【インタビュー】住まいというサービスと消費者

投稿者: | 2007年3月4日

連続講座・シンポジウム「科学技術は誰のために?」
事前インタビュー(その1)「住まいというサービスと消費者」
平松朝彦さん
(サステイナブルマンション研究会・代表)
pdf版はこちら
csij-journal 003 hiramatsu.pdf
上田:実は、私たちのこのシンポジウムで、生活のいろんな分野のものを取り上げるということで今回企画したんですけども、住の問題というのが、非常に比重が大きくいろんな問題に関連している面があります。それから、メールでも少し書かせていただきましたけれども、消費者にとって本来もっときちんとしておくべきことがあるのに、それがぜんぜんいきわたっていないということを著しく感じる分野だと思っているんです。そういう意識もありまして、私たち環境という面から、たとえば自然環境共生型の住宅をやっていらっしゃる方とか、それからいわゆる自然住宅と言いますか、材木、木を使った利用を中心に、こういろんなネットワークで活動している方のお話を聞いたことがあるのですけども、もっと根本的なそもそも一般庶民にとって家を作ったり買ったりするっていうことそのものが、今どんな風に日本ではなっているかということが、もっと見てみなきゃいけないなっていう気持ちになっているんですね。そこで、今年になってこの本読ませていただいて、ああやっぱりそうだったかみたいな感じですごく驚きまして、しかもちょうど耐震偽造の問題が起こって、なんでこんなことが起こるのかっていう意識がやっぱりすごくあったものですから、ぜひお呼びしたいっていうことで、お声をかけさせていただきました。最初に平松さんのこの本お書きになるまでの簡単な経緯といいますか、それから問題意識みたいなことからお話いただけるといいかなと思うんですけれども、いかがでしょうか。
平松:そんなに大それたことを考えて始めたわけじゃなくて、昔から住宅が好きで、学校は建築で都市計画を専攻していたのですけれども、卒業後に住宅メーカーに行きました。住宅メーカーに興味を持ったのは、住宅をいかに大量生産しながら安く作れるか、それに大量生産って車じゃないですが 消費者のニーズを入れながら、いかに大量生産して安くできるかということに、プレハブメーカーがチャレンジしているという構図に興味をもって、10年間勤めまして、それはそれなりに非常に勉強になったと思っています。その後、マンションに興味が移りまして、マンションのデベロッパー、非常に小さいところだったんですけども、今みたいなちょっとマンションブームが起きるちょっと前だったんですが当時マンションデベロッパーというと大企業しかなかったんですけど、そのときにある 小さい会社がチャレンジするというので、入ってみまして、10年間マンションデベロップメントの設計とか企画に携わってきたわけです。そのときは普通の勤め人として、淡々と設計とかそういうことをしていたんですけれども、あるとき仕事でオランダの住宅を見学することになりまして世界的に有名なハブラーケンというMITの先生が、オランダでいろんなマンションの仕組みを開発したということで、見に行ったんですね。そのときに先生がおっしゃるには、人間っていうのは変わるものです。家族構成とかたくさんあって、家族もいろいろある。そして住んでいるうちに状況も変わるから、可変性ということをもっと重視しなきゃいけないんだということをおっしゃいまして、まさにそのとおりだと思いました。それに対して、今のマンションというのは、ちょっと違うんじゃないか。ようするに、見た目のことで差別化をしていて、商品化により私がいた10年間のうちに品質っていうのはすごく上がったんですけども、結局その業界が求めているテーマっていうのが、ようするに売れるための差別化でしかないんですね。しかし本当に重要なものっていうのは、人間、そこに住む人間なんだということに気がついたというか、教えられたといいますか。しかしその可変性ということについても、実は日本でもずっと昔から研究はされているんですけども、なかなかうまくいかない。それはいったいなぜなんだろうかということで、それについて取り組みたいという意識が芽生えていったんです。そんなことで当てもなかったのですけどもマンションデベロッパーを辞めて、その後サステナブルマンション研究会っていうのを作りました。最初にしたのはインターネットのホームページで、住宅やマンションというのをどういう風に選ぶかというウェブサイトをつくりました。当時 耐久性とかの問題、維持管理の問題、省エネルギーの問題いうことが、ほとんど認知されてなくて、ようするにマンションで広告すべきことというのはプラン、面積とか、仕様とかそういうことばっかりで本当はどのくらいもつように設計されているのかっていうことは、ぜんぜん知らされてなかったんです。それで佐藤美紀雄という住宅評論家の先生に賛同していただいて、毎月10ずつ物件のパンフレットを送っていただいて5年間でだいたい600棟ぐらいのパンフレットや全部の図面を見ましてさらに分析して分からないのはデベロッパーに尋ねました。それらを ホームページで公開したのです。その後、佐藤先生がお亡くなりになられ、その企画もなくなってしまったのです。当時スケルトン・インフィルに取り組まれているデベロッパーもおりました。ちょっと分かりにくいんですけども、スケルトン・インフィルの定義自体が非常に難しくて、共有部分と専有部分という見方もできるし、躯体がコンクリートであって、内部をそんなに寿命のないインフィルというのですが、インフィルをどういう風に改築できるかということが非常に重要で、それが建物に長く住めることなんだということなんです。そういうマンションをスケルトン・インフィルマンションと言っているんですけども、そのこともなかなか非常に説明し難いのです。