人間は科学技術の進歩に耐えられるのか?

投稿者: | 2019年5月3日

人間は科学技術の進歩に耐えられるのか?

尾崎雄三(縮小社会研究会 理事) 

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今,われわれ人間はどこに向かって進んでいるのだろうか。日々の生活,仕事,勉学,そしてその間の休息に埋没し,自分たちがどこに向かって進んでいるかなどは考えもしない人がほとんどだろう。昔から人々は明日の食物で精一杯という生活を過ごしてきた。今のように店頭に並ぶ商品が豊かになり,家庭や社会の生活環境が快適になったのは,ここ数十年のことにすぎない。このような物質的な豊かさの獲得は科学と技術の進歩によるものであることを否定する人はいない。

一方で科学技術が人類にもたらした負の影響も大きく,今後さらにその悪影響が拡大して新たな問題を生じる恐れも警告されている。本稿では人類に対する科学技術の負の影響を考えてみたい。

科学技術自体の有する負の側面

 科学技術の成果は人類に有益であると判断されるがゆえに実用に供されるが,実用化されたのちにそれまでわからなかった負の側面が明かになる場合がある。

 典型例がフロンである。フロンはエアコンや冷蔵庫の冷媒,半導体製造工程における洗浄剤,ポリウレタンの発泡剤として使用された化学物質で,各用途に適した性能を有するとともに,燃えない,毒性が無い,金属を腐食することが無いという,化学物質としては極めて優れた性質を有し「夢の化学物質」とまでいわれたものである。

 ところが,フロン化合物は大気中に放出されると徐々に上昇して成層圏のオゾン層を破壊することで地球に降りそそぐ紫外線を遮蔽する機能を低下させ,人の皮膚がん発生を増加させることが判明した。原因となるフロンは,発泡剤として使用したポリウレタン発泡体の製造工程や冷媒として使用されていたエアコンの廃棄時において,無害でとされていたがゆえに大量に大気中に放出されたものである。

地下資源とエネルギーの大量消費,環境汚染

 科学技術は,その利用拡大と共に多くの地下資源とエネルギーを消費し,多くの廃棄物を生み出し,環境を汚染する。そして地下資源は有限であるから,いずれ枯渇するものであり,代表的な石油については,国際エネルギー機関(IEA)が2005年にピークオイルを迎えたと発表した。これを補うものとして,アメリカではシェール・オイルの生産が増加しているが,その埋蔵量はそれほど多くはなく,生産量はピークを過ぎると急速に低下するものである。しかも採掘には大量の水を使用し,薬剤を含んだ使用後の水は環境汚染を引き起こす。

 石油は,当初は自噴油田由来であり,ボーリングすれば噴出,採取できたが,生産が進むと水の注入や加圧をしないと石油が出ない段階に達する。世界の多くの油田はこの状況にあるといわれている。シェール・オイルは,頁岩(シェール)層の石油を取り出したものであり,採掘はボーリングした上でハイドロ・フラッキング(水圧破砕)法によらなければならず,エネルギーをより多く必要とするエネルギー収支比(EPR)の悪いものである。

 金属の鉱物資源も枯渇に向かいつつあり,徐々に採掘が難しく,しかも低含有率の鉱石を使用しなければならなくなっており,採掘と精製に必要なエネルギーが多くなるとともに精製の際に発生するスラグが増加し,環境負荷が増大している(加藤尚武「資源クライシス」丸善,2008年)。

 石油から製造されるプラスチックは,軽い,腐食されない,安価で成形が容易であるなどの理由で大量に生産・使用されているが,その長所である安さのゆえに簡単に捨てられ,腐食されないゆえに海を漂い,海岸に打ち寄せられたり海底に沈んだりして環境汚染を引き起こしている。プラスチックは光で劣化し,波力で小さな破片(マイクロプラスチック)とされて海洋生物の体内に取り込まれ,生態系に悪影響を及ぼし始めている。微細化により毒性のある化学物質の吸着量が増加すれば影響はより悪化する。レジ袋やペットボトルなどは現在も生産・廃棄され、今後も海に流出し,環境汚染はさらに深刻化すると予想される。

