「日米防衛・新ガイドライン―有事法制は戦争への道」 島田信子氏のお話を聞いて

投稿者: | 1998年4月15日

「日米防衛・新ガイドライン―有事法制は戦争への道」

島田信子氏のお話を聞いて

上村光弘

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去る6月13日第91回講座で、島田さんの話をお聞きしました。以下要約を紹介します。(K) そもそも、日米安保の大前提であった冷戦構造が崩れてしまった今、安保自体が不要なのではないかと考えるのは自然なことです。にもかかわらず、よりいっそうの日米安保体制の堅持と、有事 の際の民間協力を強化しようとする、今回の「日米防衛・新ガイドライン」はいったどういうこと なのでしょうか。昨年、ほとんど議論の場もなくさっさと策定されたこのガイドラインこそ、今ま での動きの中で最も危険な「有事法制」への道ではないでしょうか。

●新ガイドラインのここが最も問題

日本にとっての「有事」とはよくわからない言葉です。それはともかく、これまでのガイドライ ンでは、(1)日本の「有事」の際に日本が米国と協力して事にあたるということ、(2)「平時」は米国に基地を提供すること、この2点だけが主な約束でした。
ところが、今回の「新ガイドライン」では、「周辺事態」という言葉が使われています。これは 地理的に日本周辺に限らず、日本にとって脅威であればどこでも構いません。その性質に着目した ものであると定義されています。この「周辺事態」に対して、例えば、日本は行政や民間が持っている能力、具体的には空港や港湾はもちろんのこと、航空機や船舶の使用、医療などを後方支援と して米国に提供するとなっているのです。
「周辺事態」の明確な定義がなく、米国の言われるままに民間も巻き込んだ後方支援をしなけれ ばならないことも予想されるわけです。湾岸戦争の時、日本は支援を断ることが可能でしたが、こ のガイドラインに従う限り、断ることはできません。事前に協議するという部分もなくなってしま いました。平素から交流を密にするから不要だとのことです。
実質的な安保改訂にも関わらず、あくまでガイドラインであるということから、改訂の手続きは まったくとられていないことも大きな問題です。このような広範囲な軍事上の活動が憲法に抵触し ないとはとても思えません。そういった状況のなか、関連法の改正や新たな法律の制定など、ガイ ドラインにそってちゃくちゃくと進められようとしています。

●米国は信用できるか

日本の政府は国連での投票行動についても、ずっと米国追従の姿勢を一貫してつらぬいています 。右翼と間違えられそうですが、米国はパートナーとして本当に信頼できる相手ではありません。 ソ連が崩壊した今、米国はまぎれもなく世界最大の軍事大国であり、世界最大の軍需産業国家です 。米国の軍需産業にとって、日本は良いお得意先です。 さらに、アジアでの経済権益を拡大したい米国にとって、自国との協力の下で日本が軍備拡張を してくれることや基地を提供してくれることは、大きなメリットがあります。

●平和をつくるために

私は人一倍臆病だから軍備に反対、安保に反対しているんです。戦争は突然始まるものではなく いつのまにか準備が進められてしまうものだということ、国民にはけっして本当の情報が伝えられ ないということを、戦争経験を通じて痛感しました。湾岸戦争をとってみても私たちはどれだけ本 当のことを知っているのでしょうか。 軍備によらない平和をつくってゆくためにどのようにすればよいのでしょうか。憲法論議の際に はよく第9条が話題になりますが、本当の価値は憲法前文にあります。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保証しようと決意した」というところです。軍事同盟 ではなく平和友好条約による平和を求めるべきではないでしょうか。 また、国際法の勉強がもっと必要ではないでしょうか。例えば、ジュネーブ協定の追加議定書に は、無防備地域に対する攻撃の禁止をうたってありますが、どれだけの人がこのことを知っているでしょうか。 さらにこのことを担保するという意味でも、近隣諸国に対する戦後補償による信頼回復が必須で しょう。 <要約者感想> 不勉強な私にとって、「新ガイドライン」という言葉自体聞き慣れないものでしたが、非常にわか りやすくお話くださいました。さらに、今後の方向性についてのヒントも得られたことは大きな励 みになりました。

