関係性の食学 第4回 大豆

投稿者: | 2006年3月4日

上田昌文+食の総合科学研究会
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 食の総合科学プロジェクトでは現在、重要な食材を個別にとりあげて多角的に分析し、その結果を『つぶつぶ』(いるふぁ発行の季刊雑誌)に「食べ物はどこから来るの?」という連載にまとめている。ここでは、その連載に掲載し切れなった事柄も含めていくらか詳しく報告する。人は何をどう食べるべきなのか 複雑な食の問題を解いていくための”関係性の食学”の構築に向けての第一歩にしたい。
●大豆の栄養的価値
 大豆、すなわち大いなる豆。大豆は、豆腐、味噌、醤油、煮豆、納豆、きな粉、おから、ゆば等、さまざまな食品に加工され、私たちの日々の食生活に利用されている。大豆の歴史は古く、弥生時代に稲作と一緒に朝鮮半島から入ってきたと考えられている。奈良時代に中国との交流が盛んになってから、味噌や醤油などのルーツである醤(ひしお)などの加工品・加工法が伝わってきた。大豆が日本各地で広く栽培されるようになったのは鎌倉時代以降と言われるが、それには、戦争の保存食として活用されたことと、仏教の影響から肉食が禁止になり、精進料理や懐石料理の発達によって利用が拡大したことがからんでいる。それ以降、それまで特別の食べ物であった豆腐、納豆、味噌が一般の人々に広まり、「たまり醤油」「糸引き納豆」「煮取り法による豆腐」など独創的な加工法を生み出しつつ世界に類例のない大豆食文化が築かれた。これは、現代の栄養学からみて、驚くほど賢明な食文化の創造だったと言わねばならない。
 大豆(乾燥)の約30%はたんぱく質であり、このたんぱく質は、必須アミノ酸がバランスよく含まれた良質なもの。一般に植物性食品のたんぱく質は栄養価が劣るが、大豆だけは例外で、肉や卵に匹敵する。「畑の肉」と呼ばれるゆえんである(ちなみに大豆は、同じ作地面積なら牛肉の8.8倍も多く収穫できるという試算がある)。含まれる脂質の大部分はリノール酸やα-リノレン酸など必須脂肪酸である。そればかりではない。総コレステロールを低下させるレシチン(リン脂質の1種)、ビフィズス菌を増殖させる作用のあるオリゴ糖、抗酸化作用やコレステロールなど血中脂質の低下が期待できるサポニン、骨粗しょう症の予防や更年期の不調を改善するといわれるイソフラボン(女性ホルモンのエストロゲンに構造が似ており、体内で同様の作用をする)、牛乳に劣らないほどの量のカルシウムなど、多くの機能性物質が含まれている。その一方で大豆は肉類などに含まれるコレステロールはまったく含まない。
 味噌や納豆になると栄養的価値はさらに高まる。大豆それ自体は必ずしも消化吸収に適しているわけではないが(煮豆で通常65%程度)、味噌で約 80%ほど、納豆で約90%とたんぱく質の吸収率は大幅にアップする。これは、麹菌、酵母、乳酸菌らの働きで発酵がすすみ、消化を助ける酵素が含まれるようになるからだ。発酵によって、ビタミンB群やミネラルなどがより豊富に含まれるようにもなる。
 どの民族においても、当然のことながら、必須アミノ酸をきちんと満たす食文化が作られてきた。一般に穀物は必須アミノ酸のリジンとスレオニンの含有が少ない。一方豆類は硫黄を含んだアミノ酸であるメチオニンやシスチンが欠乏している。リジンの豊富な豆類を穀物と組み合わせて食べることで必須アミノ酸を補うわけである(中東のチーズと白パン、メキシコのインゲン豆とコメ、インドの小麦と豆類、など)。この面から見ても、日本人の「コメ+味噌汁・豆腐」は合理的だとわかる。
 ミネラルのバランスにも注目したい。大豆にはナトリウムはごくわずかしか含まれていないが、カリウムは多い。現代の食事では総じてカリウム不足になりがちなのだが、たとえば納豆と味噌を食べることで、大豆にもともと豊富なカリウムと味噌の塩分のナトリウムをかなりバランスよく摂取することになる(厚生労働省の食料摂取基準などで推奨されている一日摂取量で計算すると、おおよそ「ナトリウム:カリウム=5000mg:2000mg」となり、「納豆+味噌汁」でほぼこの比に近い摂取が可能となる)。この点から見ると、大豆の栄養価の高さを短絡的にダイエットに結びつける発想は、このバランスを崩す恐れがあることも逆に理解できるだろう。消化吸収率95%といわれる豆腐も、ダイエットに好適とみなすことには問題がある。
 大豆を生かす日本人の知恵は、コメ作りにも現われている。米を作る時に畦(あぜ)で大豆を作り、休めている田んぼでレンゲソウを育てるという長年のやり方は、マメ科の植物の根につく根瘤バクテリアによる窒素固定の力を借りて、コメ作りに必要な窒素やリン酸を土に豊富に供給するためだったと考えられる。
●国産大豆はどこに?
