国立環境研究所の疫学調査の意義

投稿者: | 2003年4月19日

国立環境研究所の疫学調査の意義
上田昌文(電磁波プロジェクト)
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上記、懸樋さんが指摘した問題を理解するために、上田昌文が『週刊金曜日』2002年9月27日号に書いた記事を一部手直しして掲載します。(上田)
●高圧線電磁波リスク研究の国際動向
高圧送電線から出る電磁波はどの程度の健康リスクをもたらすのか--この問題を探る上で今後大きな影響を持つだろう、日本の研究結果が近々正式に発表される。国立環境研究所と国立がんセンターが中心になって行った疫学調査の中間解析の結果が8月末に全国紙に報道され、注目を集めている。
私たちの身のまわりの電磁波は大まかに言って、電波(周波数帯が10kHz(キロヘルツ)~300GHz(ギガヘルツ)の「高周波」に属する電磁波、たとえば放送電波や携帯電話など)と家庭に送られてくる電気から発生するもの(周波数帯が0~300Hzである「超低周波」に属し、50Hzまたは60Hzの商用周波数の交流磁場が問題になる、高圧送電線についても同じ)に大別できる。後者のうち最も影響が大きいと見なせるのが高圧送電線である。強力な磁界を常時発生し、その近辺に居住する人々に恒常的な被曝を強いるからだ。
高圧送電線周辺では子供に白血病や脳腫瘍などのがんが多発するとの報告は、1979年のワルトハイマー博士の疫学調査以来、再評価研究(その時点までのいくつかの研究を調査し評価したもの)を含めると、「影響あり」とした疫学研究は40件を超えている(「影響なし」としたものは10件程度)。病気の発症率が著しく大きくなるわけではないが、特に小児白血病でみた場合、磁界への曝露の影響は否定できない、というのが国際的な認識になってきたと言えるだろう。たとえば米国環境保健科学研究所(NIEHS)は1992年から5年をかけた研究で「電力周波数の電磁界には発がんの可能性があるかもしれない」との結論を下し、「積極的対応の必要はないものの、強い磁界をできるだけ回避すること」を推奨した(1999年)。また、国際がん研究機関(IARC)は昨年、20件近い疫学調査結果をふまえた「平均0.4μテスラ(=4mG)以上の磁界では小児白血病の発症が2倍に増える」との分析に基づき、電磁波を「発がんの可能性あり」の「グループ2B」に位置付けた。これを受けてWHO(国際保健機構)は「ファクトシート」を発表し、その中で政府、企業、個人がそれぞれ取り組むべき対策を述べ、たとえば高圧送電線の設置にあたっては「住民の電磁波被曝を低減するにはどうすればよいかということも考慮されねばならない」と明確に述べるに至っている。WHOは1996年から2005年の10年をかけた「国際電磁波プロジェクト」を進めており、低周波と高周波の両方について、長期的・慢性的な人体影響を考慮した新たな基準作りを目指している。この度の日本の疫学調査もこの国際協力としてなされたものだ。
超低周波のリスクに関する疫学研究は日本とイタリアを除いて、他の欧米諸国ではすでに個別の報告がなされており、小児白血病での複数の研究結果を一つに束ねて解析する「プール分析」の結果も出ている(個別の疫学研究では、対象者数が少ないなどの弱点があるので、複数の調査結果を再整理して統合的に再解析する方法である)。米国とスウェーデンでなされたプール分析ではそれぞれ、平均磁界強度が3mGと4mGを超えるの曝露でリスクが有意に増加する傾向にあることが示されている。今回の日本の調査もこれに近い結果が得られたようだ。正確を期すには論文の正式発表を待たねばならないが、「日常生活で被曝する電磁波の平均値が0.4μテスラ(=4mG)を超えると、小児白血病の発症率が2倍以上になる」と新聞報道された(『朝日新聞』8月24日付)。
●精緻で大規模な疫学研究の意義
電磁波の人体影響を探る上で、疫学研究はどのように位置付けられるのか。細胞実験、動物実験、疫学研究の3つに大別できるが、それぞれの特徴を理解した上で結果を理解することが大切だ。
