★宇宙開発再考プロジェクト報告★ 手作り衛星への道

投稿者: | 2004年4月20日

★宇宙開発再考プロジェクト報告★
手作り衛星への道
河野弘毅 h i r o k i @ k a w a n o . n e t( 宇宙開発再考プロジェクト)
doyou81_kawano.pdf
 市民科学研究室では昨年から宇宙開発再考プロジェクトをたちあげました。このプロジェクトは、市民による手作り衛星の開発にむけて技術を習得することと、多額の国家予算が投入される宇宙開発計画の妥当性を市民の立場から検討する視点を築くことを目標に活動しています。
 2 0 0 2 年には宇宙開発の分野の技術者や研究者を招いて7 回のミニ講演会を実施しました。2 0 0 3 年4 月には第1 5 0 回どよう講座として「日本の宇宙開発を再考する」とのテーマをとりあげました。2 0 0 3 年の秋には、手作り衛星の開発に必要な要素技術の普及を意図した小型衛星カンバック・コンペティション(板倉コンペ)への参加を目指して何度か勉強会を開きました。
 板倉コンペは参加チームが高さ3 0 c m 、直径1 5 c m 、重量2 k g ほどの円筒に収まる範囲内で小型衛星を開発し、それらの衛星を気球で高度3 0 0 m 程度に運んだうえで投下、そこから各小型衛星はあらかじめ指定された目標地点にできるだけ近づくような制御を自律的に(=地上からのリモコンでなしに)行ないます。目標地点に一番近い場所に着地させたチームがコンペの勝者となります。
 2 0 0 3 年にはカンサットを手作りしようと文献を購入したり電子工作キットを作ろうとしてみたり、限られた時間のなかでそれなりに試行錯誤しましたが、結局衛星を手作りするところまではいきませんでした。これを自分たちも作ってみようとしたわけですが、実際には円筒から自律的に開く翼のアイディアを検討するところまでしかできず、知識の不足を痛感する結果となりました。
 このため2 0 0 4 年は自分たちでゼロから開発するのをあきらめて、先人にできるだけ学ぶことにして、この分野で豊富な経験を蓄積している東大工学部中須賀研究室の学生さんのチームにまぜてもらい、技術習得を目指すことにしました。
● 巨大技術の停滞
 日本の宇宙開発の主流であるJ A X A は、昨年1 1 月末にH – I I A ロケット6 号機の打ち上げに失敗して以来、開発の停滞を余儀なくされています。衛星についても昨年1 0 月末に「みどり2 号( A D E O S – Ⅱ)」が不具合によりわずか9 ヶ月で運用を停止しています。3 1 0 0 億円もの大金を費やして開発したといわれる宇宙ステーションの日本モジュール「きぼう」はスペースシャトル事故にともなう米国宇宙開発計画の挫折の影響を受けて打ち上げのめどがたっていません。
 このように明らかに問題が生じている宇宙開発の分野では、従来は当然視されてきたその「巨大さ」に問題の原因をみる見方が少しずつ拡がってきているようです。従来の衛星開発ではひとつの衛星の企画から打ち上げまでに1 0 年を費やし、打ち上げ後5 ~ 1 0 年の運用を行なうという時間のスケールが一般的なのですが、地上の民生機器の分野では、誰もが実感できるように市場での激しい競争を動因として日進月歩の技術革新が続いており、携帯電話やパソコンでは3 ヶ月単位で新機種が登場されています。このような速度で技術が新しくなる時代においては、開発に1 0 年を費やしてしまうと企画時には最新の設計だったものが打ち上げ時には陳腐化しているという事態が生じます。
 従来型の衛星はたとえば1機の開発に3 0 0 億円というような膨大な金額が必要であるため、失敗が許されないという状況になってしまい、本来は試行錯誤がつきものである技術の開発を難しくしているという本末転倒な構図もあります。ところが試行錯誤できないと開発者や製造部門が失敗や多様な経験を通じて成長していくという技術習得のプロセスが回転できなくなるために、「失敗できない」にもかかわらず担当する技術者や製造部門の技術力は低下する、という困った状況にもなります。
 小型衛星の利点はさきほどの大型衛星の欠点の裏返しであり、開発期間が短いので最新技術を使いやすい、開発コストが安いので冒険がしやすい、失敗を通じて経験を積むことが可能になる、ということになります。もちろん利点ばかりではなく、小型軽量であるために機能としてできないことについては大型衛星が必要ですが、それでも高性能L S I の小型化の進展や複数の小型衛星を組み合わせて用いるクラスタリング技術によって、小型衛星の可能性は今後ますます伸びていく期待がもたれています。
● 小型衛星の登場
 ところが昨年、巨大な宇宙開発が上に述べたような停滞を余儀なくされているまさにそのときに、同じ宇宙開発の分野で興味深い成果を挙げているグループがいくつかありました。それは小型衛星を開発していた人々です。2 0 0 3 年6 月3 0 日にロシアから打ち上げられた東大と東工大の2 機のC u b e S a t が代表的ですが、小型衛星は重量にすると1 k g ~ 5 0 k g 程度(5 0 0 k g 程度までを「小型」と呼ぶ分類もあります)、開発費にすると1 ~ 3 0 億円程度、開発期間にすると1 ~ 3 年程度、開発メンバーにすると設計にたずさわる人が1 0名以内でコアにチームをまとめる人はせいぜい数名、その数名はその衛星のすべてを把握している、という開発のカタチをとります。
● A R L I S S
 ここで、小型衛星開発者の登竜門となっているA R L I S S について簡単に紹介しておきます。数年前は小型衛星を開発していてもそれを打ち上げる機会がなく、実証ができずにいたわけですが、アメリカには趣味でロケットを打ち上げている人々がおり、小型衛星開発のパイオニアであるスタンフォード大学のトィッグス教授が、そういうロケット野郎のグループA E R O P A C に、学生たちが作った小型衛星を搭載して打ち上げてもらえるよう打診して実現したのがA R L I S S = ARocket Launch for International Student Satellitesです。
