連載「変わりゆく高等教育」
第1回
米国の知られざるエリート・オンライン全寮制大学Minerva(ミネルヴァ)
a.k.a.ミンミン
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はじめに
元大臣の大学教員による授業に反対して、立て看板を掲げビラをまいた学生が大学と揉めているニュースが、先日マスコミを賑わせていた。そんな小さなことに、しばしば人はこだわり、自分たちを取り巻く大きなことには気もつかずにいる。ニュースを聞きながら、そんな一教員に関わる問題より、この学生も含めて全国の大学生が一丸となって主張すべきもっと重要なことがあるだろ、と私は感じていた。それは「なぜ(サラ)リーマンと一緒の朝の満員電車に乗って学校にやっとたどり着いて、大教室でつまらない授業受けなきゃいけないの?こんなのネット配信でやっても良くね?質問もネットの方が簡単だし。大学は非効率な学び方を学生に強要し、学生の時間を浪費させ損害を与えているんじゃないの?」という、(私が思うに)学生としては極まっとうな主張である。日本中の大学生は大まじめにそう主張していい。
読者が教員だとしよう。あなたの授業で本当に学生を同じ時間に同じところに物理的に集めて対面で授業しなければならない必然性のある内容はどの程度あるのか?自分の教えている科目でMOOC (次回で紹介)のコースを学生の立場になって受講したことがあるだろうか?全ての読者に学生の頃を思い出してほしい。あなたの(遠い昔の)大学生の頃の授業で、本当に教室にいて良かったと思える授業はどの程度あっただろうか?実験や解剖や対話を重ねていく授業なら別だが(もちろんこれらもテクノロジーで代替されていくが)、ただの知識の伝達や議論であれば、もうネット経由で十分なのではないか?
物言わぬ大学生たちは(そしてほとんどの大人も)、中世以来連綿と続いてきた学校の伝統に呪縛され、子供が小学校や中学校に通うがごとく大学に物理的に通うことに何の疑問も持っていないだろう。伝統とは学生からすれば、(教師に)決められた時間に、(教師に)決められた場所に物理的に集まって、(教師に)決められた勉強を、しばしば大教室で、受身で受講し、(教師に)決められた時に試験を受け、(教師に)単位を認めてもらう、というものだ。
いつまでこんな無駄を強いるのだろう?
昭和の時代ならば、大学は学生を従順で同調圧力に敏感なホワイトカラーサラリーマンや工場労働者として躾ける装置と理解できるのかもしれない。しかし学生のほとんどは、いまや生まれた時からネットのつながっていたデジタルネイティヴであるし、変化の激しい時代にあっては経済界もそんな昭和的に従順なだけの学生は求めていないだろう。5Gが来年から本格的に始動しようとしている時、そしてAIの進歩が加速している中、日本の大学も世界の大きなうねりから目を背け続け、ガラパゴス島に安住し、鎖国し続けているわけにはいかないであろう。
今回は数回にわたって、特に米国を中心に始まっているテクノロジーによる高等教育の変革の大きなうねりへと読者を誘い、また考えていただくために、読者の「普通」に揺さぶりをかけて行く予定である。この変革はグローバルに影響を及ぼすものであるが、それだからこそローカルな要素も際立ってくることがあり、時折、グローバルとローカルの対比にも触れていきたい。筆者は高等教育業界の片隅にいる者であるが、現実をあからさまに紹介すること自体で、所属する組織の利益やそこでの自分の役割と相反する部分も出てきてしまう為(組織の中で議論しているなら自由だが、対外的に発信するとなると混乱を招く恐れがある為)、あえて仮名で投稿させていただくこととする。
基本的に教育機関としてのほとんどの日本の大学は、サービス提供のシステムとしてはオワコンなのである。日本語による保護と情報の非対称性(つまりは直接の受益者である学生やその親が世界の趨勢を良く知らない、したがって大学側から良質なサービスが出てこない)によって、かろうじて生きながらえている状態だと認識している。ほとんどの日本の大学に今後10-20年程度で存在価値は無くなるが、当座は日本語という言語のあるおかげで、また学生(と大学人と親と企業を含めた世間一般)の無知の為に、また文部科学省の政策の為に、消滅する運命にあるものが生きながらえている状態だと認識している。特に今後のAIによる翻訳技術の進歩により、日本の大学の死期は確実に近くなっている。ただ少数の優れた大学はますます発展するだろうし、世界の有名大学のサテライト校の様になる大学も出てくるだろう。また、秋葉原のアイドルように生き残る大学も出てくるだろう。詳しくは次回で取り上げる予定だ。
グローバル教育の新星 Minerva(ミネルヴァ)
米国のエリート大学と聞いて、どこをイメージするであろうか?ハーバードやプリンストンなどのアイビーリーグ校?思うに日本人のイメージする米国の優秀な大学のイメージは、戦後フルブライト奨学金で氷川丸に乗って留学していた時代からほとんど変わっていないであろう。蔦のからまるレンガの古い建物のあるキャンパス、荘厳な図書館、といったイメージである。
図書館の建物にはあまり用がなくなった
ところが2014年から1年生を受け入れ始めた全く新しい大学が現れた。Minerva (ミネルヴァ)である。今回はこの大学の概要を大学のHPからの情報を基礎に紹介する。ここは4年制の学部を中心とした正規のアメリカの大学で、現在全体で500名程度の学生が学んでいる。
MinervaのHP より
私は初期の段階からこの大学の動向をウォッチしてきたが、入試の難易度で大学の質を判断する傾向の強い日本人に合わせると、Minervaは全米でもおそらく最も入るのが困難な大学であろう。おおよそ50人に1人しか合格できない。これはハーバードなどのアイビーリーグの名門校よりもはるかに低い (これらでも20名に1人くらいしか合格できないが)。とにかく優秀な若者に人気らしい。
なぜそんなに人気なのか?優秀な若者ほど大学での学習の質にこだわる。そしてMinervaのユニークな教育の特徴が彼らの欲求とマッチするからであろう。その特徴とは1) 授業がオンライン、2) 安い授業料、3) 全寮制しかも多文化な学生、4) 在学中に世界7都市に住む、5)都市に密着したプロジェクト、である。鋭い読者ならすぐ疑問を持つだろう。なぜオンラインの大学なのに全寮制なのか?なぜ全寮制なのに世界7都市に住むのか? などなど。「普通」の感覚ならそんな疑問がわく。その「普通」を打ち破っていることにこの大学のユニークさがあるので、以下項目ごとに見ていこう。
【続きは上記PDFにてお読みください】
とにかく学校のやり方、あり方はいろいろやり直したほうがよい。いずれにしろお金がかかるのが第一のネックなので、オンライン全寮制大学Minervaは世界で広まるとよい。別にエリートでなくても。いつからいつまで全寮に入って実験、実習の必要な科目を学習するのか選択できるとよい。そもそも組織する側が実験や実習や実物の意義を総合的に学習し直したい。年令もあんまり関係なくなりそうですね。ついでに土地への執着やふるさとのあり方も変われば国家主義も変化し、学校からビジネスのやり方、あり方も変わっていくかな。労働は福祉なので養われているのは組織する側へ。