細胞実験ではDNAの損傷、細胞分裂の異変などにも着目しながら、どの細胞やどの化学物質がどう関与するのかというメカニズムを探ることができる。しかし電磁波被曝の健康影響は複雑な因子がからみあっていると思われるので、細胞単位の研究には自ずと限界があるだろう。動物実験では電磁波被曝の様々な条件設定が可能になり、その動物の身体に現われる種々の徴候と被曝との関連を探り出すことができる。だが、その結果を直接ヒトへあてはめることは無理がある。そこで、ヒトが発症した病気を集団的にとらえ、様々な環境要因との関係を統計的に分析していく疫学が大切になってくる。疫学は言ってみれば、病気のメカニズムは知り得なくてもその病気の原因を探ることを可能にする学問だ。バイアスなどを充分に排除した疫学研究では、因果関係を100%証明することはできなくても、原因と目される事象と病気との関連性をかなり明確に示すことができる。
国立環境研究所のこの度の疫学調査は症例対照研究(ケース・コントロール研究)として大変周到なものだと思われる。すなわち、(1)1999年から2001年の間に新たに発生した15歳未満の小児白血病患者全員にあたる約1400人のうち1000人ほどに調査参加をお願いして、約5割の参加者を得たという、規模の大きい調査であること、(2)そのうちの約350人には問診調査を実施し、部屋の中の磁界を測定していること(これが「約310の症例数」となる)、(3)対照数(15歳未満の健康な子供)も約700人と規模が大きく(最終的にはこれが「約600の対照数」となる)、電磁界曝露のバラツキをふまえて、相当高い統計的な検出力が得られてだろうこと、(4)曝露量の評価を厳密に行なうために、季節によって電気使用量が変化するため測定日をあわせて1週間にわたって測定し、また夜と昼との曝露量の違いを考慮して重み付けをしてデータ処理していること、(5)大気汚染物質やラドンなどの放射線も同時に計測し、電磁波以外の要因をチェックできるようにしていること、(6)調査対象となった子供たちの居住地と送電線との位置関係をチェックし、「送電線の近くに住んでいる人ほど調査に参加する比率が上がる」といったバイアスを排除できるようにしていること、といった従来にない規模と精緻さを備えている。
疫学研究が病気の原因を示唆しても、方法上の不備をつかれたり、「メカニズムは知られていない」などと”難癖”がつけられて、結果が軽視されがちだった。しかし今回のような周到な研究が「影響あり」の結果を示した以上、少なくとも超低周波については、これまで政府や電力会社が唱えていた「影響なし」の言い分がまかり通るわけにはいかないだろう。
●求められる高圧線の電磁波規制
超低周波の規制は国によって大きなバラツキがある。高圧線の場合、電線と地上との間に電位差が生じるので電界もできる。日本の規制値は感電を避けるために「電界を3kV/m(電界の1メートルあたりに生じている電位差で3キロボルト)を超えないようにする」というものであり、電圧が大きくなると鉄塔を高くしなければならない理由もここにある。しかし前述したように、高圧線の健康影響は磁界の方が問題になる。日本は超低周波の磁界の強さを規制していない、先進国でもめずらしい国である。(統一した規制値を定めていないように見える米国やスウェーデンだが、米国では州ごとの規制がなされており磁場については4mGという独自規制をするところも増えている。またスウェーデンでは1993年から2~3mGを目安に小学校や幼稚園などの近辺の鉄塔の撤去や移転、住宅密集地近くの送電線の撤去も行なわれている。)
政府は、2003年にまとめられることになっているWHOの「電磁波プロジェクト」による環境保健基準を参考にして規制値を検討する、との立場をとろうとしているが(たとえば『日経Byte』2002年9月号「特集 電磁波影響の研究」での経済産業省・資源エネルギー庁原子力安全保安院電力安全課の田中英治氏の発言)、総務省や厚生労働省などの関連部局は国立環境研究所の調査結果をどう受けとめるのか。そして何より、高圧線が縦横に走り巡っている現実にどう対応するのか。少なくとも子供たちが長時間過ごすような学校や公共の施設での対策は急務だろう。論文の正式発表を受けて関係機関や企業に明確な対応を促せるよう、一般市民も備えておくことが必要だと思う。■

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