第91回 研究発表 参加者の感想・意見

島田さんのお話を聞いて
【大竹多門】

50歳代と思われる華やいだ感じのオバサンが6月13日の参加者の中にいた。土曜講座に加わって まだ日の浅い私には、その人も聞き手の1人なのだろうくらいにしか
見えなかった。ところが、フ タが開いてみたら何とその人が話し手の島田さんだった。しかも、ご本人がおっしゃるには1926( 昭和1)年生まれだとのこと。33(昭和8)年生まれの私よ
り年上ではないか。お話しを聞いていく うちに、若々しいのは外観ばかりではないことを思い知らされた。今も実にエネルギッシュに行動 されておられるのだ。
話しの切り出しは、それこそ若かりし頃の女学校(今の女子高校)時代に遭遇した戦時体験だっ た。軍需工場への勤労動員、友人を目の前で失った空襲被爆、日常的な食料欠乏の話しなどは、当 時群馬の田舎町の軍国少年だった私の経験とも重なるところが多く、痛切だった。

その頃のことを原体験として、戦後の島田さんは草の根的反戦平和運動を積み重ねて来られたと 言う。ところが、今ここに来て現れたのが「新ガイドライン」なる日米軍事同盟(私見)の拡大、 強化であり、いつか来た道への明らかな踏み込みとあっては、島田さんは怒らずにいられないだろ う。同じように怒っている日本人は他にも大勢いるにちがいない。私もその1人だ。
島田さんはなぜ、どのように怒っているかを鏤々話されたわけだが、この『どよう便り』の前号 (13号)にポイントを書いておられるので、当日の話しをここでくり返すことは省く。むしろ、私 が後になって気がついたことをちょっと書いておきたい。

島田さんが前号に書かれ、当日も力説しておられたように、「新ガイドライン(「日米防衛協力 のための指針」)全文(1997年9月23日)」―当日参考資料として配布―には、「基本的な前提及 び考え方」の一つとして、「日本のすべての行為は、日本の憲法上の制約の範囲内において、専守 防衛、非核三原則等の日本の基本的な方針に従って行われる。」とちゃんと書いてある。念のため と思って、それと「周辺事態法案」(正式には「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保す るための措置に関する法律」)全文(1998年4月29日付朝日新聞)とを引きくらべてみた。驚いた ことに、法案には”憲法上の制約”や”非核三原則”などということばはどこにも出ていない。両者は 内容は似通っているが、文言全体がかなり違っている。これは一体どうしたことなのだ? 二つを しきりに見くらべて、こんなふうに考えた。97年9月と言えば、日米両国が新ガイドラインに”合意 “した時だから、前者はその時のアメリカ向け文書、後者は法案として国内に向けたものではないの か、と。

国内法であれば憲法の制約や非核三原則などの国是に従うのは当然であり、言わずもがな だから省いているのだ、と。しかし、わざわざ「対応措置の実施は、武力による威嚇または武力の 行使に当たるものであってはならない」(法案第二条2)とは断っているのだ。つまり、憲法第九条 のごく一部は引用しているのである。とすれば、引用していない部分やその他は排除もしくは無視 していることになる。しかも、”武力による威嚇”であるかないかの規定は何もないし、”武力の行使 “に至っては、周辺事態法案とセットで国会に提出されている自衛隊法改正案では限定付き(これも 怪しいが)ながら武力の行使を公然と認めているのである。つまり、周辺事態法が一人歩きする可 能性は十分あるのだ。

