ベル電話研究所とポップカルチャー (1) 「コミュニケーション」

投稿者: | 2021年8月4日
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ベル電話研究所とポップカルチャー (1) 「コミュニケーション」

瀬野豪志 (市民研理事&市民研「アーカイブ研究会」世話人)

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オンラインの講座で「音声」を聴く

オンラインの会議システムによる市民科学入門講座「ベル電話研究所とポップカルチャー: 独占と独立の関係についての科学技術史」では、アメリカの独占的な電話会社AT&Tのベル電話研究所(以下ベル研)のアーカイブズ(内部文書、写真、録音音声、映像、出版物など)を使って、指揮者のレオポルド・ストコフスキーとのコラボレーションによる「ステレオフォニック(バーチャルなオーケストラ)の実験」と、万国博覧会(1939年、1940年)でAT&Tが展示していた「電気だけで合成される声(The VODER)」を、参加者のみなさんに聴いてもらいました。

音声の資料を聞きながらトークするのを自分の講座のスタイルにしているのですが、オンラインの講座で実施したのは初めてです。今回は、ベル研の音響技術によって残された「音声」を聴いてもらった上で、電話会社の「科学技術のデモンストレーション」や「戦時の技術」の考えがあったことと、それとは異なる発想でミュージシャンが自分の「表現」や「独立」のためにベル研の音響技術(電話技術)を使うようになったことを紹介しました。

 

ベル研の「アーカイブズ」 研究所内外のコミュニケーションの記録、資料

ベル研の資料を調べていくと、独占的な電話会社AT&Tの傘下にあったこの研究所に、多種多様な人物が出入りしていたということがわかります。電話会社の研究所としての内外での活動があり、電話システムの技術開発やメンテナンスだけでなく、様々な分野、他の組織・団体、政府、学術研究、戦時協力、標準化・規格の制定、野外の活動、屋内の生活などに、ベル研の科学者と技術者が出向いて、様々な人々と関わっていたことが内部報告書や写真でわかります。研究所の「外」での共同的な活動の結果として、たとえば、ベル研で使われるようになった「デシベル」のような測定のための単位が様々な目的に合わせて使われるようになり、「外」の現場で使われる「ポータブル」の電子機器、音響機器、測定機器が開発されていきます。「騒音」の測定値や「聴力」の検査などで、それらの「デシベル」や「電子音」に接したことはあるはずです。組織や分野を越えた外部との関わりから、研究所の内部の活動がどういうことであったのかということも(戦時の「機密」扱いのような場合も含めて)わかることがあります。

電話会社の研究所としての内外での活動によって、ベル研の研究開発による技術は、電話会社の通話サービスのためだけではなく、様々な技術に形を変えて世の中に存在しているので、「これも電話の形を変えたものなのか」、「電話のシステムを数学化・抽象化したものなのか」と気づくような、現在の言葉の使い方や科学技術の政治・社会的な枠組みからすると意外に思える「電話技術の歴史」を感じさせるものがよくあります。

ベル研における研究開発の歴史的な概略を述べると、「テレフォニー(電話の技術)」は、AT&Tに言わせれば、人間にとって「ことば」や「音楽」としてわかるように伝送・再生する音響技術のことで、いわゆる「電話(通話)」だけでなく、「有線」も「無線」も関係なく、「放送」「電気録音」「拡声装置」「映画のトーキー」「補聴器」にもなった電気的・電子的な音響技術です。その「テレフォニー」は、巨大化すればするほど、様々な用途に使おうとすればするほど、「クオリティ(音質、品質)」の問題に悩まされ、人間の「音声と聴覚」の機能を電気回路に置き換えて操作できるようにし、ハードウェアのネットワークに人間を組み込み、身体と機械が曖昧になるような「サイボーグ化」の発想を進めたところに、独自の技術としての特徴があります。二度の世界大戦の戦間期に、若手の物理学者や数学者が研究所に迎え入れられたことによって、真空管の増幅技術、確率・統計学的な手法が「テレフォニー」に導入されて、独占的な電話会社の技術は電子的・数学的なものになり、第二次世界大戦では「戦場の通信」「秘話装置」「暗号化」などの技術に関わり、それらの機密扱いだった研究が戦後に「コミュニケーション(通信)」の技術として公開され、20世紀の中頃にはむしろ「音が鳴らない」分野の研究が多くなっています。

ベル研の内外での活動や研究開発の経緯を知ると、独占的な「テレフォニー」のビジネスは、個人の私的な生活の領域をネットワークに取り込むことによるものであり、自分が関わっている仕事の進め方や、文化的な活動や、個人間のメッセージのやりとりの可能性に関わっていることがわかります。秘密の話ができるとともに盗聴されている可能性もあるような、「テレフォニー」による「独占」と「独立」の関係は、せめぎ合いがありながら、お互いに関わり合っています。アメリカの電話会社の研究所から組織や国境を越えて「コミュニケーション」という言葉が身近なところにまで入ってきて、「音声」「音響技術」「通信技術」「システム」「サイボーグ化」をどのように利用するかということを私的な問題として考えさせられているはずです。

 