最初に「マンションが破綻する理由」という本を日刊建設通信新聞社から出したのですけどその中で各デベロッパーの、スケルトン・インフィルの方式の分析とかやったのですが、結局、みなさんスケルトン・インフィルマンションは一つくらいやるんですけど、みなさんその後やめてしまう。その理由は一体なにかというと、理論的には優れているのだけども結局それでコストが高くなってしまうということです。一つは配管を外配管にするために、どうしても排水勾配をとらなきゃいけなくなり床下が高くなってしまうので、一階あたりの階高が高くなってしまい、10階建てられるところが9階にしかならないとかです。そのため、マンションデベロッパーとしては売る面積つまり商品が小さくなってしまい利益が減ってしまうということになります。 さらにそのスケルトン・インフィル長寿命と言っても消費者に意味がよく分からないっていう部分があるということですね。パンフレットで詳しく説明しても、たくさんある商品の宣伝文句の一つにすぎない。たくさん宣伝文句が並んでいるわけで、お客さんにそれを伝える努力もデベロッパーは実はしていないんです。そのため、お客さんに意味がぜんぜん伝わっていない部分が非常に多いということの苛立ちみたいなものも感じながら、技術者の端くれとしてじゃあコストダウンをどうやっていくかということに取り組んでいる状況です。そんな中でサステナブルマンション研究会を作って、一時は国会議員の方に理解していただいて、国会の衆議院とか参議院の議員会館で10数回勉強会を開きまして、いろんな先生方とお話させていただき、ある住宅の専門部会の中で、スケルトン・インフィルということは重要だという話もさせていただきました。そういうスケルトン・インフィルが重要だってことは官僚の方はもう十分ご存知なんですけども。ただ官僚の中にもいろいろな方がおられるようで、理解を示される方と、今までの政策がどうだったのかという問題で、逆に自分に刃が向いてしまう部分がありまして、微妙だったのだと思います。第155回衆議院の国土交通省の委員会の中で井上和雄国会議員が、当時の扇国土交通大臣にスケルトン・インフィルにしないと、建物が30年しかもたないと指摘しマンション建て替えの問題があるけど、そもそもこういう問題について放置しておくのかという質問を投げかけまして、そのとき扇大臣は今までのマンション排水管の仕組みは間違っていた、とおっしゃったんです。これからはスケルトン・インフィルにしなきゃいけないと
おっしゃられたんですけども、その話も国会で言われたにもかかわらず、デベロッパーの方もぜんぜん知らないし、国民も知らない。そんな状況で、今度『亡国マンション』を出したということなんですね。そこで思ったのは、おそらく住宅に関して国もいろいろ考えていて中に技術者もおられるし、技術者はこうやりたいと思っておられる方もいる一方、コストがあがるのはよくないと考えていたり多様な意見があるのだろう。さらに今、住宅ローンで破綻してしまう人がたくさんおられます。島本慈子さんというルポライターの方が『住宅喪失』という本をちくま新書から出されてその中にも書いてあるのですけども、2002年から2003年の間の11ヶ月のデータで、金融公庫の返済ができなくなって、競売にかけられた物件が2万2千件あるんですね。つまり一月に二千人が払えなくなっています。払えないっていうことはお金がなくなってしまうことですから、破産するということとほとんど同じなんですよね。これも慶応大学の島田晴雄先生という内閣の特命顧問の方が住宅市場改革という本で指摘されているんですけど、今までの持ち家政策は間違っていてこれからは賃貸住宅に展開しなければいけない、あるいはスケルトン・インフィルにしなければいけないということを書かれています。この方は経済学者ですが、専門的な知識を持たれて言われているわけです。そういった中で1年間にだいたい2万4千人の方が破産されると。10年間だと24万人の方が破産されていることになるにもかかわらず、ぜんぜんマスコミに報道されていないわけですね。そういったことをまず知るべきで、なぜそうなってしまうのかということについて、いろんな問題があります。国会でも議論になったのですが、島本さんが『住宅喪失』でもノンリコースローンが望ましいのではないかと各党にアンケートされたのです。民主党以外、ノンリコースローンは経費が増えるからよくないみたいなことを言っているんですね。基本的にローンの仕組みが、分かっていないんじゃないだろうかと思うわけです。ようするにローンの担保としてたとえば一千万とか五千万とか取っているわけでそれを評価してお金を貸している。ですから評価したのは金融機関の責任のはずなんです。それが売れなくなったら金融機関が負担するというのが本来の担保の仕組みですから外国では海外ではそういった担保の仕組み、ノンリコースローンが当たり前なんですね。ところが各党が何を言っているかというと、住宅を評価する専門家がいないとかその分経費が上がるとかそれで金利が上がるかもしれないとか非常に後ろ向きなことを言っておりまして、まあそういったことも非常に腹が立つわけですけれども。
上田:なるほど。今お話を聞いているだけでも、かなりいろんな問題が錯綜して入っている感じがするんですけども、一つはなぜ持ち家なりその分譲のマンションがこんなに寿命が短いのかっていうのがありますよね。それに対してまるであたかもずっと一生そこに住み続けるかのように、私たちは思ってそこに高いお金をかけて買うと、ローンを組むという形になっていますよね。でもそのたかだか20年30年先を見て本当はしなきゃいけないことなのに、なぜみんなそうならないのかみたいな話は基本的にまずあると思うんですけども。