島田さんが外務省や防衛庁に対して打った「総理大臣の発言『憲法の枠内』を一ミリたりともゆ るがすことのなきよう切に要請します」というクギは、巧妙に外される(もう外されている?)の ではないかととても心配だ。参院選後の国会で本格審議される周辺事態法案に憲法や非核三原則な どとの関係を盛り込んだ改正がされるかどうかをピンとし、廃案をキリとした決着がつくかどうか 目を凝らしていようと思う。

 

島田さんのはなしをきいてつらつらかんがえたこと
【ながのとしお】

ぼくが市民運動にあしをつっこみはじめたのが92年くらいのことだから、日本の戦争準備につ いて、いくぶんなりと意識をもったのは、ちょうどPKO法成立のころということになる。あいに く、PKO法のころの国会にはいってないけど、徹夜で国会をやってるくらいのことは、報道でし っていて、社会党もよくやってるなあ、なんておもったりしてた。
その、ひとごとのようにおもってしまう感覚はいまもあんまりかわらないけれど、それにしても 、平和憲法をもちながら、平気で同時に軍隊をもち、海外派兵でもなんでもやってしまう日本の人 たちの感覚もうれしくない。じぶんが「民主国家」日本の国民であることをかんがえると、かなり 絶望的なきぶんになる。
で、PKO法成立の日は地下鉄の駅が封鎖されたなんて話を、あとからきいたりして、やはりあ れは時代を画する日だったんだろうなあと、70年安保も記憶にない世代のわたしはおもうのだっ た。地下鉄の駅が封鎖されるなんて、かなり非日常のことだとおもうけど、それがロクに報道もさ れないというのが、日本の現実をものがたっているよね。
その日以来、社会党は連立政権に参加して社民党になり、もはや日本の軍国化は歯止めしらずの 感で、そうして、今回の新ガイドライン、すなわち「戦争手引き」ということになる。
そのなかみ については、島田さんのはなしではじめてしったけど、武器こそ提供しないものの、アメリカの後方支援はぜんぶおまかせくださいって? そりゃずいぶん気前だけはいいねえ。
でもこれはもう、しかたがない。こういうむずかしいことはおかみにまかせようって国民がいっ てるんだから。日本のひとたちは、民主主義はめんどくさいからいらない、なれあい主義でいこう ってことのようだから。

かように悲観的なもののかんがえかたなので、ぼくのばあい、市民運動にあしをつっこんでると いっても、島田さんのようにばりばりと活動するわけじゃない。どこかやじうま的で、かなり傍観 者的。でも、それはそれでかまわないとおもってる。ばりばりやれるひとはやればいいし、それは まったくりっぱなことだとおもうけど、やじうまもいないよりいたほうがいい。いろんなかかわり かたがあっていいはず。そもそも、やじうま的でいいから、たくさんのひとが関心をもってくれな いことには、民主的な決定なんてできるわけなくて。
みんながスポーツや芸能人のことを話題にするくらいの気軽さで、政治のことを話題にするよう になったら、日本もちょっとはかわるかもしれないよね。

ところで、「イデオロギーとしての英会話」なんていうかわった本をだしてるダグラス・ラミス という外人さんがいるけど、しばらくまえに法政平和大学というあつまりで、このひとのはなしを きいてたら、おもしろいことをいってた。日本にいると、戦争がないことはいわば「あたりまえ」 にかんじてしまいがちだけど、世界的にみれば、この50年、国家として戦争による殺人をおこな ってないということは、かなり評価できることなんだというはなしなんだけど。つまり、アメリカ にいると、ベトナム戦争やらなにやらで、しりあいが戦争にいってひとごろしをしたなんてのは日 常茶飯のことであると。いっぽう日本では、わたしのような世代のものには、戦争というのはどこ か遠くの世界の話のようで。