 このように大豆は日本人の食生活の柱の一つであるわけだが、その自給となると極端に心もとない。
 現在日本で1年間で消費されている大豆約500万トンのうち、約380万トンが製油用。食品用は約100万トンである(そのうち49万トンが豆腐、15万トンが味噌、14万トンが納豆、3万トンが醤油など)。500万トンのうち「国産大豆」は、なんと製油用と食用をあわせてわずか4%。食用に限ると自給率は20%ほどだが、これとて食糧全体の自給率である40%にさえも及ばない。
 輸入相手はこれまでアメリカが圧倒的だったが、近年、アメリカおよび中国からの輸入は減少傾向を示している。それにひきかえカナダやブラジルをはじめとする南米諸国からの輸入が増加。ことにブラジルとアルゼンチンの生産の伸びは著しく、世界最大の大豆生産国アメリカは、この2国にその地位を脅かされている。国際的に一番動向が注目されているのが中国だ。急激な経済成長に伴って、1990年代に入ると急速に食のスタイルの洋食化が進み、大豆油や食肉の消費が増加している。そしてついに、大豆消費量も世界最大となり、1994年まで米国や南米と並ぶ大豆輸出国の1つだったのが、1995年に輸入を開始、1996年には純輸入国へと転じ、2003年には世界の貿易量のおよそ3分の1を輸入する最大輸入国になってしまった。
 国産大豆が衰退した背景には、第二次大戦に敗北して満州からの大豆が途絶えてしまった日本に、1954年以後大豆が余剰農作物になってしまったアメリカが売り込みをかけた、という事情がある。製油用が中心だったアメリカ大豆が、1955年にミネソタ州産を皮切りに味噌用大豆として使える大豆を「産地指定大豆」として開発されたことが契機になったと思われる。日本の大豆が諸外国に比べて単位面積あたりの平均収量が約30%も低いことも関係している。粒が大きくタンパク質含有率の高い”質の良い”大豆を作ることが、大幅に機械化して大規模に作付けするやり方に勝てなかったとも言えるかもしれない。
●懸念される遺伝子組換え大豆
 大豆の輸入に関係した、見過ごすことのできない別の大きな問題がある。遺伝子組み換え大豆だ。あなたは組み換え大豆を食べたことはあるだろうか? 「食べたことはない、なぜなら”組み換え大豆使用”の表示を避けているから」―じつはそう言うあなたも、食べている可能性があるのだ。
 「組み換え大豆使用」は、組み換え大豆として分別されている大豆か、分別されていない大豆を原料とした場合に表示される。しかし、油には表示義務がないし、製品重量の5%未満の使用の場合や、重量順に並べて4番目以降の原料である場合についても表示義務はない。また、お惣菜や飲食店にも表示義務がない。
 組み換え大豆の生産量は年々増加している。国産の大豆こそ全て非組み換えだが、例えば、日本が最も多く大豆を輸入しているアメリカでは2003年には大豆作付け面積の82%が組み換えとなっている。他の国々も組み換え推進の方向にあり、大豆輸入国である日本には相当量の組み換え大豆が入ってきている可能性がある。特に油は自給率0%で表示義務もなくほとんどが組み換え大豆を使っていると考えられる。
 確かに、組み換え大豆が健康に悪影響を及ぼすという決定的な証拠は得られていない。毒性については法定の試験項目をクリアする必要があり、試験項目自体について議論の余地はあるものの、1996年に栽培が開始されてから中毒事故の報告はなされていない。アレルギーについては明確な知見はないものの、非組み換えのさまざまな食品についてもわかっていないことが多く、組み換え大豆だけが不安だとするのは妥当ではないだろう。
 環境への影響にも不安は残る。生物多様性が損なわれないよう法令が設定されているものの、議論の余地がある。市民グループによる調査で、輸入された組み換えナタネの由来のタンパクが沿道のアブラナ科の植物に見られた、など組み換え作物の影響が畑の外に及ぶ可能性を示す事例がある。食べて安全だったとしても栽培してよい作物なのかどうか、慎重な検討が必要だ。