平松:まず日本にコンクリートの集合住宅が現れて50年くらいですけども、こんなに寿命が短いって誰もわかってなかったんですね。一つはコンクリートって言っても様々なコンクリートがありまして、圧縮強度や水セメント比とかで一応昔の日本建築学会の目安では、たとえば普通のコンクリートの強度のコンクリートだったら65年持ちますということで、財務省の減価償却では65年になっていたんです。ところがいつの間にかその学会の基準が変わりまして、その程度の基準では30年ですとか、下がってしまったのです。だから昔のずっと65年もつとみんな、私も2000年まではそう思っていました。普通のマンションって65年コンクリートはもつんだと思っていたのですね。もう一つは配管の問題です。配管は金属ですから錆びていつか駄目になると。100年も200年も持つものじゃないから、取り替えるように設計すべきだという話はかつてもあったわけです。最初の公団の標準プランでは共用排水管はそういうことをきちんと考えて、後で簡単に交換できるように最初は外にあったんです。家の中に作ると、家の人が引越す大工事になってしまうのです。ところがいつの間にか共用排水管が家の中になるようになってしまって、その辺のいきさつはちょっと分からないんですけども、おそらく外に出ると格好悪いとか、いろんな意見があったと思うんですけれども。結果的に中になってしまい、さらに日本のマンションは狭いですから、配管は極めて奥の方とか、目立たないところに入ってしまうんですね。あと日本ではヨーロッパとは違う部分は、水道水にカルシウム分が少ない軟水って言われているわけですけど、ヨーロッパの場合はカルシウム分が多くてそのため防錆効果を発揮して、多少長く配管が錆びないという現象があります。さらに日本では水が悪いために塩素を多く入れたりする。だから国や場所によって相当違うのかもしれませんけども、日本ではそれで錆が促進されるという悪い状況も重なっているんです。ただもちろんヨーロッパでも配管が劣化したり漏水するという問題は出ていまして、その場合もやはり配管の交換は大変なようです。ただ大きい部屋に配管が露出していると、交換は割りと簡単なんですね。日本のマンションは要するに60平米くらいのところの一番奥まったところトイレの後ろとか、お風呂の後ろとかになっちゃうと、それを交換するためにお風呂をどけたりトイレをどけたりしなきゃいけなくなる。そういうことで工事が非常に大変になってしまうんです。プランによってもそうとう状況は違うのですが。配管交換の技術開発というのはされてないことはなくて、また、たとえば配管の中の防錆をさらにやり直すという工法もあるんですけども、基本的には外に出すべきだろうということです。外配管、スケルトン・インフィルをすすめるにあたった研究者はそのように主張をしてはいるんですけど、そうなると非常に設計が難しくなる部分があります。あと階高が高くなるという部分が残っていまして、そういった問題について価格が高くなるのをどうするんだっていうことになってしまうんですね。そうすると結局市場原理の中でこっちのマンションは安くて、こっちのスケルトン・インフィルのマンションは高いよとなると素人のお客さんはどっち選ぶかとマンションデベロッパーが考えてしまうんです。しかしお客さんにとってそれは本当に配管のせいなのかどうかって実はよくわからないんです。同じマンションって二つとないですから較べられません。ただ、マンションデベロッパーはマンションの原価が分かっているんで、売れないのは高いスケルトン・インフィルにしたせいだとなってしまう。営業サイドからは、これやったって消費者にアピールしないと売れないといわれ他のマンションだって、内配管でやっているんだから内配管でいいじゃないかというストーリーになってしまうんです。
上田:非常に単純に考えたら、たとえば20年持つマンションに1000万出すんだったら、40年持つマンションに2000万出してもいいんじゃないかっていう考えは、私は真っ当だと思うんですけれども、そういう発想はまったくないですよね。マンションの耐久っていうことに関しては、みなさんどういう風に判断できるものを提供しているんでしょうか、売る側としては。
平松:売る側としては今まではコンクリートの強度の数値から耐久年数を出していたんですね。これは日本建築学会の数字がありますから、分かりやすいんですね。スケルトン・インフィルマンションについて、それだから100年持つとはちょっと言いにくい部分があって、なんとなくアピールがしにくいんです。スケルトン・インフィルは交換できるっていうことなんですけど、それがまたお客さんにとってなかなかアピールしていかない、というジレンマを抱えていることは事実なんですね。外配管にしたらどういうことかというと修理がしやすいっていうことに過ぎないわけです。現実的に国会の議論でもあったのですけれども、その専有部分の中を3本の配管が貫通していると。これをどうやって交換したらいいのかっていう議論がありまして、そのときの法務省の民事局長が、お金がないから反対する人もいるかもしれないけれども、それは共同の利益が優先するんだからと言って、反対していても無理やり入っていって壁を壊して配管交換しなさい。交換した後は元に戻します。だけどそれはみなさんのお金で払ってください」と答弁したんですね。それはまったくそのとおりで、ある意味それしか言いようがないんですけども、本来の区分所有法っていうのはそうではなくて、区分して生活できるために、問題があってはいけないために区分所有法があるわけで、その専有部分の中に共用配管を設けていいのかという根本的な問題について答えなかったんです。それに答えると日本のマンションは 全部違反になってしまうのです。ただ、区分所有法の趣旨としては、そうじゃないんです。しかしみなさんトラブル起こしたくないということで、そういう風に逃げちゃっているんです。一つの大きな勘違なんですが、マンションっていうのは辞書をひくと大きな住宅とか邸宅とかいう意味なのです。