樋口美智子
第84回の研究発表では、東洋大学で国際関係論を教えていらっしゃる樋口美智子さんに、視察してこられたスウェーデンの現状をお話いただきました。20名を超える参加者がありましたが、お話を聞き進めるにしたがって、参加者の胸中には、高度の福祉政策と男女共同参画などを実現しているスウェーデンの姿に、彼我の大きな差を痛感させられさまざまな思いが去来したことでしょう。真の民主社会をどのように作り上げていくかについて、スウェーデンはじつにいろいろな示唆やアイデアを私たちに投げかけてくれているのではないでしょうか。ここでは樋口さんに当日の話の要点を手短にまとめていただきました。また参加者のうち2名の方の感想も掲載しました。
昨年の夏、スウェーデンを視察する機会を得た。男女共同参画、福祉の現状などをテーマに各所を訪問した。日本が今後少子・高齢化社会を迎えるにあたって、参考になるところ大であった。その中で土曜講座では、男女共同参画と福祉について報告させて頂いた。
●● 男女共同参画 ●●
男女共同参画については、市役所や市議会を訪問し、市長や市議、市職員の方々からスウェーデンの現状について話を伺った。図らずも、応対し説明して下さった方たちの9割が女性(マルモ市長を含め)。誰もが、威厳と風格を備え堂々としていた。日本だと女性が社会進出しても、まだ慎ましさとか細やかさなど、女性らしさを備えていることが求められる場合が多い。そのことに女性が疲れる時もある。スウェーデンのように、女性が職場で威厳と風格を身につけるまでには、まだ時間がかかるように思われた。
★主婦のいない国
スウェーデンは主婦のいない国とも言われている。それは、就労年齢の女性のほとんどが働いているからである。ちなみに、20歳から64歳までの女性の85%が職に就いている(男性は90%)。その内、約半数の女性がフルタイムの仕事に従事し、31%の女性が週20~34時間のパートタイムに就き、1時間から19時間のパートタイム(日本でいうアルバイト)は4%。つまり長期に継続的に働いている女性が多い。
★政府の後押し
女性がそのように社会進出できる背景には、政府の後押しが大きい。次のような政策が実行されている。
1)妊娠中の部署移動申請制度:妊娠中の女性が胎児の健康によくない職場で働いている
場合、安全な部署への移動を会社に申請できる。もし会社がそれに応じられない場合、90%の所得補償による30日間の休暇がとれる。
2)出産育児休暇:出産育児休暇は450日間取得可能。それを夫婦で分割してとってもいい(妻250日、夫200日など)。内、360日は90%の所得補償。
3)保育所の整備:保育所は完全公立制であり、一般の保育所、定時制保育所、開放保育所、家庭保育所など用意されておりニーズに応じて利用できる。
4)労働時間短縮制度:保育所への送り迎えや看病のため、労働時間を75%にしても解雇されない。 しかしその分減給されることもある。
5)児童看護休暇制度:子供が病気になった時、子供が12歳までなら子供一人当たり年間60日まで、看護のため休んだ親の所得90%が補償される。
6)姓選択制度:結婚後も旧姓を名乗ったり、夫の名字と連記したりできる。(女性にとっては結婚前の仕事の継続性を維持できる。)
★女性の社会進出で少子・高齢化社会を乗り切る
女性の社会進出及び男女共同参画が推進されている背景は、女性の意識の向上、それを理解する男性や社会の存在、家事に手がかからなくなったライフスタイルの変化、サービ
ス産業など女性が進出しやすい職場の増加など様々である。
もう一つ、スウェーデンは高齢化社会に日本より随分前に突入し労働力人口の減少が予測され、それを補うような形で女性の社会進出が促進された。さらに女性が収入を得れば、
それが消費に回され経済も活性化する。女性にとって働きやすい環境の創出は、女性ばかりでなく社会全体に恩恵をもたらすことになるのである。またスウェーデンでは上記のような政策をとることにより、出生率の低下を防ぐことにも成功した。経済が下向きになると、女性からリストラの対象にしていく日本企業は考え直すべきではないだろうか。
●● 福祉政策 ●●
スウェーデンでは、数か所の高齢者用施設を視察した。まず視察の感想を述べてみたい。
