ぷち土曜講座報告2 イギリスにおける科学コミュニケーション:科学、市民、そして対話

投稿者: | 2004年4月20日

ぷち土曜講座報告2
イギリスにおける科学コミュニケーション:科学、市民、そして対話
岡橋毅(ウォーリック大学院社会学部博士課程)
doyou78_okahashi.pdf
 先日「ぷち土曜講座」で発表させていただいた。本稿では、発表の内容を補足しつつまとめてみたい。
●理解から参加へ
 イギリスは、日本と同じように科学技術立国を目指す国だ。しかし、特に1990 年代に狂牛病(BSE)や遺伝子組み換え作物(GMO)などが社会的に大きな問題となり、市民と科学の関係の様相は大きな変化をみせている1。そうした世相に合わせるように、近年、市民のための科学コミュニケーションの必要性が政府や科学者コミュニティの中から言われるようになってきている2。もちろん、市民と科学の関係を指摘した金字塔は、1985 年にRoyal Society(英国学士院)から出されたレポート「科学の公衆的理解(PublicUnderstanding of Science)」だった。しかし、ここ十年ほど活発化しているPublic Understanding of Science の議論3 のなかでは、公衆の科学知識や意識の「欠如」を強調し、一方的に「理解」をもとめる教条的な態度は「欠如モデル」(Wynne4)として批判されるようになった。市民の理解の向上を訴えるやり方はもう古いものとされている5。
 「理解(understanding)」に取って代わり、近年の科学政策関連の報告書で登場頻度が高いのが、市民のawareness(意識)やengagement(参加)、そしてdialogue(対話)などという言葉だ。これらのキーワードを「欠如モデル」の擬態だと批判できなくもないが、双方向的な科学コミュニケーションを目指していく方向自体は間違っていないだろう。また、市民会議などの実践的な試みが行われはじめており、まさに、イギリスの科学コミュニケーションは「理解」から「参加」へという転換期を迎えているといえる6。
●科学館
 科学コミュニケーションの実践は多岐にわたるが、ここでは科学館(Science Centre)に注目してみる。近年、イギリスでは新しい科学館が多く建設されてきた。このブームの原因は、先に述べたように科学コミュニケーション活動の需要が高まっていることもあるが、直接的には世紀末宝くじのMillennium Projectから相当な額の資金があてられたことや、Wellcome Trustという世界有数の生命医療科学系の財団から支援があったことが大きな原動力となったと思われる。余談になるが、豊富な資金力を持ったWellcome Trustはイギリスの科学コミュニケーション・シーンにおいて絶大な影響力を持っている7。
 世紀の節目にイギリス各地に建設された新しい科学館の特徴をいくつかあげてみる。まず、ほとんどの科学館が独特のネーミングと、近未来的な建築を擁する。また、どこも来館者の視点を重視し、教育と娯楽の融合をめざしている。こうした努力がいっそう必要な理由のひとつは、多くの新しい科学館が、寄付や入館料を中心に経営されていることがある。次の特徴は、それぞれの科学館のテーマがはっきりしていることだ。科学館の名称を挙げながら列挙してみると、地球をテーマにしたDynamic Earth、海をテーマにしたDeep Blue、植物をテーマにしたEden Project、生命をテーマにしたCentre for Life といった具合だ。また、最先端の科学技術の情報を提供しようとしているところや狂牛病や環境問題、MMRという予防接種など、論争になっているテーマを積極的に扱っていこうとしているところなども多くの科学館の特徴といえる。そして、どの科学館も地域の大学や学校、コミュニティと協力してこうという姿勢が強くみられる。
 いくつか具体的に紹介したい。まず、ロンドンにあるWellcomeGallery8。一階のAntenna は、科学技術に絡む時事ニュースの展示だ。新しいニュース、あるいは市民の関心に合わせた展示なので、訪れる度に配置や内容が変わっていく。二階のwho amI?では、人間のアイデンティティがテーマだ。例えば、さまざまな動物の脳の標本、遺伝病やDNAについての説明、睡眠薬や風邪薬、抗鬱剤などの様々な薬のコレクション、アレルギーや恐怖症についての説明などを通して来館者自身に人間とは何か、自分とは何かと問いかけてくる仕掛けになっている。最上階のin future は、ゲーム感覚で、生命操作技術などの将来可能になるだろう技術について考えさせるフロアー。趣向を凝らしたカフェや3DIMAX映画館もあり、ここはとにかくお金をかけて入念に作られた科学館の流行の最先端をダイジェストで垣間見ることができる。
 ニューキャッスルにあるCentre forLife9 は展示やイベントを開催するいわゆる科学館(Life Science Centre)だけではなく、研究施設や生命科学の倫理面や政策面を研究する組織(PEARLS)など多面的な活動をしている。特にPERLS(Policy, Ethicsand Life Science ResearchInstitute10)は、先進的な活動をしている。Durham 大学とNewcastle 大学とも連携したこの組織は、各方面から競争的資金を得て、地域の遺伝子研究と市民の関係の研究、自分でやる市民陪審(DIY Citizens Jury)の活動、非専門家による新しい遺伝子技術や生殖操作技術の評価研究、カフェ・サイエンティフィーク(Café Scientifique)という討論会や地元の子供たちへの教育など、幅広く研究と実践を進めている。Newcastle のサイエンス・フェスティバルでも中心的な役割を果たしている。こうして簡単にみるだけでも、Centre for Life の活動は、地域の産業や教育、研究、福祉とむすびついていることがみてとれる。
