携帯電話電磁波リスクへの政策的対応の必要
― ― 電磁波プロジェクトの調査研究の結果より
上田昌文(電磁波プロジェクト・代表)
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市民科学研究室の「電磁波プロジェクト」は第一期2001 年の東京タワー電磁波調査に引き続き、第二期の調査研究を約2年をかけて行ないました。前半の1 年は文献の読み込みが中心でしたが、後半は財団法人消費生活研究所の「2002 年度 持続可能な社会と地球環境のための研究助成」を受けてなされました。私たちのテーマは「携帯電話端末ならびに基地局がもたらしている電磁波リスクへの政策的対応に関する研究」で、このたび成果を報告書にまとめることができました。ここではその概要をお伝えします。報告書作成にかかわったメンバーは上田昌文(チーム代表)、懸樋哲夫、薮玲子、赤坂剛史、西村美香、西野全哉の5 名です。なお紙数の関係で参考文献の記載は省きました。ご関心のある方は市民科学研究室までご連絡ください。
●爆発的に普及した携帯電話
2003 年5 月の時点で日本の携帯電話の契約者数は7672 万5,100、PHS は545 万800 である(電気通信事業者協会の公式統計)。国民の7 割近くが携帯帯電話端末の使用に伴ってマイクロ波を日常的に被曝するという事態は、我々がいまだかつて経験したことのないものである。端末だけではない。携帯電話の普及は携帯基地局(携帯タワー)数の増加に支えられている。 2001 年3 月の時点で、日本全体の携帯電話基地局数は5 万4617 局、PHS 基地局(アンテナ)数は67 万9810 である(平成14 年度『通信白書』)。また東京都全体で携帯電話基地局は2003 年3 月の時点で約6200 あると言われている。端末使用時に頭部が被曝する場合の電磁波強度と比較して微弱だとはいえ、携帯基地局は基地局周辺の住民に恒常的な被曝をもたらしていると同時に、都市部において高い密度で設置されることにより環境中の高周波の平均的な強度を増大させる。携帯電話の出現と普及により、頭部への集中的で反復的な被曝と、環境中の電波による恒常的な低レベルの被曝という新しい高周波電磁波被曝の形態が生まれてきている。
携帯電話電磁波(マイクロ波)や放送電波の帯域を含む高周波については、人体影響を探る遺伝子レベル、細胞レベル、動物個体レベルなどでの様々な実験研究がなされてきた。しかし現時点においては、携帯電話での周波数や強度ならびに使用状況に応じた種々の条件を設定しての実験研究で、人体への悪影響が反証の余地なく明確に示された、というわけではない。最近になって、比較的微弱な電磁波であっても健康への悪影響を指摘する研究がかなり多数報告されるようになってきているが、しかしそのメカニズムが完全には解明されていないので、大半の政府や公的機関は、悪影響を示唆するそれらの研究結果を受け止めて現行の基準値を見直すには至っていない。
日本は低周波磁界についての規制値がなく、高周波については国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)の勧告値に倣った緩い規制値と、携帯電話端末のSAR 値に関する、やはり国際的にみて緩やかな規制値を持つのみである。総務省の「生体電磁環境研究推進委員会」による携帯電話電磁波の人体影響に関する研究では、現時点では「人体に影響なし」と結論付けている。携帯電話の爆発的普及がもたらしている新しい被曝状況に対応する形で、海外では先進的な様々な取り組みが生まれ始めている中にあって、日本の現在の電磁波規制体制はかなり保守的で、遅れをとっているように思われる。私たちは本調査によって、今まで公的にデータが公開されたことがなかった携帯電話基地局周辺地域の電磁波強度分布を実測によって明らかにし、携帯電話電磁波を都市の環境問題としてとらえる視点を探った。さらに健康影響を探る上で必須となるだろう疫学調査に向けて、大規模アンケートによる携帯電話の使用状況と健康兆候の把握が欠かせないことを統計データによって示唆した。そして、携帯電話電磁波リスクに対する海外の先進的な政策対応の事例を調べることで、日本において今後必要な取り組みの幾つかを明確にさせた。
●電磁波の「総量規制」が必要
