花氏の抱える問題の源流は何か
前節で述べたような問題点は、立花氏の著作が抱える問題点の一部に過ぎません。
立花氏の著作に見られる問題をまとめると、
1.事実の誤認・歪曲:「ホームページの移転で産業が空洞化する」など
2.飛躍した論理・無根拠な断定:「少年凶悪犯罪は環境ホルモンのせい」など
3.根拠の無い無責任な批判:渡辺氏への批判、官僚への批判など
4.神秘主義的な結論:「人類は進化する」「進化しなければ未来はない」など
これらが、立花氏の著作に見られる典型的な問題点と言えます。こういった問題点は、ただ立花氏の知識の無さやいい加減さから生まれたものに過ぎないのでしょうか。実は、立花氏の問題を生み出す源流となっているものが存在します。上記のような立花氏の抱える問題は、単なる事実の誤りから生まれたものではなく、明確な方向性を持って(おそらくは無意識的に)生み出されているものであると言えます。
その源流とは一体何でしょうか。その前に、立花氏の著作全体を覆う思想を見てみたいと思います。
立花思想をまとめてみると、おおよそ次の3つに集約されます。
1.人類は、いままさしく新たな進化を遂げつつある。
2. 今までの科学を乗り越える新しいパラダイムが生まれつつある。
3. 今まさに新たなる科学が生まれ、人類は進化しつつある。これに乗り遅れると大変なことになる。
この三つが、立花思想の骨格を成しています。立花思想の根幹を成しているのは「進化」「パラダイムシフト」の二つであると言っていいでしょう。つまり「人類は新たな変革の時を迎えている」と言い換えてもいいかもしれません。そして、このいずれも立花氏の文章の中で具体的な内容は描かれていません。これらの概念は、現実的なイメージの伴わない立花氏の願望に過ぎないと言えます。
では、これらの願望はどこから生まれて来たのでしょうか。これらは立花氏のオリジナルではありません。この立花氏の主張の源流をたどっていくと、ニューサイエンスと呼ばれる思想に収斂されていきます。
ニューサイエンスは、1960年代に提唱された考え方で、従来の科学の持つ「要素還元主義的」な性格に限界と行き詰まりを感じ、新たなる「科学体系」を作り上げようとしたものでした。基本的には、科学の「還元主義的」「分析主義的」手法を否定し、「ものごとを全体として見る」科学を生み出そうという考え方です。代表的なものに、「ホロン」「ガイア理論」「グローバル・ブレイン」などがあります。
この考え方は、近代科学がもたらした弊害の指摘、学問のタコツボ化に対する批判としてある程度意義のあるものだったと言えるかもしれません。
しかし、残念ながらニューサイエンス自体は、実証的な方法論を否定していたために、「新しい科学」になることなく歴史の波間に消えていきました。ニューサイエンスの基本的な方法論というのは、最初に「神秘主義的な結論」が用意されていて、「科学的な事実」を利用しながら「事実の歪曲」や「飛躍した論理」によって最初に用意されていた「神秘主義的な結論」を導いていくというものでした。そして、立花思想の根幹にあると述べた「進化」と「パラダイムシフト」は、ニューサイエンスの「神秘主義的な結論」そのものであると言っていいでしょう。
このニューサイエンスの手法は、そのまま宗教のものであり、合理的な論拠や具体的な方法論が無いという意味で、ニューサイエンスは「科学」と言うよりは、むしろ「宗教」と言った方がよいものと言えます。その結果、科学の本流にはなることはもちろん、一般の人にも広く受け入れられることはありませんでした。
ニューサイエンスの影響を強く受けた立花氏は、まったく同じ欠点を受け継いでいます。
そして、最初に述べたような「事実の誤認・歪曲」~「神秘主義的な結論」という立花氏の典型的な構図は、まさりくニューサイエンスの持つ欠点をそのまま反映したものと言えるでしょう。立花氏の問題点はここに源流を求めることができます。
具体的な例としては、「人間はITで進化する」という結論を導くために「情報財や情報産業が社会の中心となる」とか「リンクはテレポーテーションである」と述べたり、「人類はAIとともにハイブリッド進化を遂げなければならない」ということを導くために、「AIは人間並の知能になれるはずである」と断定したりしています。■(次回へ続く)