●巻頭言
携帯電話、不透明な販売モデル
上村光弘(市民科学研究室理事)
ここ10年ほどで急速に普及した携帯電話には、電磁波の人体への影響や、犯罪、コミュニケーションの変容など、検討すべき様々な論点がある。ここではその販売モデルの問題点を指摘したい。
日本は世界有数の携帯先進国である。今年になって日本における携帯電話契約数(PHS含む)はとうとう1億台を突破した。単純に計算しても8割の人が携帯電話を持っていることになる。持ちたい人にはすべていきわたってしまい、市場は成熟期に入りつつあると言える。
一方、2006年度の携帯電話出荷台数(PHS含む)は4876万台である。この台数は2001年からほとんど変わっておらず、この間おおよそ4500万台~5000万台で推移している。契約数の増加などを考慮しても、ユーザは、ほぼ2年に1度は買い換えていることになる。ちょっとこれは買い替え頻度が高すぎるのではないだろうか? おサイフケータイや、ワンセグなど、様々な新規機能が追加されていったことが、消費者の購買意欲をそそったということはあるだろう。しかし、なんといっても端末の価格が異常に低いことが第一の誘引であったことは間違いない。日本で販売されている端末は海外と比較して高機能タイプが多く、正規に値段をつければ5万~10万円程度といわれている。それが、せいぜい数万円、極端な場合は無料で手に入るのである。これでは使い捨てが進むのはあたりまえである。なぜ、販売店はこれほど安価に端末を供給できるのか? このようなことが可能な背景には、販売奨励金という仕組みが存在する。
販売奨励金とは、NTTドコモなどの通信事業者が販売店に出すものだ。販売店は、これを原資として端末の価格をかなり下げて売っているのである。その金額は、平均すると端末1台あたり4万円にもなるという。当然のことながら、通信事業者はユーザから入ってくる毎月の通信料金でその穴埋めをする。要するに、端末を安く手に入れた分、通信料金が高くなっているということだ。
さらに言えば、単に後払いになっているだけではない。ユーザの通信料金が同じならば、端末の買い替えを頻繁にするユーザの方が販売奨励金を多く受け取ることになるので、結果的に「得」をするようになっているのである。逆に、同じ端末を長く使うユーザは、他人の端末代を負担していることになる。非常に不公平な制度であるが、通信事業者から見て、販売奨励金の目的は2つある。一つは新規顧客の獲得。もう一つは、より高機能な端末に乗り換えてもらうことにより、通信料金、コンテンツ利用料金の収入を増やすことである。
しかし、ユーザが端末だけ安く買って、さっさと他の通信事業者に乗り換えられたのでは、販売奨励金でのディスカウント分を回収できず、通信事業者はトータルで損をしてしまう。そこで、端末にはその通信事業者のサービスしか使えないようソフトウェア的なロックがかけられている。これをSIMロックと呼ぶ。このため、ユーザが他の通信事業者に乗り換えるためには、端末を買い直す必要がある。通信事業者を変更できるSIMロックフリーの端末もごく一部存在するがほとんど知られていない。また、この場合、NTTドコモのiモードなど、その通信事業者独自のサービスは使用できない。
今年に入って総務省が立ち上げた「モバイルビジネス研究会」は、これらの不公平、不透明な販売モデルからの脱却をまとめた提言を出した。現状のような、通信事業者が端末もコンテンツも抱える形ではなく、もっとオープンで競争的な市場への移行を求めている。一方、市場が成熟期に入り始めたこともあり、通信事業者には携帯電話の料金体系や契約方法を見直そうとする動きも出てきつつある。
確かに高機能端末の恩恵を受けている人はいるだろう。また、高機能端末が市場を拡大し、様々な可能性を広げてきたともいえるだろう。しかし、多くの人にとって過剰な機能は不要である。ユーザに十分な説明もせず、通信費による後払い(=借金)で、それら不必要に高機能な端末を買わせるのは一種の詐欺である。端末と通信サービスの価格を分離して、それぞれ別に明示するべきであろう。また将来的には、端末販売と通信事業者のサービスを分し、同じ端末で通信事業者の移動を可能にすることが望まれる。パソ
コンと同じように、必要な機能・サービスも自分で選択できるべきだ。携帯電話は無線である点を除けば、ネットワークにつながった小さなパソコンなのである。■