集合住宅という意味ではなくて、海外ではもちろん通用しない用語 なんです。なんでマンションって言ったのか非常に微妙ですけども、そこまで理解していたのかどうかわかりませんが、集合住宅じゃないのです。共有部分っていうのは外に出しておかないと、専有部分として一つの個として確立しないんです。だから個として確立しなければ、それがいくら集まっても、個として確立したものが集まってはじめて集合住宅と言えるんです。だからスケルトン・インフィルをアピールする点としては、そういう基本的な部分をアピールしなくてはいけないのです。単にリフォームが少しやりやすくなりますよということじゃくて、本当はそうじゃないと集合住宅とは言えないんだというところを誰も理解していない。そんなこと言ったらデベロッパーも大変なことになります。だから本来はそのマンションに代わる別の言葉、マルチハウジングとかマルチハウスとか集合住宅らしい名前にして、今までのマンションとは別だよという風なことですすめるべきじゃないかなと思っているんです。
上田:共同で住むことっていうメリットっていうのは、マンションを買う人にとってそんなに認識されていませんよね。ようするに自分の家を買うのと同じ、つまり戸建の家を買うのと変わらない感覚でマンションの一室を買うということにすぎなくって、その後に必要な共同の管理とか、今おっしゃったようなそもそも共同住宅が持っていなきゃおけない仕組みですよね、そこに対する配慮と言うか視線っていうのはぜんぜんやっぱり私たち持てていないように思うんですね。ですからその辺はこの後の問題にもなりますけども、どういう風に消費者なり選択する人がですね、知識を提供されてそれを判断材料にしていくっていうとこら辺がすごい課題として残っているような気がするんですけども。
平松:まずそのお話の前提となることで、やや別の視点からお話させていただくと、都市のマンションっていうのはそもそも商品とか個別の私有物なのかっていう議論があるんです。そもそも都市というのは社会のインフラっていう風に考えてもいいんじゃないか。ようするに個が集積してしまうと単なる個ではなくて、社会的な下水道から上水道から共用のものを使って、多くの人が生活するということですから、個人のその私有的財産だけという視点ではおかしい。結局今のそうした考え方が住宅の商品化、消費化につながっていて個人の自由だ、みたいな発想につながってしまう。なぜ都市計画があるのか、そういう個人の権利を阻害するようなものがあるのかっていうと、都市に住むために住宅に社会性がなきゃいけないということなのです。田舎の山奥だったら都市計画なんか必要がないんですけども。ですから都市に集中して住めば住むほど公共の福祉のためにもっと共同の利益を重視しなきゃいけないと思うんですね。ですから個人レベルのマンションの選び方という以前に、これは国が整備するべきことじゃないかという気がするんです。また大前提の話に戻っちゃうんですけども、国とはなんであるのかというと、国民がいるからですよね。国民が住んでいるから国があるわけで、国民が住んでいなければ国ってないわけですよね。国民が住むということは住宅が必要ですから、国というのは憲法でいろんなこと書いてありますけど、住宅を整備する義務があるんじゃないか。今の住宅政策の問題点について言えば、そういった義務を果たさずに、住宅メーカーとか建築業者に全部丸投げして国民は何をしているかというと、リコースローンで、サラ金と同じ借金をして、全部自己責任で住まいを買って金融機関に返済しているだけに過ぎない。国民の住まいがそういう存在になっていること自体をまず理解しないといけないと思うんです。
上田:その問題と言うのは具体的にいうと、たとえば土地制度っていいますかその法律の問題が大きいですよね。ようするに庶民にとってみれば、土地はお金を出して買える物だっていう意味がありますから、地主さんがいればその土地は地主さんのものだしみたいな所有の概念っていうことで、そこからがんじがらめになっているといいますかね、そのあたりを今おっしゃった都市はそもそも社会的なものだっていうことに転換していくためには、そうしてもその制度的なもの、法律的なものを変えていかなきゃいけないということがあるように思うんですけども。
平松:じゃあどのように変えるかということって言えば、先ほどのノンリコースローンと いう話もある意味そういった部分を含んでいるのです。どういうことかと言うと、個人がお金を借りるのですけども、結局その担保価値をはっきりさせて破綻したときはその個人は責任を負わないわけですね。担保価値で設定したものしか負わなくて、そのリスクは国が負っているわけですよ。国が負っているということは、つまりその事業、住宅を建てるっていう事業に対して国がある意味でコミットしているのです。ということは国の事業でもあると、いう見方もできないわけじゃないですよね、単純に言えば。だから都市再生においてもそこにいろんな、たとえば地主が都市計画に基づいていろんなことをやって、それを単に民間金融機関が融資するだけじゃなくて、国の姿勢と合致したものであれば民間事業主がローンしたとしても、そのリスクをやっぱり国が負担してあげるべきじゃないかと。そうしないと、何もできないんじゃないかなという気はしますね。国もどっかでリスクを負担して、民間も負担するような仕組みをとっていかないとですね。今まではみんな民間の個人が住む人がリスクを持っていて、全部それが30年間の間に土地の価格が高騰したり逆に下落したりそんな社会的なリスクが全部個人にしわ寄せされている。だけど本当にこれでいいのか。ちょっと待ってくれと思うわけです。マンションを買う人も、特にある程度スケルトン・インフィルとか長寿命のマンションであればやや違ってきますけども、普通のマンション買うということではリスクがありすぎるのになんでみんな簡単に買ってしまうのか。