シンポジューム・特別報告 「命あふれる博多湾をめざして」 ~国設鳥獣保護区を考える~

投稿者: | 2001年4月16日

シンポジューム・特別報告「命あふれる博多湾をめざして」~国設鳥獣保護区を考える~

後藤高暁

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●和白干潟の観察
9月29日、福岡空港はまだ夏のような日差しでした。早速田中浩明さんの案内で和白干潟を見に行きました。小高い丘から展望すると、手前に川のような狭い海域がありその向こうに長々と平坦な人工島の堤防が伸びています。その右側の遠方に島に架けられた橋が見えます。その橋桁の間を通して川のような海域に流れ込む潮流だけが和白干潟に潮を送ってくるのです。これを見ただけで博多湾の奥に押し込められた和白干潟の苦しみがわかったように思いました。

遠く右手に大潮のため広く円弧状に拡がる干潟は一面の緑です。一瞬は美しい緑地と勘違いしたのですが、これは水質悪化で繁茂したアオサが干潟一面に打ち上げられた残骸だったのです。近寄ってみると緑の下はもう黒く腐食して生物は生きられなくなっています。市のブルドーザーとトラックが回収に来ていましたが、追いつきそうにはありません。ミヤコドリ等の海鳥の数は激減しているし、ハクセンシオマネキ等貴重な蟹3種類が今年は姿を見ないなど、悲しい現状を聞きながら干潟を歩くと、それでも陽光を浴びた干潟は大変に爽やかだし砂地には沢山のウミニナ(小巻き貝)や蟹がいます。遠くには色々な鷺の仲間が見えます。岸際には葦の原があり、淡水の沼や松並木があるなど良い条件もまだたくさん備えているのです。

なんとかこの美しい干潟に水鳥が生き生きと群れる元の姿を取り戻さねばと話しながら干潟を渡っていくと、暮れかけた岸辺に女性が独りフィールドスコープで遠くの波打ち際を見ていました。「和白干潟を守る会」の山本広子会長でした。「もうそろそろミヤコドリが現われる頃だ、その第一報を皆に知らせよう」と頑張っていらしたのです。近くのお宅に寄りお茶をご馳走になって「和白干潟を守る会」のボランテイアが調査・清掃・PR等グループに分れて活動をしている様子等を伺いながら部屋を見回すと、陶芸・切り絵・工作物等の作品が一杯に飾られています。彼女は素晴らしいセンスの芸術家でもあるのです。それ等が会の出版物を飾り、また運動の資金の一部にもなっているのではないでしょうか。この人の心にある優しさと情熱が400人もの会員を動かす原動力になっているのだなとつくづく思いました。

●シンポジューム、開会の辞
30日は雨だったが、会場一杯に100人以上の人の熱気が溢れていました。講師とパネラーは、アメリカ人ナチュラリストのケビンさん、世界自然保護基金、日本野鳥の会、日本自然保護教会、日本湿地ネットワーク等の代表及び環境省自然環境局野生生物課課長補佐と地元の和白干潟を守会、日本野鳥の会福岡支部の代表等で、その構成や内容の充実ぶりと熱意は先の「国際三番瀬シンポジューム」と共に相当なもので、最近これらの運動が認められつつある勢いを感じさせました。

会の内容全部を紹介したい衝動に駆られますが、そうも出来ないので幾つかのポイントに分けて私なりに要約して紹介しましょう。
まず、開会の辞を述べる和白干潟を守る会事務局長田中浩朗さんの話は「私たちは人間と無関係に存在する自然そのものだけを守りたいのではありません。そうでは無くて豊かな自然があって初めて可能となる”自然と人間の豊かな関わり”を守りたい、このシンポジュームではどうすればその事が実現できるかを皆で考えていきたいのです」の言葉に要点が尽くされていました。ここに今日のこの運動の本質があると思ったのです。

●ケビンさんのアメリカの湿地保護紹介
1950-年頃はロスアンジェルスの干潟は大変ゴミに溢れていました。しかし60年代に入ってベトナム戦争反対運動と共に国内自然保護意識が普及し行政に働きかけた結果、制度や法律ができてきました。70年代に入り沿岸湿地を大事する国の方針ができました。カリフォルニア州では、埋立てたら必ず代替の湿地を作る法律があり湿地干潟が守られるようになった。湿地の環境が整備されて、皆が来て見て楽しむ設備、例えば湿地の上を歩いて見ることができる橋等が巡らされて、家族連れや小・中学生などがたくさん見に来ています。それにつれて干潟のあることが近くの住居にとって大変良い環境として評価され、地価が上がった等の住民との共通の利益が生まれました。
これ等の様子が美しいスライドの映像で説明され、アメリカらしく実際的で、自然を賢明に利用するいわゆる「ワイズ・ユース」の姿は羨ましいものでした。

