特別寄稿 科学エッセイ テレビゲームと脳と私たち

投稿者: | 2002年4月18日

特別寄稿 科学エッセイ
テレビゲームと脳と私たち
古田ゆかり
doyou58_furuta.pdf
「テレビゲームはよくない」なんて、たくさんの人がいってきたけど、そうは言ってもやったらすぐどうこうなるってわけではないし、ちょっと息抜きくらいにはやってみたいなって思うし、やりすぎなければいいんじゃないの。やりすぎなければね。テレビゲームをまったく排除しきれないとなると、だいたいこんな感じでゲームを受け入れているのが現状なんじゃないかと思う。
「本当は買いたくなかったんだけど、子どもたちのあいだではそれではすまなくなっちゃってるから、しかたなく買っちゃった」という人を何人も見てきたし、それはいずれ我が身におこりうることかもしれないと思うので、そうそう厳しい評価をするのにはつい腰が引けてしまう。明日は我が身か。
テレビゲームはあっという間に時間を消費する。その通り過ぎる時間の早さといったら! テレビゲームをすると、時間ばかりが消費され、ほかの遊びや読書や人とかかわる経験をするための時間を奪われる。たとえば学校から帰ってすぐにゲームをはじめると、一瞬にして夕食になり、一瞬にして朝になるといったことだって大げさとは言えないような魔力を持っている。視力の低下も心配だ。小学生で視力を落とすとその後たいへんらしい。めがねが手放せない連れ合いの「めがねほどやっかいなものはない。これさえなければと思うことがなんどあることか。とくにスポーツをするときはね」ということばには迫力さえ感じる。時間の消費と視力の低下。これだけでもテレビゲームを制限するには十分な理由なのだが、さて、当のテレビゲーム自体に「よくない要因」があるかと言ったら、きっぱりとした答えを出せないでいたのが正直なところではないだろうか。ただ「きっとなにかまずいことがあるだろう」というところで思考が止まっていたような気がする。
最近、『ゲーム脳の恐怖』(NHK出版 生活人新書)という本がでた。おお、「ゲーム脳」と来たか。なかなかショッキングでインパクトのあるネーミングでないの。テレビゲームをやると脳がどうかなっちゃうの?
この本によると、脳のβ波を測定することによって脳の活動をモニターするということらしい。脳波は周波数によってδ波(3.5Hz以下)、θ波(4~8Hz)、α波(8~13Hz)、β波(13~30Hz)に分けられ、大脳皮質が盛んに活動しているときにはβ波が出現するという。そして大脳皮質の活動が低下し睡眠状態になると、α波が出る。リラックスしたときにα波が出ると言われるのはご存じの通りだ。大脳皮質は「新しい皮質」とも呼ばれ、理性・注意・思考・意欲といった高次の機能を担う部分で、要するに考えごとをしたり頭を使うようなことをすると、β波がよく出るというのである。 結論から言うと、ゲームばっかりやっていると、β波が出なくなっちゃうというのである。
機会があって、この本の著者に会うことができた。彼は痴呆等の研究をしてきたが、日常的にゲームにはまっている子どもたちの姿を見て脳科学者として「この子たちの脳は正常に発育するのだろうか」と疑問を持ちβ波の測定によって大脳皮質の活動をモニターしてみたのだという。そのために β波を簡単に測定できる簡易測定器の開発から着手した。これまでの脳波測定は、脳波以外の電磁波がデータに混入しないようにシールドされた部屋で、大きな機器から出たコードの先に電極をつけて行わなければならなかったが、この簡易測定器なら屋外でも、移動しながらでも測定できるのだそうだ。彼は、モンゴル調査で馬に乗った少年の脳波も測定したという。見せてもらったが本当に小さい。20年ほど前にはやった、家庭用低周波マッサージ器のような感じ。操作ボタンも少ない。一昔前の扇風機の操作盤を想像してもらえばいいと思う。一瞬、「これで大丈夫なの」と思うほどだ。
これを使って、β波とα波を測定する。すると、大きく分けて4つのパターンに分類できたという。ほとんどテレビゲームをやったことがない人は、ゲームをしているときとしていないときのβ波の出現に変化は見られないというが(グループA)、ゲームはしなくてもテレビやビデオを毎日1~2時間は見ていたり、コンピューターを日常的に使っている人(グループB)は、ゲームを始めるとβ波が一気に低下するという。それでもゲームを中止するとすぐに正常値に戻るという。そしてグループCはテレビゲームをしていてもしていなくても、β波がα波のレベルに下がってしまっている群、グループDはβ波がα波のレベルよりもさらに低くなってしまっている群に分かれるのだという。A~Dまでの群をそれぞれ、「ノーマル脳」「ビジュアル脳」「半ゲーム脳」「ゲーム脳」と名付けたという。
なるほど、それで「ゲーム脳」か。それぞれの群に考察もついている。ノーマル脳の人は、つまりは脳が正常に働いていることを示しており、印象としては礼儀正しく成績も優秀で、ビジュアル脳も同様だという。半ゲーム脳のようなデータを示す人の中には、少し切れたり自己チュー的な態度をとったり、ゲーム中に話しかけても「うるさい!」という返事しか返ってこなかったり。ゲーム脳となると、成績が低い人が多く物忘れが多く、時間感覚が欠如し、学校も休みがちとか。