それは賃貸マンションと比較して支払いを金額すると、こっちの方が安いからという風になっているからですけど、10年先の金利はどうなるか誰もわからないわけですよ。「亡国マンション」の中には書いたんですけど、今の融資の仕組みというのは元利均等ローンです。元利均等ローンっていうから元利と金利が一定なのかっていうとそうじゃなくて、最初は金利が非常に多いわけですよね。で、当初金利ばっかり払っていますから途中でマンションを売ろうとしたら元金はほとんど減っていないことに気がつくわけですよ。一方マンションの寿命がきたとします。評価は土地だけですと。さらにそれから解体費を減らしなさいと法務省が言っているわけですね。とすると30年程度の寿命では明らかにその返済途中で売れなくなってしまうのですね。で途中では売れないから最後まで持っていたとして30年たったらまた管理費が非常に上がって負担していけるのかと。だからお金持ちはもうマンションを捨てて出て行って、残された人は管理費も払わないような人しか残っていないっていうような状況がこれからどんどん増えてくるのではないか。あと5年すると築30年を超えるマンションが100万戸になると言われていますから、これからマンション問題ということが、非常に取り上げられてくるんじゃないかと思います。
上田:今のはマンション自体にですね、たとえば大きな地震が起こるとか、それからそれこそ本当に耐震偽装のようにですね、そもそも守られていなきゃいけないことが嘘だったっていうような状況でもそういうことが基本的にあるという話ですよね。いったんそういう、たとえば神戸の震災もそうですけども起こってしまって、倒壊するはずないものが倒壊した状況とか、それから自分の家がそういう耐震が非常に弱かったっていうことが後から分かって、もう住めなくなるっていうときに、その負担を誰が背負うかっていうことを一挙にこうかかってくるわけですよね。そういう話とやっぱりこう共通しているといいますか、同じ構造なのかなっていう気がしていまして、その今言った地震の問題と、それから耐震偽装の問題のことで、今のその基本的な構造から見えてくる話をちょっとしていただければなと思いますけども。
平松:耐震性の話も実はやや複雑で説明が難しいのですけども、そもそも耐震理論ができたのは戦前の関東大震災の後なんです。そのときに佐野先生が剛構造という固い建物で地震に対応しようという理論を作ったのですけども、その後戦争になりまして良質の建築資材が手に入らなくなってしまった。そして戦後に建築基準法が出来たのですけども、その建築基準法は戦時中につくられた強度の低い緊急的な戦時立法の理論でできあがってしまったということなんです。その後、1981年に新耐震基準というのができたのですけども、基本的な地震力の考え方は同じなんです。そこで変わったのは柔構造的な発想です。柔らかいけども地震にもつよう、揺れても倒れないという仕組みの計算を入れたわけです。現実的にその後阪神淡路大震災が起きて、10万戸の建物が倒れました。新耐震のマンションは安心だったみたいな話もないこともないんですけども倒れたことは事実なんです。その後1997年、建設省は「建築物の構造規定」という本を出して、なぜ倒れたかについて説明するんですけども、実は設計以上の力が加わっているっていうことを言っているわけです。また、その文章を読んでみると、倒れた建物は一つもなかったような書き方しているんです。計算以上の力が加わったけれども、倒れなかったのは安全率が高かったからだ と書いてあるわけです。なんか一戸も倒れていないようなことが書かれていて、びっくりしたんです。もちろん倒れなかった建物もあるんですが、阪神淡路大震災で震度7ができて、800ガルという計算を超える重力加速度が建物にかかったにもかかわらず、構造的にそれを上回ることをしようということじゃなくて、いやあれは問題なかったんだよっていうことで終わっちゃっているんです。マンションについては一般的には大丈夫だったっていう話がありますが、実はその基準というのが非常にあいまいなんですね。大震災とは何かというと定義が非常にあいまいで、昔は関東大震災のレベルを大地震って言っていたんです。その後の阪神淡路大震災っていうのはそのレベルを超えていたのです。超えていたのだけども、大地震の定義っていうのはあいまいなままで、さらに建物が壊れないとは言っていないんです。壊れるんだけども人は死なないような壊れ方をするのだということです。だからみなさん勘違いしているのは、建築基準法を守っているから壊れないということじゃないのです。建物がつぶれても死なないだろうと言っているだけなのです。ですから、壊れない建物を作るっていうのはそれよりもランクが上な建物を作ることなのですね。2000年に住宅性能表示という制度ができて、そこで建物の構造の等級も1、2、3となります。等級1が建築基準法通りで、1.25倍したり1.5倍したりしたものが等級2とか等級3とか言っているんです。なんでそんなのができたかというと、国としてはやっぱり等級1じゃ危ないと思っているんです。ですから、等級2とか等級3とかを選ぶのは建築主と設計者の責任ですよと。建築基準法を守っただけの建物は死なないかもしれないけど、どうなっても知りませんよと言っているわけです。そうした話もみなさんお分かりになっていないだろうし、さらに今度東京、首都圏に大地震がくると言われてその中でも関東大地震よりレベルの高い揺れがおそらくくるだろうという地域も分かっているのです。自治体でそういう地域が分かっているのであれば、そういった区域は等級3にしろとか2にしろとか、それは国とか自治体が指定すべきでしょうけども、それをしていないようですね。ただ最近は聞くところによると、東京都で一律に等級2以上にしろという話はあるらしいのです。