ナノ粒子の安全性について

投稿者: | 2005年2月5日

白石 靖
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1. ナノ粒子応用製品の広がり
 昨今、ナノスケールの材料加工を対象にしたナノテクノロジーが注目を浴び、21世紀を担う、夢を現実に結びつける新技術として、各国での研究開発競争が過熱している。ナノテクは非常に広範囲の分野に広がっているが、その核となり発展を担う技術がナノ粒子技術である。ここでは、主としてナノ粒子(大きさ1~100nm程度の超微粒子)について述べるが、ナノ粒子は必ずしも最近作られた新物質というわけではなく、例えば燃焼などの自然および人為発生源からも多量に発生する。一般に環境中には、大きさ100nm前後の大気エアロゾルが1cm3あたり数千個から数万個も浮遊している。また、近年ディーゼル排気粒子(DEP)も大きな問題になっており、PM2.5(2.5μm以下の微粒子)を中心に健康影響が研究されているが、DEPにはPM0.1(0.1μm以下のナノ粒子)も多数含まれており、影響が懸念される。
 一方、ナノ粒子開発競争の活発化により、日常生活の分野にもその応用製品が登場している。今まで不可能だったナノ粒子の制御が可能になったことで、衣料や化粧品の分野に応用され、その機能が飛躍的に向上している。例えば、酸化チタンや酸化亜鉛などの超微粒子が日焼け止めクリームなどに応用され、透明で紫外線カット効果が高く、水や汗に強い製品が発売されている。また、撥水性・耐久性・防しわの機能を高め、消臭効果も加えたスーツ・ワイシャツ・ネクタイなどの衣料や傘といった日用品も人気商品になっている。他にも、顔のたるみを光学的に補正し「10歳若返るファンデーション」、超微粒子シリカを用いた花粉症対策スプレー、水アカの付着を防ぐ便器、フラーレン添加素材による飛距離の伸びるゴルフクラブや正確にカーブするボウリング球などがあり、気付かないうちに身の回りにナノ粒子応用製品が入り込んでいるようである。
2.ナノ材料の環境や健康への影響をめぐる最近の動き
 ナノ粒子応用製品の広がりに伴い、孤立したナノ粒子に関する健康や環境、安全への関心が急速に高まってきた。ここ半年間における目に付いた動きを列挙してみる。米国では、国立労働安全衛生研究所(NIOSH)が、ナノテクを扱う企業と研究機関がその労働者を保護するための指針を1年以内に発行する考えであることを、昨年7月に明らかにしている。また米国環境保護庁(EPA)は、環境保護政策立案に必要な科学的知見を得ることを目的として、ナノ粒子の健康への影響および環境中での挙動に関する12の研究テーマに対して、3年間で400万ドルの資金助成を昨年から始めた。
 英国では、衛生安全局(HSE)が昨年11月にナノ粒子に関するレビューリポート「RR274」をまとめている。このリポートでは、製造現場における暴露源、暴露経路、暴露レベル、管理手法などに関してレビューと考察が行われている。また、英国保健安全性研究所(HSL)の主催、NIOSH、HSEの共催による「第1回ナノ物質の労働衛生影響に関する国際シンポジウム」が英国で10月12~14日に開催され、作業現場での暴露、保護具等について話し合われた。
 日本では、国立環境研究所において2003年にナノ粒子の健康への影響に関する研究がスタートしており、「ナノ粒子健康影響実験棟」が今年3月に完成する。また、ナノ粒子の安全性、評価手法、暴露形態、管理手法、排出防止技術などを網羅したNEDO成果報告書「ナノ材料の安全性に関する調査研究(国内編:川鉄テクノリサーチ、国外編:古河テクノリサーチ)」が昨年6月に発行された。ここで挙げた報告書等の内容については別の機会に紹介したい。
3.ナノ粒子の健康への影響
 これ以降は、本プロジェクトで翻訳中の、英国王立協会と王立工学アカデミーの報告書(”Nanoscience and nanotechnologies: opportunities and uncertainties”, July 2004)におけるナノ粒子の安全性に関する部分について紹介しつつ述べていく。この報告書は、ナノ粒子の毒性学や疫学および大気、水、土壌中での挙動に関する知見が不十分であり不確実性が大きいことを前提に、予防原則の観点からの提言を行っている。具体的な安全性の研究内容については別の機会に譲ることにし、ここではその提言内容の概略を示していきたい。
 ナノ粒子の特徴の一つは、そのサイズのため人体の最深部(肺胞のう、脳など)にまで達する可能性があり、おそらく細胞への侵入も容易であろうと推定されることである。またその毒性は、同じ化学物質であっても、より大きなサイズの粒子の毒性からは推測できない。微細化によって比表面積が大きくなり、粒子の表面にある、相互の結合力が弱く反応しやすい原子の割合が増加するために、粒子の活性度が高くなる。それにより、他の物質との化学反応性や触媒作用が高まり、その表面でのフリーラジカル1の生成や金属・炭化水素などとの結合も容易になる。このような特異な性質が、ナノ粒子の毒性の推測を困難にしている。また、空気中に浮遊しやすいなど、環境中においても大きなサイズの粒子とは
異なった挙動を取ると推定される。