携帯電話の端末からの電磁波はその端末の使用時に限って、端末からの電磁波が届く範囲にのみ被曝をもたらすものと想定できるが、通信のための基地局は周辺住民に常時被曝をもたらす。日本では高周波についてはICNIRP の勧告値にならった「電波防護指針」(1998 年総務省、10kHz ~ 300GHz、放送電波帯域と携帯電話帯域を含む)が適用される。個々の事業者が認可を受ける場合、業者が申請する使用周波数での電磁波強度(電界、磁界、電力束密度)がこの指針値に照らして個別に判断される(指針値以下であることが求められる)が、様々な帯域の電磁波が混在する都市環境においてそれらを総合した電磁波強度を対象にした規制は導入されていない。そのためか、たとえば放送電波や携帯電話の電波帯域に相当する30MHz ~3GHzの電磁波強度が電磁波源周辺地域においていかなる強度分布を示すのかを精密に測定されたことはほとんどなく、携帯電話の使用増加に伴って都市部の電磁波環境がどう変化しているかを明らかにする公式のデータは存在しない。建設をめぐって地域での紛争が起きている携帯基地局についても、事業者側は設置される(あるいはすでに設置された)個々の基地局が上記指針値を満たしてさえいれば問題がないとの立場に固執し、ここ数年で急激に増加し都市部においては林立してしまっているとさえ言える携帯基地局がトータルとしていかなる電磁波環境の変化をもたらしているかを検討する視点を欠落したままである。 我々は都市部におけるトータルな高周波電磁波の強度分布を明らかにすべく、2001 年に携帯電話のマイクロ波と近接した帯域で長年比較的強い電波を発信してきた東京タワーに注目し、その電磁波の計測と周辺地域の疫学的調査を実施した。この度はモデル地区として東京都国立市をとりあげ、その全域で携帯電話帯域と放送電波帯域の電磁波強度を実測した。
計測方法
(1)国立市内の携帯基地局アンテナの位置と種類(事業者名と使用している電波の周波数)とPHS アンテナの位置を明らかにした。
(2)30MHz ~ 3GHz の帯域(放送電波と携帯電話電波の帯域)の電波の強度分布を周波数別に明らかにした。((株)エイペックス・インターナショナルと共同で、対象とする周波数帯域に対応した計測アンテナとスペクトルアナライザーを使用した。)計測地点は、市内の各携帯基地局の近隣でありその基地局を見通すことができる地点(基地局からの電波が遮蔽されずに伝播されるとみなせる場所)を5 箇所選定した。計測したのは2002 年2 月26 日(水)、天気は晴天であった。
(3)上記の5 箇所の地点において、30MHz ~ 30GHz の全帯域の電磁波の総合な電波強度(電力束密度)を計測した(narda S.T.S. 社製のEMR-20 高周波電界強度測定器を使用)。
計測結果
(1)携帯基地局アンテナならびにPHSアンテナの分布
私たちがその所在、事業者名、携帯電話の種類、使用周波
数帯を明らかにし得た国立市内の携帯基地局は14 局、PHS アンテナ数は総数221 である(次ページ図1 参照)。私たちが情報公開請求によって得た総務省の資料によると、携帯基地局の総数は23 である。この資料では基地局の住所がすべて黒塗りによって伏せられており、ほかに入手した情報から推測しても23 局の位置の全部を特定することはできなかった。
(2)国立市の放送電波ならびに携帯電話電波の周波数別の強度分布
携帯電話ならびにPHS の電波は以下の表1に見るように特定の周波数帯域が使用されている。
周波数帯別にみた各計測地点の電波強度(電力束密度)は表2 のとおりである。
(3)国立市内の5 地点における総合電波強度(総合電力束密度)
上記5 地点で計測した総合電力束密度は次の表3 のとおりである。ここで示された総合電力束密度は計測器EMR - 20 の特性により、100 k HZ ~ 3GHz までの周波数帯域のすべでの電磁波の強度の総和となっている。したがって、それぞれの地点においてそれぞれの時間において存在したすべての放送電波と携帯電話電波の強度の総和が示されている(計測は各地点で1 回6 分間計測器を固定し、その時間内に変動している強度の平均値と最大値を示している)。表4 でたとえば①の「1(9:40)」とあるのは、その地点での1回目の計測を午前9 時40 分に行なったことを示す。
携帯電話の電波の強度は、測定地点近辺でどれくらいの数の携帯電話がどの場所でどのようなモードで使用されるのかなどによって刻々に変動する。それに比べて、放送電波の強度は比較的一定である。それゆえ、国立市に存在するの放送電波のトータルの強度は上記の平均値のうち最も微弱な値(この表では0.15 μ W/ c㎡)を超えることはないと推定できる。