システムの巨大化

 科学技術が進歩するに伴い,研究,開発,生産やプロジェクトの実行には多くの装置,機器の組み合わせが必要となってシステムは必然的に巨大かつ複雑になり,同時にシステムを運用する人の数も多くなる。この巨大で複雑なシステムを安全・確実に運用することは,それに関与する多くの人の人間関係も含めて困難な仕事であり,時として悲劇が起こる。

 1986年1月に起きたスペースシャトル・チャレンジャー号の事故はその一例である。スペースシャトルの打ち上げから帰還までは,膨大な要素から構成される壮大なシステムである。事故の原因は,重要性では下位の要素であるゴム製O-リングにあった。O-リングはシール性能さえ発揮してくれれば何の問題も無いものであるが,低温になると弾性を失いガラス状態になる。固体燃料補助ロケットのO-リングが打ち上げ時の低温でガラス状態になってシール性を失い,このロケットの高温燃焼ガスが漏れたことで,隣接する液体水素と液体酸素を入れた外部燃料タンクが爆発し,機体は分解・墜落して乗員全員が亡くなるという痛ましい事故になった。

 システムの巨大化・複雑化により,正常な運用を目指す場合,リーダーがシステム全体を隅々まで理解して把握することは難しく,また各部門が担当の構成要素をすべて完全にチェックすることも極めて困難になるので優先順位をつけざるを得なくなる。しかし,優先順位が下位だから重要でない要素ということにはならない。スペースシャトルのO-リングはまさにその例といえる。

軍事利用,犯罪利用

 人間世界においては,歴史的に個人レベル,種族間,地域や国レベルで争いや犯罪は絶えたことが無い。そして争いにおいては,強力な武力を持つ者が勝つ。新しい科学技術はより強力な武力を生み出すがゆえに必然的に軍事利用されてきたし,残念ながらこれからも利用されるだろう。キュリー夫人の研究に端を発した核兵器はその典型例であるが,2018年にイギリスで起きた元ロシアスパイ暗殺未遂事件では化学兵器として開発された神経剤「ノビチョク」が使用された。

 科学技術はプラスの面もあると述べてきたが,こと核兵器,生物化学兵器については人間に対するプラスはなく,ただひたすら悪である。現在では最先端技術である人工知能やロボットを利用した自律型殺人兵器の開発が進んでおり,その開発を中止すべきとの声があがっている。

医療技術,バイオテクノロジー

 医療技術は病気やケガの治療により人を救い,バイオテクノロジーは古くは品種改良などの技術食料の品質を改良し,生産量を安定,増加させて人類に貢献してきた。

 しかしながら,医療の進歩と食料供給の増加が人の寿命を伸ばした結果,日本では老後の年金支給額が増大し,医療技術の高度化により医療費も増加し,国の財政負担が増加するという問題が起こっている。2019年度の一般会計予算では,税収が62.5兆円であるのに対して,医療費は42.2兆円(2017年度)であり,税収に対して約67%にも及び,今後も増加は続くと予測されているが,果たして少子高齢化・人口減の時代に持続できるのだろうか。

情報技術,人工知能,ロボット

 デジタル技術である情報技術(IT),人工知能(AI),ロボットは特に急速に発達し,世界を大きく変えつつある。1970年代は,大学に「電算機センター」なるものがあって,大きな「電算機」が設置,共用されていたが,現在普及しているスマートホンは,この電算機を上回る性能を有していることが進歩の速さを示している。今後さらに発達すると予測されるが,これまでにはない異次元ともいえる問題を引き起こすことが懸念されている。

① 仕事の減少

 オクスフォード大マイケルA. オズボーンらの研究では,10~20年後には,日本では601種の職業の49%が人工知能やロボットに置き換わって人は仕事を無くすとの予測が出されている。(野村総研ニュース・リリース2015年12月2日)。

 これに対しては,「そうなれば新しい仕事が出てくる」という楽観論がある。確かに,過去には機械化による失業者に新しい仕事が生まれたが,AIとロボットの時代に新しい仕事は本当に出てくるのか,また出てきてもすぐにロボットや人工知能が取って代わられるのではないかという懸念が残る。また,人間が新しい仕事を習得できるのかも不明であり,機械化できないサービス業などの低賃金の仕事ばかり増えると,格差が拡大するという問題も生じる。新しい仕事の習得について,ドイツでは労働者が企業から解雇された場合には,50歳を過ぎても労働局(日本のハローワークに相当)が他の技能を身に着けて転職できるように無料で職業訓練させ,再就職まで家賃や社会保険料まで国が支払ってくれるという制度がある(熊谷徹「あっぱれ技術大国ドイツ」新潮文庫)が,日本では失業保険の支給だけである。