1)訪問した施設は全て町の中にあった。コミュニティーにとけあっている雰囲気がする。
実際、高齢者施設の一階にプールがあって近所の子供たち が泳ぎにきて、お年寄りたちはその子供たちの姿を見ながら談笑していた。またやはり1階に近隣の人達が立ち寄れる食堂を併設しているところも あった。そこはお年寄りたちも利用する。このように老人とコミュニティーの人達が接し、時間を共にする空間が設けられていることにまず驚いた。 日本では経済効果がないものを都心の地価の高い場所には置けないなどの理由で、老人ホームが人里離れた所に建てられたりする場合が多い。
2)高齢者施設はほとんどが個室。2DKという間取りもある。それぞれの部屋が小綺麗に飾られていた。部屋に持ち込む家具などは持ち込めるだけOK。ピアノを自室に置いて居たお年寄りたちもいらした。老人は施設に入る時、今までの環境が大きくかわるとそこから痴呆症が発生することもあるという。それを防ぐこともあるようだ。日本だと、4人とか6人の大部屋が施設の中心であり、入所の際、「持ち物は段ボール3個にまとめて下さい」などと言われる。
3)施設で老人を介護するヘルパーさんの数が充実している。老人1~2人にヘルパーさん一人を割り当てているところが多い。だから、ヘルパーさんが施設の中をドタバタと駆け回ることもない。老人を寝かせきりにしないし、一人一人の老人の様子を見ながら必要な介護が施されている。日本では、ヘルパーさんの数は少なく、一人で10人以上のお年寄りのめんどうをみるのが通例。そうすると例えばオムツは定時一斉取り替えにならざるを得ず、老人は自分の感覚を失いオムツがいよいよ離せなくなってしまう。
4)スウェーデンでは施設で働く人達のために、配慮がなされている。例えば老人をベッドから起こすための機具が整っており、ヘルパーさんは一人でも老人をかかえることができる。日本ではこうした機具の使用がまだ未発達でヘルパーさんの7割が腰痛をもっていると言われる。
日本と比べやはりスウェーデンの福祉は随分充実している。日本の福祉があまりに貧困なのかもしれない。
★福祉を可能にしている税制
こうしたウェーデンの福祉は、高負担に支えられている。日本の消費税に相当するものは25%である。またざっといって、所得の5~6割が税金や社会保障費として徴収されている。しかしスウェーデンの人達は、その元は十分取り返していると思っており、高負担に対する反発は日本で考える程ない。貯蓄も来年のバカンスに家庭で行ける額があればよく、日本人のように老後の不安から虎の子を溜め込むような必要を感じない。いわばスウェーデンの人達は「自分のサイフを政府に預けている」のである。サイフを自分で握り締
めているより、政府に預けた方が効果的な使い方をしてくれるという信頼がある。そしてまた、サイフを預けているからには政治に対して厳しい監視を行う。オンブズマンという制度はスウェーデンで100年以上も前にできた。今ではオンブズマンも細分化している。また選挙があれば、国政、地方選挙を問わず投票率は80%を超える。国会議員選挙は比例代表制により、議員個人が地元利益と結び付いた形で選挙を戦うこともない。党の政策と実績が有権者によって審判を下されるのである。スウェーデンで高負担による高福祉が実現しているのは、こうした政治的土壌があるからと言える。
●● まとめ ●●
スウェーデンと日本では国情が大きく違い比較は難しい。人口もスウェーデンは900万人弱であり、きめ細かい政策を展開することが可能である。しかしながら思うのは、スウェーデンはお年寄りにしろ女性にしろ、人間としての尊厳がまず第一に考えられている社会ということである。女性だからといって社会進出にハンディを負わせることはなくそう、老人には人生の最後の段階を満足して過ごせるような環境を提供しよう、そうした配慮が為されている。それは結局、国民一人一人の幸福感を高めることにつながっている。日本は世界第2の金持ち国である。しかし国民は真の幸せを感じているのだろうか。スウェーデンを訪問してもう一度自問したくなった。答えは残念ながらNOである。日本に余力があるうちに、私たちが真の幸福を感じられるような国へと変革していかなければならない、そう改めて考えさせられた。