「酵母であそび、酵母で学ぶ」 第10回 パンの敵は、お酢の友

投稿者: | 2005年7月4日

大塚典子(グラフィックデザイナー)
■暑くなると姿を現わす、奴の名は… 
 暖かくなってきて、すっかりパンが作りやすい季節になった!と思ったら、もうすぐ梅雨入り。高い気温、雨でじめじめのじっとりとした湿度。梅雨の季節に悩まされる、カビや雑菌たちの季節です。暖かくなったからといって、喜んでいると思わぬ痛い目を見るのが、これから暑い季節。パン作りにとっては何が痛い目なのかというと、温度が高くなると、カビのみならず、今度はまた違う微生物が正体を現わすのです。ある暑い日、うっかり発酵させすぎてしまうと… うっ、パンが酸っぱい!! パンを酸っぱくしてしまう、その犯人…それは酢酸菌です。酢酸菌の作った酸っぱいもの、それは食卓でもお馴染みのお酢。お酢をつくり出す微生物の酢酸菌は、これまた空気中に存在しています。またもや、見えない微生物が、身近に存在していたのです。
■パン作りの敵、酢酸菌。でも、実は…
 酢酸菌が入り込んでしまった酵母パンは大変。酢酸菌のせいで酸っぱくて食べられたものじゃありません。こうなったら、もう元には戻れない…。時々「これはこれで好き!」と言ってくれるありがたい方も時たまいらっしゃいますが、パンとしては膨らみも味も悪く、ちょっといただけない感じです。酢酸菌は、常に空気中に存在していますが、特に30℃を越えた環境で活発に活動します。アルコールが大好きで、アルコールと酸素のある場所で酢酸発酵します。ただし、酢づくりには酢酸菌が繁殖しやすい5~6度という低めのアルコール度数が求められるため、通常のお酒そのものでは繁殖しにくいようです。例えば飲み会のあと、氷で薄まったお酒をグラスのまま放っておく、なんていうのは、格好の酢酸菌の繁殖地になりそうですね。
 さて、パン生地も発酵している時、酵母が生地の中でアルコール発酵していますから、うっかり生地を「高温で、空気に触れやすいところで、長時間発酵させてしまう」と、あっという間に酢酸菌に乗っ取られてしまいます。だから、夏のパン作りは酢酸菌に要注意!なのです。
 でも、そんなパンには敵!な酢酸菌くん。実は酵母とは切っても切れない関係なのです。お酢は英語でVINEGAR(ヴィネガー)。そのこの語源となったフランス語のvinaigre(ビネーグル)は、フランス語のvin(ワイン)とaigre(酸っぱい)。つまり、酸っぱいワイン、という意味なんですね。大昔、偶然ブドウに酵母がついてできたワインは、酵母によってブドウが発酵してできたアルコール。そのアルコールに、またまた酢酸菌が偶然くっついてお酢へと変化したのです。昔の人とっては、すごい大発見だったでしょうね。酵母がつくり出したアルコールがなければ、お酢ができない。パン作りにはちょっと困った酵母と酢酸菌の関係は、お酢作りには絶対に欠かせないものだったのです。
■お酢は、酒の数ほど
 ワインビネガーは、ワインについた酢酸菌がつくり出したお酢でした。白ワインからは、白ワインビネガー。赤ワインからは赤ワインビネガー。ということは、お酒の数ほど、お酢もまた種類があると言えそうですね。飲んでも美味しい「りんご酢」は、もちろんりんご酒からできたもの。あと、日本の家庭で代表的な酢といえば「穀物酢」。米と麹菌によって、米のデンプン質が糖化され、酵母が糖分を分解して日本酒ができ、お酢になります。「モルトビネガー」は麦芽が原料のイギリスのお酢。モルトというお酒もありますね。シャンパンビネガー、シェリービネガー…みんなお酒で名の聞くものばかりです。
 近ごろはビネガーブームのようで、たくさんの種類のお酢がスーパーで気軽に手に入ります。百貨店ではビネガーのソムリエならぬ「スムリエ」までいて、おなじみのワインビネガーだけじゃなく、ブルーベリービネガーや、カシスビネガー、ラズベリービネガー、桃ビネガー…なんて、すごく美味しそうなデザートビネガーまであるそうですが今やお酢は料理だけじゃなくて、飲む時代。お酢のクエン酸は疲れを取るとか、美容・健康効果で毎日の健康維持に欠かせないものになりました。
■ お酢ももちろん作れます、けど…
 ここまで来ると、自分で作ってみたくなりますよね。…というより、酵母のことを知っている方は、もう作り方が何となく分かってしまっているかも?大まかに言うと、酵母をおこした後の液(果物+ 水)を、瓶に蓋をせず、さらしで通気性を良くして置き1~2ヶ月くらいすると、水面にうっすら白い膜ができてきます。その白い膜が酢酸菌です。なめてみるとアルコールは感じず酸っぱくなって、お酢ができています。ただし…本来お酢作りはお酒を造らないとできないもの。日本では酒作りは酒税法で禁止されているため、つっこんで書けないのが辛いところ。というわけで、お酢作りの話は、今回はここまで。
 梅雨の蒸し暑い季節、酢酸の健康パワーで乗り切りましょう!でも、危ない微生物(カビ)には注意ですよ~!
(市民科学第3号 2005年7月)

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