科学による被害の可視化/不可視化 市民研理事による読み切りリレーエッセイ 第7回

投稿者: | 2019年5月3日

科学による被害の可視化/不可視化

柿原 泰(市民科学研究室・理事)

科学は見えないものを可視化する。たとえば、目に見えない放射線を機器で検知、測定し、線量や核種を可視化する。原発事故後の小児甲状腺がんの増加を捉え、その原因を探るのにも、因果関係というのは直接目に見えるものではないから、疫学調査・分析をすることによって明らかにされる。このように科学は目に見えない・見えにくいもの(被害など)を可視化する働きをするが、逆に、「科学」の名の下になされる調査や研究によって、そうした被害やその原因・責任をかえって見えなくさせるように働くこと(科学による不可視化の機能)もしばしばあることに注意を払っておかねばならない。そのような問題については、かつて公害・薬害などの問題が多く起こっていたころに「原因不明のからくり」「疫学の悪用」(いくつかある原因のうちで、本質的でないものに意識的に力点をおき、必要以上に強調することによって、真の原因を不問に付す[武谷三男編『安全性の考え方』岩波新書])といった指摘や、宇井純氏が唱えた公害の「起承転結」論における「中和」(原因追究が進むと反論が数多く唱えられ、どれが真実か事情を知らない者には、正論と反論が「中和」して真実がわからなくなる)などの批判が唱えられた。

近年の科学論の研究でも、同じような問題を追究するものがさまざまあり、市民研の「Bending Science研究会」の扱う<bending science>(科学のねじ曲げ)もそうしたもののひとつであろう。他にも、プロクターらの「アグノトロジー(agnotology)」(「無知」が作り出される過程の学際的研究)、オレスケスらの「疑念(懐疑)を売り込む商人(merchants of doubt)」(懐疑論によって混乱をまき散らす)、ヘスらの「放置された科学(undone science)」(社会的に求められている研究には資金助成されなかったり、無視されたりする)に関する研究が挙げられる(2017年11月に九州大学で開かれた科学技術社会論学会でその概要を話したことがあるが、詳しくは別の機会に譲る)。

東京電力福島原発事故後の福島県伊達市で実施された住民の個人線量測定の結果を分析した研究(宮崎真・早野龍五両氏によるJRP誌掲載の2論文)について多くの問題点(論文の内容面も対象となるデータをめぐる倫理問題も)が黒川眞一氏らによって指摘され、関係する大学やデータを提供した伊達市でも調査が現在進められている。この件も含めた、放射線被曝をめぐる科学と倫理に関する歴史と現在を考えるシンポジウムを、今月(2019年5月)26日に岐阜大学で開かれる日本科学史学会第66回年会にて企画したので、ご関心がある方は是非ご参加ください。(了) 

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