これはやはり、日本のひとたちが、戦争はもうこりごりだと、心底おもっていたからこそできた ことであって、ぎゃくにいえば、その戦争を体験した人がへりつつあるいまは、たいへんやばい時 期でもあるわけで、そんなこんなをかんがえると、この50年まもってきたものを、せっかくだか らもうすこし大切にしたいという気にもなる。
でも、とまた逆接になってしまうが、どうにもぼくは悲観的なので、全体のながれは、どうしよ うもなくくらい方向にむかっているとおもってしまっている。50年のあいだ戦争をしなかったの は立派だとしても、死刑というかたちでは、国家的な殺人をつづけているし、経済的な「侵略」と 「援助」によって「南」の国々で間接的に人々を殺しつづけている状況も、わるくなりはしても、 よくはなりそうにない。環境問題も、もういよいよドンづまりがみえてきてるのに、みんな、そん なに真剣になってないし。

そういうくらい状況のなかで、ぼくがなんとかとぼとぼとあるいていられるのは、人間にもすこ しはよいものがあるとおもってるからで、それはふけばとぶようなものでしかないようだし、おう おうにして、うらめにでたりもするしで、ほんとうにたいしたものじゃないんだけど、でもそのち っぽけなものをしんじてもがきながらもいきているひとたちをまわりにみると、まあ、ぼくはぼく なりのやりかたであるいていけるかなというきにもなるのです。

 

新ガイドラインの話を聞き終えて
【後藤高暁】

この度は遅い時間まで色々な人の意見が出て予想以上に面白く思いました。シニアに比較し若い 人達の発言がやや少なかったのは、戦争についての実感の相違かも知れません。
島田さんはお若い時から女性の権利や反戦運動に身を挺して取り組んでいらっしゃる姿には完全 ノンポリの私は敬服するばかりです。従ってあまり意見を言うのはおこがましいのですが、会で私 が発言した多少極端な言い方に対して彼女だけでなく皆さんからも具体的なご意見が無かったのが 心残りです。と言っても自分の発言も散発的でよく記憶していないので、ここにもう一度簡単にま とめて見て上田さんのご意見を伺いたくEメールしたのですが、皆さんにも聞いて頂きたくなり一 部を補正して載せました。

●アメリカの傘のこと 殆どの日本人は絶対戦争はしたく無いと思っているでしょう。しかし外部から侵略を受ける恐れ は無いとは言い切れないしそれは困る。この二つの事を同時に持っていながら解決の気持ちもなく 平気に?生活をしている日本人。(このずるさ曖昧さは外国人には通用しないが日本人の特質とも 言えますね)だから安保などに反対する人がいる事をスケープゴートにしながら自分ではアメリカ の傘の下にいる事を口で何と言おうと心の底では是認しているのが大多数ではないでしょうか。
私 自身もここまでは多分その通りです。大衆のその気持ちを根底にして自民党などのアメリカ依存の 政策が成り立っている以上、ガイドラインが云々は単なる技術論でしかないと思うのです。”アメリ カにおんぶに抱っこ”の姿やだんだんに武力行使を是認する様に引きずられていく政府に憤慨するの は大事な事だがその根元は自分の心にある”曖昧さ”なのではないでしょうか。憤慨するなら戦争放 棄とは何であるかを自分にもう一度問い直し、その答えを再確認するべきではないでしょうか?そ うかと言って”武器を持たない方が安全なんだ!”だけでは単に言葉だけの安全にしか聞こえず大衆 に対する説得力はありません。島田さんの話もこの段階で尻切れですし、日本のどの政党もそこま で言い切る政策を持ていないのが現実であり悲しい事です。武力による紛争の解決を全て否定する 者は、それを実現する為の理念や具体的な方向づけを、もっと誰でもが納得できるように人々や政 治家に主張し啓蒙するべきです。それがなければ何時までも今のように自分自身はグルグル空回り で、島田さんが憂いている状態が何時までも続くように思います。

