途上開発国発、持続可能な社会に向けた世界のうねり

投稿者: | 2007年1月4日

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第10回市民科学講座 講義録
2006年5月2006年5月27日(土)東京都文京区「アカデミー茗台」学習室にて
途上開発国発、持続可能な社会に向けた世界のうねり
講師:吉田太郎(長野県農政部農政課)
司会(上田昌文):ここに集まりの方々は、農業の持続可能性や有機農業に関心をお持ちだと思います。日本では、例えば自然食品店で無農薬の野菜などを買おうとすると、高いなとかこれをずっと買っていけるかなとか、実際に農業に取り組んでおられる方でも、「完全に無農薬の有機農業で全国を養うことができるのだろうか?」と、そういう疑問を当然持っていらっしゃると思います。
それは、私たちが4年ほど前に「土と水の連続講座」をやった時に議論になったのです。有機農業は確かに良いのだけれど、それを日本全部に拡めていくわけにはいかないのではないかと。そうなると、農薬の使用も容認していかなければいけないしという議論をしたことがあります。実はその5年ほど前に此処にいらっしゃる吉田さんをお呼びして、キューバの農業を見てこられたご本もあるのでお話を聞きしたことがあったのです。キューバで出来るのは政治の仕組みが違うからという話になったのですが、最近吉田さんが出された翻訳書をみると、世界の特に開発途上国と言われる国で実に色々な試みがなされていて、日本に居てぼんやりしているとそういう情報が入ってこないと、この本から突きつけられたことがあります。吉田さんは長野県の農政課にいらっしゃいまして、農業の現場を見る機会も多いと思うのです。その日本の現状と世界の状況の報告も含めて、日本の農業がこれからどうしていくのか、もっと広く言えば、持続可能性な社会を作るためには今の社会や技術のあり方を、どんな風に考え直していったら良いかをまで話が及ぶのではないかと思います。では、よろしくお願いします。
五月の連休にキューバに行って来たあたりの話をできればと思います。カストロ首相です。日本ではカストロ首相は独裁者だと思われているのですが、そうではないというあたりの話をしたいと思います。

■世界テロの背景にある貧困と環境破壊

今日は、日本と一見無縁に思える海外の話を見ていきたいと思います。皆さん、シュワルツ・ネッガー主演のコラテラル・ダメージという映画をご覧になったことがあるでしょうか。コラテラル・ダメージとは「目的のための犠牲」という意味です。この映画は、シュワルツ・ネッガー演じる消防士の奥さんと子どもが、ワシントンでの爆弾テロ事件で、殺されることからはじまります。復讐するためにシュワルツ・ネッガーは、犯人を追ってコロンビアまでに行くのですが、そこで眼にしたのは、テロ根絶の目的で、CIAがヘリコプターからのべつまくなく、コロンビアの農民たちを撃ち殺す様でした。驚くべき報復で、一体誰が本当に悪いのだろうかと、深刻な思いにかられる映画です。実はこの映画が封切られる寸前に9・11事件がニューヨークで起こり、あまりの内容の酷似ぶりに、封切りが半年遅れたという曰く付きの映画です。
この映画が作り話でありながらも、ある種のリアリティがある背景には、コロンビアの悲惨な状況があります。ゲリラと国防軍との内乱が続き、「ゲリラ支援者と疑わしき者はことごとく排除すべし」との戦略のもと、無関係の市民を含め、毎年十万人当たり90人ほどが殺され、過去10年で3万人以上が死んでいます。結果として、1985年以来、人口の2.5%に相当する約百万人が難民になっています。
この内乱の背景には、貧困があります。麻薬生産以外には金銭を手にするすべがなく、麻酔が、ゲリラや民兵組織の収入源となり、さらに闘争を激化させていく。いま、世界中でテロ対策が問題となっていますが、それは農村の貧困や環境破壊をどうやって解決したらよいのかという問題と深くかかわっているのです。
■つながりを失いひたすら病む日本農業
