第1回子ども料理科学教室 「鼻ってすごいね!」他

投稿者: | 2005年12月4日

食の総合科学研究会
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 食の総合科学プロジェクトでは、JST助成研究の一つとして「子ども料理科学実験教室」に取り組んでいます。10月3日には、『日経Kids+』 1月号(11月18日発売、日経ホーム出版発行)の「遊んで学ぶ親子の科学~台所でできる科学実験~」コーナーの企画として、池袋の撮影スタジオにおいて、雑誌掲載のための撮影をしながら実験を行いました。『日経Kids+』は、4歳から9歳の子どもの保護者を対象にした新しい雑誌で、特に「休日を子どもと楽しむ」をテーマとし、父親も主役になるよう親子で楽しめる学びと遊びを提案しています。同誌の主旨に合致するとのことで、取材を兼ねて実際に子供たちに参加してもらって行った実験の内容を、今回ご報告します。
実験1 鼻ってすごいね。においってすごいね。
 鼻をつまんだときとつまんでいない時、つまり匂いを感じられる時と、感じられない時では、味がどのように変化するのか。においが味覚に及ぼす影響を探る。
■道具■ 
アイマスク、スプーン数本
◆材料◆
 塩、砂糖、酢、醤油、味噌、胡麻油、梅干し、カレー粉 (カレールウ)、ジュース
□実験方法□ 
 視覚情報をなくすため、子供にアイマスク(目隠し)をし、食材自体をはじめから見せない。さらに、お父さんに子供の鼻をつまんでもらい、それぞれの食材を子供の舌の上に乗せる。食材を味わい、鼻をつまんでいる時と鼻から手を離した後では、どんな風に味が変わるか感じ、また、食べた食材をあてる。
実験のポイントと解説
 風邪を引いて鼻が詰まったとき、いつもよりも御飯がおいしく感じなかったり、濃い味付けになってしまったりすることがあります。人は視覚によって外部情報の90%を得ると言われています。次に重要な感覚は聴覚。嗅覚はわずかでしかありません。しかし、「味」に関して嗅覚は私たちが思う以上に大きな役割があるのです。
 鼻をつまんで、口に含んだ食品が何かわからないという声が多かった今回の実験結果から、味覚だけでは食べ物の味が判断しにくいということがわかりました。
 食べ物の味は、味覚細胞で感じられるもののほかに、嗅覚によって感じられる感覚とあわせて、成り立っているということになり、つまり匂いがなかったら味としても完全ではないと言えるでしょう。
 食事の目的は、生きていくのに必要な栄養素とエネルギーを補給することと、食べておいしさを味わうことにあります。しかし、すべての食事が安全に食べられるものであるとは限りません。ですから人は、食品が安全であるかを口に含む前に判断しなくては、生命を脅かすことになります。たとえばゴミの臭いや腐敗臭に対して、食べたら健康を阻害しうると考え、それは食べられないと判断し、口に含もうとは思わないでしょう。嗅覚は嗜好だけではなく食品そのものが食べられるものであるか、食べられないものであるかを見分けるということにも重要な役割を持って生命維持にかかわっているとも言えます。
実験2 野菜絞り、卵絞り
A 浸透圧の実験として、キャベツやナスに塩、砂糖を加えてもむとどうなるか。また、塩と砂糖ではどのような違いがあるのか。ナスから出る水分は、加えるものにより色の違いがあるか。
■道具■
ボール、はかり、透明のコップ、計量に使う皿
◆材料◆
赤キャベツ100g×3、ナス100g×3、塩小さじ1×2、砂糖小さじ1×2
□実験方法□