●それではどうするの? これが問題の出発点です。私自身絶対平和主義の様なことを以前にも述べながら何も具体的な事 を言っていないのだから同罪ですが、実現には時には妥協も含めて百年位の努力が必要なことでし ょうから、自分だけで色々考えていないで他の人達の理念や考えを聞き、議論の中から確固たる答 えを見出して行きたいと思っています。島田さんは日本国憲法の前文が最も大切だと言っていらっ しゃいました。そこは”法の理念”すなはち日本国民の心が書いてある重要な所です。
しかるに湾岸 戦争をはじめ事有る時に”憲法の条文にこう書いてあるから自衛隊を送れない”とか”武器を使えない “と、政府だけでなくマスコミや知識人と称される人でさえ言っているのを聞くと、いかにも他人任 せな発言に腹が立ちます。憲法すなわち国民の意志が武力解決を否定している、だからしないのだ !と言うべきです。ここが最も大切な事で、絶え間なく世界に主張する事が日本を世界に認識させ る基本的なことだと思います。一方国際貢献は必要だから輸送や負傷者救助ならよいのか?とんで もない!例えば銀行強盗を車で現地に運んだり、知ってて負傷者をかくまったり手当すればまぎれ もなく共犯・共同正犯ですよね!よしんば目的が正しくとも理屈は同じです。
しかし世界がそれを 認めるか?最終的には世界が”日本は侵すべからず”とまで認識し、日本の安全が保証されるまでに なるのは大変な事です。武力放棄を言うからには日本の考え方・方法で世界に実行をもって貢献し て行かねばならない。少しづつでも、時には妥協をしてもよいから旗印を下ろさず血の滲むような 努力を時間をかけていって、その手応えを少しでも感じれば”武器を持たない方が安全だ”と言う言 葉に現実感が出るのではないでしょうか。その積み重ねによってしか絶対平和主義は実を結ばない と思います。あ〃・・そんな事が出来るのかな?と溜息が出ますが、最初に述べた様に誰もが”もう 二度と戦争はしたくない”と思っているであろう気持ちに期待をかけて進むべきです。

●戦後補償の問題 あまり説明がありませんでしたが、被害国に対して全国民が土下座しても巨額の金を慰安婦に払っ ても補償にはならず、心のしこりはとけないと思います。何故か?それは私のようにかなり戦時に 近く生活していた者でも戦時に犯した悪行を申し訳ないと理屈では思っても自分自身に原因がある とは思えない。ましてその後に生まれた人などに”申し訳ない”と心から思えるだろうか?否と思い ます。そのような気持ちは相手にもすぐ伝わることです。謝罪をする唯一の方法は、日本が自衛を も含めた完全戦争放棄の平和政策を世界に向け表明し、具体化的に進めることだと思うのですが如 何でしょうか。

 

安全保障の議論のために(その1)
【上田昌文】

私は、安全保障をめぐる議論は、一見”どうやって侵略を阻止して自国の安全を守るか”という単 純明快な課題に応えるための議論にみえて、実は国際関係の複雑な歴史的経緯をぬきには語れない 、相当入り組んだ論んじ方を必要とする議論ではないかと思います。「国」の立場と「私」の立場 が容易にすりかわることがありますし、「(既成事実を容認するだけの)現実主義」と「(国際的 な力関係を無視した)完全非武装絶対平和の理想主義」との間で話が平行線をたどり続けることも よくみられることです。
ですからこの問題で、万人を納得させる議論を組み立てることはかなり困 難だと思っています。しかし一方で、多くの人が承認できるところを足がかりに、これまでの事実 にとらわれすぎずに、思い切った考え方や政策を採択し得る(”瓢箪から駒”的なことがけっこう可 能な)領域であるとも考えています。というのも、戦後の日本の防衛政策というものは、米国の政策に同調することから一歩も抜け出ていない、つまり自分自身の頭で考え自分自身で責任をもって 決めたことのない、主体的政策ゼロの領域だからです。いやむしろ、「政策がゼロ」といういうよ り、いかに巧妙に米国に同調するかという政策のみがあった、というべきかもしれません。ですか ら、いきなり完全非武装絶対平和主義国家を標榜できなくても、日本が今の時点でやるべきこと・ やれることはたくさんあると思うのです。それは、後藤さんが言及された戦後補償の問題にこと寄 せて言うなら、「全国民が土下座しても巨額の金を慰安婦に払っても補償にはならず、心のしこり は溶けない」からといって補償をしなくてよいということには決してならないことと、議論のあり 方としては同じです。
ここでは、私の現時点での安全保障に対する考えを全面展開するというよりも、後藤さんの意見 を参照しながら、安全保障論議の死角とでもいうべきことがらについて、私の方から気づく限りの ことを、列挙してみたいと思います。