考察
(1) 携帯電話ならびにPHSに特定周波数について個別の電波強度をみた場合、現行の規制値を超えるものは存在しなかった。表2でみる最大値(800MHzで②国立倉庫裏における0.014245μW/c㎡)で比べても、現行の指針値(800MHzで530 μW/c㎡)の10万分の3程度である。ただしこれは個別の周波数でみた場合であり、携帯基地局の数が多くなるにつれてトータルの電波強度は大きくなることが考えられる。現に、PHS端末は携帯電話端末に比べて約10分の1の出力であるが、出力が非常に微弱なはずのPHSアンテナからの電波(1.9GHz)の強度が、それぞれの帯域(800MHz、1.5GHz、2.1GHz)の携帯電話の電波の強度に迫るような値を示していることがわかる。これは国立市で至る所にPHSアンテナ(総計221基)が存在してことが関係していることは明らかであろう。
(2)総合電力束密度からみた規制値(もしくは勧告値)との比較
表3と図2のグラフから分かるように、国立市のいかなる地点でもICNIRP の勧告値ならびに日本の規制値(指針値)を超える強度の電波は存在しないと考えられる(ここでは環境中に定常的に存在する電波を問題にしているので、携帯電話使用時に端末で計測される電波の強度は除外して考える)。しかし、イタリアの規制値10 μW/c㎡(電界強度で6V/m)やスイスの規制値6.1 μW/c㎡(電界強度で4V/m)と比較すると、最大値ではそれに迫る電磁波強度が計測される場合があることが分かる(例えば地点④の5 回目)。ただしこの値は計測地点近辺で携帯電話が使用されたことによって生じた可能性が高いので、恒常的な環境中の値とみなすことにはできないだろう。しかし、それは携帯電話がいずれかの基地局の周りでかなり頻繁に使用される場合に、その基地局周辺の地域ではイタリアやスイスの基準値に迫る電磁波強度になるだろうことをも意味する。パリ市の新しい基準値(24時間平均で携帯タワーの電界強度を2V/m以下、電力束密度に換算すると1.06μW/c㎡以下)に照らしてみるなら、表4の平均値でみると、国立市ではパリ市の基準のおよそ2 分の1の強度の電波が環境中に恒常的に存在する地点がかなり多数あるものと推測される。
電磁波の「総量規制」はまだ手付かずの問題だが、早急に検討されるべき課題であることが見えてくる。
●大規模アンケートからみえるもの
アンケート調査の目的
携帯電話端末の電磁波の人体影響を探る実験研究は、遺伝子や細胞ならびに動物個体のレベルで様々になされてきたが、現在までのところリスクに関して明確に一致した結論が得られてはいない。また携帯電話が爆発的に普及したのがここ4、5 年のことであるため、携帯電話端末からのマイクロ波を被曝したために生じただろうと目される疾病あるいは健康影響の兆候を疫学調査によって検出することもかなり困難である。
そこで現時点では、携帯電話の使用状況と健康影響に関連したなんらかの症状の自覚の有無を、できるだけ大きな規模の人口集団を対象にしてできるだけ正確に把握することで重要となる。国内で約7700 万人の携帯電話使用者に、今仮に10年後に何らかの健康影響の兆候が現れてくると想定してみた場合に、その時点で必要になるだろう疫学調査を実効力のあるものとしていくために、先行的に予備的な統計調査が積み重ねられ、その結果をふまえて的確な疫学研究の設計がなされるべきであろう。
携帯電話の電磁波被曝が原因であると特定することはできないが、その関連を示唆するような健康影響についての統計調査は、小規模ながら海外でも先例がある。我々はこの研究を手がかりに健康影響の項目をも含む可能な限り大きな規模でのアンケートを実施しようと試みた。
アンケートの集計結果と分析
アンケート用紙をできるだけ広い年齢層や様々な職業や生活形態の人々に行き渡るように配布した。実施期間は2002年11 月から~ 2003 年3 月であり、回答者の総数は1278 人であった。
(1) 携帯電話使用状況について
(1-1)回答者にみる携帯電話・PHS加入率は76.5%であり、それらの携帯電話通信会社のシェアは日本全体とほぼ同じ分布を示している。