 バーミンガムのMillennium Point11 もThinktank12 という科学館だけでなく、ビジネス・インキュベーション(起業支援)や大学の機能も持つものを目指している。現在、バーミンガムは街自体が変革の最中にあり、ここも地元の産業や文化と結びついていこうとしているようだ。また、エジンバラのDynamicEarth13は、地球をテーマとしており、古くから地学が盛んな土地柄を生かしている。建物の後景となっている断層面むき出しの岩場が象徴的だ。E d e nProject は地球上の四つの気候が体験できる巨大な温室だ。こうした新しい科学館だけでなく、イギリス国内には様々な規模の様々なテーマの科学館がいくつもある。国内の科学館のネットワークであるECSITE-UKも数年前から設立され、人的交流やネットワーク強化もすすんでいる。
●対話型イベントの興隆
 このように科学館だけでも様々な活動が行われているが、イギリスの科学コミュニケーションの流行のなかで特に注目したいのが、多くの科学館や科学フェスティバルで対話型イベントが実践されはじめていることだ。つまり、科学者と市民が直接対話できるようなイベントが急増しているのだ。ここで重要なのは、「対話」であり、科学者による講義や講演ではないということだ。科学博物館が生まれてきた頃から今まで、公開実験や公開講座など科学者と市民が直接向き合う場は存在していたのだが14、近年の対話型イベントが重視しているのは「対話」を通し、市民の能動的な「参加(engagement)」を促すことのようだ。しかし、なにをもって「対話」なのかというのは難しい。現に、専門家と非専門家の対話は原理的に不可能だという意見もある15。それでも、私はこの「対話」重視の傾向は社会的に興味深い現象であることに変わりはないと思う。
 では、まだ黎明期にあるといえる対話型イベントをイギリス国内で先駆的に実践している二つの試みについて紹介する。ひとつは、科学館ではないのだがCafé Scientifique16(科学カフェ)という試みだ。Café Scientifique は、簡単に言うとカフェに科学者をスピーカーとして招き、誰でも参加できるインフォーマルな雰囲気で科学について話しあうというものだ。いまではイギリスの多くの都市で行われており(月一回ほどの開催)、全国的なネットワークも存在する。
 もうひとつは、ロンドンの科学博物館や科学振興協会が関わって新しく出来た科学館のDana Centre17 である。Dana Centre は毎週のように様々なイベントを開催している。例えば、安楽死、UFO、男性の妊娠、肥満、ガンの治療などについて討論するNakedScience というイベント。最新の話題について、コメンテーターを中心に参加者たちで討論をすすめるThe xchangeというイベント。などなど、工夫を凝らした興味深いイベントが目白押しだ。スピーカーも科学者だけでなく、行政や市民団体からも招かれている。まさに意欲的な試みだ。
●おわりに
 イギリスの科学コミュニケーション活動の一端を紹介し、市民の科学コミュニケーションへの「参加」や科学者と市民の「対話」が生まれ始めている状況を述べてきた。特に、「地域」、「参加」、そして「対話」などがキーワードだ。しかし、掛け声も良いが、今後はどれだけ市民と科学の双方向的なコミュニケーション(特に市民から科学の方向)が行われているのかという検証が必要になってくる。また、「対話」に参加しない市民の存在も考慮する必要がある。
 最後に、発表の機会を与えてくださった市民科学研究室、多くの質問やコメントで示唆をいただいた参加者の皆さんへの感謝を記し、跋とする。
< 註>
1 Irwin, A. 2001. “Constructing thescientific citizen: science and democracy in the biosciences” Public Understanding of Science 10:1-18
2 The Commons. 2000. “Science and Society”. OST and Wellcome Trust. 2000. Science and the Public: A Review of Science Communication and public Attitudes to Science in Britain”. Research Councils UK. 2002. Dialogue with the public: Practical guidelines. 等を参照
3 Public Understanding of Science という学術雑誌が1993 年から発行
4 Wynne, B. 2000. “May the sheep safely graze? A reflexive view of the expert-lay knowledge divide” In: S. Lash et al. (eds.) Risk, Environment and Modernity: Towards a New Ecology.
5 Pollock, J. and Steven, D. now for the science bit – concentrate!: communicating science.
6 Joss, S. and Durant, J. 1995. Public participation in science: the role of consensus conferences in Europe. あるいは、1999 年10 月号のScience and Public Policy 26(5) 等を参照
7 Wellcome Trust
8 Wellcome Wing
9 Centre for Life
10 PEARLS < http://www.pearls.ncl.ac.uk>
11 Millennium Point
12 Thinktank
13 Dynamic Earth
14 Gregory, J. and Miller, S. 1998. Science in Public. Chapter 8 参照
15 Turner, S. 2003. Liberal Democracy 3.0:Civil Society in an Age of Experts.
16 Café Scientifique
17 Dana Centre

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