 近年、安全な地場産大豆を食べたいという消費者と生産者と手をつなぎ、実際に大豆を栽培、加工をすすめていこうとする「大豆トラスト」運動が各地で展開されるようになってきた。長い歴史が生んだバランスの良い賢い食事の復権と、それを支える地産地消の成育と支援―大豆はその2つの面からの取り組みを私たちに促していると言えるだろう。
◆コラム①:大豆アレルギーについて◆ 
 マーガリン、ホイップクリーム、乳製品、乳飲料、菓子類、清涼飲料水、酒類、菓子類、カレールー、アイスクリーム、調製粉乳などこれらには共通しているものがある。それは水と油のような交じり合わないものの境界面で働いて均一な状態を作る作用を持つ、乳化剤が利用されている点だ。この乳化剤は大豆から抽出し製造されたものが使用されることがある。この大豆抽出成分は、食品成分の界面の性質を変える作用を利用して、ケーキなどの気泡剤、焼き菓子などの型離れをよくする離型剤、でんぷんの食感劣化を防ぐ老化防止剤などにも使われている。
 このように大豆の成分はさまざまな食品に利用されるため、大豆アレルギー症状を引き起こすおそれのある食品は非常に多いことになる。
 アレルギー物質を含む食品であるかどうかがわかるよう、特定のアレルギー物質の表示が義務化された。含有量がごく微量であってもアレルギー誘発量以上であれば表示されるようになっている。しかし、店頭で計り売りされる惣菜、パンなどその場で包装される場合や注文して作るお弁当、容器包装の面積が 30cm2以下の小さなものは表示されないので注意が必要だ。
◆コラム②:おからについて◆ 
 現在の日本では、おからは産業廃棄物として扱われている。かつては、食料、飼料、肥料として販売されてきたが、徐々に買い手が減り、今では無償もしくは処理料金を支払って引き取られるようになった。引き取られたおからの大部分は焼却処理されており、それは環境問題の一因にすらなっている。このように厄介者扱いされているおからだが、その新しい利用方法を模索しようという動きも一部で出てきている。たとえば、スプーンやフォーク、ドッグフードやネコ砂、そして段ボールなどに使われる緩衝材などが実際に商品化されている。他にも、製造過程で一切おからが生成されない豆腐が開発されるなど、おからを出さない努力もなされている。
◆コラム③:豆乳について◆
 現在、豆乳は健康食品として注目されて愛飲者が増え、スーパーの食品売り場などでは、多種類の豆乳が必ず売られ、また、化粧品の原料としても多く利用されている。豆乳が一般に飲用されるようになった歴史は意外と浅く、1970年代に豆乳の脱臭法が確立され、独立した商品として売られるようになった。1983~84年にかけて第一次豆乳ブームがあり、一時的に生産量が11万7千トンと急増したが、品質のよくない豆乳が出まわったため、消費は減少し、約5年後には2万9千トンにまで減少した。その後、豆乳の品質向上に努め、99年あたりから第二次ブームになり、現在では生産量が19万7千トン (2004)にまで上っている。
 これまでに豆乳の栄養効果として、血中コレステロールの低下作用、腸内環境への好影響、発ガン抑制、鉄欠乏への効果が報告され、大豆そのものを調理するのではなく、お手軽に大豆の栄養を摂取できるという点が魅力とされている。しかし、大豆の成分は吸収がよくなく、発酵や加工して食べられてきた歴史がある。健康信仰による過度の豆乳の摂取が別の影響を及ぼす可能性も否めないのではないだろうか。
(市民科学第11号 2006年3月)

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