「出版流通の現状と今後」に参加して

投稿者: | 1999年4月16日

「出版流通の現状と今後」に参加して

湯沢 文朗

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96年の新刊書籍の発行点数は6万点を超え、単純計算で毎日160点を越える新刊書籍が発売されたことになる。年々この新刊点数は増え続け、一方で業界全体の売上は落ちている。NHKの「クローズアップ現代」では、断裁されるために野ざらしにされた本の山が紹介されていた。
どうしてこれほど多くの新刊本が発売され、しかも売れなくなってしまったのか。出版業界の問題点は何なのかを、出版社にお勤めの森さん、徳宮さんの二人が、出版業界、特に流通の内情について、ご自身の経験はもちろん、豊富なデータもそろえて詳しく解説してくれた。

4千の出版社、44社(大手は2社)の「取次ぎ」、全国各地1万の書店という基本的な流通の流れや出版に独特の「再販制度」の問題点などが良く理解できたと思う。 なぜ新刊がこれほどまで多いのか(出版社に取次ぎから売上金が時間差で流れる仕組みにより、新刊本を出し続けなければ、出版社にお金が入らない構造にな っている!)など業界の裏事情も知ることができた。
出版はおそるべき多品種少量生産の業界で、新刊本が主に資金繰りの点から、無闇に(としか思えない!)出され、「取次ぎ」という流通のせいで、ほとんどの本が読者に届くこともなく、返品されている。全国どこの書店でも、同じ値段で本が買え、送料もかからないという「再販制度」は、本が売れていた時代にはうまく機能していたのだろうが、今や無駄が無駄を呼ぶ悪循環に陥っているとしか思えない。
直接お客さんと触れ合うことがない(流通の一切を取り次ぎに依存)、マーケティング調査もなくお客さんの需要を知ろうともしない(文化を担って本を出し てやるんだ! 式の傲慢な)、出版業界の特殊性が限界に達したのであろう。
インターネット時代の現在では、本当に必要な人々に対する情報提供として 無闇に本を印刷、製本し、取次ぎに送るのではなくて、必要な人々と直接つながって、電子ファイルの形で送ったり、必要な人のみに向けて製本するというよう なサービスが可能になってくる。お客さん不在で、一方的に本を出版し、大部分が売れ残ってゴミにする現在の業界のあり方は変わるしかない。

「再販制度」が廃止されれば、出版業界のビックバンが始まり、これは案外ビジネスチャンスがあるなあなどと思ったりもする。よくある議論とは反対に、読者をつかみ、流通を開拓する工夫次第では、小さな出版社が独自に生き延びる道が増えるかもしれない。書店も独自の努力、競争が必要になってくる。
インターネットのamazon.comで洋書を注文しているが、やはり本屋で立ち読みする楽しみは捨てがたい。将来の本や本屋がどうなっていくのか考えるいい機会でもあった。

 

「出版流通の現状と今後」を聞いて
大竹多門
森さん、徳宮さんの話を聞いて、出版界は(も)やっぱり火の車なんだなあという感じを改めて強くしました。 5年前まで国立大学の図書館に勤めていた私には、出版界は個人的な関心を越えて身近な存在でした。5年前といえばバブルの崩れが始まっていて、出版も楽ではないという話がちらほら耳に入ってきていました。もっとも、講師お二人の話では、出版社は良くも悪しくもあまりバブルの影響を受けていない、それは本の価格の上がり方が他の物価に比べてずっと小さいことに表われている、とのことでした。確かに図書館の仕事の面から見た限りでは、出版者の動向はあまり大きくは映りませんでした。それよりも図書購入費がきつくなって来たことの方が直接的でし た。

図書館に関係した話では、公共図書館(自治体の図書館)のことが取上げられました。図書館なら本をまとめて買ってくれると思うとさにあらず、今の図書館はオンラインで結ばれていて同一自治体内では蔵書情報が共有され、本の相互貸借もされているため、どこかの図書館が1冊でも持っていれば済むようになって いる、だから図書館の数ほどは本は売れない、ということだとか。逆にベストセラーは同じものが何冊も置かれるけれど、それは小出版社には無縁なことだと か。大学図書館ではベストセラーを買い集めるということはしませんが、蔵書情報を全国的に共有することは80年代後半から始められています。文部省の「学術情報センター」(茗荷谷の元教育大学の跡地の一角にある)を核にしたネット ワークがそれで、本の相互貸借も行われています。そのために本(特に高価な)の買い控えが個々の図書館では図られています。

