「私のみたスウェーデン」 参加者の感想

投稿者: | 1997年12月26日

「私のみたスウェーデン」 参加者の感想

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(1)福田 悦子
家庭と地域と学校を結ぶトライアングルゾーンでのライフスタイルを確立している渡井氏が、ゾーン外の新宿に足を踏み入れ、土曜講座に参加して……。 2時間にわたるスウェーデンの話の中で、「政治スキャンダルはなく、クリーンな政局を展開している」という言葉に「福祉国家・スウェーデン」の成立する一因を見たような気がします。人とお金がきれいに動き使われているからこその福祉の世界。国民が政治を信じて暮らしていける―などとは日本に生まれ育った者には考えもつかないことではないでしょうか。それゆえ、自分の家庭経済の安定化が何より、という保身が蔓延し、貯蓄大国となった日本―となると日本人の利己的な国民性の問題でもある……と次々に病巣が露見してくるわけです。
「家庭」といえば講座終了後のひとときで、独身某氏が職場での飲み会を断る理由の一つに、「家庭がありますから」を常套句にしているとのこと。 この名ゼリフ、言い得て妙のおかし味と心に滲みる深い感動がありました。

(2) これからは「居住福祉」の時代
薮 玲子

今回のスウェーデンの報告で、特に印象に残ったのは、北欧の高齢者ホームの充実ぶりでした。ビデオで見た北欧の高齢者の暮らしは実に優雅で、参加者から思わずため息がもれたほどでした。ゆったりとした部屋には、愛用の家具や調度品が持ち込まれ、壁紙やカーテンは好みのものが選べます。インテリアのセンスの良さは驚くばかりです。老人達はおしゃれで、背筋がピンと伸び、かくしゃくとしています。「高齢者福祉」などという言葉が不似合いなほど生き生きとした生活者としての暮らしぶりです。そこには、「長年、社会の中で働き貢献してきた人が、豊かで人間的な晩年を過ごすのは当然のこと。だれでも年はとるのだから・・・」とでも言うような、ごく自然な社会の在り方が感じられました。

北欧では「福祉は住居に始まり、住居に終わる」と言われ、居住環境の充実が福祉の基本と考えられています。市民の住居に対する意識は日本に比べてはるかに高く、人間らしい生活を営む為には快適な住まいが必要であるという「人権としての住居」の認識が根付いています。その視点に基づいた豊かな居住環境作りが、おのずと福祉に結び付いているのです。
一方、日本では生活の基本となる衣食住の「衣」と「食」の豊かさに比べ、「住」に対する意識が低く、住宅環境は貧困です。これが高齢者の生活不安をもたらす一因となっています。部屋が狭い。日当たりが悪い。不衛生である。プライバシーが保てない。騒音や大気汚染がひどい。こうした劣悪な居住環境によって、心身の健康がむしばまれる高齢者は少なくありません。又、在宅介護が叫ばれるなか、介護する場である住宅条件が整わなければ、介護は困難を極め、悲劇を生みます。そして、日本の高齢者ホームのまるで病院のように味気ない雑居部屋での生活は、人間らしい感性を鈍らせ、寝たきり老人を作る原因となります。

住宅条件さえ良ければ、高齢者はより健康で自立した生活ができるし、介護ももっと楽になる。良い住居なくして福祉は成り立たないのです。書籍紹介の欄で上げた「居住福祉」(居住環境そのものが福祉の機能をもつ)という考え方こそ、今の日本には必要なのだと思います。
欧米の居住環境の豊かさも、もとからあったものでも、自然に備わったものでもなく、近代に入っての居住権運動によってもたらされた成果なのだそうです。土地の値段の高い日本では、欧米のような広く豪華な住宅を一般庶民が手に入れることは夢物語でしょうが、昨今では借地権付きの比較的安価な住宅が売り出されて注目を集めています。また、地域を上げて「住みよい街づくり」に取り組んでいるところもあります。高齢者が生き生きと安心して生活できる居住環境を作ってゆくことが、これからの日本の大きな課題だと思います。

 

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