森 元之
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これまで、この連載報告では、金沢21世紀美術館以外は自然科学的ないしは”物”中心の展示施設を訪ねた記録と、そこから得たアイデアなどを紹介してきました。
実は青森県では、太宰治の生家である「斜陽館」にも行ってきました。時系列的には青森県にきて最初に訪れた施設であり、三内丸山遺跡に行く前の日のことでした。
ここは日本の近代文学を代表する作家ゆかりの地ですが、自然科学的な側面からすると土のバーチャル博物館とは何の関係もない場所です。しかし土にかかわる情報やその展示を模索する場合、人文学的・社会学的な側面からのアプローチも必要と考えるなら、文学や文学者にまつわる施設での着想も参考になると思い、今回の連載報告の一部にしたいと思います。
■北の果ての斜陽館
北陸方面からJR奥羽本線経由で川部に着き、川部から五能線で五所川原に行き、さらに津軽鉄道に乗り換えて金木という駅でおりると、斜陽館にたどり着くことができます。
青森県の中でも、かなり辺境です。津軽半島の真ん中に位置する金木町は青森県外から来ると、時間・距離的にも北の最果ての地に来たという印象になります。また私が訪れた時期も10月の下旬ということで、あたりの田園風景も冬枯れが始まっていてさびしく、なおかつまだ雪景色にもなっていない時期でしたので荒涼とした印象を受けました。
■ Soil Fictionの必要性
太宰の作品に対する文学論などは、本稿の目的からは逸れますのここでは書きません。太宰が育ち暮らした旧家の邸宅の中を歩きながら、私は科学的な意味での土のテーマと、広い意味での文学との関係性を考えていました。
「土の文学」という表現をすると、たいていは農民や農業にかかわる文学作品ということになるでしょう。たとえばパール・バックの「大地」など、そういう意味では日本にも世界にもたくさんの土の文学作品があります。しかし比喩としての「土の文学」ではない、つまり大地に生きる人間の視点で書かれたものではなく「土」そのものが主人公であったり、また土の視点で”世界”や”価値の体系”を記述するような文学作品はあまりないように思います。私もそれなりに多くの文学作品を読んできましたが、上記のような視点ですぐに「こういう作品があるよ」と思い出せるものがほとんどありません(もしご存知の方がいたら教えてください)。
土そのものが主人公になるとしたら、あるいは土の視点で世界観を構築するとしたら、それは現在の書店のジャンル分けに当てはめるなら、やはりファンタジーとかSF(Science Fiction)ということになるでしょう。そこで少し言葉をひねってみて,同じSFでも「Soil(土)Fiction」という分野があってもいいのではないか、と斜陽館の中を歩きながら着想しました。
今度はその観点で既存のSF作品(映画も含めて)に思いをめぐらすと、その世界でも土はあまり主人公になっていないように思います。SFの方面ではいくつかのテーマやジャンルがあります。スターウォーズに代表されるようなヒーローが活躍するスペースオペラと呼ばれるジャンル、タイムトラベルやタイムスリップを扱った時間もの、いくつもの宇宙や世界が同時存在するという仮定の元に描かれる平行世界ものもあります。これに関しては最新の物理学や宇宙論でも、まじめに多次元宇宙の存在が議論・研究されているので、あながち空想物語とは言えなくなっています。
それからエイリアンやETに代表される人類以外の宇宙生命体との接触や、人類以外の異文明との接触を扱ったものなどがありますが、土が主人公という作品はSFのジャンルにもあまり類例がないように思われます(小道具として、あるいは状況設定のキーとして土が登場する作品はあると思いますが)。
人類以外の異文明との接触ということを考えてみると、実は「土」が重要なテーマであることに改めて気づくことになります。その点についての詳細は次回に詳しく述べたいと思います。
参考文献:
太宰治記念館「斜陽館」のパンフレット、太宰治著「津軽」(新潮文庫)。
(市民科学第3号 2005年7月)