 歴史的に,格差の拡大は文明滅亡の一因とされている(GIZMODE Japan 2014年3月17日)ことには留意すべきであろう。

人間の依存

 コンピューター,さらにはAIが発達すると,人間が依存して自ら努力しなくなるという問題も生じる。2017年に米海軍のイージス艦がたて続けに衝突事故を起こし,多くの乗組員が死亡するという事件が起こった。コンピューターにより高度に自動化されたイージス艦では,乗組員は機器に頼りすぎて,マニュアル操作能力の低下や目視による監視がおろそかになっていたといわれている(日経電子版「事故続出の米軍,3つの盲点」2017年8月26日)。

 近年に問題とされているのは,ネット依存である。WHO(世界保健機関)が,病気の世界的な統一基準である「国際疫病分類」の最新版に「ゲームをする衝動が止められない」などゲームに熱中する状態の「ゲーム障害」を盛り込むと発表した。内閣府のデータによると,ネットを利用する青少年の7割以上がネットゲームをプレイしており,ゲームに熱中するあまり,「ゲーム障害」のような生活を送ってしまう”ネトゲ廃人”が日本でも急増している(HUFFPOST 2018年1月12日)。

 SNSの一つであるフェイスブック中毒も報告されており,外見はとてもよく見える人が,1日に何百回も内容をチェックし,休日もリラックスできず大きな不安を抱えているという例もある(Adam Alter「あなたを静かにむしばむ『テクノロジー依存症』」WIRED 2017年7月27日)。

③ 過剰な情報

 現在は,すでに蓄積された過去の情報に加えて日々大量の情報・データが生み出され,蓄積されている。米IT企業EMCが調査し,2014年発表したデジタル情報量は,2013年には4兆4000億GBであったが,2020年には44兆GBという膨大な量になると予測されている(朝日新聞「情報の海 溺れそう」2017年1月9日)。

 野村総研が国内で2012年と2017年に1万人を対象に行った調査では,「商品情報が多すぎて困る」と回答した人が7割にも及んだことが報告されている。過剰な情報で消費者が疲労し,思考停止に陥ったことが原因であるという(野村総研「生活者1万人アンケート調査」)。

 教育においても同様であり,大学の講義では膨大な量の情報が提供される。化学の1科目の物理化学でも,熱力学,反応速度論,量子化学,統計力学などがあり,テキストは分厚く,教授はその分野の専門家であるから最新の知識を伝えようとするが,他の科目も含めてすべてを理解している学生はおそらく誰もいないのではないだろうか。

 結局,情報が過剰になると個人の記憶・処理能力をはるかに超えるため,人は考えたり判断することをしなくなる傾向があり,危険なことといえる。

④ フェイクニュース(偽ニュース,偽情報,デマ)

 科学技術の進化により,大量の情報が広範囲に迅速に伝達可能となったが,偽情報も多くなっている。残念ながら,人には「騙されやすい」という弱点がある。

2011年の東日本大震災でもデマの拡散があった。東北学院大の郭基煥教授が2016年に仙台市民2100人に対して行った調査(回答770人)では,「震災後の約1年で被災地における外国人の犯罪の噂を聞いたか」という質問に対し,「聞いた」人は51.6%であり,その中で噂を「信じた」人は86.2%という高率であった(毎日新聞「震災後のデマ「信じた」8割超す」2017年3月13日)。

 2003年のイラク戦争も虚偽情報により起こされた。1人のイラク人科学者が,サダム・フセイン大統領(当時)を失脚させるために大量破壊兵器(WMD)に関する嘘の情報を提供したことを認めたと報じられている(「イラクの大量破壊兵器情報はうそ」AFP BB News 2011年2月16日)。

 最近は政治家の嘘が目立つ。特にひどいのがアメリカのトランプ大統領である。米メディア「ポリティファクト」の検証では,2016年の大統領選挙期間中から18年4月頃までの発言の検証結果は,「真っ赤な嘘」「誤り」「ほぼ誤り」は全体の7割を占める(朝日新聞2018年5月10日)。