 アスベストのような繊維の場合、その毒性は、直径が小さく肺の奥深くに吸引されやすいか、またマクロファージ2によって除去されにくい長さか、体液に溶解しにくいか、酸化による損傷を起こしやすい表面か、などの特性に依存している。しかし、作業現場では、長年にわたって多量の繊維を吸引する可能性があり、どのような新規の繊維でも、似たような性質をもつならばアスベストと同様な問題が生じると予想される。カーボンおよび他のナノチューブは、繊維の形では容易に大気中に放出されることはないと推定されるが、物理的特性から考えればアスベストと同様な毒性の可能性はある。
 現在、ナノ粒子やナノチューブに暴露する可能性が最も大きいのは、それらを扱う研究機関や製造現場であろう。例えば、化粧品や日焼け止めに使われているナノ粒子は、その化学物質そのものは特に有害ではないが、そのような粒子が皮膚から浸透することによる有毒性に関するデータは十分ではない。特に、それらを扱う作業者が日焼けや湿疹などにより皮膚に損傷を受けていた場合の有毒性については全くわかっていない。新規の合成ナノ粒子が多量に人の体内に入って大気汚染のような悪影響を生じさせることはほとんどないと思われるが、それでもやはり、研究機関および製造現場においては、暴露による潜在的リスクを減らすための予防処置を取ることが重要である。
4.ナノ粒子の環境への影響
 ナノ粒子が医薬品や化粧品などに用いられた場合、ナノ粒子がそのまま外へ排出されたり洗い落とされたりすることにより、例えば下水を通して環境中へ拡散する可能性がある。また近い将来、環境中での高濃度の暴露源となる可能性が最も高いのは、土壌浄化などへのナノ粒子の応用であろう。化学物質や重金属による水系や土壌の汚染に対して、その浄化にナノテクが貢献する可能性は大きい。しかし、そのようなナノ粒子の環境毒性、つまり反応性の高い表面を持つナノ粒子が植物、動物および微生物にどのような影響を与えるのかに関しては、ほとんどわかっていない。
 ナノ粒子がマクロファージの運動性や食細胞性を阻害する可能性があることから考えて、自然環境中に排出された合成ナノ粒子が土壌中や水中の微生物に取り込まれ、その生体機能に影響を与える可能性は十分に考えられる。また、水中のナノ粒子や植物に付着したナノ粒子を他の生物が摂取することもありうる。そうなると、ナノ粒子は食物連鎖に入り込み、人も含めて上位にいる生物に蓄積する可能性が出てくる。そのような場合、人の健康や生態系にダメージを与えるかどうかは、ナノ粒子の難分解性、生体蓄積性、毒性、さらには環境中で凝集したり他の物質へ吸着するかどうかにも依存するが、排出源から空間的、時間的に離れた場所において健康や環境への意図せざる結果がもたらされる可能性がある。合成ナノ粒子の環境中での挙動や生態系への影響がはっきりするまでは、それらの環境中への排出をできる限り避けるべきである。
5.まとめ
 今後、用途に応じて様々な性質のナノ粒子が開発され、生産されるであろう。研究開発が進めば、反応性が高く細胞を通過し、血液で運ばれたり生体組織を傷つけたりするような、低毒性ナノ粒子とは実質的には異なる新規のナノ粒子の生産も行われるかもしれない。ナノテクが発展し、ナノ素材が生活環境や自然環境中に普通に存在するようになった場合、健康、安全、環境への影響に関する研究および法規制も、その発展に歩調を合わせることが重要である。
 最後に、この報告書の安全性に関連する提言をまとめておく(番号は全21の提言における通し番号である)。
【提言3】学際リサーチセンターを設立し、合成ナノ粒子およびナノチューブの毒性、疫学、残留性、生体蓄積性、暴露経路、モニタリング手法や機器の研究、欧州および世界からの情報収集、さらにはデータベースの維持管理を行うべきである。また、その機関は規制当局とも連携すべきである。
【提言4】合成ナノ粒子とナノチューブの環境影響がより詳しくわかるまでは、それらの環境中への排出をできる限り避けるべきである。
【提言5】合成ナノ粒子とナノチューブの主な排出源である製造工場や研究機関は、それらを有害なものと仮定して取り扱い、廃棄物中への混入を減らすかゼロにすべきである。また、基板などに固定されていない孤立した合成ナノ粒子を土壌浄化のように環境中で使用することは、潜在的な利益が潜在的なリスクよりも大きいことが確認されるまでは禁止すべきである。
【提言6】ナノ粒子やナノチューブを含む製品や素材の開発や設計プロセスにおいて、産業界は、それらの成分の排出リスクを製品のライフサイクルを通して評価すべきであり、関係規制当局がその情報を入手できるようにすべきである。
【提言7】安全顧問委員会は、ナノ粒子のように確かなデータがない新規原料の毒性について検討する場合、すべての関連する安全性評価データおよびそれらの取得方法を公開するように要求すべきである。
1 原子や分子において、通常、電子は一つの軌道に2個づつ対をなして収容されるが、一つの軌道に電子が一個しか存在しない場合がある。このような「不対電子」を持つために、他の分子から電子を奪い取る力が強く、不安定な原子や分子をフリーラジカルという。遊離活性基とも呼ばれ、その代表は活性酸素である。
2 人の体に侵入してくる細菌やウイルス、塵などの異物やリンパ球の死骸などを食べて排除する細胞。大食細胞とも呼ばれ、ほぼ全身に分布する。特に、異物が侵入しやすい肺には多数のマクロファージが存在し、肺を傷害から守っている。
(どよう便り 84号 2005年2月)

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