では、日本の農業の現状はどうでしょうか。輸入中国野菜からの残留農薬検出、偽装表示問題、遺伝子組み換え農産物、鳥インフルエンザ、狂牛病など、農業といってまず話題にされるのは「食の安全・安心」です。最近では、「ロハス」や「スローフード」「スローライフ」という言葉も耳にされるようになってきています。しかし、そもそもなぜ、安全性が問われるほど食べ物がおかしくなったのか、本質的な理由はあまり議論されていません。例えば、消費者の不安を背景に有機農産物のビジネス化が進んでいますし、世界的にも有機農業の栽培面積は年々増えているのですが、ただ海外から有機農産物を輸入するだけでよいのでしょうか。
小泉改革により景気は回復したと言われていますが、日本はいつまでも海外から農産物を買い続けられるのでしょうか。
ひとつは、財政危機です。累積財政赤字は国と地方を含めて現在GDPの1.3倍で返済不可能な領域に突入しています。藤井厳喜氏が書いた一連の著作を見ると「国家破綻」が目の前まで差し迫っていることがわかります。
第二は、高度成長時代以来の加工貿易による工業成長モデルの限界です。戦後日本は、DVDに象徴されるように、科学技術を利用し、海外から資源を輸入して、これを加工して高付加価値化して輸出するやり方をずっととってきました。ところが工業製品は、どこの国であれ技術さえマスターすれば製造できます。人件費が安い中国とまともに戦ったら絶対に勝てません。自明の事実ですが、はたしていつまで工業立国でやっていけるのかもほとんど論じられていません。
第三は、石油資源がピーク・オイルを迎え、これから枯渇に向かうという現実です。これも、海外では盛んに論じられていますが、日本ではさほど議論されていないのです。以上のことから、食料問題は工業とも一体となった課題だということがわかります。
■緑の革命で荒廃した戦後の世界農業と日本農業
 さて、「食の安全・安心」や「ピーク・オイル」が、農業になぜ関係してくるのかというと、20世紀に農業で「緑の革命」が起こったからです。「緑」や「革命」というと耳ざわりの良い言葉ですが、緑の革命とは、端的に言えば、灌漑と化学肥料・農薬の多投、機械化の推進です。世界人口が急増したにもかかわらず、人類がなんとかしのげたのは、食料が大量生産できたおかげではないかと評価されてきましたが、無理な灌漑による塩害、砂漠化、土壌流出や土地の疲弊など、緑の革命が実は大きな問題を引き起こしたのではないか、と最近は批判されてきています。
よく経済や政治学では、ソ連圏崩壊で資本主義が社会主義に勝利したと簡単に割り切られることがあります。ところが、こと緑の革命という点では、ソ連圏も資本主義先進国も、発展途上国も同じでした。例えば、キューバや北朝鮮が社会主義圏内で推進してきたのも緑の革命でした。つまり、政治や経済的な枠組みを越え、世界中が一斉に挑戦したという意味で、緑の革命はとても象徴的な出来事であり、かつ、20世紀を象徴する科学の誤りだったのです。
■緑の革命とはなんだったのか、二つのノーベル賞
大量の食料を作るという近代農業のパラダイムを作り出したキーパーソンは二人います。一人は、フリッツ・ハーバーです。昔化学の勉強をした人は、圧力を掛けると窒素からアンモニアへと変わる化学方程式を覚えているかも知れませんが、ハーバー・ボッシュ法という化学平衡を利用し、アンモニアの合成に成功した化学者です。
なぜ、アンモニアが重要かというと、私たちが吸っている大気中の空気の8割はチッソガスですが、これは非常にエネルギーがないと酸素と結合しません。そこで、それまでの農業は、化学農業といっても、チッソ・リン酸・カリという肥料の三要素を全部海外から輸入していました。有名なのが、降雨・湿度の少ない乾燥質地帯に形成されるチリの「窒素質グアノ鉱床」です。このチリ硝石が大量に採掘されてヨーロッパに輸出されていました。この硝石は火薬の原料にもなります。ダイナマイトは、ニトログリセリンというチッソ化合物です。つまり、火薬原料も輸入されていました。そこで、第一次大戦が始まると、輸入原料がなくなれば、それ以上砲弾を作れなくなり負けるだろうということで、ドイルは経済封鎖を受けます。ところがなぜか、ドイツはいつまでも戦い続けることができました。ハーバーの発明により、大気中のチッソからアンモニアを合成することに成功したからです。第一次大戦後、荒廃した農業の復興に化学肥料が使われたことから、ハーバーは、ノーベル賞を受賞します。加えて、ハーバーは愛国者でしたから、毒ガス製造にも手をつけます。これが化学農薬の元になります。つまり、農薬も化学肥料も、もとをたどれば、第一次世界大戦と関係してくるのです。