①3つのボールにそれぞれ下記のものを用意する。
1…刻んだキャベツ+塩 小さじ1 計100g
2…刻んだキャベツ+砂糖 小さじ1 計100g
3…刻んだキャベツのみ 100g
②それぞれのキャベツを約2分間もむ。(比較できるよう、時間やもみ方を統一させる)
③キャベツから出た水分を手で絞り、透明のコップに移す。出てきた水分量を比較する
④残ったキャベツの重さを比較する。
★ナスでも同じ実験をする。ナスは砂糖と塩での水分の出方、水の色の違いについて観察。
B 浸透圧の現象をよりわかりやすくするため、卵の黄身を1つの細胞に見立てて、実験を行う。卵の黄身を塩水、醤油、水につけると、それぞれ黄身の様子はどのように変化するか観察する。
■道具■
透明のコップ、方眼紙、はかり
◆材料◆
卵4個、塩水100cc(約20%)、しょうゆ100cc、水100cc
□実験方法□
①4つの透明のコップに卵黄を入れ、それぞれの大きさ(コップの下に方眼紙を敷く)、重さをはかる。卵黄をそっと触り、感触を確かめる。
②4つのコップにそれぞれ下記のものを加える。
1…塩水 100cc
2…水 100cc
3…醤油 100cc
4…何も加えない。
③1~2日置き、卵黄の変化を観察する。再度卵黄の大きさ、重さを測り、卵黄を触って感触の変化をみる。
実験のポイントと解説
 卵黄を包んでいる卵黄膜は半透膜で、卵黄と卵白を分ける役割を果たしています。半透膜とは、溶媒は自由に通すが溶質は全く通さないような膜のことを指します。半透膜だと溶質は拡散によって平均化されないため、逆に濃度の高い溶液は溶媒を吸い込んで溶質の濃度を一様にしようとします。溶媒が移動するように働く圧力のことを浸透圧と言います。
 卵絞りで使われた卵の卵黄膜内には、多くの物質を溶解し、ある浸透圧を持った水溶液が包含され、外部に濃厚な食塩水が生じると、細胞膜を隔てて浸透圧の異なる2つの液が存在することになります。卵黄膜内の浸透圧は食塩水の浸透圧より低いので、卵黄膜内の水は細胞膜を通って外部に吸い出され、食塩水を希釈します。この作用は卵黄と食塩水の浸透圧の差がなくなるまで続きます。こうした水の移動により、卵黄の容積は縮小し、さらに時間の経過で卵黄膜の収縮はある限度に達し、細胞は死んでしまいます。こうなると膜の半透性が失われ、種々の物質に対する障壁とならなくなり、細胞内に調味物質の自由な浸透が起こって調理される一方、細胞の内容物も漏れ出すようになります。
 水の場合は、卵黄膜内の濃度のほうが濃く、卵黄膜の外に存在する水を浸透圧の差がなくなるまで吸い込もうとします。卵黄膜の中に水が吸い込まれるので卵黄は水に入れる前よりも大きく膨れます。 
 野菜の細胞の場合、卵黄膜と同じ半透膜になっているのが細胞膜です。野菜を塩もみすると野菜から水分が抜けてしおれたように柔らかくなりますが、これも浸透圧の差によって野菜の細胞内の水分が吸い出されたからです。しかし、同量のキャベツとナスを同量の塩で塩もみすると、吸い出される水の量に違いが現れます。それはキャベツとナスの細胞膜内の溶液の浸透圧が、キャベツ:8.53atm、ナス:7.23atmであり、キャベツのほうが高いため、塩もみをしたとき細胞外と細胞内の浸透圧の差がなくなるまでの水分の流出量が少なくてすむからです。
 浸透現象は糖類、アルコール類などでも見られ、砂糖でキャベツやナスを揉むと水分が出すことができます。ただし、浸透圧を同じ濃度の水溶液で比較すると、塩は高い浸透圧をもち、食塩と同じ浸透圧にしたい場合、砂糖では10倍以上の濃度が必要となります。
実験3 ”自家製ガム”?