そのような図書情報ネットワークは、今後インターネットによって一般にも拡がっていくだろうという話もされましたが、そこに大きな落し穴があると指摘されました。インターネットは情報は即座に流すけれど、物質転送装置ではない、という点です。つまり、現物(本)はすぐには流れないので、情報の流通との間 に相当のタイムラグが生じるということです。まさにその通りだと思いました。 大学図書館での相互貸借もそのためにトラブルが生じたり、利用者がフラストレーションを起こす例が珍しくありませんでした。というわけで、インターネットやパソコン通信は出版業界にとって打ち出の小槌にはならない、という結論でした。

ところで、森さんは『どよう便り』No.19紙上の講座予告で、大手と小出版社の資金格差がどのように生じているかの”秘密の一部”を披露するといっていました。多分に覗き見趣味を刺激されて期待していたのですが、講座ではそれについて直接の言及はありませんでした。しかし、背景となる実態は資料つきで事細かに説明され、それが私に”火の車”観を持たせたのでした。
大手というのは、単行本だけでなく大部の雑誌も出している所だとのことで す。そこでは雑誌作りのコストはほとんど広告収入だけで賄われていて、雑誌で上げた利益の余剰分を単行本出版に回しているため、仮に単行本での儲けがゼロであってもかまわないのだそうです。だからベストセラー作りの冒険なども出来るというものなのでしょう。

一方、紙や印刷・製本の経費は大手では莫大ですが、出版部数が多いので単価は安くなるのに、小さい所ではそうはいかない。しかも、本の定価は大手とそれ程違えられない。
対抗上ときには価格破壊も起こさざるを得なくなる──ということです。そういうことは社員の賃金にも当然跳ね返ってくるでしょう。

本の安売りといったことについて今ホットに議論されているのが「再販制度」の問題だということは、比較的世間に知られているのではないでしょうか。これは本に「定価」がつけられている(つまり、全国どこでも同じ値段で売られる)制度で、正式には「再販売価格維持制度」というのだそうです。かつて再販商品は本だけでなく、石けん、歯磨きなど随分多かったというのには驚きました。今は著作物、それも音楽レコードを除く、書籍・雑誌・新聞だけになっているとのこと。それもなくせ、いやダメだ、というのが目下の再販論議です。なくせ派は消費者の利益(つまりは売れるということ)を考え、ダメ派は出版社の台所事情 (下手をするとつぶれる)を心配しているようです。もっとも、再販でなくなったら、かえって本の値段は上がるおそれもあるとのことです。森さんは再販廃止は趨勢と見ているようですが、その危険性を十分意識し、また出版は文化事業だとの理念も念頭に置きながら、廃止後の対策として例えば”本の福袋”方式なるものを提案しています。これは並の福袋とは違って、むしろ高価値の本をセットにして売るものだとのことです。

お二人の話は出版流通のしくみの丁寧な説明から始まって、そこに現われているいろいろな問題点──上記したようなことのほか、例えば梱包も解かれないで そのまま書店から返品されたり、クズとして裁断されてしまう本がおびただしくあることなど、聞くだけでも身の毛がよだつような話──が突き出されました。それは’食い扶持’(商売)と’志’(文化事業)の狭間に喘ぐ小規模出版者の苦悩 そのもののように感じられました。しかし、志に立とうとするお二人の気概もまた強く伝わってきました。

それに応えて私たちは何をすべきか、何ができるのでしょうか?もっと本を買おうではありませんか。それも特に中小出版社の。また、上田さんが自身の経験として話していたように、図書館にどんどんリクエストして買わせるのも一法でしょう。「最近は漫画やコミックすら読まない人も出てきた」とあっては、本を買うこともまたたたかいのような気がします。

 

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