■石油に依存する緑の革命
もう一人のキーパーソンは、米国のノーマン・ボーローグです。野菜でも穀物でも、大量に施肥をすると背丈が伸び、雨が降ったり風が吹いたりすると倒伏し、結果としてさほど収量があがりません。しかし、いくら施肥してもさほど背丈が伸びない品種を使えば、収穫をあげられます。このシンプルな原理のもとに全世界中の作物収量を何倍にも増やした人物です。ボーローグも緑の革命に貢献した理由から1970年代にノーベル賞を受賞していますが、結果として大量に化学肥料を使うことで、地球環境の破壊につながってしまいました。二十世紀の科学は、戦争と深く関係していることがわかります。ちなみに、緑の革命は日本も関係があるのです。それは、ボーローグが用いた背丈が大きくならない小麦を開発したのが日本だからです。農林61号と言う小麦品種を米国の進駐軍が「何かの役に立つかもしれない」と本国に持ち帰り、それが、緑の革命に使われたというわけです。
 ところが、農業では「収量逓減の法則」というのがあり、一定のところまで行くと肥料をいくらやってもそれ以上収量が上がらなくなってきます。そろそろ緑の革命も限界にきているのです。また、ハーバー・ブッシュ法で化学肥料を作る際には、大量の天燃ガスを使います。生産すればするほど二酸化炭素が出ますから、地球温暖化につながる。同時に天然ガスが枯渇したら駄目になるという問題を抱えています。
しかも、作物にはチッソ・リン酸・カリの三要素が必要ですが、チッソは空気中から固定するとしても、リンとカリはどうするのかという問題があります。現在のリン肥料は、昔の鳥の糞が堆積したグアノ鉱床から生産していますが、堀り尽くすといずれ無くなってしまいます。これを象徴するのが、南太平洋のナウル共和国という島です。この島は大量にこのリン鉱石を持ち、それを輸出することで外貨を稼ぎ、外国へ行くときも政府が補助金を出し、医療から教育から全部タダということをやっていたのですが、今では資源を掘り尽くして崩壊してしまっています。つまりリン鉱石も後二十年三十年で無くなってしまうので、そろそろカウントダウンに来ているのですが、これについてどうするかという代替え案もきちんと議論されていないのです。加えて、石油もすでにピーク・オイルを迎えたと議論されています。
すなわち、実は食料や農業問題は、資源やエネルギー問題なのです。現在の稲作のエネルギー収支は40%くらいです。農業は太陽の恵みで営まれる自然な産業のイメージがありますが、実は石油で成り立っている産業なのです。化学肥料は天然ガスで作りますし、農薬も石油で作ります。コンバインとかの農業機械もすべて石油で動くのです。
昔は潅漑も重力を利用し自然流下で使っていましたが、今は大量にポンプ・アップして灌漑するなど、かなり無理をしています。結果として、江戸時代の農業は、エネルギーを1投入すると太陽エネルギーによって2.5倍の見返りがありました。当然持続可能でした。ところが、現在の農業は100のエネルギーを投入しても38%のエネルギーしか得られません。農業は太陽の恵みで成り立つ産業のように見えて、実は60%は石油で作られているのです。こうした農業は石油がなくなれば成り立ちません。「旬産旬消」といって、旬を大切にすることも言われていますが、例えば、いま、キュウリもトマトもナスも夏の作物ですが、その旬がわからなくなっています。旬の季節にあることはあたり前で儲かりませんから、ハウスを重油で暖めて、時期はずれにも作っています。こうした農業は、石油価格が高騰すれば成り立たなくなってしまう農業です。
このように、近代農業には様々な問題があります。そこで、これを持続可能な農業にしていかなくてはいけないのですが、では、実際にどうしたらいいのかというと皆目わからないのです。
■発展途上国で進展する持続可能農業