●博多湾・和白干潟の状況
和白干潟についてはどよう便り18号、47-48号に田中さんの詳細な記事で紹されていますが、91年頃からの署名運動に始まって熱心な努力の継続であったにもかかわらず人工島は着工されて、今大変に難しい立場にあると思われます。しかし上にも述べたように、和白干潟自体は人工島に作られた堤防を毀してでも海流を復元しないと干潟の生命が回復できないことは明らかです。まだ未着工の部分は多く残されているので、最近の保護運動が成果をあげつつあることを背景に、博多湾全体とも相携えて先ずは「国設」に指定されること、さらにラムサール登録をも視野にいれて努力を続けています。このシンポジュームもそのための大きな支えになるでしょう。

博多湾は渡り鳥のクロスロードにあたり、行き来する渡り鳥にとって大変に重要な場所です。西日本では神戸に次ぐ大きな都会地で、アジアとの交流の要点でもあります。干潟の多くは河口の大きな都会の側にあり、共通の問題を抱える西日本やアジアの都市にとって、ここでの成果があがれば良いお手本になります。そのような意味でもリーダーシップを取って欲しいとの要望がありました。鳥は和白・今津室見川河口など博多湾内を行き来して生活しているし、さらに国境を越えて移動しているのだから、保護活動も広い視野で共同して取り組み、それぞれの地区の住民が相携えて個々の運動を盛り上げていくことが大切であると強調されました。

和白干潟に打ち上げられるアオサ橋の左側に人工島堤防が見える

●鳥獣保護の制度
環境省鳥居課長補佐から法律体系の説明がありました。なかでも国設保護区を規定した「鳥獣保護及び狩猟に関する法律」は大正7年にできた大変古い法律です。保護区内では狩猟が禁止され、特別保護地域では工作物の設置が許可制になり制限されます。
制約という意味では国設も県設も変わりはないが、国設になると国の方針で管理運営され、予算的にも観測センターが出来るなどその後の活動や教育的にも大きな相違ができます。ラムサール登録には国の施策との整合性が必要であるから国設指定が一つの前提条件になっているのです。今全国で設鳥獣保護区は54ヶ所約49万ha。このうち特別保護地域は42ヶ所11万haあり、都道府県設鳥獣保護区は3804ヶ所約3百万ha、このうち特別保護地域は563ヶ所15万haあります。

博多湾は10年前から県設鳥獣保護区にはなっているのですが、保護はほとんど進んでいないのが実状です。問題が起きて公聴会が開かれても利害関係のある人としてのメンバーは地方公共団体の長、土地所有者、森林組合長、農業共同組合長、漁業共同組合長、観光協会長と鳥獣法関係者と決められていて、関係者として野鳥の会や保護運動者あるいは一般市民が参加したとしても圧倒的にマイナーな存在でしかなく、保護と言うより開発や埋めて立てを承認し鳥や獣を閉め出すための法律として作用していた面がありました。
また大正10年にできた「公有水面埋立法」は保護団体や一般市民は利害関係者になれないため戦後埋め立てがどんどん進み、干潟が壊滅状態になった元凶の法律です。こういうものをなくすばかりでなく、干潟の保護保全からさらに進めてロスアンジェルスのように干潟の復旧に関する法律を考えるべきだとの強い意見がありました。

環境省からは、「行政も平成7年に発足させた生物多様性保全国家戦略を13年に見直して長期の自然再生型公共事業を進め、失われた自然湿地の回復を盛り込む必要があると考えて来年度の重点項目として予算を要求している。また来年は国設鳥獣保護地区見直しの年にあたっているので、博多湾もその対象として調査検討を進めている」との話がありました。三番瀬シンポジュームでも同様な発言がありました。