ただ一律っていうのもまたおかしな話で、それは細かく地域別に変えてもいいのじゃないかと。場合によっては等級3にしなければいけない部分もあるかもしれない。もう一つ姉歯問題について言えば、あれから一年以上経ち状況が分かってきたのですけれども、一つはようするに建築基準法自体が非常に複雑になってきて、デベロッパーのマンション構造設計という時間のない中で仕事をこなすのが大変だったということと、こうすればある意味間違ってわざと計算しても、建築主事というか検査機関が発見してくれるんじゃないか、見逃せば建築、設計機関のせいになるだろうということもあったと思うんですね。ところが審査機関で発見できなかった。つまりどういうことかというと建築基準法というのは確認審査、つまり確認申請してそれを審査するということで成り立っていたわけです。その大元っていうのは建築主事制度なんですが、建築主事という公的なものが民間を審査する仕組みです。ところが構造計算が複雑になって、建築主事も対応できなくなってきたのですね。そういう(略)建築主事制度自体が崩壊しているっていうことを白日にさらしてしまったのです。ところがそのことについて、マスコミではぜんぜんそういった見方はしていない。単にだれだれが悪いっていう話で終わっていて、その主事制度っていう、建築基準法の主事制度自体が単なる飾り物にしか過ぎなかったし責任も取らず結果的に住民にその負担を押し付けている。解体費くらいは払うのかもしれませんけども。
上田:じゃあ誰が一体その建てた住宅の安全性耐震性を含めですね、保障してくれるのかということは当然疑問になりますよね。そのあたりはこうなんていうんでしょう、見えているんでしょうかね、いくらかでも。
平松:いろんな意見があって、私もある建築関係者のグループの会員になっているんですけども、その方々は構造設計者が多く、技術レベルが高くて、建築主事より自分たちにまかせろ、みたいな話があるんですけども、世の中の構造設計者全員がそういう人たちとは限らないわけです。そういった担保の仕組みというのは、国が保障すべきだろう。確認申請をおろした以上国が責任持って保障すべきだし、それは保険なんかですることじゃなくて、自分たちのミスで、間違っておろしちゃったのですから、それは自分たちのミスとして国家賠償責任があるわけですね。ところがそれをしないというのはその建築基準法自体が形骸化してしまったということを認めることになるからそれをしたくないという風に思わざるを得ない。もう一つは金融機関の責任もあります。ようするにアメリカではノンリコースローンだということで金融機関がその担保をよく調査するわけですよね。ですから間違いないということを何回もインスペクターという検査員が調査してそれでお墨付きを出しているわけで保障してノンリコースローンになったんですね。ところが今の銀行の融資がどうなっているのか分からないですけども、そういった現場のチェック体制があいまいなままで、手抜きも考えられたり設計自体もなんか怪しげだという中でノンリコースローンなんかできやしないという面がある。本当はノンリコースローンという形で担保をつけるべきだし今回の(略)姉歯の事件の問題だって金融機関のどこが融資しているのか分からないですけど、そこがある程度責任を持つべきです。
上田:今お話を聞いていたら、いったん住宅にそういうですね、大きなことが起こってしまって住めなくなるような状況が生じたときに、結局負担は全部住んでいる人に回されるのかと端的に思ってしまうわけども、よほどその仕組みをもう一度平松さんがおっしゃるような観点から見直して多少時間かかったとしても作っていかないと、非常に救われないって言いますかなんかみんな不安を持ちますよね。それで先ほど聞いたこれからそのマンションが、どんどんどんどん老朽化してきている問題が山積みになっていると。でこれから家を買おうとする人はそういう今のような事件の結果を見て非常にこう不安を覚えるということで、住むという基本的なことがとってもなんかこう日本人にとって不安を抱えてしまっているようになっているという感じで、一体どういうところから手をつけていったらいいだろうかと。
平松:まず(略)危機意識を持つことが最初ですよね。まずみなさん私の話の説得力も不足しているのでしょうけれど、危機意識をもたれないわけですよね。私もいろいろなところで お話をしているのですけども、その後お会いしたら明るくマンション買いましたっていう人もいるし、それは受け取り方によって危機をどの程度感じているのかって分からないです。まず危機を感じて問題点を理解して一方、専門家としてはそれに対してどういう風に対応していくのか。まず私たちも専門家として見えないのは、人々がどの程度意識しているのかです。我々もそういったことのアピールをまだ十分していませんけども、そういう場がまだないということです。
上田:私、科学技術のいろいろな分野で、どれぐらい理科教育が役に立っているかみたいな観点からものを結構見たりするんですけども、こと住宅はまったく教育の中に入っていないという感じがしまして、しかも大人になってからたとえば自分がこれから住むことになる家の構造なりの基本的な意味とかですね、それからどれくらい長持ちするのかっていうことをたとえば海外と比較してみてどうこうとか、そういうことを端的に学べる場が本当にないなという風に思えるんですね。なのでそこを何とか専門家とですね、消費者、市民がこう結びついてちょっとでも切り開いていく場をね、やっぱりすごく求められているだろうなって…
平松:非常に重要なお話だと思いますね。本屋に行くとマンションの選び方だとかたくさん出ているのですけども、どっちかと言うと選び方に終始していて、我々の技術屋の発想と違うんですね。営業マンが不動産の選び方について書いてみたと。あるいは、技術屋の人も営業上がりの人も今までたくさんのマンション売ったり設計していたりしたことがあるので、なかなか断定的なことは言いにくいっていう部分もあります。