安全な農産物を、なおかつ環境を破壊しないで、食料危機を招かないような形で十分な量を作るにはどうしたらよいのでしょうか。さて、私は、2006年2月に、イギリスのエセックス大学のジュールス・プレテイ(Jules Pretty)教授が書かれた「アグリカルチャー」という本を翻訳出版しましたが、この翻訳作業を通じて、とても世界観がかわりました。というのは、日本では、有機農業や持続可能な農業というとヨーロッパが先進国とされ、米国のCSA(コミュニテイ・サポーティド・アグリカルチャー)が優良事例として取り上げられるくらいです。ところが、プレティ教授はアジアやアフリカ等、世界52カ国で200以上のプロジェクトを調査した結果、すでに約一千万人もの農家が3千万ヘクタールというかなり広い面積で持続可能な農業に挑戦しており、しかも、その98%がここ十年間ではじまったもので、かつ、小規模な農家ほど成功していることを明らかにしたのです。
プレティ教授は、まず、農業問題を捉えるにあたり、古代ローマや少数民族や先住民族の世界観、中国やインドの自然観、日本の里山まで例にあげ、世界全体の自然保護思想をのもとに自然と人間との関係を明らかにしています。そこで、キーワードになってくるのが、ギャレット・ハーデンが提唱した「コモンズの悲劇」です。
■コモンズの悲劇
 コモンズの悲劇とは、かいつまんで言えば、キセルのことです。一人ぐらいが自分だけは大丈夫と無銭乗車をする。そして、「よし、あいつがやるならば俺も」と全員が無賃乗車をすると、JRがつぶれてしまう。コモンズが壊れ、皆が困ってしまうというわけです。もう一つ言うと、100円ショップで、安ければよいと奥さんが買っていたら、知らない間にご主人がリストラされてしまった。これもコモンズの悲劇です。
もともと、ハーディンがコモンズの悲劇として例にあげたのは、共有地の自然環境のことでした。丘陵地で羊が草を食んでいるとして、ある一人の人間が、もっと牧草地に羊を入れ儲けてやろうと羊の数を増やすと、「奴だけが儲けるのは許せないから俺も入れよう」と誰も彼もが羊を飼い始めたら、ある日、全部の草が羊に食い尽くされ、結局、羊が全部死んでしまうことになります。そこで、ハーディンは、この悲劇を回避するため、民営化と国営化を提唱しました。そして、この二つが世界の自然保護の大きな流れになっていきます。しかし、実際には、人類は長い歴史の中で、コミュニティを通じて、コモンズの悲劇を回避し、自然を守ってきたのです。
例えば、自然保護思想として有名な人物にヘンリー・デービット・ソロー(Henry David Thoreau・1817~1862)とジョン・ミューアー(John Muir・1838~1914)がいます。ソローは原生自然を賞賛し、ミューアーもシエラネバダ山脈を羊飼いとともに歩き、自然の素晴らしさを称えます。ところが、実際はミューアーが賞賛した自然は、ネーティブ・アメリカン、アファニチ族等が焼き畑農業などをやりながら作りあげた二次自然だったことがわかってきました。つまり、人類は長い間、コモンズの悲劇を招くことなく、自然と共生してきました。プレティ教授の著作には、日本ではまず聞かれることがないバラシ族、サミ族、ケチャ族と多くの少数先住民族の世界観が紹介されています。
人類学者、ダレル・ポージー(Darrell Posey・1947~2001)も、日本ではほどんど知られていませんが、アマゾンの熱帯林の原住民と暮らす中で、アマゾンの原生林すら人工的に作られたものだという主張をしています。要するに、先住民族の暮らしも詳細に調べてみると、まさに毎日が日曜日で、さほど苦労もせず、暮らしていたことがわかってきているのです。
■インドの伝統から生まれた有機農業
西洋がルーツとされる有機農業思想もアジアの伝統的な農業の影響を受けて誕生しています。有機農業運動は、1946年にイギリスで創設された「土壌協会(Soil Association)」から始まりましたが、その初代会長がレデイ・イヴとして知られるイブ・バルファー 夫人  (Lady Evelyn Barbara Balfour・1899~1990)です。イブも日本ではほとんど紹介されていませんが、女性ながらも実際に農業を行い、本当に有機農業が良いのか近代農業が良いのかを、33年にわたる試験を行い、有機農業の方が確かに牛も健康になり、収量も高いことを実証した人物です。このイブが影響を受けたのが、同じイギリスのアルバート・ハワード卿(Sir Albert Howard・1873~1947) が提唱した有機農業思想でした。