アンケート回答者の携帯電話とPHS を合わせた所持率は日本国内全体の所持率(2002 年9 月末:61.1%)に比べて高かった。携帯電話が全ての年齢層に普及しているのがよく分かる。アンケートの回答者における携帯電話通信会社の割合はと国内のシェアの割合と同じ傾向を示していた。このことにより、このアンケートは日本国内の携帯電話使用者の全体的な傾向をある程度反映しているものと考えることができる。
(1-2) 携帯電話を使い始めてからの期間は平均39.6ヶ月である。
携帯電話が最近3~4年の間に爆発的に普及したことが確認できた。この傾向は若い世代にだけではなくほとんど全ての世代に渡って見られた。
(1-3)次の機器を買い替えるまでに1台の携帯電話を使用する期間は平均18.8ヶ月である。
回答者の携帯電話の買い替えまでの使用期間は1年半くらいとなっている。いずれの世代においてもだいたい同じ傾向を示した。全国的には約1年という推定もある。現時点で1年~1年半が携帯電話の”寿命”であるとみなすと、2003年3月末時点での日本の携帯電話の台数は約7570万台なので、年間約5000万~7500万台の携帯電話が国内で廃棄(一部回収)されていることになる。
(1 - 4)1 日の通話時間は平均9.9 分、30 分以上の長時間通話者は全体の7%以上である。 年齢階級ごとの通話時間ではある程度のばらつきがあるが、基本的には年齢によって通話時間に変化はないと見なせる。通話時間に関しては半数の回答者が5分以下と回答している。しかし、30 分以上の回答者も全体の7%以上を占めたので、携帯電話の使用を用件のみに限らず普段の知り合いとの会話にも利用していると考えられる。これは、最近の携帯電話通話料の値下がりの影響を受けているものと思われる。通信料の値下がりなどがあれば、今後この傾向はさらに進むものと予想できる。
(1 - 5) 送信メールの件数は平均12.6 通/ 日だが、18 歳以下の使用者のメール件数が著しい。 送信メール件数は18 歳以下の中高生で顕著に多くなっている。中高生(523 人)の1 日あたりの平均送信メール件数は20 通くらいであり他の年齢に比べ非常に多いが、中には100通/日以上の回答者の数も21人となっていた。中高生の中には1日中友人とメールのやり取りを行っている人もいて、メールをやり取りすることによる「友人とのつながり」を求めている人もいるらしいと想像できる。
(1-6)携帯電話使用料金は、年齢による大差はなく、平均で7850 円/月である。 携帯電話使用料金は、年齢による大差はなく平均で7850円である。携帯電話の使用料金は1万円未満の回答者が全体の7 割以上を占めているが、1万円以上~ 2 万円未満の人も2割いた。年齢ごとに見ると高校生から20代の携帯電話使用料金は他の世代より高めになっている。高校や大学生の中で30 人近くが携帯電話使用料を月額2 万円以上も支払っている。学生、高校生は通話料を支払うために食費を制限するなど、支払能力を超えた料金となっている例もあり、携帯電話の普及が一部では消費生活・社会生活にかなり大きな影響を与えていると想像できる。
(1-7)パソコンの平均使用時間は1 日約1 時間であり、かなりの長時間使用者も少なくない。
全体の平均で1 時間くらいであるが、1 日あたりのパソコン使用時間が4 時間を越える人も1 割以上存在する。長時間使用者とそうでない者の差が大きいことが考えられる。
(2)健康影響について
(2 - 1)普段の生活で疲労を感じている人が全体の2 割を超えていた。
「疲労」を感じている人が全体の2 割以上を占めている。また、「集中力の低下」や「記憶力の低下」を訴えている人も1.5 割程度みられる。「頭痛」を訴えている人の数も全体の1割を超えている。
(2 - 2)携帯電話使用時に「耳のあたりが熱くなる」と感じている人が約1 割いる。
携帯電話を使用しているときに、「耳のあたりが熱くなる」と感じている人が約1 割いる。携帯電話によって実際にどのくらい体温が局所的に上昇するかは一概に述べることはできないが、これだけの数の人が訴えるからには詳しい調査が必要であると思われる。また、他の症状についても、3 ~ 4% ほどの人がそれを自覚していることがわかる。
(3)使用状況と健康影響の関係について(相対リスクの検討)
(3 - 1)携帯電話と疲労(相対リスク2.1 倍(95%信頼区間1.4~ 3.1))
