「市民科学研究室(市民研)って結局何をしているところなの?」
事あるごとにこう尋ねられるのだが、じつは代表を務める私が、「科学技術と社会」に関わる様々なテーマでの月1,2回の一般向け講座を企画・運営し、自身でも発表するという形で活動を立ち上げたのが1992年だから、そこから数えると市民研は20年以上の活動歴を持つ。それにもかかわらず、会員数はいまだ300名を突破できず、活動の趣旨を一言で説明するのが難しいという事情も相変わらず、といったNPOだ。「市民科学研究室」の名称を掲げたのは2001年から、法人化したのは2005年からであり、現在では、東京都文京区の千駄木に事務所を置き、常勤の代表と事務局に加えて、理事メンバーや各種「研究会」の世話人合わせてスタッフ10名を擁し、年間数百万円規模の収支で活動する団体となっている。実施した調査研究や講座の成果や記録は、文章としてまとめて隔月発行の『市民研通信』に掲載しているが(年間40本前後の記事・論文・報告書などを公表している)、それらすべてをホームページで無償で公開しているのが大きな特徴でもある。「関心のある方には、会員であろうとなかろうと、読んで役立ててもらいたい」というこちらの思いを、恒常的に支援しようという方が、市民科学研究室に会費やカンパを送ってくださっている。
改めて思い返せば、私たちの暮らしは、エネルギー、食、住まい、交通や通信、医療、環境といったさまざまな面で科学技術が深くかかわっていることに気付かされる。だとすれば、科学技術の行方をみすえ、それをよりよい方向に導くことに、私たち市民一人一人の思いが生かされるべきなのだが、それがなかなかかなわない。たとえば身近なハイテク製品や便利さをうたった技術に対して「これはほんとに大丈夫なの?」という気持ちをいだいたときに、ではその技術をどう理解し、不安や疑問をどう伝え、どう解決の道をひらいていけばよいのかが、簡単には見えてこない。
私たちは素人の知恵と力を結集して、あの手この手を使って、この難問に挑もうとしている。現在「低線量被曝(放射線)」「電磁波」「ナノテク」「食」「住環境」「防災」「科学コミュニケーション」「bending science(科学のねじ曲げ)」をテーマに掲げた各研究グループ(メンバーはどれも数名)が月に1,2回会合を開いて、調べたことを持ち寄って議論を重ね、専門家を招いての講座を企画したり、独自の調査をすすめたり(助成金を獲得しての場合もある)、政策提言をまとめたり、といったことを日常的にすすめている。何よりも大切にしているのは、専門的なことにも踏み込んで勉強し調査するが、それは「生活者/市民」にとって必要とされる問題解決のため、という姿勢を貫くことだ。
環境や健康の様々なリスク因子や危機的状況に関して、特に弱者への対応の至らなさに目を向けて現行の政策の問題点を批判的に検証する、といった仕事を常に抱える一方、「子ども料理科学教室」による新しい食育(10種の独自プログラムによる出前講座)、生活習慣病予防のための対面交渉型のボードゲームの開発・普及、ここ2年にわたって福島県各地のいくつかの中学校で実施してきた「放射能リテラシーワークショップ」(セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンとの共同事業)、「健康まちづくり」の手法の調査と地元地域の行政や諸団体を巻き込んでの新規展開……といった新しいアプローチを他団体と連携して行うことも増えてきている。「学問的・科学的な詰めが甘くならないようにしっかり調べる」ことを堅持しつつ、「素人ならではの自由な発想を生かして面白いアイデアを具体化していこう」という柔軟さを持つことが大切で、とにもかくにも、少数ながらも深い関心・共感を持ってかかわってくださる方に常に恵まれてきたのも、このあたりに理由があるように思う。
私自身はこの活動だけに専念できるようになって10年になるが、その年月を通して、様々な専門家、行政関係者、議員、企業、教育関係者、NPO……など、多くの人や団体と「何かあればいつでもお互い相談し合える」という関係を築くことができた。それが市民研の最大の成果だと思うし、私自身の人生の充実度もそのことで大きく決まってきたと感じている。この“財産”を仲間と共有し、社会のために生かすこと—市民科学研究室の活動は、「科学」の名を冠してはいるものの、詰まるところ、こうした「(問題解決に資する)信頼に基づくネットワーク」を創るためのものだ、と言える。このネットワークの創造には、新しい学問的知識を幅広く知ることにとどまらない、人や組織の関係性への洞察をも含む、不断の「学び」が不可欠であることは、きっと理解していただけるだろう。