そして、卿が「最良の師」としたのは数世紀に及ぶインドの伝統的農業やその背景にある東洋輪廻の思想でした。当時インドはイギリスの植民地でしたから、卿は農業研究センターの所長として、1905~1931年にインドに赴任します。当初は、遅れたインドの農業を品種改良を通じて生産性を高めてやろうと目指しますが、実際には、現地のインドの農民たちは堆肥を作り、循環農業を実践していました。これはイギリスにはない発想でしたから、ショックを受けた卿は有機農業に目覚め、堆肥づくりに科学的な光をあて、効果的な堆肥づくりの方法を開発。これを「インドール方式」と名づけて普及するのです。
ちなみに、デイープ・エコロジーという思想を提唱したアルネ・ネス(Arne naess・1912~)もこの思想を形成するにあたり、インドの「バガヴァッド・ギータ」の影響を受けたと述べています。ギータは、戦いに出向く戦士アルジュナにクリシュナ神が人生の生き方を説いたことで知られるインドのヒンズー教の古典で、マハトマ・ガンジーも愛読しています。
■有機農業に力を入れたナチ・ドイツ
 さて、有機農業のルーツとしてはルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner・1861~1925)も有名です。シュタイナーのバイオダイナミックの思想の影響を受け、今から60年も前に国をあげて有機農業推進に力をあげた国家があります。当時は、米国式の近代農業が広まり始め、農業の大規模化が進み、大地が荒廃し自然も病みはじめました。ならば、農薬も禁止し、国民誰もが有機農業できちんとした物を食べ、健康になるべきだと主張したのです。すばらしい国ですね。その国家の名前は、第三帝国ナチスドイツです。ナチスが台頭した背景には、農業の近代化でドイツの小規模農家が疲弊していたころから、この主張からドイツ農家の支持を得た部分もあるのです。ところが、そこから論理が飛躍して、ドイツの自然環境を守るためには人間の数が多すぎるのではないか。ならば、劣等な人間から数を間引きして減らしたほうが地球環境のためになると、ユダヤ人の虐殺にまでいってしまうのです。SS長官であったハインリッヒ・ヒムラーは、強制収容所で囚人たちに有機野菜を栽培させていました。牛を麻酔も打たずに殺すのは可哀想だと動物福祉に配慮する一方で、劣等民族はガス室で殺しても良いという非常にアンバランスな国家でした。有機農業も一歩間違えるとそういう危険性があるということです。
■持続可能な農業を発展させる三つの手段
 では、持続可能な農業を発展させるためにはどうしたらよいのでしょうか。私なりに、プレティ教授の言わんとすることを噛み砕いてみますと、大きく三つに分類できると思います。第一は、トップダウンでの政策転換です。これについては、現在、親環境農業を目指している韓国、国をあげて有機農業に取り組むキューバ、そして、GDPに代わる指標としてGNP(グロス・ナショナル・ハピネス)、すなわち、幸せを重視するブータンが参考になる感じがします。第二は、科学技術です。日本では知られていませんが、環境を破壊せずに収量を高める新しい農法が発展途上国で登場してきています。そして、第三は、コミュニテイです。いくら政府の健全な政策や優れた技術があっても、それを実際に地域に定着させていくには、コミュニテイが一つのキーワードになります。
■欧州の環境保全型農業
国家的な政策転換としては、ヨーロッパ農政の動向も参考になります。ヨーロッパでは1999年に「環境直接支払い」を義務化しました。クロス・コンプライアンスと呼び、環境にとって健全な農業には奨励金を支払うが、環境に悪影響を及ぼす農業には支払わないという原則をきちんと政策化しています。このモデルになったのがスイスです。スイスは、山国ですから、他国と農業で勝負をしたら経済的に負けてしまいます。そこで、山村の景色やコミュニティを守るために、1960年代から農家に対して補助金を払ってきました。そして、他国に先んじて、1998年の新農業法制定で、直接支払いを受けるには、「生態系保全実践証明」を受けることを必須化します。