 マサチューセッツ工科大学のツイッターの研究によれば,「事実が伝播するのは1000人程度であるのに比べ,嘘は多い時は10万人まで拡散する。拡散力において100倍,拡散速度は20倍」という結果が出ている(President Online 2018年12月11日)。

最近現れた「ディープフェイク」は,ある人が話をした動画を,顔も声もそのような話をするはずのない別人(例えばオバマ氏)に変え,あたかもその人物が話しているように加工した悪質な偽動画である。これはパソコンでも作成可能であり,ネットに流すことができ,現状では阻止する方法が無いという(「ディープフェイクの脅威」ダイヤモンドオンライン2019年3月13日)。

 虚偽情報は,時として殺人や戦争を招く。関東大震災の際には,デマで多くの朝鮮人が殺害されたし,太平洋戦争時の「大本営発表」などは嘘の塊であり,失われた命を考えると罪は重大である。

⑤ サイバー攻撃・情報漏洩

 今やサイバー攻撃は日常茶飯事のように行われており,国際通貨基金(IMF)によれば,世界の金融機関の被害だけでも総額は年間3500億ドル(約38兆5000億円)に上ると試算されている(毎日新聞2018年6月23日)。

 サイバー攻撃による個人情報の漏洩も大きな問題であり,漏れた個人データ数が世界で少なくとも22億件にものぼり,インターネット上でファイル化され,他人が利用可能な状態にある実態が明らかになっている(日経2018年5月8日)。

 今,世界でヒトゲノムのデータの蓄積が進行しており,日本では約10万人のデータを集めたバイオバンクが3つある(朝日新聞2018年6月4日)。このような究極のプライバシーといえるデータは,現状では厳密に管理されているが,かつてイランの核施設がウイルス「スタックスネット」の侵入により破壊されたように,巧妙なサイバー攻撃による漏洩は覚悟しておく必要がある。

⑥ 監視社会

 これまでに,中国の監視社会やエドワード・スノーデンにより暴露されたアメリカ国家安全保障局(NSA)によるインターネット情報監視が報道されている。

  中国では国内各地に監視カメラ1億7000万台がすでに設置され,さらに今後3年間で約4億台が追加される予定であるという(BBC NEWS JAPAN 2017年12月11日)。また,中国政府はすでに18億人分の顔データベースを所有しており,Yitu社(上海)の開発した監視カメラシステム「ドラゴンフライアイ」は人工知能により数秒で20億人を識別できるほど高性能である(Hatena Blog「南華早報2017年12月26日記事」引用)。このような技術を導入する国は増加するだろう。

おわりに

 科学研究や技術開発は,進歩すると必然的に分野が細分化するもので,これによってより詳細で高度な研究・開発が可能になり,各分野でさらに進化する。ところが,研究者・技術者は細分化された分野においては最先端の知識を有する専門家となるが,科学技術全体の把握が難しくなる。いわゆる「木を見て森を見ず」という状況になり,場合によっては自分の専門分野にこだわって,他の分野の人の口出しを嫌うようになる。優秀な研究者・技術者をもってしても全容を正しく理解し,科学技術全体が人類の将来に禍根を残す方向に進んでいないか判断することが困難となる。

 科学技術には必ず負の側面があり,いいとこ取りは不可能である。そして,科学技術のメリットは一方で人間の弱点を露にするものでもある。人間の欲望は限りがなく,科学技術者はそれに応えようと研究・開発を行う。彼らに悪意は全くないが,予想しなかった負の側面も出てくるし,悪意の利用も起こる。AI,IT機器,ロボットが増加すれば資源も枯渇し,環境汚染が悪化するだろう。

 とりわけコンピューター利用技術の発達は凄まじく,人の力を圧倒して領域を次々に侵略しつつある。AIやITが発達すると多くの人が仕事を無くし,中国のような監視社会が拡大し,サイバー攻撃も増加してプライバシーの保護も無くなるかもしれない。人々はロボットやAIに支配されるとまではいかないまでも強く依存し,それらが提供するものを黙って受け入れざるを得なくなるかもしれない。人は大量に提供される情報に戸惑い,紛れ込んでくる虚偽情報を見分けることもできずに翻弄されるかもしれない。人々を守る法律やシステムは大きく遅れている。

 そんな環境に人間は耐えられるのだろうか。研究・開発をする人は皆善意であるが,「破滅への道は善意で敷き詰められている」という諺を今一度考える時かもしれない。

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