携帯電話を持っている人の方が持っていない人に比べ「疲労」の症状を訴えている割合が2.1 倍になるという結果が統計的に有意に示された(自覚症状としての「疲労」を「リスク」とみなせば、携帯電話電磁波被曝による「疲労」の相対リスクは2.1 となる)。疲労は漠然とした概念であり、きわめて多くの原因を想定することができるが、この結果は「携帯電話使用が疲労をもたらす一つの要因になりえるかもしれないこと」を示唆していると思われる。
(3 - 2)携帯電話の使用と普段の何らかの症状(相対リスク2.9 倍(95%信頼区間2.0 ~ 4.0)) 携帯電話使用者がそうでない者に比べて、普段に何らかの症状(この場合は「疲労」、「頭痛」、「集中力低下」、「記憶力低下」、「睡眠障害」)を訴える割合が2.9 倍になるという結果が統計的に有意に示された。
(3 - 3)携帯と頭痛(相対リスク2.3 倍(95%信頼区間1.4 ~3.9)) 携帯電話使用者がそうでない者に比べて、普段「頭痛」を感じている割合が2.3 倍になることが統計的に有意に示された。「頭痛」は携帯電話電磁波が主として頭部への被曝をもたらすことを考慮すると、注目に値すると思われる。
(3 - 4)携帯電話とパソコンの使用時間が両方について長い者は、両方についてそうでない者に比べて、何らかの症状もしくは疲労を訴える割合が大きくなっている。
携帯電話の1 日通話時間平均時間である5 分とパソコンの1日使用時間30 分(平均使用時間の約半分)を境目に「携帯電話5 分以上/ 5 分未満」「パソコン30 分より長い/ 30 分以下」で4 つのグループ分けをした。それぞれのグループの人数がほぼ均等になったので、比較に適していると判断した。
この4 つのグループを比較すると、携帯電話の使用が長く(5 分以上)かつパソコンの使用が長い(30 分より長い)グループ(グループA)が、その両者について短いグループ(グループD)に比べて、「疲労」を訴える人の割合が1.5 倍(相対リスク1.5(95%信頼区間1.0 ~ 2.3)、「何らかの症状」を訴える人の割合が2.0 倍(相対リスク2.0(95%信頼区間1.3~ 3.2)になることが統計的に有意に示された。同様の比較をグループB とグループCに対して行なっても相関は見出せなかった。携帯電話およびパソコンの使用の両方の使用がどう健康に影響するか、そのメカニズムはまったく知られていないが、パソコン・携帯電話の両方を使用時間が長いグループに何らかの健康影響が出やすいことを示唆する結果であり、詳細な調査・検討が必要であると思われる。
アンケート調査の結論
携帯電話の使用状況の結果から、この新しい技術が非常に幅広い層に受け入れられ、ことに若い人々(中学生や高校生など)の間では大きなお金を費やすことになろうとも、容易に手放せないだろう生活上の必須商品になっている姿が浮き彫りになった。健康影響については携帯電話電磁波との関連を示唆するいくつかの兆候が見出せた。すなわち、携帯電話使用者では日常的に疲労感や頭痛を訴える者が非使用者に比べて多い傾向があること、また「耳のあたりが熱くなる」という特定の兆候を感じる者がかなり多いこと、そして携帯電話とパソコンの両方の使用時間が長い場合には疲労などの日常的に感じる兆候がより出やすくなるかもしれないこと、である。携帯電話の普及(とりわけ若者の携帯電話への依存状況)が著しいことを考えるなら、今後同様のアンケート調査をさらに大規模に行い、この先に必要となるだろう疫学調査の設計に資するデータを蓄積しておくことが重要であると考えられる。
●海外の先進的政策に学ぶ
海外の政策動向をみる際は、それぞれの国の立法・行政制度、意思形成・決定を支援するシステムの全体的考察が欠かせないが、私たちは環境問題に対して予防的アプローチを強めつつあるEU 諸国のうち、英国、ドイツ、イタリア、フランスの4 カ国について、高周波もしくは携帯電話電磁波のリスクにいかなる政策的対応をなしているかを整理し、その対応が生まれてくる背景や政治的手法について重要と思われる事項を抽出した。ここではそのうち英国の事例を紹介する。
英国は国際的にみて厳しい電磁波規制値を採用しているとは決していえない国だが、携帯電話電磁波問題では世界に先駆けて予防原則による対応を打ち出したことで注目される。それは「携帯電話に関する独立した専門家グループ」:IEGMPIndependent Expert Group on Mobile Phones、通称スチュワート委員会)によって2000 年4 月にまとめられた報告書『Mobile Phones and Health』の中で表明された。