ゲームをほとんどやったことがない人は、ゲームをしているときも慣れていないことなので頭を使って対応しようとするが、いわゆるゲーム漬けになると、頭を使わなくても、つまり視覚情報が大脳を経由せずに反射的に手が動いてしまい、このようなことが長く続くと大脳皮質の活動しなくなるタイプの脳になってしまうのではないか、と考えているという。そして、痴呆の研究から、ゲーム脳のα波とβ波のパターンは「痴呆」の状態と酷似しているというのだ。
つまりゲームをやりすぎると痴呆と同じ状態になってしまうってこと! こんなショッキングな結論にメディアが反応した。春から夏にかけて「ゲーム脳」に関する記事がいくつものメディアに紹介された。この結論のインパクトに加え、「ゲームってきっとなにか悪いことがあるんじゃないの、はっきりしたことはわからないけどね」といった一般の人たちの気持ちにズバッとはまった格好になったのだと思う。
彼はゲームソフトについてもいくつか試していて、積み木ゲーム(テトリス)や、敵を倒しながらゴールを目指すロールプレイ型(なんというソフトか)などについて考察している。後者はけっこう残酷な映像のもので、私も何度か見たことはあるがやったことはない。ソフトにより多少の差異はあっても全体の傾向は変わらないという。
「先生、ソフトの中にもかわいいものってあるでしょう。そういうのはどうなんでしょうね」。漠然とした質問だが、『ぼくのなつやすみ』みたいなものを想定している。
「それはまだ試していないけど、同じような傾向になるんじゃないでしょうかね」。
うーん、ちょっとまってよ先生。測定する前からそんなこと言っちゃっていいの。もう一つ聞いてみた。
「囲碁や将棋のソフトではどういう結果が出ると思いますか」
「きっと同じなんじゃないでしょうか」
実は私はこのあたりの回答を疑っている。囲碁や将棋のソフトでの遊びと、実際の対局をしている人たちの脳波をぜひとも測定してもらいたいとお願いした。
ちょっとこわかったけど、おそるおそる頼んでみた。「私の脳波、測定してもらえますか?」
いいですよ、簡単に測れますからからと快く応じてくれた。
測定に使ったのはゲームボーイアドバンスという新しい簡易ゲーム機。ソフトは「テトリス」。へー、ゲームボーイにもテトリスのソフトがあるのかとちょっと感慨にふけってしまう自分が時代から遅れているようでちょっと情けない。
まず、正面においてある輪をじーっと見てくださいと言われる。これは集中するということらしい。横でモニターを見ている先生が、「お、なかなかいいレベルですねぇ」という。ちょっとうれしい。へー、やっぱり物を書くことがいいんでしょうかねってなことを言う。「それではそろそろはじめましょうか」とゲーム機を渡された。最初は操作ボタンの使い方がよくわからなかったが、まったくやったことがないわけではないのですぐに慣れ、ゲームを楽しむまでにはなれた。テトリスをやるのは10数年ぶりだ。最後にやったのはたしか89年だったと思う。私はけっこうあのゲームが好きで、ときどきゲーセンにも行った。ブロックを重ねていくときのあの「頭を使う感じ」が好きだった。なかなかおもしろい。測定していることを忘れてしばらくこれで遊んでいたいなあ……。あ、まずいまずい。
「先生、私これ、はまりそうですよ」と言ったそのとき、「あ、今がくんと落ちました」という。β波のレベルが突然下がったということらしい。その後しばらくしてから」ゲームを終え、モニターのプリントアウトを見せてもらった。「ほら、ここのがくっと落ちているところが、『はまりそう』と言ったときですよ」という。なかなかリアリティがある。「ビジュアル脳ですね」と結論。
そのプリントアウトをもらって、辞した。テレビゲームにはなにか重大な影響があるかもしれない。そんな疑問に対して、β波の測定や、今まで出てきたデータできっぱりとした結論が出せるか、と言ったら、まだそんな段階ではないだろう。本当にこれを研究することになったら、脳科学者、ゲーム製作者、心理学者、行動学者、精神科医、教育関係者などの連携と同時に膨大なサンプルを長期間にわたってモニターするという、大プロジェクトなるだろう。脳科学などよくわからない私にとってはβ波の測定だけでいいものかどうかとも思う。しかし、今や巨大産業に成長し、世界の市場に影響を与え、不況の中でも元気のいい数少ない商品となったテレビゲームに対して、きちんとその「影響」を検証する必要があるにちがいない。脳への影響だとすればなおさらだ。
本が出てから、いろいろなメディアからの取材への対応に追われっぱなしだという。「ゲーム業界は何もいってこないんですか」と聞くと、「今のところありませんよ。言えないでしょう、これだけはっきりした結果が出たら」と言うが、私はゲーム業界がマジで反論しなければならなくなるだけのデータをそろえられる体制と結果こそ必要だと思う。■

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