書評 白井千晶・著 『不妊を語る 19人のライフヒストリー』

投稿者: | 2012年6月11日

書評
『不妊を語る 19人のライフヒストリー』(白井千晶・著/海鳴社/2012年3月)
【評者】本島玲子 (株式会社メディカルトリビューン CNS today 編集部)
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本書の構成・特徴
本書は、聞き手(インタビュアー)である著者と、語り手(インタビュイー)である「不妊当事者」(不妊を経験した人、不妊の人)の相互作用によって紡ぎだされた19人の「ライフストーリー」で構成されている。インタビューといっても、報道や患者の体験談等とは異なり、社会学分野の基礎を踏まえた面談調査である。2003年、2004年、2010年に著者が実施した郵送調査の対象の中から、協力の意志を示した当事者(女性)に複数時点での調査を行い、同じ人の不妊に関する意識の変化を追っている。個々のストーリーは、①語り手のプロフィールとインタビュー時までの郵送調査での記述、②インタビュー内容、③著者による考察、を基本構成としている。
ライフヒストリーとナラティブ
不妊治療や生殖医療に関する情報が断片的に飛び交う現代だからこそ、当事者の「ライフストーリー」としての語りを聞き、広く読んでもらう機会を設けることが本書を企画した意図という。読者が不妊に悩む女性であれば、自分の経験と似たストーリーに共感を覚えるだろうし、そのパートナーである男性であれば、女性側がどのような内面の葛藤を抱えているかを知って驚くのではないだろうか。また、本書では著者が各ストーリーに対する考察を述べているので、読者(当事者)が自分の現状に対して抱いている認識とは異なる視点を得るきっかけになるかもしれない。
医学の分野では近年、科学的根拠に基づく医療(evidence-based medicine;EBM)の陰で見過ごされがちであった患者の語り「ナラティブ」の重要性が再認識されつつある。その代表が、英国で2001年に個人的なプロジェクトとして開始されたDIPEx(Database of patients’ experiences)である。オックスフォード大学の研究者やNational Health Serviceのサポートを得て、現在では2つのデータベースに結実し、さらに発展をめざしている。この流れを汲むディペックスジャパンも、面談調査には社会学の基礎をもつ担当者が当たっていると聞く。
著者は、病院に行って検査・診察・治療を受ける「不妊患者」と「不妊当事者」を明らかに区別しており、ライフストーリーも患者の語りとは異なるが、本書の意義を考えるときにまず思い浮かんだのはDIPExである。社会学の基礎をもったインタビュアーが聞き、整理することで、個人が語る自らの経験や人生が他者のために活きてくることが期待される。
女性にとっての出産
著者によれば、当事者は不妊を「人生上の経験」ととらえている。医学的な不妊治療の結果、子供を得たとしても「自分は不妊」だと感じている例もあれば、出産に至らなくても「不妊」から卒業して別の人生を歩み出した例もある。これまでわが国の女性は結婚によって、妻、嫁という役割を得、出産して母としての役割を担うことを期待されるのが一般的であった。本書を読むと、何らかの理由や原因で本人が「不妊」のステージにのぼった場合、女性としてのアイデンティティや、ときには人間としての価値まで深く思いつめる人が少なくないようだ。本来、もうひとりの当事者であるはずの夫との認識の違いに悩み、親世代や周囲の人たちに使えるか否かまた悩む。それは”一般的な”ライフコースを疑問なく経過した者には想像しがたく、ときには不妊治療を担当する医療者にまで、価値観の押しつけなどの形で当事者が傷つけられる状況が生じる。その一方で、当事者が自らの価値観に縛られて、日常生活のほとんどを「不妊」との対峙に費やす例もある。社会や施策としてどう対応していけばよいのか、非常に解決が難しい問題である気がした。
※以上の書評は、本島個人としてお引き受けし、意見を述べたものであることを申し添えます。

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