英国保健省は爆発的に普及し始めた携帯電話の安全性を検討しようという意向から1999年3月に放射線防護委員会(NRPB)に対応を要請した。そこでNRPB の中の部署である非電離放射線諮問グループ(AGNIR)がIEGMP を組織して対処することを提起した。新たな独立性の高い組織を立ち上げた理由は (1)すばやい対応が望まれていたこと、(2)一般国民に対して新しい問題に取り組んでいるとの印象付けが必要であったこと、(3)AGNIR の扱ってきた範囲を超える何らかの「勧告」が求められていたこと、(4)一部の人々から業界寄りだと見られているNRPBとはまったく独立した調査であることを示す方がよいと考えられたこと、などである。
1999 年6 月にまず委員長が選出され(スチュワート卿)、他の委員は同年8 月に、オブザーバーやサポーターは10 月に指名された。委員長に指名の権限を与えたこと、各分野(法律、哲学・倫理、学校教育を含む)の専門家を集めたことが大きな特徴であろう。徹底した文献のレビューと討議によって「勧告」をまとめあげた。
レビューの結果、携帯電話使用者に有害な影響があると言えるだけの十分な証拠はないが、同時に完全に問題がないとも言い切れるだけの証拠も揃っていないので、「予防原則」の立場をとるとの考え方を表明した。具体的には、携帯電話購入時に必ず配布されることになっている保健省作成のリーフレット「携帯電話と健康」にも反映されているが、そこには次のような提言が盛り込まれている。・「使うな」と言えるだけの根拠は、薄弱である。そこで、使うなら前もって必要な情報を提供し、被曝を抑えたい人には出来る限りそうできるような使い方を示すのがよい。・SAR 値については、科学的証拠に基づいて国際的に統一基準ができればそれを受け入れるべきである。また、SAR 値の情報提供を店頭での掲示、リーフレット、携帯の画面やラベル、管轄省庁のウェッブサイトで行なうべき(一般の人に分かるように解説をつけて)である。・16 歳以下の子供にはどうしても必要な使用以外は推奨できない。携帯電話メーカーも子供を対象にした宣伝や売込みは控えるべきである。
この報告書での中で「さらなる調査研究が必要である」と繰り返し述べられた問題のいくつかについて、英国政府は2002 年3 月に継続研究を公募し、総額約770 億円17 件の研究に出資することが決まった。
イギリスでは携帯基地局建設に関して制度が良く整備されていて情報公開が進んでいるという印象を受ける。「Code ofBest Practice on Mobile Phone Network Development」では携帯基地局の建設や運用する際に考慮すべき事項や基本的な指針が示されている(★注1)。新たな基地局の建設では携帯電話の通信会社は初期段階から自治体などと協議を重ね、公衆の被曝を抑えたり景観を保護するための方策がとられている。このような過程において地域の住民との対話の場を設けるように提案されている。また、この指針では基地局の登録制度を設けてその情報を公開することが提案されているが、既存の基地局についても基本的に情報が公開されており、無線通信庁(Radiocommunication Agency)が提供するWeb サイトである「Sitefinder」では、日本であれば情報公開制度を利用して情報の開示を請求しても拒否されてしまうような基地局の詳細な情報(通信会社、位置、アンテナの高さ、運用されている出力、許可された最大出力、電波通信方式)が公開されている(★注2)。また、基地局の運用条件が変わるときには届出をするようになっており、地域の住民が知らないうちに基地局の出力が上がってしまうようなことは起こらない制度になっている。さらに、学校や病院については電磁波強度を測定する制度があり1 年間に約100 箇所の測定が行われていて、その詳細な結果がWeb 上で公開されている。
これは、私たちが情報公開請求によって得た総務省の資料では国立市の基地局の住所がすべて黒塗りにされていたことと比べると、あまりに大きな違いであると言えるだろう。
★注1:URLはhttp://www.planning.odpm.gov.uk/telecomms/
index.htm
★注2:URLはhttp://www.sitefinder.radio.gov.uk/
国立市のマンション屋上に立つ携帯タワーの一つ