水道水へのフッ素添加を考える
(連載「ケアと科学の狭間で」 第3回)
上田昌文
●デンタルケアというケアの特徴
虫歯はもっともありふれた疾患の一つです。ごくまれな場合を除いて生死にかかわるような病気とはならないこと、そして身体の他の部分とは比較的独立して扱えること、などの事情があって、医療は歯科医療とそれ以外の医療に大別されています。
ほとんどの人が虫歯を経験し、その原因は「日々のケア(歯磨き)をちゃんと行なわなかったからだ」という自覚を持っています。甘いものや柔らかいものを多く摂取するといった食生活の変化も影響していますが、歯磨きを励行すれば虫歯はほぼ確実に予防できます。目的と効果が見事に見合っている点で、デンタルケアはケアのなかでも際立っている、と言えるでしょう。
面白いことに、虫歯は年々減少傾向にあります。日本の子どもたちの虫歯がここ20年で確実に減ってきていて、12歳の子どもが持つ虫歯(永久歯)の平均本数でみると5.43本(1981年)、4.93本(87年)、3.64本(93年)、2.44本(99年)と減少し、昨年2002年には2.28本になっています(厚生労働省 歯科疾患実態調査など)。まるで出生率の低下と軌を一にしているようにみえますが、それもあながち偶然とは言えません。少子化のために親の目が届きやすくなり、寝る前に甘いものを食べないとか、歯磨きの習慣が行き渡ったことにも関係があるだろうからです。
一方、現時点で高校生の82%は虫歯を持っていることがわかっていますから、おそらく成人で歯医者にお世話にならなかった人はごく少数であるという状態は、そう早くは変わらないだろうとも思えます。
●フッ素添加――厚生労働省の方針では
虫歯の根絶が国民的課題であるかどうかは別にして、これほど広く行き渡った疾患ですから、何か特効薬的な予防手段があればそれを使ってみたくなるのも、無理のない話かもしれません。そこで目をつけられたのが「フッ素」がです。フッ素入り歯磨き剤はどこでも見かけますし(歯磨き剤の約8割)、フッ化物洗口(フッ化ナトリウム水溶液を口に含み歯をすすぐこと)は現在、保育園、幼稚園、小学校などで約30万人の子どもたちが行なっています。フッ素の歯面への塗布を歯科医がサービスとして行なう場合もあります。日本ではフッ素入り錠剤の服用は認可されていないのですが、これだけの”実績”があれば、他の国にならって水道水へのフッ素添加に至っても、さほど問題はないように感じられるかもしれません。
現に厚生労働省は2000年11月にそれまでの姿勢を転換して、水道水へのフッ素剤添加を容認する方針を決めました。新聞報道では「米国では 1945年から水道に添加されるなど、1ppmほどでは虫歯予防に効くとされる」「米国市民の6割がフッ素入りの水道水を飲むなど38カ国で添加されている」「日本歯科医学会は昨年末”推奨する”との見解をまとめた」「世界保健機構(WHO)は69年推進を決議し、日本政府も賛同している」とありますから、この記述だけを読めば、虫歯予防の流れは「フッ素添加」に向かっているような気がするのも無理はありません。地域の住民の合意さえあれば、あなたの飲む水道水にフッ素を入れてもよいことになったのです。
●半世紀を経てなお対立が続く
ところが、「水道水フッ素添加」は戦後まもなく米国から始まったわけですが、これまで日本では、ごく一部の地域を除いて実施されたことがありません。海外で見ても、一時期は41カ国を数えましたが、2001年の時点で25カ国に減少しています。EU諸国ではアイルランドやイギリスの一部を除いてフッ素添加を禁止している国がほとんどであり、ロシアも大部分の地域で中止、中国もフッ素添加はしないと2000年に発表しています。最近でも、水道水へのフッ素添加を実施してきた点で例外的な大都市であるスイスのバーゼル市は、1962年以来41年目にして正式に廃止を決めました。
しかし一方、米国カリフォルニア州では、メキシコとの国境から中央海岸部にかけての1800万人の住民に供給する水道水をフッ素添加することを、この2月に決定したとも伝えられています。
私たちは、導入から半世紀以上を経て未だ対立が続くこの問題を”適正なケア”の観点からどう判断すべきなのでしょか?