 A R L I S S は1 9 9 9 年の初回以降、毎年9 月下旬ころに米国ネバダ州リノから二時間ほど車で行ったところにあるブラックロック砂漠にて実施されます。A E R O P A C の打ち上げるロケットはアマチュアといっても高度にして4 k m に到達する本格的なものであり、そのロケットの先頭に衛星を搭載してもらう関係上、円筒形のケースに衛星が収まる必要があります。衛星にはパラシュートやパラフォイルをつけることで着地までに1 5 – 2 0 分間の実証実験を実施できます。このA R L I S S に参加する小型衛星は、空き缶に似た形状から通称カンサットと呼ばれます。
 東大工学部で小型衛星開発の指揮をとる中須賀真一助教授は「宇宙機設計特論」という講義を隔年で行っており、この講義は夏学期に開講されて4 月から7 月までの間にチーム編成から始まって、どんなカンサットを開発するのか、誰がどこを担当するかという相談、コンポーネントの試作、衛星としてのインテグレーション、衛星レベルでの振動試験や通信試験を経て、7 月には高度3 0 0 m 程度の係留気球から落下させるフィールド試験を行います。この試験で成果をだせたチームは9 月下旬に渡米してA R L I S S に参加するというわけです。
● Sa tell ite is Com put er
 私は今年のA R L I S S を目指す修士1年の学生チームに混ぜてもらい、カンサットがどのように開発されるのか実地に見学させてもらう機会を得ました。これは「先達なしでは開発は難しい」という去年の教訓を活かしたものです。
 実際にカンサットが設計されていく過程を見学してまず感じたことは、小型衛星はコンピュータそのものであるということです。経路を制御する必要上、パラフォイルを動かすアクチュエータを搭載し、目標位置と現在位置の差分を把握するためにG P S を搭載し、クラスター(編隊飛行)を組むための通信モジュールを搭載し、それらをオンボード・コンピュータで統合して制御します。
 これらの回路を設計し、基板を設計し、組み立てる過程はマイコン工作以外の何者でもなく、このマイコン工作はカンサット開発で避けて通れません。ただし、カンサットは通常のマイコン工作では気にしなくてもよい点を気にしなければならないことがいくつかあります。まず、重量制限が非常に厳しいためにできる限り回路を軽量に設計する必要があります。また、ロケットで打ち上げられるという過酷な振動条件にさらされても打ち上げ後に正常に機能することを検証するために、振動試験などの環境試験を実施する必要があります。
● L S I の進化と小型衛星
 部品の軽量化を推進するために私は電源系の見直しを一応担当したのですが、はじめて電源系L S I のカタログを眺める機会を得て、最近の半導体の進歩にびっくりしました。たとえば電子回路に安定電源を供給するのに必要なコンバータという部品の場合、電池の電圧低下にかかわりなく部品に安定した電圧を+ 5 . 0 V と+ 3 . 3 V の二通り提供する機能を5 m m 四方の豆粒のようなL S I が実現してしまいます。
 これほどまでにL S I が進化したのは、デジカメや携帯電話などのデジタル家電の分野でこれらのL S I が必要不可欠となっているためです。市場が大きく、需要も明快な分野については専業メーカーが技術開発にしのぎを削って小型軽量にもかかわらず高機能なL S I を市場に提供しています。それも、どんどん進歩していきます。
 このデジタル家電の市場要求を満たすために開発された各種のL S I を小型衛星はちゃっかり利用できるわけですが、L S I は市場の力におされてそれこそ三ヶ月周期で進化していきますから、小型衛星の設計を仮に三ヶ月周期で行なえばL S I の進歩の成果を遅れなく利用できることになります。
 ここで衛星のミッション(=仕事)についてよく考えてみると、気象衛星や観測衛星などは明らかに情報処理が大きな要素を占めており、その情報処理能力はL S I の性能に依存しているわけですから、最新のL S Iを利用できるか否かの違いは衛星の設計に大きな影響を及ぼす要素です。設計製造期間が1 0 年の衛星の場合、1 0 年前のL S I で三ヶ月前のL S I を搭載した小型衛星と勝負するのはこの点ではかなり不利になることが実感できます。
 衛星の分野で現在見られる巨大なものと小型のものの競合は、よく考えてみるとコンピュータや発電など、他の分野にも似たパターンが見られます。コンピュータの場合、1 9 8 0 年代には巨大なメインフレームにユーザーがかしづくという使い方に対抗してパソコンという小型で分散したコンピュータがあらわれました。発電の分野でも、従来は火力発電所やダムなどの巨大な設備が必要だと思いこまれていたものが、最近は各家庭に配置できるほど小型の発電機が開発されたりしています。巨大な中央集権 v s . 多様な地方分権(小型分散)という対比の構図は、社会のあちこちにあらわれるパターンであるようにも思えます。
● 長い目で挑戦
 とりあえず2 0 0 4 年については学生さんたちのチームに混ぜてもらってカンサットがどのような構成になっているのか学ぶところで力尽きました。マイコン工作の技能は必須だということが深く納得できたのが最大の収穫であり、これから秋月電子通商のH 8 マイコン開発キットに取り組もうと考えています。
 学生チームの集中力と切磋琢磨ぶりはみごとなもので、それと比べてバラバラに離散している社会人チームが月一回程度のペースでぼちぼちすすめる市民の手作り衛星開発は、まだずいぶん時間がかかりそうですが、長い目でこの、いろいろな意味で興味の尽きないテーマを追いかけていきたいと思っています。

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