 数種類の粉に水を加え、こねたり伸ばしたりして、性質の違いを観察する。
 こねた生地を、水の中でもみ洗いし、グルテンとでんぷんを分ける。どの粉にグルテンが含まれているのか、また、分けられたでんぷんやグルテンのヨウ素でんぷん反応を観察する。
■道具■
ボール、うがい薬(ヨウ素液)、大きな鍋、透明のコップ、白い皿
◆材料◆
小麦粉(強力)、上新粉、片栗粉、そば粉、きな粉 ……各々200g、塩小さじ1/2×4
□実験方法□
①5種類の粉と塩をそれぞれボールに入れ、コップ1/2杯強の水を少しずつ加え生地をまとめる。*水は生地の様子を見ながら少しずつ加え、足りない場合はそれぞれで追加する。
②生地をこね、生地のまとまり具合、感触、伸ばした時の切れ具合などを観察する。
実験のポイントと解説
 小麦粉(強力)、上新粉、片栗粉、そば粉、きな粉に水を加え、こねたり伸ばしたりして違いを観察すると、同じ水の量を加えても、手で丸められる程度の硬さ、手からさらりと流れ落ちる程度の硬さ、まだ粉の状態で変化があまり見られないものとに分かれました。さらに水洗いすると、小麦粉以外の粉は何も手に残りませんでした。また、ヨウ素でんぷん反応を利用してヨード液をたらすと、それぞれにでんぷんが含まれているため、反応を示しました。しかし、もみ洗いして取り出したゴム状の物質は反応をしませんでした。これはでんぷん以外のもので形成されていることが伺えます。
 小麦粉の成分はでんぷん80%、水分10%、蛋白質10%です。水を加えてこねることで、小麦蛋白であるグリアジン、グルテニンが水を仲立ちとして引き合い、結合してグルテンが形成されます。グルテンは絡まりあって膜となり、さらにでんぷん粒や遊離水を取り込んで網目をつくります。手でまとめられる硬さに調整された小麦粉をさらに水で洗うと、水溶性、でんぷん、グルテンに分けることが出来ます。手に残るゴム状の物質はこのグルテンです。グルテンの特性は粘弾性、伸展性、可塑性であり、それぞれの特性を生かし、ケーキやパイ、パン、麺が作りやすくなっています。
 その他の粉にはつなぎ成分となるグルテンを形成するたんぱく質がないため、まとまることが出来ません。水を加えこねたときにそば粉も団子状になったのは、グロブリン、アルブミンというたんぱく質があるためですが、グルテンほどのつなぎ効果はなく、水洗いをすると手元に何も残らないのです。
 小麦粉以外では、上新粉はでんぷん80~70%、蛋白質6~7%、蛋白質の大部分はオリゼニン。片栗粉はでんぷん80%、蛋白質0.1%、蛋白質の大部分はツベリン。そば粉はでんぷんが70%、蛋白質10%で蛋白質の大部分はグロブリン。大豆(きな粉)はでんぷん30%、蛋白質30%、蛋白質はグリニシン、ファゼオリン、レグメリン、プロテオース。いずれも蛋白質は含んでも小麦粉のように粘性を帯びるような特性はなく、グルテンを含まないため、水を加えてこねても粘弾性、伸展性、可塑性を得ることが出来ません。
 小麦粉がうどんなどのめん類やパンなど多種類の製品に加工しやすいのは、弾力と粘り気のあるグルテンが存在するからですが、でんぷんは水を加えて加熱すると粒子が膨張して皮膜が破れ、内容物が溶け出て糊化し、粘性を生じます。この特性を生かしてでんぷん麺(春雨など)や蕎麦、団子など加工がされます。
③それぞれの生地を半分にし、一方は水をはったボールの中でもみ洗いをする。手の中に何か残ったら、ボールの水を替え、またもみ洗いをする。*小麦粉だけに残ったガム状のもの(グルテン)は、ボールの水が白濁しなくなるまでもみ洗いする。
④一回目の濁った水をそれぞれ透明のコップにとり、とった水と取り出したグルテンのヨウ素反応を観察する。
⑤とっておいた生地の半分を好きな形にして、茹でてみる。
※団子はできあがるのか。出来上がった団子やグルテンも茹でて、試食。
【補足実験】
 じゃがいもをおろし金ですりおろし、ガーゼで包み、水をはったボールの中でもみ洗いする。しばらくして、上澄みの水を捨てる。残った白い沈殿物がでんぷん。ヨウ素反応を観察する。実験で使った市販の片栗粉と同じものであることを伝える。
実験を終えて