科学技術のデモンストレーションにおける「コミュニケーション」

この講座では、ベル研に物理学者や数学者が入って新しい音響技術が確立されていった1910年代から1940年代までの時代の「音が鳴っていた」テレフォニーのデモンストレーションを取り上げています。

科学技術の歴史において、新しい科学技術のデモンストレーションにおける「コミュニケーション」はとても重要であり、「音声」のデモンストレーションは興味深い場面です。たとえば、機械が「ことば」を発するという見世物は、たとえ「空耳」程度の不完全な音声であっても、その場に居合わせた人々によって「機械がことばを発した」イベントになる可能性があります。

また、文化芸術の表現者が「科学技術のデモンストレーション」に関わり、科学技術がどのように変化して利用されていくかということも重要な点です。それは、出来上がりの作品や、宣伝やイメージの問題だけではなく、研究所やスタジオのような制作の現場での「実験的」な活動があるからです。「科学技術のデモンストレーション」と「エンターテインメントの表現」のどちらでもあるような活動があることによって、お互いの活動の領域に入っていくことが現場で可能となり、「技術者」や「ミュージシャン」といった役割の範囲を越えて、技術を使う具体的な作業の方針に関わり、特殊な技術の解釈を共有して、技術の使い方やデザインがローカルな作業の場において具体的に表現されることになります。「オーケストラの表現」を実験していたベル研とストコフスキーによるコラボレーション・デモンストレーションの活動は、ミュージシャンが自分で録音していくポップミュージックの制作方法に共通する発想を発見しています。それは、コミュニケーションの技術を「伝達」の道具として利用するだけでなく、個々の生き方、学び方、働き方などのような、クリエイティブに制作するためのコミュニケーションの技術として利用していく「制作活動」の先駆的な事例でもあると考えています。

テレフォニーにおいて「科学技術のデモンストレーション」と「コミュニケーションの表現」が絡み合い、踏み込み合っていることを具体的に考えてもらうために、ベル研による音響技術のデモンストレーションの「音声」は動画で聴いていただくとして、この「通信」のテキストでは、あなたへの問いかけを記します。

 

あなたはテレフォニーをどのような「コミュニケーション」に利用するか

この講座で、わたしは「ベル研が残した資料から考えてもらいたいこと」を提示しました。下の1と2は、それに準じた「音声」と「コミュニケーション」についての問いかけです。身のまわりの技術的な「テレフォニー」、自分にとっての「コミュニケーション」をどのように考えるでしょうか。「音声と聴覚の技術」を通じて「コミュニケーションの技術」を生み出していったベル研のコラボレーションやデモンストレーションを追体験するような考察になるでしょう。

 

1 「音声」が聞こえなくなったテレビやパーソナルコンピュータを使い続けることはできますか。機械からの「音声」がなくても、あなたは平気ですか。

2 自分自身を「コミュニケーション」ができる存在だと考えていますか。機械のような受け答えや意思表示をするだけでなく、自分のアイディアを「表現」するときには「コミュニケーション」の技術や方法をどのように使いますか。

まず、問いたいのは、電話会社の「科学者・技術者」と文化芸術の「表現者」によって生み出された「音響メディアのポップカルチャー」の世界に入り浸っていませんか、ということです。また、働き方においても「電話」や「リモート」などのような「音響メディアのシステム」がどのように関わっていますか。それらの「音声」によって、あなた自身は充実した生活ができているでしょうか。

そもそも、技術で新しい可能性が生まれたり揺らいだりしてしまうような、「ことば」や「音楽」を聴き取ろうとする「コミュニケーションにおける音声と聴覚」は、とても繊細で不安定なものです。それが電話会社の研究所で発見されていたわけです。

現実の「コミュニケーション」を音響メディアのアナロジーで考えると、上下関係に基づいてマイクで「命令」や「お願い」を伝達しても期待通りになる確証はありません。録音スタジオのような場所では、個人の「表現」と共同の「プロジェクト」のアイディアが「ミックス」できるように音声を調整し続ける活動が考えられている場合もあります。その場合には、発想や立場が異なっていても、個々の表現がどのような「音色・サウンド」の効果に関わるのか、そのサウンドづくりのための仕組みや進め方を支える技術的な環境の模索や発見に進んでいくはずです。

広報や式典などで「音声」や「音楽」が道具として使われるのをイメージする人は多いと思いますが、その関係者のコミュニケーションに応えるものが、その場では制作されます。音は鳴っていても、人工的な音声のデモンストレーションはできても、それがコミュニケーションの「表現」に到達しているケースはどれくらいあるでしょうか。人間としての表現は、お金を出せばできるようなことではありませんし、「コミュニケーション」のために使える機械があればできるようなことでもありません。本来、文化的活動や生活における表現は、個々の独立した能力を生かした「コミュニケーション」の信頼関係なくしてできることではないはずです。演劇の中で演劇をしているのを演じる「劇中劇」という手法があるように、「コミュニケーションの技術」を生み出すための「コミュニケーション」がどのように進められていたのかを知ることは、技術を構想することに直結します。「録音」や「動画」を制作することは、「コンテンツ」の創造とともに、「コミュニケーションの技術」のデザインや法律や産業を変えていく現場の「コミュニケーション」なのです。 【続く】

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