●心配されるフッ素の健康影響
フッ素は非常に反応性が高く、酸化作用が強い化学物質です(ハロゲン族といって塩素や臭素やヨウ素の仲間です)。水道水を塩素消毒するのも、米につく虫を臭化メチルで薫蒸して殺すのも、ハロゲン化合物の強い反応性を利用しているのです。それらは摂取量によっては有毒となり(フッ化ナトリウムは劇薬扱い)、様々な障害をもたらします。飲料水中のフッ素の濃度が高まれば、子どもに斑状歯(歯の表面に不規則の斑点ができ、進行すると穴が開いて表面が侵食された状態となる)がそれだけ増えることはよく知られていて、水道水への添加濃度も「たとえ斑状歯がいくらか増えても虫歯が減らせるのだから」という両者を天秤にかけるような理屈で採用されています。フッ素添加を推進してきたWHOでさえ、この斑状歯の発生と毒物を飲み込む危険を考慮して、「6歳以下の子どもにはフッ素洗口を強く禁止すべし」としているほどです。
日本はこの”禁忌”に従わず、児童・学童が集団としてフッ素の”ケア”を受けている所が少なくありません。また、フッ素入り歯磨き剤には、米国では「警告表示」が付きますが、日本ではまったくみられません。したがって、子どもたちのフッ素摂取量は、水道水へのフッ素添加がなくても、それなりに高くなっていると想像できます。このことの長期的な健康影響は、もっと案じられてしかるべきではないでしょうか?
●水道水フッ素化という間違ったケア
水道水へのフッ素添加は、今述べたフッ素の有毒性の点だけにとどまらない、問題だらけの施策です。ここでは詳しく触れることができませんが、推進する歯学者たちが「水道水フッ素添加で虫歯が確実に減った」証拠として示す統計データやその生物学的メカニズムの説明については、たくさんの疑問が投げかけられています。それに加えて、子どもの虫歯の数が年々減少している事実は、効果がさほど高くないかもしれない水道水へのフッ素添加を実施する根拠をほとんど失わせています。
誰もが直ちに思い当たるのが、水は生物が常時摂取しなければならない絶対不可欠の物質ですからは、それに毒物を混ぜることの恐ろしさです。水はたとえ毎日思いっきり大量に飲んでも身体に何も問題はないような存在であるべきで、”低濃度”を理由に余計なものが混ぜられてはいけないのです(「風邪を退治するために、抗生物質を水道水に入れるべし」といったい誰が言うでしょうか?)。また、腎臓病で人工透析を受ける人たちは、フッ素をうまく除けないため体内のフッ素濃度が上がり、致命傷となる恐れがあるのです。
水道水は飲み水以外に使われることがはるかに多いので、環境中のフッ素汚染が広がることも心配されます。添加されたフッ素のうち99.5%が無駄に捨てられることになるという試算もあります。
水道水へのフッ素添加とは、一種の強制的な集団的投薬です。かつて学童が受けていた集団的予防措置(レントゲンやインフルエンザ予防接種など)が批判にさらされ、個人の選択に委ねられるようになったことを考えると、本来個人で対処できる事柄であるはずの虫歯の予防を理由に、インフォード・コンセントもなしに住民に強制的に摂取させようとするのは、時代遅れの傲慢なやり方だとみなせるでしょう。
水道水へのフッ素添加は、あるべきケアからの著しい逸脱を示す事例です。これが現在進行中の問題であることを忘れないでほしいと思います。■
(『家族ケア』2003年8月号所収)
ここで取り上げた問題についてより詳しく知りたい方は、
【書籍】
・里見宏『歯医者さんでは教えてくれないフッ素の話』(ジャパンマシニスト社 2001年)
・村上徹『フッ素信仰はこのままでよいのか』(績文社 2003年)
【ウェッブサイト】
・上記の村上徹博士のサイト「フッ素毒警告ネットワーク」
・宮千代加藤内科医のホームページ
をご覧になってください。