出生前診断:イギリスからのレポート第1回 出生前診断の問題点

投稿者: | 2004年3月30日

出生前診断:イギリスからのレポート第1回 出生前診断の問題点
渡部麻衣子(W a r w i c k 大学社会学部博士課程3 年)
doyou80_watanabe.pdf
 3ヶ月前には、英国におけるダウン症を対象とした出生前診断技術の普及の経緯についてレポートしました。この号では、先月、英国政府の諮問機関であるHumanGenetic Commission(HGC)より公開された、一つのコンサルテーション・ペーパーを基に、出生前診断の問題点を、もう一度確認したいと思います。
 本題に入る前に、まず指摘しておきたいことは、このペーパーが今提出されていることの意味です。ペーパーの目的は、出生前診断に関するいくつかの議題を公に提示し、一般からの意見を募集することです。今年10 月に募集を締め切り、遺伝診断技術作業部会1 で審議し、来年末、政府に報告書を提出する予定だそうです。英国では、事実上、すでに出生前診断が医療に定着しています。詳しくは、次号で紹介する予定ですが、現在全国で、ダウン症と二分脊椎を対象とした出生前スクリーニングが、全妊婦を対象に提供(offer)されています23そこに、このようなペーパーが提出されたということは、技術の普及が、問題の解決に先行していることを示しています。問題が議論し尽くされないまま、技術の普及が進むことは、科学技術一般に共通する問題点です。この連載では、出生前診断を例として、科学技術と人との関係の問題に焦点を当てたいと思っています。
議題:
 HGCは、生殖に関し、どのような選択がどのように人々に提供され、それが社会に与える影響は何か、という点に最も注目していると述べています。言い換えれば、「個人の自由な選択の限界点はどこか」が中心の議題だと言えます。この議題に対し、ペーパーでは4つの議論が紹介されています。
1) 選択の自由は最大まで認められるべき
 これは生殖に関する選択の自由は個人の基本的な権利であり、他人や社会全体にとって損害とならない限り認められるべきだという議論です。この視点に立つと、社会経済的な理由から、出生前診断を利用できないことは、基本的権利の侵害とさえ主張されます。
2)倫理的理由から、選択の自由は制限されるべき
  1)に対し、倫理的な側面から、自由はある程度制限されるべきだ、という主張があります。生殖技術がデザイナーズ・ベイビー4につながることへの懸念のためです。英国では、胎児の性別を選択することが第一に禁止されています。また、中絶が満期まで認められる•áŠV •i‚μ‚傤‚ª‚¢•jは「重篤なもの」に限られています。5 しかし、「重篤な障碍」の定義があいまいであること、「障碍」を選択的に排除することと性別選択には、大した差が無いのではないか、ということ等が問題となっています。
3)出生前診断だけが選択の自由を与えるのではない
 これは、私が最も重要だと考える主張です。出生前診断が、そもそも「選択の自由」を与えているのか、というのがその論点です。ペーパーがこの主張に関して一つの例を挙げています。「ある遺伝性の障碍を持ったカップルが、子どもに障碍が遺伝することを承知の上で、出生前診断を受けないことにした。しかし、子を育てるために、社会福祉からさらに援助を得なくてはいけない。援助を受ける手続きの際、妻は自分が窓口で「問題」として見られていると感じた。「産むという選択があまりない」と感じた彼女は、結局中絶した。(HGCレポートp23)この例は、英国で胎児に障碍が発見された場合、中絶する妊婦が80%を超えると言われる現状を如実に表しているのではないでしょうか。6
4)選択する「責任」?
 最後にペーパーは、非常に微妙な問題を扱っています。章の題をそのまま訳せば、「未来の世代に対し、私達にはどのような責任があるのだろうか」となります。1)の議論は、選択の自由は「他人や社会にとって損害とならない限り認められる」という主張でした。ここでは、「産むこと」が他人や社会にとって損害となる場合、「産まない」責任があるのではないか、と主張されているようです。「産むこと」が他人や社会にとって損害となる場合とは以下の二つです。第一に、胎児に障碍がある場合、生まれてきても「良い生」あるいは「満ちた生-full life-」をおくることが出来ないので、胎児にとって損害となる。第二に、障害を持った個人は未来の世代にとって負担である。どちらかあるいは両方の理由に基づいて、産まない責任が主張されます。
 これらの4つの議論は、出生前診断の提起する問題を代表しています。1)は個人の自由は制限無く認められるべきだという主張、2)では、そこに倫理的考慮が加えられ、3)ではそもそも自由な選択などあるのかという疑問が生じています。そして、4)では、自由ではなく責任だ、という主張になります。個人の自由を主張する1)と、社会的責任を主張する4)の間には、大きな隔たりがあるように見えて、実は、現状としては非常に近いようです。それは、3)の主張-「自由な選択などそもそもない」-によります。日本でも多くの人が気付いたように、現状では、個人が社会的困難に影響されないほど強くない限り、出生前診断によって「自由な選択」を実現することは不可能なようです。7 そして、それが問題なのは、障碍者差別につながることに加えて、中絶や体外受精8が女性の心身へ与える負担が、診断対象となる障碍を持った子どもを育てる負担よりも大きいかもしれないという点にあると考えます。
 出生前診断技術は、妊娠出産のプロセスに、今まで存在しなかった選択を、組み込みつつあります。そして技術は、「これでよいのか?」という人々の問題意識に答えないまま、診断の確実性、簡便性、そして診断対象の拡大に向けて着々と進歩しています。次回は、英国における出生前診断技術の現状をレポートしたいと思います。
(註)
1 2 人の委員長と14人のメンバーで構成される。内訳:弁護士、大学教授(社会心理学、倫理学、生命倫理学、看護学、遺伝学、細胞遺伝子学)、障碍者団体代表、市民団体代表(Genetic Interest Group)、他政府諮問機関代表(Human Fertilisation and Embryology Authority), メディア担当、医師(産婦人科、National Screening Committee代表)。ペーパーはwww.hgc.org.ukよりダウンロードできる。
2 全妊婦に推奨(recommend)されているのではない。
微妙な違いだが、中立性を保ち選択権が妊婦にあ
ることを提示するために、言葉遣いには敏感。
3 その他、新生児への感染を防ぐために、HIV
とB型肝炎も、全妊婦への提供対象となってい
る。
4 胎児の性別、身体的特徴を、着床前・出生前診
断あるいはクローニング(事実上は不可能)に
よって選択することを差す。米国では、昨年、
遺伝性聴覚障害者のカップルが、聴覚障害の遺
伝子を持つ胚を選択的に着床したことが、デザ
イナーズ・ベイビーの新しい例として話題と
なった。
5 英国では1967 年施行1990 年改定の堕胎法によ
り、24 週目までは無条件で、それ以降は、二人
の医師が、妊娠の継続が母体への身体的危険、
及び胎児に重篤な障碍を認めた場合に限り中絶
が認められている。[http://www.care.org.uk/resource/
docs/abortionstats.htm]
6 参照できる資料が見つからなかったが、今年私
が英国の産婦人科医を対象に行ったアンケート
調査で、30 人中22 人の医師が、障碍があった場
合80%以上の女性が中絶を選択すると答えたこ
とを基にしている。内10 人は90%以上が堕胎す
ると答えた。
7 母体血清マーカースクリーニング委員会に提出
された意見書参照。[http://www.accs.or.jp/jdsn/opinionlist/
index.html]
8 着床前診断は体外受精の際に行われる。
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