上田:その辺今サステナブルマンション研究会など、専門家が何人かそろってたとえば相談に応じるような体制を作っていくとか、そういう動きみたいなものを作っていけそうなんでしょうかね。
平松:どうなんでしょうね(笑)私も「亡国マンション」を書いたのですけども、他の人とまったく違うことを書いているものですからよく分からないのですけども、ただそういう場が持てればいいなと思っています)。
上田:あの、一つの観点は、私はちょっと外国に旅行したときにですね、住んでいる家のことをその住んでいる方とお話したこともあるんですけども、やはりその100年200年持つっていうことにすごく価値を置いていらっしゃると言いますかね、ああこれまったく日本と違うなと。実は日本も本当にその戦前って言いますかね、振り返ってみれば家を長持ちさせるっていうことはそんなに(平松:ノウハウはありましたよね)ありますよね。
平松:伝統的な日本家屋はひさしを長くしてね、雨がかりのところをなるべく隠して瓦葺で雨を避け木造の部分っていうのは非常に奥にしていたとか、雨に濡れてもすぐに乾燥させるような仕組みっていうのはありますね。
上田:そういうことを考えますと、なんか一気に戦後急激に変わってしまって、私たちの意識も断絶があるって言ったらちょっと言いすぎかもしれませんけど、非常にその辺がなんか気になるんですね。で、誰がそれを誘導して誰がそういう仕組みを作ってしまったんだろうかと。
平松:一つはこの本に書いたように明治時代のことにさかのぼってしまうのですけども、明治維新の時に海外の列強に対抗するために国の体制をしっかりしなきゃいけないっていうことで、中央集権的な明治維新を実行したわけです。そのときに貨幣というものはそれぞれ地方で発行されていたのを大隈重信が統一化したのです。そのときに同時に大隈重信は地租改正をして農地の地価はいくらだよと決め、それによって年貢を金納するためにパーセンテージで逆算して地価を決めたわけです。だからそのときに土地とお金の相関関係っていうのが生まれたんですね。土地本位制みたいな芽生えがそこに生まれて、土地が高いのは収益が上がる土地だからでたくさん税金を納めなさいよということで、地価の高いところは税金も高いということになってしまって、それがずっと国としては地価が高いことは税収が上がることだっていうような一つのビジネスモデルが確立してしまったと私は思っているのです。その後戦後になって、住宅を持ち家政策として推進する時も、それと同じことが行われたんじゃないか。農地はそれで収益があがりますがそのパーセンテージはみなさん一揆を起こして反対したのです。パーセンテージが高すぎると言ってですね。ところが住宅地は収益が上がらないにもかかわらず、地価が高くなると借金してもインフレが起きるとそれで返済できるという企業にとっても個人にとってもそれはすばらしいマジックだったんですね。
上田:投機の対象ということなんですね。
平松:ええ。マジックが生まれてそこで国民はそこに乗っかったわけです。ところが何年かすると政府の住宅の持ち家政策とか、都市の全国的な開発が起きた。一つは1973年に、日本改造論という田中首相の本が出たんですけども、当時地価が急に全国的に上がったんです。それはなぜかと言うと、日本の大企業が土地を買い占めたからです。しかし景気が悪くなり地価が下落してしまいそれを返済ができなくなって1978年くらいの時に国の財政が危機に陥ってしまいどうしたかと言うと、今度は(略)企業を助けるためにもう一度地価を上げようと。いったん上がって下がったものですから、それを助けるためにまた地価を上げようとしたわけです。そのためには今度は全国じゃなくて首都圏でやろうと首都圏の都市再生を位置づけたんです。それで100兆円もの資金、を土地とか不動産を買うための、融資として準備してしまい銀行はそれをつかわなきゃいけなくなって資金を融資しますよといって、東京の不動産屋をぐるぐる回ったわけです。貸し手が現れれば、不動産屋は何でも不動産を買います。いつもは貸してくださいという立場なんですから。ですから何かいい物件ないかということで、あっという間に400%も地価が上がってしまったんです。それは日銀が用意した資金の伸びと全く同じなんです。だから日銀が融資した分だけ地価も上がったんです。都心の地価が上がったことは、売った人はその周辺に別の土地を買わなきゃいけない。税率が非常に高くなったっていうこともあって、それが全国に波及していったんです。それが基本的にバブルなんです。ところがまた1990年に破綻してしまった。不動産取引規制があって下落してしまって、それが今度は前のように簡単じゃなくて、10年間くらいかかって、今16年目くらいですけども。また少し土地が上がったっていうことで、これ同じこと繰り返しているんです。ようするに地価のインフレはわざとお金をだぶつかせて地価を上げるという政策が繰り返されているんですけども、それがみなさんわかってないんですね。ですから上がる局面の人はいいですけども、下落する局面があるということを知らないで土地買っていったいどうなるんだということです。そういう情報というは巷に流れていませんから、上がるというとみなさん買わなきゃと思うわけです。バブルっていうのは20年たつと忘れるっていう警句があるそうですけども、ちょうど20年くらいたつと忘れて、また景気対策で上がって。逆にそうしないと、景気対策して地価を上げないと日本がつぶれるみたいな構造がありますから、痛しかゆしの部分がありますけども。そういったいたちごっこを切らないと、どうしょうもないんです。一つは先ほどの話と関連するのですけども、住宅というのは国の整備する社会インフラだと考えると、それは政府の義務だということであれば、政府が主体となってやるべきだ。お金は融資して、土地を買うっていうことは別にしておいてですね、建築に対してノンリコースローンで融資すべきだ。民間は建設会社なり不動産会社なり住宅会社なり、どのようにコミットしていくべきか。プライベートファイナンシャルイニシアティヴPFIの仕組みでそれはできるのじゃないかと思うのです。リスクは公共が負って計画自体は公共が作り民間は参加する。下手すると官製談合の仕組みになりかねない微妙なところがあるのですけども、今の官製談合は罰則規定が弱すぎるとか、企画者の責任がまったくないとかいろんな側面があり、そういった面を法的に整備しながらPFIでやって、そういう住宅整備とか住宅地の再開発っていうのをやるべきじゃないかと思うんですね。