 8月下旬、「日経KIDS+」の企画を頂き、”お父さんと子どもが自宅で手軽に出来る科学実験”という切り口で食育のアイデアをつくることとなった。いつも忙しくてなかなか子どもと居られない父親が、「お父さんってすごーい!」と子どもから言ってもらえるような素敵なアイデアをつくろうと思った。そこで私たちがまず行ったことは、既存のテーマの再検証である。それらを別の切り口で、よりおもしろい企画にできないかと考えることとなった。そして記念すべき子ども料理科学実験教室の3つのアイデアが生まれた。
 ”自家製ガム?”は、今回の3つの中で一番早くから上がっていたアイデアだ。粘土をこねるような粉遊びは、子どもも喜ぶに違いないとの思いがあった。さらにプログラムを練り上げるうち、大人から見ても珍しい小麦粉のグルテン(これが自家製ガム)を取り出すアイデアや、子どもの注意を引きつけやすいヨウ素反応の見せ場がプラスされた。結果的にこの実験で一番盛り上がったのは、おまけとして考えていた最後の団子を食べる場面だった。なにしろ、きな粉100% で団子をつくり茹でて食べるなんて、なかなか出来ない経験だ。きな粉は団子にしようとするとボロボロになってまとまらないし、茹でた瞬間にお湯に溶けてしまう。大人から見るとナンセンスな実験だ。しかし子ども達はその過程を興味深く見ていた。そのような反応を見て、大人が絶対にやらないことをあえてやってみることは、子どもが本当の意味で物事を理解するためには大変重要なことだと思った。
 他の2つの実験は、話し合いの最終日に出てきたアイデアである。意見がなかなかまとまらず、煮詰まった雰囲気の中でぽろっと出てきたこの2つの案は、今までの意見にない新鮮さがあった。実はこれら2つの実験が単純明快であったことが、今回の成功に繋がったと思う。子ども達の反応は上々で、こちらが思っていた以上に熱心に取り組んでくれた。卵を割って黄身を出す時の表情は人が変わってしまったように真剣そのものだったし、野菜の塩もみでは、子ども達のあいだで競争が始まり、力強く揉みすぎて危うく野菜を握りつぶしそうになる場面もあった。メディアが取り上げる子どものイメージで頭が肥大ぎみだった私は、昔と変わらない素朴な子ども達を見て微笑ましく思った。
 子ども達を交えての予備実験の後に撮影となった。撮影当日、私はほとんど裏方に徹していたので、実際の撮影風景は、あまり良く憶えていない。今回の企画で一番心に残ったのは、その裏のことである…。
「これ、おいしいんだよ。食べる?」
 ある子が私にすすめてくれた。子ども達がすごい勢いで持ち寄りの駄菓子にかぶりついている。細かく設けられた休憩の度に、そんな状況が繰り返される。しかも、いつまでたってもその勢いは衰えることを知らない。いったいこんな小さい体のどこにそれが入っていくのか不思議なほどだ。唖然として暫くそれを眺めているうちに、だんだんと、この場がちゃちな作り物のように思えてきた。子ども達を目の当たりにして感じることは様々だと思うが、私自身は配慮が足りなかったと思っている。というのは、裏方での食が少しぞんざいに扱われていると感じたからだ。「裏はともかく、表を格好良く仕上げますからね!」そういう大人の事情で企画全体が進められている気がした。子どもは一時的には駄菓子を食べて喜んでいるが、大人のいい加減な対応は、子どもの心のどこか片隅にインプットされてしまったのではないだろうか。
 駄菓子を食べまくっている子どもを見て何とも思わない大人はあまりいないと思う。私もそのうちの一人だ。それは、添加物が子どもの心身に与える影響が心配だからというのはもちろんだが、それに加えて、駄菓子が物としてあまりにもお手軽だからだ。私も子どもの頃、色とりどりに包装された強烈な味の駄菓子に引きつけられていた。しかし、大人になった今、当時のおやつといって私が一番に思い出すのは草団子や蒸したさつまいもである。それは、それらが母の記憶とともにあるからだと思う。食事とは、作ってくれた人の気持ちといっしょにいただくものだ。人との繋がりの中に食があることは、とても素晴らしいことだと思う。
 実験そのものは初回としては成功だったと思うが、今後この”裏”の面も含めたトータルな意味での企画を考えるべきだと思う。そして、人のあたたかみを感じる食育をしていけたらと思う。

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