●湿地・干潟の保護運動について
日本湿地ネットワークは1991年5月に15名で発足しました。当時全国で色々運動はあったが開発の壁が厚く針の穴ほども見通しが見えない中で、皆が力を合わせれば何とかなるかもしれないと思ってやってきました。それから思うと今はルネッサンスと言える程大きく変わってきています。92年に地球環境サミットがあり生物多様性の条約が作られ、93年釧路で第5回ラムサール条約国会議が開かれ、96年にブリスベーンで第6回会議が開かれました。
この潮流を受けて国内でも環境基本法ができ、生物多様性国家戦略ができました。ここで大きな転換期になったのが諌早湾の水門締め切りです。

あの衝撃的な映像を見て全国で干潟が大事だとの認識が一挙に広まった。98年に環境庁が藤前干潟のゴミ処理場を許可しないとの発言があり、2カ月後に埋め立て中止が決まりました。99年には三番瀬が大きく縮小になりその後に堂本知事が埋め立てしないと決定。99年5月のコスタリカでラムサール契約国会議があり、その直後に中池見湿地の大阪ガスによるLPG基地建設が10年間凍結になりました。沖縄の泡瀬干潟は公有水面埋め立ての許可が下りたにもかかわらず、地元の運動が更に大きくなり着工が延期されました。これで湿地保全の運動を全面に出せば、開発工事がかなり進んでいても成果がでる可能性があると確信できるようになったのです。

その中で和白干潟は、すでに人工島が着工されて難しい状態にあるが、なんとか頑張れば国設の予定地になるかも知れないとの希望が出てきたのです。藤前・三番瀬に続いて全国的な機運の中で和白を含めた博多湾での成果がでれば、全国の干潟保全の運動が大きく変わってくるでしょう。そういう全国的な位置付けでさらに進めていくことができればと思います。
一方国設になればそれで良いというものではありません。地元が協力して保全や活動のビジョンを作って話し合いをしていかないと施策が生きてきません。

全国には国設やラムサールの登録湿地の条件を満たしているのにそうならない湿地・干潟が幾つもあります。そこには地元の農家や漁業者の鳥獣被害による反対が根強くあります。それが市町村の票にも関係してくるのです。しかし話し合いにより解決の方法を見いだした宮島、ガンが稲を食い荒らすと反対していたが自然保護がすすみ観光の人を引きつけるようになって方向転換した宮城県の伊豆沼、あるいは「アサリがスズガモに食べられる」という反対意見を、野鳥の会が綿密に実態調査をしてデータを出して真の原因は別のことによる海域の濁りにあることを突き止めた北九州市の例等もあります。諌早湾では危機的な状況になってようやく市民と漁民が一緒になってネットワークを作り有明海を再生しようとの運動が起きています。

これまでも自然保護の運動は地域の人々の地道な運動により進められ、一般の人の意識によって国や地方の意識を変えてきたのですが、まだまだ問題は山積しています。これからも一般市民が熱意を持って「自然と人間との豊かな関わり」の思想を理解して行政や農家・漁業者と話し合い、方法を見出して推進していくことが大切でしょう。

●後記
環境を含めた社会の色々な行き詰まりの中から、行政も人々も自然の大切さを見直す機運が出てきた時期にあたっていて、三番瀬も博多湾も本当に明るさのある熱意に満ちたシンポジュームでした。世界をも含めて各地の色々な問題や考え方を学ぶことができて大変啓発されました。土曜講座が直接これらの運動に関わるのは難しいことかも知れませんが、常に関心を持ち和白を初め自然の保護・回復を支援するための努力をしていきましょう。

それにしても暮れかかる和白干潟で独りミヤキドリが来ないかとフィールドスコープを覗いていた山本会長さんの姿が眼に焼き付いています。言葉だけでなく自分の眼と心で直接自然を見ることが大切であることを教えてくれていると思います。私達もなるべく時間をとって山に海に行き、自然に触れることから出発したいと思います。

注1:ラムサール条約とは、1971年にイランのラムサールで採択された、自然の宝庫である重要な湿地を守るための国際条約である。契約国は自国の湿地を「賢明な利用」の精神に基づいて守り、国際的に重要な湿地を条約事務局に登録しなければならない。現在124ヶ国が加盟し、1073ヶ所の湿地が登録されている。日本の登録湿地は11ヶ所で、干潟は谷津干潟1ヶ所のみしかない。
注2:環境省インターネット自然研究所で、国立公園や日本世界遺産に生きる生物や自然等を画像等で豊富に見ることができる。渡り鳥生息地ネットワーク情報もある。
http://www.sizenken.biodic.go.jp

 

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