その結果、農業政策2002の展開で、2000年では慣行栽培にとどまる農場は3%、総合的生産ガイドラインをクリアーする農場は90%、有機ガイドラインをクリアーする農場は7%となり、この10年間で農薬の使用量は三分の一まで低下し、リン酸塩の使用は60%、窒素使用は半分まで減りました。一方、半自然の生息地は、この十年で、平野部では1~6%まで、山岳地域では7~23%まで拡大しています。しかも、スイスが面白いのは、直接民主主義の国ですから、この農政転換の是非を国民投票に問いかけます。その結果、9割近い支持が得られたことから、憲法にも環境保全型農業を位置づけるのです。
■親環境農業を進める韓国
韓国も、金成勲(キム・ソンフン)農林部長(日本の農業大臣に相当)のもと環境保全型農業に向けて大きく政策転換の舵取りを行いました。これもあまり知られてはいませんが、有機農業政策や環境農業政策では日本よりも韓国の方が進んでいるのです。1996年には中長期計画「21世紀に向けての環境農業政策」を制定し、1997年12月には「環境農業育成法」を制定。この法律をもとに、環境農産物の基準づくりや直接支払い制度を創設しています。金部長は自ら「虫食いだらけだれども安全です」と言うキャッチフレーズを作り、全国行脚して有機農業の普及に努めました。ちなみに、2003年の5月には第5回有機農業国際会議がキューバで開催されていますが、この国際会議には、金部長は団長として10人にも及ぶ農業関係者を引き連れ、参加しています。
質問:稲作のエネルギー消費について、もう少し説明してください。
吉田:農林水産省の宇田川正俊氏が行った、投入エネルギーの研究では、1950年では燃料、肥料、機械に38のエネルギー投入に対して、玄米という形で49のエネルギーが得られています。ところが、1974年では、約200の投入に際して74しか返ってきていません。つまりエネルギー効率は40%でマイナスだということです。
エネルギー収支から見ると、米国農業も驚くほど非効率です。ピメンテルらのトウモロコシ生産の分析を見てみると、1970年の米国の生産量はグアテマラの4.8倍ですが、エネルギー投入量は25.4倍もあります。ことエネルギー効率で見てみると、米国農業は、グアテマラ農業の5分の1以下でしかないのです。では、なぜ、グアテマラの農業が評価されないのかというと、今の経済学はどれだけお金が動いたかということがベースになっていて、エネルギーがどれだけ効率的に使われたかとか、ブータン国王が提唱するGNHの概念のように、それによって人々がどれだけ幸せになったかがカウントされないからなのです。
雑談になりますが、1930年にパプアニューギニアの高地で、それまで文明と一切接触したことのなかったシアネ族が「発見」されます。発見時にシアネ族はいまだに磨製石器を使っていました。石器時代社会に鉄という新テクノロジーがもたらされるとどうなるか。ヨーロッパの人たちは興味津々で観察しました。今でいえばパソコンやDVDといった超近代的なハイテクノロジーが入ったのです。木を切るにしても杭を打つにしても、今までの3倍もの効率でできるようになったのです。生産効率がアップするわけですから、生産規模が拡大され、低コストで大量生産することで、利益をあげようとするはずです。ところが、シアネ族の場合は資本主義の常識とは異なり、奇妙なことが生じました。生じたというよりも、より正確に言えば、何も起こらなかったのです。畑は依然として同じ面積のまま、シアネ族は、労働量を減らす道を選びました。必要とされる以上はムダなモノを作ろうとはせず、余った自由時間を、おしゃべり、お祭り、昼寝に向けたのです。
「何て愚かな連中だ」と西洋人たちは驚きましたが、エネルギー効率や人間の幸せという観点からするとシアネ族はとても賢かったといえます。
質問:投入エネルギーが1950年から増えている理由は何ですか。
吉田:一言で言えば石油です。農業の経済的効率化を目指して、堆肥の代わりに化学肥料を使ったり、機械化を使うことで規模を拡大することで、近代農業は石油に大きく依存するようになったのです。農業は進歩しているように見えて、エネルギー効率の面から見ると、実は進歩していないのです。

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