上田:そういった基本的な仕組みを国の側が作っていく方向で動いて、私たち消費者にとってはさっきおっしゃった都市の再生という観点から、たとえば街作りというところに住宅を位置づけていかなきゃならないっていうことですよね。
平松:だからこれから、消費者がどういうマンションを買ったらいいのっていう発想を捨て、これは国が整備するものだ(略)と。私たちのさらに次の発想っていうのがあるのですけども、ここに「日本21世紀ビジョン」っていう内閣府の本がありまして、なんて書いてあるかと言うと、2030年に住宅は100平米の賃貸マンションをめざすということが書いてあるんです。それで具体的なプランまで書いてあるんですね。それで分譲と賃貸の境目はなくなりますとも書いてあるのです。これはどういうことかと言うと、一種の利用権的な発想です。今の分譲マンションっていうのは、すぐになくならないにしても、これから第三のマンションっていうのがたぶん生まれてくるだろう。今何が足りないかと言うと、長期の賃貸のシステムが足りないんです。今の賃貸というのは2年更新ですから、中をリフォームしたりできないし、リフォームしたら引っ越す時は元に戻さなきゃいけない問題があるから、短期で住むっていうことを前提にしているっていっても過言じゃないんです。分譲にいろいろな問題点があるから賃貸にしようって言ったときに、長期の賃貸の仕組みというのがないんです。定期借家権という制度が生まれましたけども、それは必ずしも長期住める居住の仕組みの端緒を作っただけで、現実的にはそれほど機能していませんけどもそれを発展させて、100年利用権システムを作るべきだ。どういうことかと言うと、100年間建物をもたせるっていうことを最初から設計しておいて、100年たった時に解約といいますか、それ以上もてば別ですけども、基本的には権利がなくなる形で100年間住むための資金を入居者に提供してもらう。それは中のインフィルの資金を保証金の形で提供してもらうということで、地主とか事業者はスケルトンだけを建てる。地主は半分の出資ですむわけですから、スケルトンとインフィルの工事費の比率が半分ずつだとするとインフィルの費用は入居者からもらいまた退去する時に返すということにすると、家賃は半額になり利用権の仕組みで済んでしまうんですね。
上田:そういう試みをやってみようという志といいますか、持っていらっしゃる方は結構いますか。
平松:それは本に書いただけなのでこれからだと思いますけども。本当は地主としては一番気になるのは100年間使えないんじゃないかみたいなこととか、途中で売れるのかとかですね、いろんな話があると思うんですけども、それはもう一方的に先ほど言ったように、都市はこういうものだということで決めてしまえば、非常に乱暴な話で異論はあるかと思うんですけどもそのように決めてしまって、都市再開発の局面でそれを利用して国がその資金を融資しますよと。それでこういう設計にしてくださいとすれば、事業主はリスクをとらなくて済むんです。もちろんどんなところでもいいっていうわけじゃなくて、場所的にいいところでないとそれは成り立たない仕組みですけども。ただ今、都心で木造住宅が密集した地域がありますよね。今度地震で多くの方が亡くなるだろうと想定されている地域はそういった仕組みで、地主たちが集まってファンドみたいの作るか組合化して、さらに建設組合を作ってそこに住みたい人を募集する。それをノンリコースローンでやって国なり金融機関が保障するというのが一番いいのではないかと本に書きました。
上田:今おっしゃった大きな地震が来たら被害を受けるかもしれない地域の人たちっていうのは、今のお話を聞いたらかなり共感するんじゃないかなと私思いますけれども。一方でたとえば地震対策っていう面では、当然家は大きな要素のはずなんですけども、テレビに出てきて解説する人たちは地震学者だったり、それだけしかしないってみたいなことがありますよね。再三都市の防災機能っていうことで、長期計画的に対応しなきゃいけないっていうことを前々から指摘されているにもかかわらず、たとえば個人宅を見ても地震対策をしている家は本当に少ないっていうことがありますよね。でもやっぱり心の底では不安を持っていて、ですからそれを家をきちんとすることでしのげるんだっていうことで、今おっしゃったようなプランで地域に働きかけていくっていうことをすれば動きそうな感じがしますけども。
平松:そうなればいいですね。
上田:そうですね。今度連続講座の方でまずお話いただいて、その後シンポジウムの方で全然違う分野の方と一緒に、今言った法律面も含めて生活者が主体となっていい暮らしとかいい環境を作っていけるのかっていう話に持って行きたいと思っているわけですけども、今日は非常に有意義なお話をありがとうございました。私まったく建築関係は素人なんですけども、もしそういう研究会に同席させていただくことができるならば、少し具体的につっこんだお話も聞いてみたい気もしますし、声をかけていただけたらと思います。■

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です