今回は、まず次の出だしの一文を手がかりに、話題を提供します。 <殆どの日本人は絶対戦争はしたく無いと思っているでしょう。しかし外部から侵略を受ける恐 れは無いとは言い切れないしそれは困る。> 後藤さんが冒頭で述べられたこの気持ちは、大部分の日本人が共有しているものだと思います。 ことに戦争体験のある世代の方にとっては”絶対戦争はしたくない”という思いは強いはずです。た だ、戦争には、”しかける””しかけられる””巻き込まれる”……とその時々の状況によっていろいろ な係わり方があるはずで、この”戦争はしたくない”という気持ちも、それに応じた「被害を受けた くない(=死にたくない)」「加害を及ぼしたくない(=殺したくない)」「加害に荷担したくな い(=殺すことに手を貸したくない)」……とさまざまな思いが入り交じって表明されているもの だと思います。 私がまず問題にしたいのは、「死にたくない」という最も基本的だと思える人間の個人的な生存要 求とそれに伴う心情を、戦争という巨大な社会現象と向き合うときに、どこまで社会的に広がりの ある”平和への意思”として普遍化できるか、という点です。
“絶対に戦争はしたくない”と思っている日本人は、たとえば1991年の湾岸戦争に対して、何ができるのか(するべきだったのか)、とい うことです。安全保障政策は、この”戦争はしたくない”という思いを社会的に普遍化し具体化する ものであるべきだと、私は思いますが、現実はほとんどその逆で、その思いと見事に逆行する行為 (戦争および戦争準備行為)を「保障」するものになってはいないでしょうか?

この矛盾はいっ たいどこから来るのか? 次に問題にしたいのは、「外部からの侵略」という点です。「外部からの侵略」として、かつて は「ソ連の脅威」が唱えられ、今は「北朝鮮の脅威」が唱えられています(米国=日本政府の言い 分)。しかし一方で、先の日中および太平洋戦争の最高責任者である「天皇」を多数の民衆が支持 し、ついでに戦後補償もまともに行わない政府をも支持し、米国に対して世界最大級の基地提供を 行い、自らも巨大な軍隊(自衛隊)を持ち、これまたついでに核兵器の原料となるプルトニウムも 大量に備蓄する、日本という国が、アジア諸国にとってかなりの「脅威」になっている、というこ とには、私たちは鈍感なのではないかと思います。
私が言いたいのは、「外部からの侵略」を言う 前に、「自分が外部に対して侵略をなしえる(と外部に思われてしまう)可能性」を極力減らすべ きだろう、ということと、「外部」「内部」というわけ方を前提にして話を組み立てると、容易に” 自分”が”自国”にすりかわってしまって、国家というもののあり方を絶対視した(国家という枠組み に収まりきらない人々やモノの動きを無視した)話が容易にできあがってしまう、という点です。

ソ連の友人がたくさんいる日本人にとって、「ソ連の脅威」はかなりばかばかしい話に思えたかも しれませんし、朝鮮人の友人がたくさんいる日本人は「北の脅威」を言う前に「日本人としてやる べきこと」がたくさんあることを痛感しているかもしれません。 では、”自分の身の安全”をどうやってはかるのか? 次回は、「新ガイドライン」と関連有事立法 、インドとパキスタンの核実験のことなどをふまえて、安全保障という考え方がもつ盲点について 、さらにつっこんで考えてみたいと思います。【続く】

 

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