「分野を横断した放射線疫学の研究会2019夏」をふりかえって
永井宏幸(市民科学研究室/低線量被曝研究会)
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2019年6月1日,「分野を横断した放射線疫学の研究会2019夏」が慶応義塾大学・三田キャンパスで開催された.研究者,法律家,市民を含む54人が全国から参加した.今回の研究会の開催にあたって,市民科学研究室/低線量被曝研究会,JSPS 科研費「放射線影響研究と防護基準策定に関する科学史的研究」,日本マーケティング・サイエンス学会:イノベーションとコミュニケーション研究部会からの支援をいただいた.
以下,講演内容を登壇の順にこだわらずに紹介していくことにする.講演内容は囲み記事にしているが,かなり筆者の主観の混じった紹介になっていることをお断りしておく.その他の部分は筆者による講演に触発されてのコメントである.
研究会の趣旨
近年,低線量の被曝に注目した放射線障害の疫学的研究は着実に進んでおり,次々と新しい知見が報告されています.しかし,これらの研究は大規模集団を対象にした長期の調査に基づいたものであるため,研究に関与できるのは特定の機関に属する専門家に限定されてきました.これによって,研究がICRPやUNSCEARなどの見解に束縛され,自由な議論ができないのではないかという疑念を市民に与えることになっているのかもしれません.
幸い今日,科学データの公開はOECDの共通公約となり,わが国でもすでにさまざまな研究分野で取り組みが進んでいます.とりわけ,政府が資金を提供する研究では,研究成果とあわせて,データを公開することが求められるようになってきています.今後,放射線障害の疫学調査のデータが広く研究者に開放され,多様な視点をもった研究者や市民の参加が可能になれば,自由な議論の場がうまれることも期待されます.わたしたちは,既存の権威に縛られない自由で建設的な議論を通して,この分野の研究の発展に寄与することを願って,この研究会を開催します.
濱岡豊 (慶應義塾大学商学部) 「放射線疫学入門と広島・長崎原爆被爆者分析の課題」
福島核災害以降,100mSv以下では被曝の影響がみえないとか,100mSv以下では影響がないといった説明がされている.このようなあいまいな説明がなされる背景を理解するために,放射線疫学でもっとも重要なデータとされる広島・長崎の被爆者の調査をしている放射線影響研究所の報告をレビューしてその問題点を指摘する.
1) 放射線影響研究所の寿命調査(LSS)の報告書では,生のデータをそのまま使わず,線量や年齢などのカテゴリーを使って集計して分析してリスクを分析している.これはデータの情報を損なって検定の力を弱めることになっている.生の個人別のデータをそのまま使って分析をすべきである.
2) モデルを使った分析では,複数のモデルについて適合性を定量的に比較し,そのなかから最良のモデルを選ぶ手続きが重要な意味を持つ.報告書ではこのモデル選択の過程があいまいであり,そのため記述に混乱が生じている.
3) 報告書は,100mSv以下でがん死亡率の増加が統計的に有意でなかったと報告している(LSS14報告).限定した線量領域のデータから求めたERR/Gyと90%信頼区間が報告書にグラフで示されている.死亡率の増加が統計的に有意でないというのは, 100mSv以下で信頼区間の下限が0より小さいことをさす.しかし,このような分析には問題がある.このことで「100mSv以下でリスク増加がみつからなかった」と解釈するのは誤りである.また,これを100mSv以下で影響があるかないか不確実であると解釈するにしても,影響があると想定して対応することが必要である.
グラフは‘Kotaro Ozasa et al., RADIATION RESEARCH 177, 229–243 (2012)’から. 矢印は濱岡の記入.
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『ICRP は,誤りの責任をうやむやにして』とありますが、当時の知見の限界だったのではないでしょうか。
初坂先生のご講演では、疫学研究の質を確保する難しさに関してもわかりやすく示されておりましたが、参加した皆様は有意義な時間を過ごされたのではないでしょうか。